福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】イベント会場、スクリーンにみらいの福祉施設建築ミーティングの文字が投影されている【写真】イベント会場、スクリーンにみらいの福祉施設建築ミーティングの文字が投影されている

「みらいの福祉施設建築ミーティング」2024開催レポート こここレポート vol.10

Sponsored by 日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト

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〈日本財団〉が主催する「みらいの福祉施設建築ミーティング」が、2024年7月から8月にかけて、フォーラム・ツアー・スタディの3つのイベント形式で開催されました。

日本財団の助成プログラム「第4回みらいの福祉施設建築プロジェクト」と連動して行われたこのイベント。全国各地で先進的な取組を行う福祉の専門家や建築家など、さまざまなゲストによるディスカッションや施設見学、トークを通じて、実践的な見地から「みらいの福祉施設建築」のあり方を多角的に探りました。

イベントの企画運営サポートを、昨年に引き続き「こここラボ」で担当しました。今回はイベントの模様をお伝えします。

※「みらいの福祉施設建築ミーティング」2024年は7月6日スタート! 福祉と建築が出会うフォーラム×ツアー×スタディの4days(ハイブリッド開催)記事はこちら

みらいの福祉施設建築フォーラム

【写真】渋谷キューズ内にあるスクランブルホール。椅子に参加者が座っている様子

2024年7月6日〈渋谷キューズ〉内の〈スクランブルホール〉にて「みらいの福祉施設建築フォーラム」を開催しました。フォーラムでは、建築家による基調講演と、福祉の専門家と建築家が登壇する3つのパネルディスカッションが行われました。

【基調講演】ひらかれた建築とは
篠原 聡子さん(日本女子大学 学長・建築デザイン学部建築デザイン学科教授)

【パネルディスカッション1】“地域に貢献する福祉施設”へのプロセス
ファシリテーター:及川 卓也(株式会社マガジンハウス こここ統括プロデューサー/ラボディレクター)

ゲスト:安宅 研太郎さん(建築家/株式会社パトラック代表取締役)、志賀 大さん(看護師/保健師 医療法人医王寺会 共同代表)、大谷 匠さん(医療法人医王寺会 地域未来企画室 部長/看護師/福祉と建築 代表)

【パネルディスカッション2】「まもる」と「ひらく」をめぐる場のデザイン
ファシリテーター:江崎 真喜さん(社会福祉法人わたぼうしの会 たんぽぽ相談支援センター センター長)

ゲスト:越知 眞智子さん(社会福祉法人こころみる会 統括管理者/有限会社ココ・ファーム・ワイナリー 農場長)、久保田 翠さん(特定非営利活動法人クリエイティブサポートレッツ 理事長)

【パネルディスカッション3】みらいの福祉施設をどのように実現するか
ファシリテーター:福田 光稀さん(日本財団 公益事業部 国内事業開発チーム リーダー)

ゲスト:市原 美穂さん(認定NPO法人ホームホスピス宮崎 理事長/一般社団法人全国ホームホスピス協会 理事長)、栃澤 麻利さん(株式会社SALHAUS 共同代表/建築家)、駒田 由香さん(有限会社駒田建築設計事務所 取締役/東京藝術大学 非常勤講師/明治大学 兼任講師)

参加者は約290名(会場約150名、オンライン配信約140名)と、助成プログラムへの応募を検討している方々はもちろん、福祉施設のあり方や、設計・運営に興味を持つ福祉事業者や建築家など、全国から幅広い方々に参加いただきました。

基調講演 ひらかれた建築とは

【写真】基調講演をおこなうしのはらさん
篠原 聡子さん(日本女子大学 学長・建築デザイン学部建築デザイン学科教授)

篠原:なぜいまひらかれる必要があるのか。近代の建築が行ったことが衛生や安全を守るための“分離と分断”だとするなら、その結果、別のリスクをつくってきたからだと言えます。

基調講演「ひらかれた建築とは」では日本女子大学学長の篠原先生が、ドイツと日本の居住環境の変遷について触れながら、いまこの時代にひらかれた建築が必要とされるようになってきた歴史的背景について紹介。そして、自身が手がけてきた複合シェアハウス「SHARE yaraicho」「SHARE tenjincho」「SHARE tsuboya」などのケースから、ひらかれた建築を目指すとき、考えたいポイントについて語りました。

パネルディスカッション1 “地域に貢献する福祉施設”へのプロセス

安宅:僕らは制度を守るためだけに(福祉施設を)つくるのではなく、本当にそこで暮らす人や、働く人がどうあったらいいかという未来の福祉を考えなきゃいけない。

パネルディスカッション1「“地域に貢献する福祉施設”へのプロセス」では、「第3回みらいの福祉施設建築プロジェクト」で助成が決定されたプロジェクト「にちこれ」チームの3名によるセッションが繰り広げられました。

住み慣れた自宅へ帰ることを目的とした介護施設(看護小規模多機能型居宅介護、有料老人ホーム、ショートステイ)の敷地内に、地域の人々や家族が訪れやすくなるようなカフェや多目的施設を隣接させる同プロジェクト。地域の意見をコンセプトへ落とし込むまでのプロセスや、さまざまな人が心地よくいられるよう考慮された空間設計について語りました。

※基調講演・パネルディスカッション1の内容はこちらの記事でご覧ください。

パネルディスカッション2 「まもる」と「ひらく」をめぐる場のデザイン

久保田:これまで、重度の「知的障害者」は“まもる”存在としての印象が多かったと思いますが、彼らは人が好きで、人との出会いを通じてさまざまなことを感じながら生きていくべきだと思っています。人間は、苦しみも喜びも悲しみも全部人からやってくるんです。だから人と出会える街中で施設を“ひらく”ことにしました。

パネルディスカッション2「『まもる』と『ひらく』をめぐる場のデザイン」では、福祉事業者として「障害者」の暮らしをサポートする3名の方々とともに、各法人の活動や事例から、これからの福祉施設のあり方を探ります。

グループホームへ子ども食堂やカフェを併設したり、就労の舞台となるブドウ畑で収穫祭をひらいたり、障害のある人とともに暮らすシェアハウスに人を招いたりと、それぞれの実践から、さまざまなかたちの「まもる」と「ひらく」が浮かび上がってきました。

※パネルディスカッション2の内容はこちらの記事でご覧ください。

パネルディスカッション3 みらいの福祉施設をどのように実現するか

市原:地域にひらくのはもちろんですが、使っている人たちが「自分の家はここだよ!」と自慢できるような施設になるということが、建築と福祉がともに進めるみらいのプロジェクトの核心だと思うんです。

パネルディスカッション3のテーマは「みらいの福祉施設をどのように実現するか」。「日本財団みらいの福祉施設建築プロジェクト」の審査委員経験者、これから審査委員をつとめる方をゲストに、審査において大切にしている視点、そして福祉事業者と建築家がチームを組むことの可能性について、会場からの質問を交えつつ語り合いました。

※パネルディスカッション3の内容はこちらの記事でご覧ください。

多彩な観点からみらいの福祉施設建築について議論されたフォーラム。会場内には交流スペースが設けられたほか、建築家が出展する9つの展示ブースもあり、休憩時間のあいだやフォーラム終了後まで、参加者同士で活発なやりとりが生まれていました。

みらいの福祉施設建築ツアー

【写真】深川えんみちの外観
2022年3月末の採択決定後、2024年3月に竣工した「深川えんみち」。4月に学童が先行し、全体でのオープンは5月となりました

フォーラムの翌日である2024年7月7日、「みらいの福祉施設建築ツアー」が開催されました。視察先は、第1回「日本財団みらいの福祉施設建築プロジェクト」にて採択された、〈社会福祉法人聖救主福祉会〉が運営する複合施設「深川えんみち」。現地ツアーは初めての取組でありながら非常に好評で、定員である約25名は早々に満員となりました。

【写真】深川えんみちの外観
深川神明宮のほど近く、施設は街の人々が行き交う歩道に大きく面しています。1階は高齢者デイサービスセンターとコミュニティスペースを備え、2階には子育てひろばやNPO法人地域で育つ元気な子 が運営する学童保育クラブが入っています

利用する人々の導線を重ねあわせることで、学童に帰ってくる子どもたちと、デイサービスで過ごすお年寄りとが自然と混ざりあうよう設計されている「深川えんみち」。視察後には、1階のコミュニティスペースで「深川えんみち」を手がけたチームとツアー参加者で活発なディスカッションが行われました。

ファシリテーター:及川 卓也(株式会社マガジンハウス こここ統括プロデューサー/ラボディレクター)

登壇者:小久保 佳彦さん(社会福祉法人聖救主福祉会 法人本部長 深川愛の園 施設長)、長谷川 駿さん(JAMZA一級建築士事務所 共同代表/建築家)、押切 道子さん(NPO法人地域で育つ元気な子 理事長)、岩﨑 美恵子さん(社会福祉法人聖救主福祉会 深川愛の園デイサービス管理者)、竹内 陽子さん(社会福祉法人聖救主福祉会 まこと保育園子育てひろば「ころころ」担当)、荻野 貴大さん(NPO法人地域で育つ元気な子 ライト学童保育クラブ施設長)

「当初の計画から想定していなかった気づきはありますか?」というツアー参加者からの質問に対し聖救主福祉会の小久保さんは、認知症のある方もデイサービスを利用するなかでの安全面を挙げ、「深川えんみち」へ引っ越し後、利用者に変化があったことへの驚きを語りました。

小久保:居心地が良くなることで、行動が以前より落ち着くような変化が見られたのは想定以上でした。窓からは外の様子がよく見えて、学童の子どもたちとの触れ合いがあることなどが影響したのだと思います。

デイサービスのある1階は大きな歩道に面しているが「今のところ『ヒトの目で見守り、安全確保ができている』状態」だと小久保さんは言います。ツアーの最中にも、ここを普段から利用されているお年寄りがふらりと涼みに来てスタッフとおしゃべりする姿が見られたり、軒下に出されている七夕飾りを目当てに子どもたちが訪れたり。人々の往来のそばにある見通しのよい福祉施設のあり方を、視察中にも余すことなく感じられた時間となりました。

深川えんみちの取組についてはこちら、ツアーの内容はこちらの記事をご覧ください。

みらいの福祉施設建築 スタディ

スタディは、オンライン配信の形式で開催。福祉と建築に関わる個別のテーマをとりあげ、より具体的なヒントや気付きが得られるトークイベントを行いました。平日の夜にもかかわらずオンライン配信への参加者はDAY1は305名、DAY2は219名と、福祉や建築の分野はもちろん、各自治体担当者や学生など幅広い方々からの参加がありました。

DAY1「居場所」と「参加」のデザイン
ファシリテーター:大谷 匠さん(医療法人医王寺会 地域未来企画室 部長/看護師 /福祉と建築 代表)

ゲスト:大原 裕介さん(社会福祉法人ゆうゆう 理事長)、杉本 聡恵さん(エンプラス株式会社 代表/感情環境デザイナー/作業療法士/京都大学工学部建築学専攻 三浦研究室 共同研究者/教育環境研究所 客員研究員)、松尾 信一郎さん(株式会社五井建築研究所 建築設計室 次長

DAY2 建築家からみた福祉、福祉施設
ファシリテーター:福田 光稀さん(日本財団 公益事業部 国内事業開発チーム リーダー)

ゲスト:冨永 美保さん(トミトアーキテクチャ 代表)、山﨑 健太郎さん(株式会社山﨑健太郎デザインワークショップ 代表取締役/工学院大学教授)、仲 俊治さん(建築家/仲建築設計スタジオ共同代表)

DAY1 「居場所」と「参加」のデザイン

大原:居場所としてひらくうえでは、しっかりとした個別的なアセスメントや支援計画をベースとして据えておく必要があるし、支援者との限られた関係性を超えた物語をそこでいかにして作れるのか、創造的に考えていく必要があるんじゃないでしょうか。

スタディDAY1のテーマは「居場所」と「参加」のデザイン。「インクルーシブデザイン」という言葉をよく耳にするようになりましたが、子ども、お年寄り、障害のあるなしにかかわらず、一緒にいられる居場所をつくることは簡単ではありません。福祉制度の垣根を超えて、さまざまな人を巻き込もうと画策する福祉事業者・感情環境デザイナー・建築家の豊富な事例から、そのヒントを探りました。

※スタディDAY1の内容はこちらの記事でご覧ください。

DAY2 建築家からみた福祉、福祉施設

冨永:福祉建築を考えることは「どういう場所が居心地がいいのだろう、そして最期までいたいと思えるだろう」と、人間が生きていく環境を考えることそのものだと思います。

スタディDAY2のテーマは「建築家からみた福祉、福祉施設」。福祉にまつわる建築物が建築業界でも注目されています。そんななか、福祉事業者と積極的にチームを組んで、先進的な取り組みを重ねてきた3名の建築家をゲストに、福祉にまつわる建築プロジェクトを進めるうえでの手ごたえ、福祉にかかわることで起きた価値観の変化や、建築家へ設計を依頼するときの具体的なポイントなどについてうかがいました。

※スタディDAY2の内容はこちらの記事でご覧ください。

フォーラム、ツアー、スタディとさまざまな形式で、福祉と建築の両面から多くのゲストを迎え、豊かな議論が巻き起こった「みらいの福祉施設建築 ミーティング」。福祉の現場というと、そこに通う人や働く人、プロダクトへ注目がいくことも多いかもしれません。今回のイベントでは、その舞台である福祉施設に“建築”という観点を加えながら目を向けました。この施設があり続ける10年後、20年後、それ以上の未来と、普段とは異なる時間軸のなかで福祉に触れ、そのあり方に思いを馳せる時間が流れていたように思います。

このイベントを通して参加者の方々が得た、新たな価値観やノウハウ、そして日頃なかなか交流する機会の少ない別分野の協働者との出会い。イベントが終わっても、それぞれの活動の場からまた、みらいの福祉や福祉建築への探求が始まっていきます。


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連載:こここレポート