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“看護”を切り拓いた偉人の、新伝記が登場。「シリーズ ケアをひらく」最新刊に『超人ナイチンゲール』
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書籍『超人ナイチンゲール』の書影

私たちの知らないナイチンゲールを、アナキズム研究者が照らしだす

“看護師”という職業を確立させた偉人、ナイチンゲール。彼女は度々「クリミアの天使」や「白衣の天使」、「ランプを持った貴婦人」といった逸話とともに語られることから、今でも奉仕の精神や献身的な女性の象徴として描かれるケースが多くあります。

一方で、史実を元に見ていくと、ナイチンゲールは産業革命に沸く19世紀イギリスの男性中心社会へ分け入ってゆき、さまざまなアプローチで看護の捉え方を変えたり、公衆衛生の向上に心血を注いだりしたことがわかります。パワフルで、時代を先取りしたその姿は、実はあまり知られていません。

貴族の家系に生まれ、お金にはことかかない生活を保障されていたナイチンゲール。なぜ彼女は、当時の社会やしきたりに抗いながら、人々をケアする看護の道を一生涯をかけてきわめていったのでしょうか。そして、ナイチンゲールをそこまで突き動かした「ケア」は、彼女のなかでどんな姿をしていたのでしょうか。

書籍『超人ナイチンゲール』の書影

2023年11月に、〈株式会社医学書院〉の「シリーズ ケアをひらく」にて、新刊『超人ナイチンゲール』が発売されました。ナイチンゲールに定着した従来のイメージを“ぶち壊す”ような強烈エピソードの数々を、アナキズム研究を専門とする政治学者の栗原康さんの軽妙な語りとともに追いかけ、新しい角度からナイチンゲールの思想やケアの視点に出会いなおす一冊となっています。

多様な著者とテーマでケアの世界を探る「シリーズ ケアをひらく」

「シリーズ ケアをひらく」は、医学書を専門とする出版社〈医学書院〉が2000年から発行する、単行本シリーズです。「『科学性』『専門性』『主体性』といった、ことばだけでは語り切れない地点から《ケア》の世界を探る」をコンセプトに、思想家、写真家、研究者、カウンセラー、福祉施設運営者などが、それぞれの立場から「ケア」について考えてきました。

エッセイやルポなど、さまざまな読み口で書かれるシリーズは、2019年に第73回毎日出版文化賞を受賞。発行点数は、すでに40冊を突破しています。

「シリーズ ケアをひらく」には、〈こここ〉の連載『働くろう者を訪ねて』の著者で写真家の齋藤陽道さんをはじめ、カウンセラーの信田さよ子さんや美学者の伊藤亜紗さん、作家の樋口直美さん、文学研究者の横道誠さんなども参加している(公式サイトより)

今回上梓された『超人ナイチンゲール』は、シリーズで初めてメインテーマとなったナイチンゲールを、評伝形式で取り上げた本です。このタイトルについて、栗原さんは「はじめに」で以下のように語っています。

もしかしたら、ぼくらがあたりまえだとおもっている近代的な人間を超えてしまっているのかもしれない。いつも将来のことを考えて、リスク計算をして合理的に生きる。そんな人間のありかたを突きぬけてしまっているのだ。本書では、ニーチェのことばを借りて、それを「超人」と呼んでおきたい。

(本書 P.5より引用)

自分が消えて、あなたに溶けこむ。ナイチンゲールの看護観

栗原さんが「超人」と評するナイチンゲールとは、一体どんな人なのでしょうか。ナイチンゲール研究の第一人者である金井一薫さんによると、彼女は社会改革者、統計学者、衛生改革者、病院建築家などの一面があり、さまざまな分野から「人々の健康の実現」を目指して改革を推し進めた人物だということが浮かびあがってきます。

彼女の著者『看護覚え書』は、看護の社会的地位が低かった時代に、その専門性を明確にしようとしたものです。そこには、具体的な看護の方法論のほかに、ナイチンゲール自身の看護観も色濃く残されていました。

“他人の感情のただ中へ自己を投入する能力を、これほど必要とする仕事はほかに存在しない”——そんなナイチンゲールの言葉を受け取った栗原さんは、次のように解釈しています。

自分が消えてあなたに溶けこむ。憑依するのだ。 わたしひとりでは決してかんじることのないような感情をいだく。きっとあなたのおもいそのものでもないだろう。あなた以上のあなたになってあなたをおもう。もとめられていなくてもおもいがあふれてやっちゃうのだ。おせっかいかよ。

(本書P.81より引用)

『超人ナイチンゲール』では、そんなナイチンゲールの看護観の礎となった「神秘主義」を軸に、幼少期からのさまざまな協力者との出会い、英雄となったクリミア戦争での出来事、イギリスでの改革へと話を展開。看護管理者として、衛生学の専門家として、あるいは統計学者としての才覚が発揮されていくさまを、栗原さん独自の語り口で次々と描写していきます。

[本文より]えっ。あっけにとられる役人。 それをしり目に、ナイチンゲールが檄をとばす。 野郎ども、やっちまいな。 ヘイ! 倉庫をこじあけて、なかにのりこんでいく男たち。 うおお、いっぱいあるじゃねえか。 つぎからつぎへと必要物資をもちさっていく。 なにをやったのか。軍の物資を強奪したのだ。 ヒャッハー。

またナイチンゲールには、クリミア戦争下、夜の兵舎病院で熱心に見回りをする様子から「ランプを持った貴婦人」と呼ばれるようになった、など今日に伝わる有名なエピソードもあります。本書で栗原さんは、そうした彼女の行動原理や「白衣の天使」に代表されるイメージの実像についても、新たな姿を示していきます。

この「天使」には、あきらかに男をやさしくつつんでくれる女性というニュアンスがこめられている。夫に従順で、なにがあっても無償の愛で支えてくれる「家庭の天使」。それが女性らしさであるかのようだ。家父長制かよ。
だけど、ナイチンゲールはちがう。そもそも服装が白衣ではない。黒衣なのだ。まるで死者たちを弔っているかのように。あるいは、黒はなにものにも染まらない。軍にも教会にもしばられない。その決意をあらわしているかのようだ。あらゆる支配を破壊せよ。ハンマーをもった天使。白衣じゃねえよ、黒衣だよ。

(本書P.180より引用)

政治学者・栗原康さんの視点に触れる

そうした知られざる「黒衣の」ナイチンゲールの姿や業績に出会える、かつてないナイチンゲール伝『超人ナイチンゲール』。栗原さんは彼女の看護に関する姿勢を、「ケアの炎」とも呼んでいます。

自分の将来をかなぐりすてて、看護のいまを生きていく。ケアの炎をまき散らす。その火の粉を浴びて、あなたもわたしも続々と「超人」に生まれ変わっていく。 みんなナイチンゲールだよ。いくぜ。

(本書P.6より引用)

『超人ナイチンゲール』は、史実をもとにしたエピソードの解釈はもちろん、著者である栗原さん自身の思い出深い出来事や、他の神学者・哲学者の考え方なども織り交ぜながら綴られています。ナイチンゲールの思想がなぜ時代を超えても色褪せないのか、ケアの本質はどこにあるのか、多様な視点で深掘りしていくのも本書の特徴といえるでしょう。

著者・栗原康さん(東北芸術工科大学 非常勤講師)

2023年12月19日(火)には〈代官山蔦屋書店〉にて、刊行記念トークイベントも開催されます。栗原さんの対談相手は、『ケアする惑星』などの著作がある、18世紀医学史・英文学研究者の小川公代さん。ナイチンゲールから発された「ケアの炎」が現代にどう受け継がれているのか、お二人の視点が溶け込み「憑依」しあう時間をお楽しみください。

さらに、2024年1月14日(日)には〈MARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店〉にて、社会思想史を専門とする研究者の村澤真保呂さんとのトークイベントも開催が決定しています。それぞれオンラインチケットも発売されるこの機会に、ぜひナイチンゲールをめぐる対話に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。