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いま話したい人がいる ライター/エッセイスト・五十嵐大

手話を第一言語とする両親と、思春期に手話を使うことをやめた息子。30代になり、家族と向き合いたいと考えた五十嵐大さんは、手話を学び直すことにしました。

このエッセイでは、五十嵐さんが手話を学びながら考えたこと・気づいたこと、家族の間で起きた出来事などを綴っていきます。大切な人との共通言語を取り戻すとはどういうことなのか。失われた関係性はどうしたら回復できるのか。五十嵐さんの視点を通して、「いま話したい人」との関係に想いを馳せてみませんか。

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vol.022021.09.07手話を学んで見つかった、ぼくの居場所

わかりあいたいのに、うまくいかない。話したいと思いながら、機会がやってこない。身近だからこそ、上手に会話ができない。そんな人はいますか。 連載「いま話したい人がいる」は、ライター/エッセイストの五十嵐大さんによるエッセイです。 ●前回までのあらすじ ぼくの両親は耳が聴こえない。父親は後天的に聴力を失い、母は生まれつき聴こえなかった。そんなふたりから生まれた子どもは、「コーダ(CODA、Children of Deaf Adults)」と呼ばれる。思春期に差し掛かるころ、ぼくは周囲の心無い言葉に傷つき、自分の環境に苛立ち、手話を使うことをやめた。それはつまり、親との共通言語を手放すということだった。30代になり、ぼくはそのことを後悔する。聴こえない両親とちゃんと向き合いたい。話したい。そうして再び、ぼくは手話を学び直そうとオンライン講座の戸を叩いた。>第1回「耳の聴こえない両親と、もう一度“話したい”」

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vol.012021.07.21耳の聴こえない両親と、もう一度“話したい”

わかりあいたいのに、うまくいかない。話したいと思いながら、機会がやってこない。身近だからこそ、上手に会話ができない。そんな人はいますか。 連載「いま話したい人がいる」は、ライター/エッセイストの五十嵐大さんによるエッセイです。手話を第一言語とする両親と、思春期に手話を使うことをやめた息子。30代になり、家族と向き合いたいと考えた五十嵐さんは、手話を学び直すことにしました。 このエッセイでは、五十嵐さんが手話を学びながら考えたこと・気づいたこと、家族の間で起きた出来事などを綴っていきます。大切な人との共通言語を取り戻すとはどういうことなのか。失われた関係性はどうしたら回復できるのか。五十嵐さんの視点を通して、「いま話したい人」との関係に想いを馳せてみませんか。 第1回は、五十嵐さんが手話を学び直すことにしたその想いについてお届けします。

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