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「インクルーシブな教室」を、子どもに関わる26名と考える。実践ヒントが詰まった『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育』
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書影
2022年10月に出版された『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育』(野口晃菜・喜多一馬 編著)

インクルーシブな教室・社会をつくるために、一緒に考えよう

「インクルーシブ教育」という言葉ををご存じでしょうか? 2022年9月9日、国連が日本政府に対し「権利を保障すべき」と勧告したことでも注目されるこの概念は、2005年にユネスコが『インクルージョンのガイドライン:万人の教育へのアクセスの確保(Guidelines for Inclusion: Ensuring Access to Education for All)』を発表して以来、世界各地の教育分野で広がってきました。

「インクルーシブ教育は、多様な子どもたちがいることを前提とし、その多様な子どもたち(排除されやすい子どもたちを含む)の教育を受ける権利を地域の学校で保障するために、教育システムそのものを改革していくプロセス」

〈学事出版株式会社〉から刊行されている書籍『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育 誰のことばにも同じだけ価値がある』では、「インクルーシブ教育」を上のように定義。さまざまな立場の人の体験や、教育現場での実践から、差別のない教室と社会をつくるヒントが紹介されています。

執筆者26名は、インクルージョン研究会〈あぜみ〉のメンバーが中心

本書は、2020年9月開講のインクルージョン研究会〈あぜみ〉のメンバーを中心とした26名によって執筆されました。

〈あぜみ〉は、インクルージョン(直訳で「包括」「包摂」を意味する語)に関心のある人たちが集まり、日々のモヤモヤや自身の実践・研究について共有し学び合うコミュニティ。インクルーシブな社会を目指している人たちがお互いの悩みを分かち合い、つながることが大切だと考えた野口晃菜さんが主催しています。

【写真】テーブルに座る野口さん
以前、こここに『脱「いい子」のソーシャルワーク』の書評も寄稿くださった、インクルージョン研究者の野口晃菜さん

メンバーには、マイノリティ当事者や研究者、教員、学生、福祉・医療関係者、行政職員、会社員など、さまざまな立場の人が集まっています。そこで共有されたモヤモヤや葛藤、各々の実践記録がまとめられて一冊の本になりました。

目次の後には、野口さんや、もう1人の編著者である理学療法士・喜多一馬さんをはじめ、26名の執筆者を7ページにわたって紹介。本文を読み進めるなかで、読者が「この文章はどんな背景を持つ方が書いたのだろう」と気になった際に参照できるようになってきます。

執筆者紹介ページの見開き画像
関心のあること・マイブームを紹介し、一人ひとりの人柄が伝わるようになっています(似顔絵イラスト:岸べぇ〈asterisk-agency〉)

5つの授業とリフレクションワークから学びを深める

『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育』は、「はじまりの会」と5つの授業、みんなでモヤモヤを話す「放課後」、学生の声の集まる「課外活動」で構成されています。

はじまりの会「インクルーシブ教育について考えよう」では、インクルーシブ教育の定義のポイントについて解説し、共通理解や目的を設定。その後、第1限(第1章)から第5限(第5章)までは「障害」「貧困」「性」などの各テーマに沿って、具体的な事例をベースに、インクルーシブのあり方を考えていきます。

書籍内容を紹介する画像。下に著者の名前、プロフィール。上には大きく「障害、貧困、包括的性教育、いじめなどをテーマに、差別のないインクルーシブな教室・社会をどうつくっていくか考え、行動するきっかけとなる本。」の文字

例えば、第2限「貧困状態にある子どものことについて学ぼう」では、子どもの貧困と貧困を生み出している社会について、まずは子どもたちの現状や、背景にある保護者の労働環境などをデータを元に紹介。客観的に理解した上で、当事者の生い立ちを子どもの作文から引用したり、「貧困とは何か?」と当事者目線で考えたりしています。

第5限「インクルーシブな教室をつくろう」では、現役の小学校教諭や小学校の特別支援学級担任が、現場でのこれまでの試行錯誤を紹介。実際にインクルーシブな教育を経験した当事者も自らの経験を語り、そうした教室を全国につくっていくヒントを探ります。

また、各授業の終わりには、問いを通じて自らを振り返る「リフレクションワーク」と、内容に関連する「おすすめ書籍・教材」のコーナーも用意。実践例を経て、一人ひとりがより学びを深められる構成になっています。

帯あり書影。帯には「差別のないインクルーシブな教室・社会をつくるために、モヤモヤ一緒に考えよう!」の言葉

「誰のことばにも同じだけ価値がある」

多様な立場の人が、各々の目線でテーマを紹介する本書は、「インクルーシブ教育」の基本的な知識を得ながら、当事者の声や現場で働く人の考えを理解できる一冊になっています。

26人の執筆者が紹介されていますが、各章では文章の最後に小さく名前が書かれているのみに止まります。体験談や実践紹介の記述そのものに肩書きを並列しない構成は、〈あぜみ〉が大切な考え方とし、本書のサブタイトルにもなっている「誰のことばにも同じだけ価値がある」からきています。

「インクルージョンを実践しようとする中で、『偉い人』や『専門家』のことばだけが大切にされてしまったら、それは結局不均衡な関係性や構造を維持してしまうことにつながり、インクルージョンにはつながりません。ぜひ本書を通じて1人ひとりのことばに耳を傾けてみてください」(「まえがき」より野口晃菜さん)

『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育』では、インクルーシブ教育の正解は示されていません。しかし、「インクルージョンを実現するために必要なことはなんだろう?」「教育から変えるならどんな授業があったらいい?」といったモヤモヤや葛藤を他者と共有することは、一人ひとりの考えをゆるやかに変え、新しい実践につながっていくはずです。

本書の出版に関連して、2022年11月19日(土)、20日(日)と著者陣が登壇するトークイベントも予定されています。さまざまな人の試行錯誤に触れていくうちに、ゆっくりとでもインクルーシブな社会に向かっていくことを実感できる機会になるのではないでしょうか。