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ゴミ屋敷や借金問題を抱えた母と向き合った2年間。リー・アンダーツさんのエッセイ本『母がゼロになるまで』2023年9月発刊
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自分の“困った”母をきっかけに、福祉について考えた葛藤の記録

この社会は、じつに多くの人によって構成されています。そして私たちがともに暮らしていくために、ルールやマナーといったものを社会やコミュニティのなかで学び、各自折り合いのつけかたを身につけていきます。

しかし、もし、自分の家族や親しい人が生きづらいと感じるような性質をもっていて、どうしてもそのルールを守ることに労力を要し、結果的に他人へ多大な迷惑をかけるようになってしまったら。私たちは彼らをとがめることなく認め、その人らしい生き方を尊重することができるのでしょうか。

母との2年間に渡る生活の様子を描いたエッセイ『母がゼロになるまで』が、〈河出書房新社〉から発売されました。著者のリー・アンダーツさんが、ゴミ屋敷に住み借金を繰り返す“困った”母が、どうしたらこの社会のなかで母らしく暮らすことができるのか、葛藤とともに考えをつづっています。

いつから母は“困った”人になったのか

リーさんは母が亡くなってから、彼女の生活を「手助け」してきた過程を克明に記し、インターネット上で発信してきました。本書はそれらの記事を加筆・修正し一冊にまとめたものです。

何か少しでも、同じことで困っている人や、今後こうなりそうな気配を感じている人の力や支え、助けになれることを願って。

(P.01 まずはじめに より引用)

関西で生まれ育ち、現在は関東で暮らすリーさんには、借金・ゴミ屋敷・セルフネグレクトといった「ちょっとした癖(リーさん談)」をもつ母親がいました。物語はリーさんが母の申し出で同居をはじめたところからスタートします。

最初は、母と成人後初めて暮らせる日が来たことを喜んでいたリーさんですが、次第に明らかになっていくトラブルの数々とともに、彼女の暮らしぶりを身をもって知ることに。多額の借金を繰り返しながら、毎月支給される年金額に不釣り合いなサービスばかりを求め、風呂や食事など自身の世話もままならない母。本書では彼女の姿がこう描かれています。

母は本当に、挨拶ぐらい簡単に「お金を貸して」と言う人なのだ。次の封筒からは、誰でも一度は聞いたことのある有名なホテルの領収書の束が出てきた。見ると、一泊2万円はくだらないそこに1週間ほど泊まっているではないか。日付を確認すると、つい最近のことだった。毎日のようにオフィスに訪ねてきては「お腹が空いたから500円貸してくれない?」としつこくしてきていたあたりのことだ。

(中略)

「なぜこんなところに行く必要があるの?」と母のきょうだいは問い詰めた。
「お風呂に、入りたかったの……」
お風呂に入りたいけれど、住んでいるアパートのお風呂は狭くて寒く、入りたくない。アパートに越してからも、うちの風呂を使わせてほしいと申し出てきたこともあった。

(P.45 より引用)

激動とも呼べる母の暮らしに伴走した経験によって、自分のその後の「暮らしが少し角度を変えた」というリーさん。母と同じような“困った”人について、こう捉えています。

困った人というのは、何もずっと困った人ではないのだから。ある日突然、ほんの些細なことから何かが崩れ、自分ではどうすることもできない、途方もない現実にすり替わってしまうことがほとんどなのだから。

(P.210より引用)
『母がゼロになるまで』帯付きの書影

本書を手に取ることは、他者に対する考え方が深まる契機になるかもしれません。音楽家で文筆家の寺尾紗穂さんは、本書刊行に際し、言葉を寄せています。

このお母さんに
もっと別の生き方が
あっただろうか。
もっと別の死に方が
あっただろうか。
問いは私たちの社会に
投げかけられている。

(本書帯より引用)

リーさんの見つけた“オルタナティブな福祉”について

リーさんは、母の自立を支えようとする過程で、福祉サービスの現状や人員不足による歯がゆさに直面し、疑問を抱いてきました。その一方で、インターネットに記事を公開後、友人や近所の行きつけの喫茶店の店長や常連さんなど、ケアワーカーだけではないさまざまな人々と交流を図るなかで、そこに「福祉」のようなものが流れていることを見出します。本編の幕間のコラムでは、福祉に対する自身の価値観の変化についても触れられています。

彼らは職業こそ違えど、直接的に他者への体や精神の介助をする頻度も違えど、しかし日々暮らしの中で暮らしにくさを感じている人たちと自分たちの関わり方を考え、それを実践し、決して誰かに押し付けるわけでもなく、ごくごく自然なこととして捉えながら生活しているように思う。

(中略)

皆さんと関わったことにより、福祉というものは案外そこら中に存在していることを知ることとなった。福祉というのは、人と人、心と心から生まれる物事なのだと思う。

(p.112 Column3 より引用)

「恥ずかしがらず、隠さず、抱え込まずに話ができ、それを面倒がらず、億劫がらず、聞き入れてくれる社会や地域や暮らしがあれば……」。過去に〈こここ〉でも、そうした観点を「オルタナティブな福祉」と位置づけた座談会イベント「リー・アンダーツのオルタナティブ福祉」をニュースで取り上げました。

その後も会は続き、4回目となる「オルタナティブ福祉」が先日10月8日(日)に大阪で開催されました。通常の座談会に加え、会場の1階部分では、実際の映像とともに本書でも登場する母の「住まい」が再現された体験型インスタレーションを展示。リーさんが母と暮らした幼少期の風景を、間近で体験できる時間となったようです。

リーさんが母と暮らしたゴミ屋敷を再現したインスタレーション。穴から空間をのぞくことも、足を踏み入れて実際に過ごすこともできる

今後のイベント開催やお知らせについては、リー・アンダーツ公式noteをご覧ください。ぜひ気になった方は本書を手に取って、自分の身の回りに帯びている“オルタナティブ”なものを含め、福祉とはなんなのか思いを馳せてみませんか。