ニュース&トピックス

現代で問われる「男性性」を、映画やマンガから読み解く。書籍『新しい声を聞くぼくたち』
書籍・アーカイブ紹介

  1. トップ
  2. ニュース&トピックス
  3. 現代で問われる「男性性」を、映画やマンガから読み解く。書籍『新しい声を聞くぼくたち』

【画像】書影。帯に「変わっていく世界と、ぼくたちのいらだち」の言葉が記載されている
河野真太郎さんの著書『新しい声を聞くぼくたち』(講談社)。装画はマンガ『空挺ドラゴンズ』の桑原太矩さん

福祉国家から新自由主義社会へ。変わりゆく「男性性」を物語から読み解く

映画やマンガなどの作品で描かれる物語に対し、「男らしさ」や「男性性」の視点で次々と文芸批評を行う、専修大学教授の河野真太郎さん。前作『戦う姫、働く少女』(堀之内出版)に続いて〈よはく舎〉の小林えみさんの編集のもと、ジェンダーやフェミニズムを考える書籍『新しい声を聞くぼくたち』が2022年5月末、講談社より出版されています。

本書の目的は、現在の「性」をめぐるさまざまな問題を個人に帰着させるのではなく、時代ごとの価値観の変遷から捉え、新たな社会実装の方法を考えていくこと。その手段として、『ファイト・クラブ』『ジョーカー』『ヒックとドラゴン』『そして父になる』などの映画作品に加え、『怪獣8号』『寄生獣』『風の谷のナウシカ』『ブルーピリオド』などのマンガ作品が多数参照されていきます。

全体は3部で構成され、第1部でポストフェミニズム時代における「新しいミソジニー問題」を提示。第2部では男性性を障害やクィアの観点から論じ、「健常者主義」との関係を検討します。そして第3部では「ケア」をメインテーマに、介護や子育てなどのライフコースに沿って男性性の今を考えます。

ポストフェミニズム社会における「新たな男性性」とは

英文学と「新自由主義下での文化と社会」が専門の河野さんによると、現在はジェンダー平等やフェミニズムへの態度をめぐり、新たな分断が生まれている時代であるといいます。

背景にあるのが、個人の努力や実力を重視する「新自由主義」的な社会への変化。20世紀終盤に顕著になったこの流れは、属性による不平等や差別の撤廃を目指す一方で、“何にでもなれる(努力さえすれば)”という能力主義(メリトクラシー)を台頭させ、人権問題としてのフェミニズムの目標をある側面では奪っていると指摘します。そしてそのことが、男女平等をすでに実現したものとする「ポストフェミニズム」やその反動としての「新しいミソジニー(女性嫌悪)」の出現につながり、男性同士の対立をも生んできました。

【写真】
河野真太郎さん(専修大学 国際コミュニケーション学部 教授)

本書では、現代を見つめなおすために“個人が性差にとらわれていないつもりでも、社会はあなたにそれを押し付けてくるかもしれない”と再認識することから始め、「男性性」をめぐる過去、現在、そしてあり得る未来が、さまざまな物語の表象文化論として探求されます。そして対立を解除するためにこそ、今の構造がつくられた要因を理解しようとする姿勢が重要だと、繰り返し語られています。

“自分の靴ひもを引っ張って体を持ち上げるような不可能を、それでも私たちはたゆまずに試みなければならない。マジョリティとしての男性を、その男性の視点から批判的に、複雑さを手放さずに考えるということは、そのような試みでしかありえない”(―『はじめに』p.10より)

9つに分けられた章では、弱者男性論、助力者的男性、母息子関係、イクメンといった男性にまつわるキーワードに加え、福祉国家、階級、障害、クィア、コミュ力、多文化主義、老後といったさまざまな切り口から、作品内における表象と、社会における力学や構造の変化を分析しています。

たとえば、現在の男性性の表れとして、著者は『アナと雪の女王』(2013年)に登場する青年クリストフや『千と千尋の神隠し』(2001年)のカオナシなどから“ケアする男性”像を論じたのち、『鬼滅の刃』(2016〜2020年)を通して、それが“男性性保存の戦略”のひとつではないかと検討。さらに、マンガ『BEASTARS』(2016〜2020年)を参照しながら、リベラルな秩序に適応するように男性性を調整する姿を考察します。

また、“飄々とした自然さ”を「新たな男性性」の重要な性質に挙げ、クィアなものの取り込みや、未来に向けた男性性の再構築としての“イクメンの系譜”と重ねて批評を展開。その時参照されるのは、映画『クレイマー、クレイマー』(1979年)や映画『マリッジ・ストーリー』(2019年)、マンガ『よつばと!』(2003年〜)『家政婦のナギサさん』(2016年〜)『きのう何食べた?』(2007年〜)などです。

【画像】書影

河野さんは、“社会が変わるためには個人が変わらなくてはならない。しかし、個人が変わるためには社会が変わっていなくてはならない”というジレンマにも言及します。それらに留意したうえで、「新たな男性性」は“学ぶ余裕のある階級”のみが個人的に学ぶものではなく、すべての人が共有できるような“文化”として人間が意図をもって育成していくべきだと主張。また「新たな男性性」の学びは、本書を通して河野さんが体現しているように、物語を読み解くことで得られるものである、とも綴られています。

映画やドラマ、マンガ、小説、演劇などから誰もが「新たな男性性」を学べる社会にするためにも、一人ひとりが作品鑑賞の際に本書にあるような「考える姿勢」を持つこと、作品表現の先に描かれている“想像的な「解決」”の創造性を信じることが大切なのではないでしょうか。

刊行記念トークイベント『男性性とケア』が開催

「新たな男性性」の目指すべき理念として、あるいは新自由主義を乗り越える次の社会の形として、河野さんは“あらゆる人がケアを提供する、そしてあらゆる人がケアを受けるという考え方”が重要だと言います。

そんな「ケア」を真ん中に据えたオンライントークイベント『男性性とケア』が、2022年6月27日(月)に開催されます。河野さんと対談するのは、『ケアの倫理とエンパワメント』などの著者である小川公代さんです。

“少しずつ読もうと思っていたのに、あまりに面白すぎて一気読みでした。ポストフェミニズム、メリトクラシー、コミュ力、家父長制と母息子関係が複雑に絡まり合った現代社会の問題を文学や映画の表象を分析することで解きほぐしていく。(―小川公代さん Twitter 2022年5月29日より )”

共に文学を専門とする2人による、これからの男性性とケアをめぐるトーク。アーカイブ配信もあるので、こちらも併せて是非おたのしみください。