福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

こここなイッピン

超・幻聴妄想かるた〈ハーモニー〉

福祉施設がつくるユニークなアイテムから、これからの働き方やものづくりを提案する商品まで、全国の福祉発プロダクトを編集部がセレクトして紹介する「こここなイッピン」。

今回のイッピンは、福祉事業所〈ハーモニー〉に通うメンバーが体験した幻聴や妄想を題材にした「幻聴妄想かるた」。怪しげながらも、笑いをもってひらかれた独創的な世界に、多くの人が虜になっています。

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「幻聴」や「妄想」をユーモラスにしたため、境界を問い直す、唯一無二のかるた

「冷蔵庫にある盗聴器から 僕の発明が盗まれたんです」

なんだか穏やかでない、かるたの読み句。……なにはともあれ、「れ」の絵札を探してみると、ジッと視線を注ぐ濁った目に、大きな耳が生えたロボットのような冷蔵庫のイラスト。……うーん、怪しい。

「布団をめくるとブラックホール 気づくと土星にいるって、信じられる?」

「でもね、精神科で悟りの話をすると 入院になるんですよ」

読み句のどれもが、ちょっと奇妙な世界感で、絵札も想像の斜め上を行くシュールさ。奇怪だけれど、次の句も早く詠み上げてほしいような、クセになるおもしろさがあります。

カラフルで楽しいかるたが全96枚。2008年に1作目となる「幻聴妄想かるた」を発売。ヒット商品となり、2014年には2作目となる「新・幻聴妄想かるた」を発表。その4年後の2018年に完成した3作目「超・幻聴妄想かるた」が今回のイッピンです

おかしみいっぱいだけれど、案外他人ごとじゃない

このかるたを制作したのは、東京都世田谷区に拠点を置く、就労継続支援B型事業所〈ハーモニー〉。こちらに通うメンバーは、統合失調症や躁鬱病、発達障害やパーソナリティ障害などと診断された人たち。彼ら彼女らのなかには、数奇な出来事に遭遇する人たちがいます。

例えば、公園で宇宙人を助けたことがある人、鼻の奥に棲む小人に自分の悪口をいわれる人、自分を監視する謎の組織に追われている人。それが幻聴や妄想と呼ばれようと、彼ら彼女らにとっては現実に起こっている出来事。そんなメンバーたちの体験を句にしたため、それらのイメージを絵札に描いたのが「幻聴妄想かるた」です。

おかしみいっぱいの句、しみじみする句、ツッコミたくなる句。初めはジワジワと笑いが押し寄せてくるものの、「あれ? これと似たようなことを考えたことがあるかも」と思う句が出てくるかもしれません。

精神疾患のある人は特別な闘病生活を送っている、というイメージを持っている方もいるかもしれません。ですが、彼ら彼女らは、満員電車にゆられて移動したり、コンビニで買い物をしたり、洗濯をして、ゴミを出して、好きなことに没頭して……という日々を送っています。さまざまな幻聴や妄想に苦しむこともありますが、心の病には縁がないと思っている人たちとさほど変わらない営みのなかで、今を生きています。

そんな日常から生まれた句だからこそ、かるたに触れた人が「案外、他人ごとじゃないな」と思うのは、自然なことかもしれません。

管をなびかせる奇妙な生物が描かれた「あ」の句は、「あ、宇宙人! 先っぽが光ってる」。メンバーの金原さん家で起きた出来事がモチーフになっているそう。詳しくは付属本のかるた解説で!

「幻聴妄想かるた」の誕生逸話

〈ハーモニー〉は、精神科や心療内科を受診している人を受け入れる作業所として、1995年に開所しました。設立当初からもっとも大切にしているのは、メンバーの“居場所”であること。なにはなくとも、お昼ごはんを食べにいく場所、ゴロゴロする場所、友だちと語らう場所と、メンバーの生活の一部となり、心地よくいられる“居場所”であることを大切にしてきました。

2006年に障害者自立支援法が施行されると、通所するメンバーに、活動に応じた一定額以上の工賃を支払う必要がでてきます。これまでの〈ハーモニー〉の在り方は変えずに、自分たちにしかできない価値を見いだし、工賃額を増やしていく活動につなげることはできないかと模索しました。

メンバーが自分の幻聴や妄想を日々報告し、皆で心配したり、「おもしろいね」と話題にすることが日常にあった〈ハーモニー〉。そんなことから「幻聴や妄想を劇にして上演し、観覧料をいただくのはどうだろう」という案が持ち上がり、メンバーの日々の体験談を書き出す作業が始まります。

数奇な出来事を書き出しているなかで「これはかるたに似ているかも」と誰かが発言したことがきっかけとなり、劇の上演案は方向転換。〈ハーモニー〉ならではの、ほかに類を見ない「幻聴妄想かるた」が完成しました。

かるたと、〈ハーモニー〉のアレコレが綴られた176ページに及ぶ本がセットに。かるたと本を一緒に収納できるペーパーケースもついています

近年は、大学や書店に出向き「出張かるたイベント」を行う機会が増え、かるたの句を書いたメンバー本人が、その体験を交えながら句を詠むことがあります。イベントの回数を重ねてきたメンバーは、すっかり噺家のような語りっぷりに。

精神疾患からくる苦しみをひとりで抱え込まずに、〈ハーモニー〉という居場所で気兼ねなく吐露し、かるたを多くの人に笑って楽しんでもらうことで、メンバーの症状は軽減に向かったり、幻聴や妄想のストーリーも楽しい内容へ変わることも多いのだとか。

新しい試みも加わった「超・幻聴妄想かるた」の内容とは?

3作目となる「超・幻聴妄想かるた」には、イベント参加者や学生たちの句も加わり、絵札はカラーに変更。かるたとセットになった本には、施設長の新澤克憲さんによる〈ハーモニー〉の設立話、メンバーとの思い出やエピソード、句の解説などが、ユーモアたっぷりの文章で綴られています。

さらに、〈こここ〉の連載「働くろう者を訪ねて」でお馴染みの写真家・齋藤陽道さんによるメンバーの日常を収めた写真、NPO法人〈こえとことばとこころの部屋〉の代表・上田假奈代さんと新澤さんの対談、美学や現代アートを専門とする学者・伊藤亜紗さんのエッセイなども含まれています。

人数を集めてかるたを楽しむもよし。読み句からメンバーの幻聴や妄想に思いを馳せるもよし。絵札からどんな句なのか想像をめぐらすのも一興。さまざまな遊び方でかるたを楽しんでみてはいかがでしょうか。