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なぜ家庭料理は“むずかしい”? 山口祐加さん×星野概念さん『自分のために料理を作る――自炊からはじまる「ケア」の話』
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タイトルや料理にまつわるイラストが描かれた、書籍の表紙
山口祐加さんと星野概念さん(対話に参加)による書籍が〈晶文社〉より発売されています

料理をすることが億劫な6人の参加者へ、自炊コーチを行ったドキュメンタリー

「自分のために、料理を作ることはできますか?」

この問いにドキッとする方もいるのではないでしょうか。かくいう私もそのひとり。家族のために作ることはできるけれど、ひとりだとついついキッチンにある適当なもので食事を済ませてしまいます。

2023年8月に出版された『自分のために料理を作るー自炊からはじまる「ケア」の話』は、料理家・山口祐加さんが、そうした家での料理にまつわる悩みに向き合っていく書籍です。

例えば、日々「自炊しなきゃ」と思いながら、ついインスタントな食品に頼ってしまうという30代の女性。妻のために料理を作ることはできるけれど、自分のためには作る気になれない30代の男性。管理栄養士という仕事柄、職場で料理はするけれど、家ではほぼ自炊しないという20代の女性。夫に先立たれ、台所に立つことが億劫になった50代の女性。

「誰かのためになら料理を作れるけど」……そんな悩みを持つ、世帯も年齢もバラバラの6人に山口さんが3カ月間自炊コーチを行い、精神科医の星野概念さんとともにインタビューした記録が一冊の本になりました。

“技術”では解決できない、本当の悩みに向き合うために

著者の山口さんは、「自炊料理家」という肩書きで、料理初心者向けの自炊料理教室や記事の執筆、レシピ提案などを行っています。

幼い頃から料理が大好きで、料理が好きになる人を一人でも増やしたいと、この仕事を始めたという山口さん。一方で料理家として、「時間がないなら時短レシピ」「手間が多いのが苦手であれば簡単なレシピ」と提案しているうちに、家庭での料理を“むずかしい”と感じる人の多くは、単純なコツやレシピで解決できない別の問題を抱えているのではと感じるようになります。

こちらを見てほほえむ、山口さんの正面からの写真
山口祐加さん

そんなときに山口さんのもとに届いたのが「自分のために料理が作れない」という声。料理ができないと悩む人に本当に必要なのは、技術の話以上に、「料理をしてみようかな」という気持ちが湧き出てくるような心のケアや、料理をする意味を見直しながら実践をしていく時間では、と思うようになります。そんな人たちに寄り添い、自炊をしながら健やかに暮らそうとする人を応援したいと思ったことが、本書の企画へとつながりました。

執筆にあたっては、「自分のために料理が作れない」と感じている人を山口さんのnoteで募集。集まった6人の参加者に、山口さんが具体的な料理の方法を提案しつつ、対話を重ねながら気持ちの変化を観察していきます。

また、対話パートには料理の専門家である山口さんをサポートすべく、精神科医の星野概念さんが気持ちのケアの専門家として参加しています。以前から星野さんの著書の本のファンであったという山口さんのオファーで今回のタッグが実現し、より深く心の話に踏み込んだ、料理とケアにまつわる一冊ができあがりました。

「料理」の実践と「対話」の記録

料理の実践と対話を中心とした本書は、3つのステージで構成されています。

実践に入る前に、「Stage1」ではなぜ私たちは料理をすることが面倒だと感じてしまうのか、「料理」にまつわる行動を分解しながら解き明かします。そもそも一食のために、予算や食べたいもの、栄養価など「考えることや決めることが多すぎる」点など、料理が億劫になる理由をあげながら、「理想の家庭料理」像に悩まない環境づくりのためにどんなことができるかを提案しています。

このパートでは、料理は自尊心と密接な関わりがあることにも触れられています。例えば、自分なりに精一杯やったけれどこれしか作れなかった……というときに、「ズボラ」や「手抜き」という言葉を自分自身に使うことで、少しずつ自分を傷つけることになっていないかと指摘。一方で、自分の希望通りに「心地よく料理する」ことの安心感を、次のように表現します。

“ちょっと大変なことがあっても、嫌な思いをしても、まぁ、私帰ったらおいしいご飯作れるし、ここは見逃しておこうと切り替えられることもあるから不思議です。これだけ変化が大きい時代において一定の自尊心を保てていることは、人生を生きやすくしてくれることにつながるはずです。(p.49)”

【写真】ごはん、味噌汁、卵焼き、野菜のおかず、などが並んだ食卓
山口さんが旅先で作った料理。知らない土地でも、ほっとして心が落ち着く自炊ご飯は「自分の帰る場所」です。自分の帰ってくる場所を自分で作れることで「大変なことがあっても踏ん張れるんじゃないかな」と山口さんは述べます

「Stage2」は、「自分のために料理できない」と感じる参加者に対して、山口さんが自炊コーチを実践した記録集です。計3回行われるオンラインレッスンのうち、1回目と3回目は料理のマンツーマンレッスン、2回目は精神科医の星野さんも加わった3人の対話が行われ、本書では主に1回目と2回目の様子が掲載されています。

1回目のレッスンの様子が紹介されているパートでは、料理に悩む理由や背景がそれぞれ異なることが明らかになっていきます。ひとり分の料理が簡単に作れる調理方法や、健康的でシンプルなメインと副菜のレシピの提案のほかに、「そもそも何を食べたいか」を改めて自分自身に聞く大切さや、食習慣で改善できるポイントなどを山口さんが伝えます。

例えば、「毎食の料理を担当しているけれどレシピがないと作れない」「自分の料理を心の底からおいしいと感じたことがない」といった悩みを抱えている文筆家の土門さんには、まずはレシピを見ないで、いつものしょうが焼きを作ってみることを提案。続いて、山口さんのガイドに沿って、もう一度しょうが焼きを作ってみるよう伝えます。最初と比較して二度目では、調味料の役割や、なぜこのタイミングで食材を加えるかなどを理解しながら進めることができたことで、土門さんの中に料理への安心感が生まれます。

【写真】青いまな板の上に、2通りの切り方で切られた玉ねぎがある
繊維を断ち切るように切った玉ねぎ(左)と繊維に沿って切った玉ねぎ(右)。切り方によって食感が変わることなど、ちょっとした料理のコツが、理由とともに紹介されます

山口さんと星野さんと参加者による3人の対話のパートでは、精神医療の現場で、困りごとのある人の話を聞くときに使われる「オープンダイアローグ」の手法を応用。まずは山口さんと星野さんが相談者の話を聞く、その後山口さんと星野さんだけで参加者について語る、その人のいないところではその人の話をしない、といったルールを定めて対話を深めます。

そこから実際に、6名の参加者とレッスンを経た変化や発見を振り返るうち、それぞれの料理や食べることにまつわるコンプレックスや価値観などに光が当たっていきます。例えば、ある参加者の方との対話の中で、プロセスを味わうことの大切さに気づいた星野さんの言葉は、食事に限らず生きること全体を照らすようです。

“料理をする際に、何を食べたいか自分の中の小さな自分に聞いてみる、というのも味わい方のコツであって、そうした一つひとつの過程を地道に楽しむことが、充実感につながるのかもしれません。 

作品的な感じで同じ料理を作ったとしても、少しずつ味わいながら壊すのと、ただ壊すのとは違う。同じ料理を同じように食べるとしても、その料理に入っている「気」を吸収しようとするのと、そうでないのとでは得られる豊かさが変わってくる。自分にとっての「味わい」をどう持つかは、誰にとっても大きなテーマなのではないでしょうか。(p.289)”

【写真】ごはん、煮物、納豆とじゃこがかかった豆腐が並んだ食卓
ほとんど自炊をしなかったという参加者が、レッスンを経て作るようになった食事。「食べることに意識が向いた結果、もっと自分を大事にしようと思えるようになった」と語ります

最後の「Stage3」では、参加者の方の問いかけやつまずきを通して山口さんが発見した、「自分のために料理を作る」ための気づきやヒントが掲載されています。参加者の対話や変容のプロセスを楽しむだけでなく、料理を手段に、自分らしく健やかに生きていくための具体的な手がかりを得ることができる一冊です。

刊行記念イベントが各地で開催

本書の出版にあたっては、著者によるトークイベントも各地で開催されています。「食」を楽しみ、笑顔を届けるメディア〈アイスム〉のYouTubeでは、山口さんと星野さんによるトークが配信中。

また2023年11月17日(金)は、東京のジュンク堂書店池袋本店にて、刊行記念イベントが開催されます。著者の山口さんと対談を行うのは、哲学研究者で学校・企業・寺社・美術館・自治体など幅広い場所で哲学対話を行う永井玲衣さんです。

続く11月18日(土)はTOUTEN BOOK STORE(愛知県名古屋市)にて山口さんのトーク、11月19日(日)には作家・編集者の佐々木典士さんが聞き手を務めるイベントが本屋ルヌガンガ(香川県高松市)にて開催されます。その後も誠光社(京都府京都市)やブックスキューブリック(福岡県福岡市)でイベントが予定されています。

自分のために料理を作ることが億劫だ——もしそんな思いがあったら、ぜひ本書を手にとってみてください。料理を通して、自分を大切にするためのヒントがきっとこの本にあるはずです。