

「壁があったら自然に曲がる」―妄想恋愛詩人・ムラキングさんと企画会議してきました[前編] ポロリとひとこと|妄想恋愛詩人 ムラキング vol.01
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2021年初夏、こここ編集部の中田と岩中は、とある人物をたずねて、静岡県浜松市の〈たけし文化センター連尺町〉を訪れました。その人の名前は、“妄想恋愛詩人”ムラキング。
「初キスはお昼ご飯の味でした」「全部中途半端」「添加物まみれのこの体」など、笑いと悲哀が詰まった「たまに名言」シリーズのほか、妄想恋愛をテーマにした詩や小説など、ことばを表現手段にして活動されています。恋愛について考えたこと、過去の落ち込んだ出来事、日常の気になるあれこれ……。ムラキングさんが繰り出すことばは、真面目さと優しさを備えつつどこかユーモラスな姿であらわれるところが魅力的です。
こここ編集長の中田もまた、そんなムラキングさんのことばに射止められたひとり。「ぜひ〈こここ〉で連載企画をご一緒したい!」とオファーしたのですが、ムラキングさんは嬉しいと感じてくださった反面、大きなプレッシャーから緊張されているそう……。そこで、どうしたらお互いに心地よく企画を進められるのか、一緒に考えるところからはじめて、その過程もまた記事にすることにしました。
また、ムラキングさんは約10年前から、認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ(以下、「レッツ」)が運営する、障害福祉施設〈アルス・ノヴァ〉や〈たけし文化センター連尺町〉を利用しています。今回の企画では、ムラキングさんはもちろん、レッツのスタッフでムラキングさんと長年関わり合いのある、水越雅人さんにも参加していただきます。
第1回は、企画会議のような、ただのおしゃべりのような、ゆるくて脱線だらけのトークをお届けします。格好つけすぎず、ありのままで、なおかつ安心して続けられる「連載」とは、どんなかたちがあるのでしょう? ムラキングさんも、水越さんも、編集部メンバーも、悩みながら話してみました。
(こここ編集部・中田)

登場人物紹介
ムラキング: 1981年生まれ。高校生ぐらいから詩を書く。即興で詩を書くのが得意。認定NPO法人クリエイティブサポートレッツの就労継続支援B型を利用している。統合失調症。自信がなく、ときどき不安でいっぱいになることもあるが、興味のあることに対しては分野関係なく、まずは手をつけてみたいタイプ。好きなファミレスはデニーズ。
水越雅人:認定NPO法人クリエイティブサポートレッツのスタッフ。障害のある人の活動・居場所・仕事づくりをサポートする就労継続支援B型事業担当。同い年のムラキングと出会って10年。ムラキングにツッコミを入れる担当でもある。たまに喧嘩したりしながらも一緒に活動している。
中田一会:こここ編集長。5年前、ムラキングの「たまに名言」に出会って以来のムラキングファン。連載企画をオファーしたものの「プレッシャーで不安になっている」と聞いて岩中とレッツへ。情熱はあるがうっかり者。
岩中可南子:こここ編集部メンバー。パフォーミングアーツやアートプロジェクトのコーディネーターもしている。ムラキングとはSNSでつながっていて今回が初対面。ムラキングと自分の生年月日が同じなことに、密かな縁を感じている。


残っちゃうからどうしよう

「ムラキングさんのラジオ、聞きましたよ(※)。棒人間の話、最高だなと思って」
※YouTubeチャンネル「ムラキングの妄想ラジオ(仮)」ではムラキングと水越さんの掛け合いを配信している。中田が聴いたのは第28回「走ってる棒人間を見かけました」。

「ありがとうございます」

「その前の回も聞きました。部屋で膝立ち移動してて、ズボンに穴が開いた話」

「録ると楽しいんですよね。まあ基本人見知りだったりとかするんですけど、ついつい話しちゃう。話してる最中は楽しいんですよ。そのあと気付くと、『僕なに話したっけ』ってなるんですが。だからちょっと不安」

「自分は忘れているのにラジオ(YouTube)には残ってることが?」

「そうそうそう。レッツの活動報告書って全部印刷物なんですよ、基本。だから自分のことも載っているけど、そこまで自分を見られている感じはしない。でも、今回の〈こここ〉に関していえば、僕の発言がネットに残っちゃうからどうしようって」

「そうですよね」

「そこはまあしょうがないかなあと。以前も新聞でインタビューされたことがあって。とりあえずインタビューさせてくださいって言われて録ったので。結構いきなり『これやってください』『あれやってください』っていうの多いんですよ」

「確かに、メディアの取材って、そういうところありますよね。私たちも含め」

「そもそも仕事ってそういうところもあるよね」

「そうですよね」

「〈こここ〉の連載も、不安を感じてるんですよね? だから、今回はこの『連載をやりませんか』会議自体を第1回にして、どういう気持ちでやろうか、とか、タイトルどうしようかとかを相談したいです」

「そう! ムラキングさんと一緒に考えたいです」

「はい……でも、なんかすごいなと思うのが、僕がぐっとくるタイトル案がちゃんとあるというか」(企画書のタイトル案を見ながら)

「えー! うれしい」

「どの案がぐっときましたか」

「『ぽろりと一言』とか、『ムラキングの縁側へようこそ』とか」

「『ようこそ』いいですよね」

「『縁側へようこそ』は、気を張らないやつがいいなと思って」

「そうなんですよね」

「『ぽろり』もいいなあ」

「『ぽろり』は、ムラキングさんの『たまに名言』を参考にさせてもらったんです」

「ですよね。そういうことだろうなあと思って。それこそ僕が考えつかないことを、周りの人が考えている。それがすっごく嬉しいんですけど、嬉しい、嬉しいけど、なんか踏み込まれている感じもする」

「なるほど、踏み込み感」

「水越さんとかには言ってるんですけど、昨日本当に寝られなくて」

「今日のこの会議と取材があるから、緊張しましたか」

「しました。寝られなくて。いつもだったら24時間やってる近所のファミレスで時間を潰すんですけど、そこが深夜の1時までしかやってなくて。歩いて30分ぐらいかかるところに行って。いろいろ考えて。そこでちょっと寝ちゃって。もう帰らなきゃって帰ってきて、そのあとちょっと寝られたのでよかったんですけど。やっぱりこうなってくると本当に『詩人』とか『アーティスト』って名乗るべきなのかな、みたいなのはすごく思ってきちゃってて」

「前のオンライン打ち合わせでも、『アーティストと呼ばれたくない』って言ってましたよね。その話も今日しましょう。眠れないほどの緊張が今日の話し合いでほぐれるといいなあと思っています」

詩が書けるから行ってみよう

「ムラキングさんがレッツに出会ったのっていつぐらいですか?」

「10年前ぐらい」

「12月ごろですね。2011年の2月くらい、とか」

「寒いときでしたね」

「冬ですね」

「高校のとき、サッカー部でいじめにあって。統合失調症を発症したのが高校2年生のとき。自分としては幼稚園ぐらいから発症してたんじゃないかなと思うんですけど。で、なんとか高校通いつつも、進学のこととか、このまま人とコミュニケーションをとれない状態が続くのかなあとかすごく悩んで。その頃、クリニックのデイケアに通うようになったら『まあ、いいか。こういう人生もありだ』と思うようになりました。そのあと、クリニックのデイケアを辞めなきゃいけなくなったので、じゃあどこか行けるところがあるかなと、母が探してくれて。たまたまクリニックのチラシコーナーに、レッツのチラシが1枚だけ残っていたんです。それで電話して。『とりあえずどうぞ』って言われて来ているのがはじまりですよね」

「そっか、チラシを見て」

「あれじゃない、詩が書けるって書いてあったから来たんだっけ?」

「そうそう。音楽ができるから、詩が書けるから行ってみようみたいな。自分は最初、レッツに行って『ボランティアをやりたいです』って言ったらしい。ちゃんと覚えてないんだけど。だけど、代表の久保田さんは『この人はボランティアじゃない』って思ったらしくって」

「なるほど」

「今、やってることとかも全部、きっかけはレッツが多くて。もともと詩は書いてたんですけど、クリニックで詩を見せると『そうじゃなくて、喋ってほしい』と言われたりする。こっちは喋りたいことを詩にしてたりするので、『こういうことを考えているんです』って言って渡しても、『いや直接言ってよ~』みたいになるのが嫌だったんですよね。だから、レッツって不思議な場だなあ、よかったと思いながら過ごしています」

「詩を書くのもさ、音楽を聴いてたからでしょ、最初は」

「そう、音楽に携わりたいって思ってて、ギターとかベースも始めたんですけど、それも全然追いつかない状態になって。中学から高校ぐらいなのかな、わかんないですけど。高校くらいから完全に、詩となるもの、言葉だけ……なんだろうな、モーニング娘。あたりの頃なので、つんく♂とか」

「高校生くらい」

「そうですね、秋元康とか。その辺の詩を聴いて、『こういうテーマがあるんだ』って思って、歌詞を書くみたいな」

「ヴィジュアル系の、めっちゃ好きなアーティスト、誰だっけ」

「DIR EN GREY」

「DIR EN GREY!」
(しばらくムラキングによる音楽トークが続く)

「この取材、第1回『ムラキングと音楽』みたいな感じになってきましたね」

「ムラキング、音楽に関してはめちゃくちゃ詳しいんですよ。YouTube観まくってる」

「ずっと音楽の話を聞いていたい」

「この連載って、ムラキングさんが眠れなくなるほど、辛くなるほどの『表現』は求めないようにしたいんです。ただ、楽しくおしゃべりできる枠組みがあるといいなあと思って。だから、ゆるく語れるテーマを一緒に考えたい。『音楽』はありですね」

「ムラキングの話はハードなのが多いからなあ。一回くらい、『昔あったいいことを思い出そう』っていう回を入れるのもいいかも。最後にはいじめられた話に流れていくのがムラキングの特徴な気がする」

「いいですね」

「楽しかったこともあるはずで」

「いやあ、なかったですね」

「なかったかあ」

ここでみんな飛んでるんで

「今日のために〈こここ〉の過去の記事を全部読みました」

「え、すごく嬉しい。ありがとうございます」

「結構、量あったんですけど、齋藤陽道さんの記事がすごく面白いなって思ってて」

「ありがとうございます」

「すごいわくわくする。知らない環境に手を出すのって、そのわくわく感があるんですけど、それに加えて、不安が。取材前日くらいになってきて、枠を超えるくらい緊張感が高まるんですよ。なに喋ろうかと思って」

「めっちゃ緊張してるじゃん」

「いやめっちゃ緊張してますよ」

「だって今日、ムラキングの背中の曲がりかたが尋常じゃない。スケボーの技ができるくらい。ハーフパイプ的な曲がりかただね」

「スケートパーク的な」

「ここでみんな飛んでるんで」

「気持ちよく滑れる」

「おなかのあたりで」

壁があったら自然に曲がる

「ムラキングさんは真面目ですよね」

「真面目すぎるんですよ。真面目すぎていじめに遭うタイプなので」

「でもファッションは完全に不真面目だよね」

「今日のパンツ、キュロットみたいで太くて可愛いなと思って」

「ほんとだ」

「ガウチョパンツを知り合いの人からもらって。これはメルカリで買ったXXLくらいのワンピースを」

「あ、やっぱりそのポロシャツ、ワンピースですよね。長めで可愛いなと思った」


「そういうのを最近着ようかなって。もともと女子になりたい、じゃないけど、女子化したいっていうのが結構あるんですよね。雑誌『KERA』とかを読んでたので」

「ヴィジュアル系の恰好をしたいってずっと言ってたよね」

「いいですね。『ムラキングとヴィジュアル系』ってテーマも」

「ヴィジュアル系について語りたい」

「ギターの練習のために、それこそ『BANDやろうぜ』も買ってましたよ」

「ギターをやってたんですか?」

「でもやれなかったんです。Fコードを押さえられない、指が。『Fの壁』があるんです」

「よくいいますよね。難しいって。Fだったんだ、やっぱり」

「ムラキングさんの偉いところは、壁があったらちゃんと乗り越えないで」

「壁につかまったまんま」

「いや、つかまろうともしない。壁があったら自然に曲がると思う」

「それはあると思います、いまは生活保護だから。色んなものをやりたいんですけど、きちきちなんですよ。最悪なにができるかなと思っても、なんにもできないんです」

豆腐で生活の折り合いをつける

「生活はきつきつだけど、ムラキングはやりたいことのチョイスがね、ちゃんとあって」

「ちゃんとやりたいこと、ほしいものを選ぶ。それでこれはダメだなと思ったら、もう一回切り捨てて」

「それで火曜日にお金をもらって、土曜日にお金がないっていうね。日曜・月曜はギリギリで過ごしている」

「だから最近、豆腐を食うっていう」

「豆腐はどうやって食べるんですか」

「ここ2週間、醤油で食べてるんですけど。豆腐が1丁30円なんですよ。だから10丁買って300円」

「安い!」

「そういうので、生活の折り合いをつける、みたいな」

「豆腐10丁で生活の折り合いをつける。なかなかのパンチラインですね」

「コンビニ行くときは、なにを買うんですか?」

「弁当ですね。それをやってると太るんですけど、やめられなくなって。ファミレスのドリンクバーが438円で、弁当が500円くらいだから、一日千円消費しちゃうんですよ。それをやめなきゃいけないなと思った結果が豆腐で」

「なるほど」

「料理しようとしてもね、得意不得意はあるしね。そもそも『得意不得意』からはみ出すこともあるし」

「そういう生活の折り合いのつけかたとか、いろいろ聞いてみたい。生活の知恵。『ムラキングの折り合いのつけかた』っていう企画もいいですね」

後編につづく
いよいよ本題&詩のワークショップへ
〈こここ〉連載のための企画会議だったはずが、話題はどんどん転がって不思議な方向へ。行方が少し心配になってきましたが……ご安心ください。
後編はいよいよ本題に入ります。「〈こここ〉はなぜムラキングに連載をしてほしいのか?」「ムラキングが不安になってしまう理由は?」をお互いに明かしつつ、詩のワークショップを実際にやってみることに。気になるムラキングのワークショップ「未来占い」とは? ぜひご覧ください。
>「恋愛は、分岐点が3つ」―妄想恋愛詩人・ムラキングさんと企画会議してきました[後編]

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- ライター:遠藤ジョバンニ
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1991年生まれ、ライター・エッセイスト。大学卒業後、社会福祉法人で支援員として勤務。その後、編集プロダクションのライター・業界新聞記者(農業)・企業広報職を経てフリーランスへ。好きな言葉は「いい塩梅」、最近気になっているテーマは「農福連携」。埼玉県在住。知的障害のある弟とともに育った「きょうだい児」でもある。