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【画像】アムステルダムの街並み。運河の前に色とりどりの建物が並んでいる。【画像】アムステルダムの街並み。運河の前に色とりどりの建物が並んでいる。

美術の授業がきらいだったわたしが、アートの仕事をするようになるまで アムステルダムの窓から 〜アートを通して一人ひとりの物語に出会う旅〜 vol.01

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水戸芸術館現代美術センターの学芸員(教育普及担当)を経て、現在フリーランスのアートエデュケーターとして活動している、マイティこと佐藤麻衣子さん。2021年秋からオランダ・アムステルダムにわたり、障害のある人に向けた美術のプログラムのリサーチなどを行っています。

この連載では、マイティさんがアムステルダム滞在中にたずねた施設やアトリエでの、さまざまなアート活動の中で見たこと、感じたこと、そして、そこに関わる人たちから聞いたストーリーなどを綴っていきます

美術館などで、人々が作品を前にして会話するのを聴くのが大好きだというマイティさん。アートが社会でどんな役割を担えるのか考えてみたいと旅立ったアムステルダムで、アートを通してどんな一人ひとりの物語と出会っていくのでしょうか。(こここ編集部・岩中)

美術がきらいだった、昔のわたし

突然ですが、あなたは美術の授業が好きでした(です)か?

わたしは物心ついたころから高校1年まで、だいっきらいでした。絵は上手に描けないし、不器用で思うように道具も扱えない。完成した絵と描いたモノを見比べてうんざりしてばかりだったし、5種類入っていた彫刻刀セットは三角刀しか出番がなかった。

中学2年の夏休み前日。環境問題をテーマにしたポスターづくりの宿題が出された。友達は、水道のハンドルに木の芽が生えていて、蛇口からしたたる水滴の下に手のひらを描き、「水を大切に」と書くと言う。アイディアがすぐに出てくる友達に感嘆しつつ、途方にくれる。友達や既存のポスターの真似はしたくないけど、アイディアも出てこない、描く技術もない。ないないだらけの八方塞がりで出した結論は、提出しないことだった。評価は10段階中2だった。

広い世界を見せてくれた現代美術

高校の芸術科目は、音楽と美術の選択だった。迷わず音楽を選んだ。もう美術とは関わらない!金輪際お別れ!と宣言した。せいせいした。

このころは毎日生きるのがしんどかった。学校が生活の中心だから、体と心の置き場がないと感じたら真っ暗だった。苦労して入った高校はレベルが高くて追いつけない、話の合う友達ができない。ひざ上丈のスカートに憧れていたものの、いざ履くと電車や学校の冷房でお腹が冷える。毎日途中下車してトイレに寄るので、遅刻ばかりしていた。理想と現実の折り合いがつかなかった。

そんなとき、職員室の前に貼ってあった東京都現代美術館の展覧会ポスターが目に留まる。「MOTアニュアル1999 ひそやかなラディカリズム」展。白地にカラシ色の線が格子状に引かれ、作品写真が整然と並んでいる。かっこいいデザイン……ラディカリズムの意味も現代美術も知らなかったけど、直感で行ってみようと思った。一人で現代美術館に行くアイディアも誇らしかった。

展覧会は9人のアーティストのグループ展だった。高い天井と奥まで見渡せる広々とした空間には、作品が一点一点ゆとりをもって置かれていた。移動するたびに深呼吸する。ほぼ貸し切りで、作品とわたししかいない。

公園でゴミをほうきで掃く人の足元だけが映された映像、ぞうきんを手でぐしゃっとしてそのまま乾燥させたような作品、透明カラーのプラスチックコップがスタッキングされ高く積み上げられた作品。「うそ、こういうのも作品になるの?!」驚きと新鮮さがない混ぜになる。見たことも習ったこともない作品ばかりだった。

絵画は、目線を上下動かしても全体を見渡せない。何歩も後ろに下がる。空想の世界や、ぼやけた視界をそのまま描いたような絵だった。「見えるものを忠実に描け」と言われる授業とはまったく違った。

最後の部屋へ。天井近くまで布団が積み上げられ、一つの大きな山になっている。登っている人がいるので真似する。よつんばいになって体全体で登り、てっぺんから展示室を見渡したとき、抱えていた重くて暗いものがどうでもよくなった。作品をつくる人には、わたしの想像をはるかに超える広い世界が見えている。学校なんて狭い世界にすぎないのか。ゴビ砂漠と公園の砂場くらいの違いがあった。

布団を下り、出口へ向かう通路の頭上には、赤く光る四角形の物体があった。布団のかたまりだと思っていたものは、大きなコタツの作品だったのだ!

この日から、美術館を通じて社会にアーティストを紹介する仕事がしたい、美術館が空いているのはもったいない、わたしのように現実になじめない人に見てほしいと思うようになった。残りの高校生活は、先生がびっくりするほど遅刻しなくなった。

【画像】黄色、緑、青、赤、黒の四角で表現された窓

だれかと一緒に作品を鑑賞するということ

大学を卒業してからは、美術大学や省庁で働いた。美術館への就職が狭き門だと知ってからは、早々に夢を諦めていた。アート好きの公務員でこのまま一生終えるのかなと思い始めたとき、転勤先の茨城県で美術館の職を見つけた。学芸員になったのは32歳。16歳のときに美術館で働くと決意してから、半分を折り返していた。

働いていた美術館では、作品の前で会話する鑑賞方法がさかんに行われていた。わたしの役割は、どうやって作品を見たら良いか分からない人に「あなたの見方でいいんですよ、思ったことをそのまま話してください」と、伴走する仕事だったように思う。

美術館には、いろいろな人たちがやってきて、来る日も来る日も誰かと作品を見た。初めて美術館に来た小学生、視覚障害のある人グループ、毎回展覧会に来る顔見知りのご近所さん会話の内容はなんでも。作品の知識や情報を知らなくてもだいじょうぶ。気になった些細なことでも、「こんなこと言ったら笑われちゃうかな」と躊躇することでも、「分からない」の一言でも。

誰かの言葉をきっかけに会話が進んでいく。作品の見方に正解はない。一緒に見る人の数だけ作品の見方が無限に広がっていく。シャボン玉のように生まれては消え、生まれては消えていく言葉たち。泡同士がくっついて大きな会話になったり、作品から離れて遠いところにぷかぷかいってしまう場合もある。会話だけ聞いていると、違う作品だと捉える人もいるかもしれない。一人で見るときとは異なる、てんでバラバラ感。

たくさんの話からわかったのは、話したいときに話したいことを話せない人が多い事実だった。自分の成績を上げるため、同僚に伝える情報を使い分けていたら、本音で話すことを忘れてしまった会社員の人。「出産してから、自分のことをこんなに話せたのは久しぶりです」と泣きだしてしまった人。

あなたが感じたことや、思い出したことをそのまま話してくれたら、それだけで特別な時間になる。正解も不正解もない、美術に詳しい人がえらいんじゃない。作品の前で過ごす人たちと一緒につくりだすすべてのものに価値がある。あなたと見たから楽しかった、そう思える実感がお互いを助け合う。あなたの言葉で、あなたしか経験していない話をしてほしい。

わたしは、狭い世界でもがいていた高校1年の自分のような人に向けて、美術館で働いてきた。作品を見たり、作品を通じて誰かと会話して、生きるのが楽になった人にもたくさん出会った。

 

自分だけの言葉をさがしに。旅立つ決心

仕事をひととおりこなせるようになり、天職だと実感し始めたころ、だんだんと雲ゆきが怪しくなってくる。時間をかけた会話は無駄なものじゃないか、お金に換算するとマイナスになるという風向き。だけど、わたしには言葉の持ち合わせがなかった。伝えれば伝えるほど、無力さが証明されるだけだった。今まで会った人たちのためにも、作品の前で自由に話す時間を必要とする人がいることを分かってもらわなければ。

そんなときオランダに行こうと思った。アーティストが3ヶ月間、精神科病院に滞在して、患者さんや医療従事者と交流しながら制作するプログラムをしている「フィフス・シーズン」というところがある。ディレクターのエスターは、アートは社会に必要だと確信を持って話していたんだった。アーティストと3ヶ月間過ごすと、患者さんは自分を取り戻す、と。「患者」としてではない「本当の」自分。一緒に作品を見たあと、「美術館では本当の自分に戻れるんです」と言う人たちの表情と重ね合わせる。オランダならまだ見つけられていない言葉をかき集められるかもしれない。

【画像】黒、オレンジ、黄緑、紫などの色とりどりの建物

いざ、オランダへ。出国の日

出国の日。成田空港にいる人も、電光掲示板の行き先の表示もたやすく数えられた。コロナ禍で世界が止まっているのを実感させられる。長蛇の列の保安検査場、ひっきりなしに起こるアナウンス、通路を駆け抜ける人、そんな風景は消え去っていた。空港のざわついた雰囲気が、旅の高揚感をもたらしていたことを知る。海外に行くことが信じられないまま、全員が搭乗したのか、定刻より10分早く扉が閉まる。

空席ばかりで一人が一列使えるのは嬉しいけど、旅に出る気持ちがわきあがってこない。高度が安定すると、背中を窓につけ足をのばして目を閉じる。いつもならガイドブックや映画を見て、一分たりとも無駄にせず空の時間を過ごすが、今回は違う。オランダ行きが決まり、日本出国までの日々は選択の連続で、ほとほと疲れていた。世界最難関といわれるオランダの家探しには、最後まで翻弄させられた。

与えられた1年間で、成果は出せるのかな。初めての海外生活、健康に過ごせるのか、生活は早く整うだろうか。40歳を目前にして、もしかしてすごい決断しちゃったのかな……。

トイレに立ち、手を洗う。グレーの壁紙がふと目に入る。白い細かな模様が規則正しく並んでいる。目を凝らすと白い模様は人の頭だった。機上から見た人たち。格好も年齢も向かっている方向もばらばらだ。そうか、どの場所にも生活を営む人がいるんだよね。作品の前で話をする人たちの姿が次々に浮かんできた。

 

【画像】飛行機の中の壁紙。頭上から描かれた人々が並んでいる絵。

わたしの役割は美術を通じて誰かの話を聞き、伝えることなのかもしれない。オランダでどれだけのストーリーを聞けるだろう。

窓に絵が貼りついているのかと疑うくらいの眺めに飽きたころ、機長の声が響きわたる。何本もの運河を見下ろしながら、高度は下がっていく。どこまでも平らなオランダの大地に足を踏み入れた。

 


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連載:アムステルダムの窓から 〜アートを通して一人ひとりの物語に出会う旅〜