個と個で一緒にできること。福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉マガジンハウス

福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【画像】アムステルダムの街並み。運河の前に色とりどりの建物が並んでいる。【画像】アムステルダムの街並み。運河の前に色とりどりの建物が並んでいる。

初めての海外生活で知った、美術館までの「距離」 アムステルダムの窓から 〜アートを通して一人ひとりの物語に出会う旅〜 vol.02

  1. トップ
  2. アムステルダムの窓から 〜アートを通して一人ひとりの物語に出会う旅〜
  3. 初めての海外生活で知った、美術館までの「距離」

水戸芸術館現代美術センターの学芸員(教育普及担当)を経て、現在フリーランスのアートエデュケーターとして活動している、マイティこと佐藤麻衣子さん。2021年秋からオランダ・アムステルダムにわたり、障害のある人に向けた美術のプログラムのリサーチなどを行っています。

この連載では、マイティさんがアムステルダム滞在中にたずねた施設やアトリエでの、さまざまなアート活動の中で見たこと、感じたこと、そして、そこに関わる人たちから聞いたストーリーなどを綴っていきます

連載第2回となる今回は、初めての海外生活で感じた不安や難しさ、そして、これまでたくさんの人に美術館へ来てもらうための活動をしていたマイティさんが、美術館にたどり着くまでの「距離」を意識した時の気持ちが語られています。(こここ編集部・岩中)

やらなきゃいけないのに、できない、分からない

こんなときどうするの。青いカードを持って、トラム(路面電車)乗り場をさまよう。アムステルダムの街中に出かけなければいけないのに、無賃乗車になってしまう。券売機は見あたらない。昨日下車するとき、カードをかざしたら残高は1ユーロを切っていた。誰かに聞きたいけど、今のメンタリティではたやすいことではない。

到着してから3日間、うまく英語のできない自分を思い知らされた。通じてない、細かいことが聞き取れない……日本で費やした英会話の特訓時間と今のレベルは比例していなかった。スマートフォンで「停留所名 チャージ」と入力しても、日本語での情報はヒットしない。ここから一生出られないんじゃないか、くもり空の下で何度もトラムを見送る。

昨日、対策はしていたのだ。この駅でチャージはできなさそうと薄々感じていたから、別の駅で試みた。券売機に入れた4ユーロは飲み込まれてしまった。窓口でたずねたら、「カスタマーサービスに電話して」の一点張り。お金と自信を同時に失った。明日なんとかしようとその場をあとにしたけど、問題を先送りしただけで、なんら解決には至っていない。

チャージだけでない。わたしの傍らにはできない山、やらなきゃいけない山、分からない山脈が連なる。銀行口座を作っても現金が引き出せない、アパートが見つかっても光熱費の契約ができない。

アートエデュケーターの仕事 ー 美術館に行かない人、行けない人に来てもらうために ー

初めて「外国に住む外国人」になってから、水戸のことを思い出すようになった。仕事を遅く終えた帰り道は、もっぱら夕飯について考える。スーパーはすでに閉店、冷蔵庫には調味料だけ。空腹はお菓子でしのいだけど、このままスキップするか食べるか。交差点に差しかかる。右に曲がれば家だけど、正面に赤く光る路上看板を確認する。「食べた方が健康だよね」と自分に言い聞かせ、中華料理屋の引き戸を開ける。小上がり席で飲む冷えたビールと、もっちりした皮の水餃子に、頭と体がほぐれていく。

時々言葉を交わすお店のママに、日本でのくらしについてたずねたことがある。「運転中、対向車に先を譲ると手を上げてお礼されるときがあるでしょ。それが日本のいいところ、中国にはない」日本で生まれた息子さんは独立し、時々店を手伝ってくれるそうだ。そういえば、来日したての頃の話って聞いたことがなかった。切符は買えたのかな(電車が絡み合う路線図を読みこめたのかな)? 銀行口座はすぐに作れたのかな(外国人って印鑑は必要なのかな)? 

水戸では、教育普及担当の学芸員(アートエデュケーター)をしていた。“美術館にいない人”、そのことをいつも考えていた。あなたの近くにもいませんか、美術館に行かない人、行けない人。興味がないから、どうやって作品を見たら良いかわからないから、今は外に出られない状況だから……さらにたくさんの理由があるはず。

そんな人たちのアンテナに届くように、鑑賞会やワークショップを企画し、鑑賞ガイドをつくる。「行ってみようかな」「行ってみたら面白いじゃん」と思ってもらえるように。展覧会を企画してつくるのがキュレーターなら、いろんな人に展覧会まで来てもらうのがアートエデュケーターだ。待っているだけでは絶対に来ない人がいるから。

美術館のエントランスホールが埋まるくらいたくさんの小学生が、鑑賞会に来たときのこと。展覧会はアーティストの中谷芙二子さんの個展だった。ハイライトは、中庭にある「霧の彫刻」作品。彫刻といっても、銅像や仏像のようにズドーンと立ち上がっているものではない。水場に設置されたノズルから霧が噴き出る。気温や湿度、風向きによって霧のかたちや濃さ、流れが変わり、決して同じにはならない。中谷さんはそれを「霧の彫刻」と名づけた。

かたまりが大きくなり厚みが増し、芝生の上を霧がなぞりはじめると、すぐそばにいる人の顔すら見えなくなる。おどろきと興奮が重なる声が空にぬけていく。友達がそこにいることを確かめるかのように、霧をかけあう。水場に足を踏み入れ、靴をぬらす子どもが次から次へと現れる。

鑑賞会が終わり、集合場所に向かっているとき、先生が声をかけてきた。「今日来た子どもたちの中には、児童養護施設で生活をしている子がいます。こういう機会がなかったら、美術館に一生来なかったかもしれません」自分の中になかった言葉を聞いた気がした。

突然の出会いからひらけた窓

アムステルダムに話を戻そう。トラムのチャージでさまよっていたわたしに、幸運がおとずれた。日本食材店に駆け込んだら、入口で「マイティさんですか?」と声をかけられる。「オランダに行くなら会って」と知り合いが紹介してくれたシマノ夫妻だった。マスクはしていたものの、SNSで見ていた髪型にピンときたらしい。

チャージができる場所まで連れていってくれ、一から方法を教えてくれた。最後にお礼を言うと、「マイティさん、オランダに呼ばれているんですよ」とゴローさん。できない自分にとらわれていたけど、なんでもできるかもしれない、と力がみなぎってきた。

トラムに乗れるようになったわたしは、研修先に通い始めた。仮住まいの南のまちから北上する。トラムの中がにぎやかになってきたなと顔を上げると、決まってミュージアム広場の停留所だ。視界にアムステルダム国立美術館やゴッホ美術館が入る。さて、中にはいつ入れるのだろう。数日後に引っ越すアパートの手続きが終わらず、落ち着かなかった。

美術館は日常? 非日常?

日本で働いていたころは、いつでも展示室に入れた。監視員さんにあいさつし、近所の人に会えば世間話をする。休みの日には、休養とリサーチをかねて各地へ。美術を抜きにした旅行を最後にしたのは、いつだったか。勤務先に友達が遊びにきたときのこと。階段の天井から自然光が差し、梁の影が映る白い壁を見て「非日常だー」と声をあげた。なんのことだかすぐに分からなかった。そのころは、友人の見ている景色がわたしにとっての日常だった。

師走の半分がいたずらに過ぎ、新居に移った。前の住人のゴミやたまったホコリを片付けていたら、2日かかってしまった。開け閉めができないカーテンと窓の修理を大家さんに依頼した。バスマットにハンガー、調味料と必要なものを買いそろえた。やることリストが消えていく。

明日は美術館に行こう、アムステルダム国立美術館がいいな。「行きたい」という気持ちが、体の中からわきあがってくる。どうやら美術館って、落ち着いた生活と、気持ちの余裕を手にしないと行けない場所みたい。美術館に来ない人について考えてきたのに、自分がそうなるなんて思いもしなかった

クリスマスツリーもイルミネーションも街に増えてきた。買い出しの途中に見えるバーのテラス席では、ビールを片手に切れ目のないおしゃべりが続く。路地を声が埋めつくす。夜間のロックダウンで17時には閉店するはずなんだけどな。そんな記念すべき日の夜に、ルッテ首相が声明を出した。明日から1月中旬まで本格的なロックダウンに入り、レストランや文化施設をクローズする、と。わたしの準備が整ったのに、今度は美術館の扉が閉じた。

【画像】

Series

連載:アムステルダムの窓から 〜アートを通して一人ひとりの物語に出会う旅〜