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詩を書いている自分は自分じゃない? ―妄想恋愛詩人・ムラキングの「表現」をめぐる葛藤 ポロリとひとこと|妄想恋愛詩人 ムラキング vol.04

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今回のテーマとあらすじ

妄想恋愛詩人・ムラキングの「ポロリとひとこと」。連載4回目のテーマは「表現」です。

「妄想恋愛詩人」として活動するムラキングさんですが、実は「詩人」を名乗ることにためらいがあったり、それでもやはり書くこと・創作することは手放せなかったり、日々揺れる気持ちを抱いているそう。連載第1回でも「アーティストにはなりたくない」「つくったらそこでもうおしまい」とお話しされていました。

それでもやっぱり、私たち〈こここ〉編集部がムラキングさんに出会い、惹かれたのは、ムラキングさんがつむいだ詩に惹かれたから。この連載で毎回、詩のワークショップをやっているのも、創作による出会いの力を借りたいからです。

生きていくうえで何かを表したり、つくったりすることは、ささやかでも大事なことのように思います。そこで今回は、悩みながらも「妄想恋愛詩人」を続けるムラキングさんに、「つくる」についてお話を聞いてみることにしました。ムラキングさんの活動に10年以上伴走している、認定NPO法人クリエイティブサポートレッツの水越雅人さんにも、“横で見ている人”の視点で語っていただきました。

みんなでおしゃべりするための場所を提供いただいたのは、静岡県浜松市の「読書空間 ひつじ日和」さん。ご家族で運営されている素敵な本屋さんです。それでは、今回のおしゃべりをどうぞ。(こここ編集部・中田)

妄想恋愛詩人・ムラキングさん。今回もムラキングさんが暮らす、静岡県浜松市におじゃましました。

連載「ポロリとひとこと」とは?

「初キスはお昼ご飯の味でした」「全部中途半端」「添加物まみれのこの体」など、読んでくすっと笑った後に哀愁も感じる「たまに名言」シリーズをはじめ、妄想恋愛をテーマにした詩や小説など、ことばを通じた活動をされている“妄想恋愛詩人”ムラキングさんの連載企画。ムラキングさんが通っている認定NPO法人クリエイティブサポートレッツのスタッフ・水越さんや、こここ編集部メンバーも交えておしゃべりしつつ、詩のワークショップを誌上で重ねていくシリーズです。ゆっくり更新していきます。

正座するムラキングさんを囲んで何かの反省会のようですが……ご心配なく。今回も詩のワークショップと座談会をはじめますよ。

登場人物紹介

ムラキング: 1981年生まれ。高校生ぐらいから詩を書く。即興で詩を書くのが得意。認定NPO法人クリエイティブサポートレッツの就労継続支援B型を利用している。統合失調症。自信がなく、ときどき不安でいっぱいになることもあるが、興味のあることに対しては分野関係なく、まずは手をつけてみたいタイプ。気になる人は、ゲームクリエイター・ヨコオタロウさん。最近よく食べるおやつはファミリーマートの「ファミマル」シリーズ。カロリーが高いらしくてちょっと心配。あと側弯で肩こりがひどい。

水越雅人:認定NPO法人クリエイティブサポートレッツのスタッフ。障害のある人の活動・居場所・仕事づくりをサポートする就労継続支援B型事業担当。同い年のムラキングと出会って10年。ムラキングにツッコミを入れる担当でもある。ジャンプ漫画の話をしたり、喧嘩したりしながらも一緒に活動している。悩みは枕が沈んで肩こりがひどいこと。最近、新しい枕を手に入れたが、これからうまくやっていけるかどきどきしている。ムラキングと同じぐらい片付けができない。

中田一会:こここ編集長。千葉で猫と亀と生活している。定例会議を欠席したとき「僕たちはグループなので全員揃ってないと」とムラキングに言ってもらい、嬉しかったのが最近の思い出。好物はじゃがいも。

岩中可南子:こここ編集部メンバー。東京の東のはじっこ在住。ムラキングと生年月日が同じ。父親が遺言がわりに描き始めたという漫画の、唯一の読者。好きな食べ物は生春巻きと手羽先。

遠藤ジョバンニ:ライター。埼玉に住んでいる。最近犬を飼い始め、猫があまりにも文化人から愛されているので若干の不公平感を抱いている。多肉植物が好き。


星になりたい? それとも、土になりたい?(詩のワークショップその1)

こここ・中田

「リビングみたいな読書空間、落ち着きますね。いつもはおしゃべりからスタートしてますが、今回は最初に詩のワークショップからはじめてみましょうか。ムラキングさん、よろしくおねがいします」

ムラキング

「よろしくおねがいします」

【写真】左に遠藤ジョバンニさん、右にムラキングさんが並び、詩のワークショップをしている
最初はライターの遠藤ジョバンニさんにワークショップ体験をしてもらいました。記事の表側には出てこないですが、執筆者として一緒に過ごしてきた連載メンバーです。
ムラキング

「では、よろしくおねがいします」

ジョバンニ

「はい!」

ムラキング

「ジョバンニさんは、星になりたいですか。それとも、土になりたいですか」

ジョバンニ

「ああー。星よりは土のほうがいいかもしれない。星は寂しそうですね」

レッツ・水越

「 5年ぐらい考える時間が欲しい質問ですね」

ムラキング

「もし『星同士がぶつかって、大きくなる状態』と、『海が干上がって最終的に全部砂でしかない状態』を選ぶとしたら、どっちがいいですか」

ジョバンニ

「星と星がぶつかりあうのと、海が干上がるの」

ムラキング

「海が干上がってその先の、砂になるかどうか」

ジョバンニ

「海が干上がるほうがいいですね」

ムラキング

「ジョバンニさんは、そこで暮らしている生物ではなく惑星です。例えば観測衛星が、その状態を写真に撮ったりするのは大丈夫ですか」

ジョバンニ

「観測衛星が写真に撮って――?」

ムラキング

「その砂の惑星を、別の惑星から、例えば地球の人々から観測されることとか、探査されて惑星の砂を採られてしまうことに関しては?」

ジョバンニ

「うん」

ムラキング

「されたい?」

ジョバンニ

「ゆるします」

ムラキング

「ふふふ、ゆるされちゃった」

こここ・中田

「ムラキングさん、嬉しそうですね(笑)」

ムラキング

(ペンを置いて)「できました」

そうこうするうちに詩が完成。では一緒に読んでみましょう。

いつの間にか
「私」のことを見ている
「私」は生きてはないが
誰かが「私」のもとで
「私」をけずり
「私」と「私」と「私」を
「私」からはがし
誰のものでもなくなる

ムラキング

「はやぶさ2号みたいな実験用の機械に、一部を持っていかれちゃう惑星のイメージです」

こここ・岩中

「へえ、どこまで私なんだろう」

ムラキング

「鉛筆削りに入れた鉛筆もそうなんですよね、芯を削るために入れるけど、その時点まで鉛筆だった木が剥がれて、ただのゴミになる」

こここ・岩中

「なんだかすごく、どきっとしますね」

ジョバンニ

「ありがとうございます、嬉しい。最近、『この状況に陥っている人間が自分じゃなかったら、もっと良くなっていたかもしれないのに』とか、答えが出ないことを考えては、『はあ、“私”から逃げ出せないのが人生だなあ』と思っていたので」

ムラキング

「それなら、持っていかれて大丈夫だったんですね。逆に、持っていかれた粒がシャーレのなかでまた『私』として培養されて、それが繰り返し続いていくみたいな」

ジョバンニ

「新しい『私』が生まれていくかもしれませんね。」

こここ・中田

「いい詩ですね。おもしろいな。じゃあ、今日はもうひとり、参加いただきましょう」

違う夢を見ているはずなのに(詩のワークショップその2)

「はじめまして。よろしくおねがいします」取材会場としてお借りした「読書空間 ひつじ日和」の上原真由美さん(左)にもワークショップに参加いただきました。
ムラキング

「はじめまして。ムラキングといいます」

レッツ・水越

「妄想恋愛詩人として、アルス・ノヴァで活動しています。話をしながら詩を作るワークショップをしています。こんな感じだけどロマンチックな人ですので、ぜひよろしくお願いします」

上原

「よろしくお願いします!」

ムラキング

「上原さんは怖い夢と、笑える夢だったらどっちが見たいですか」

上原

「笑える夢。それは絶対ですね」

ムラキング

「笑う夢は、寝起きに見ますか。それとも寝ている最中に笑っているか、寝はじめに笑いながら寝るか」

上原

「うーん、そういう感じかあ、普段しない発想ですね、寝はじめにします。なんだろう、すごい、初めての感じ!」

初めてお会いした上原さんとのやりとりに、ちょっと緊張気味のムラキング。困ったときは水越さんが合いの手をいれることも。
ムラキング

(詩を書きながら)「どうしようこれ」

レッツ・水越

「はい、ムラキング、困ってますね。上原さん、この本屋さん、しばらくお休みされていたんですよね?」

上原

「一番下の娘が小学校に入ったのを機に、またそこから本屋業に復帰して……色々なものを整えるのに時間がかかって、長いお休みでした。本屋を開くのが夫の夢でもあり、何らかの形でやりたいっていうのがあって」

レッツ・水越

「うんうん」

こここ・中田

「10年かかったと聞きました。すごいです」

ムラキング

(ペンを置いて)「できました!」

変わらない夢に
入りたい私
「あなた」の隣で
私はそのあなたの夢と
違う夢を見ている
はずなのに
隣で「あなた」は
私が笑っているのを知らないけど
ニコニコしている

上原

「……私の背景知ってましたっけ?」

ムラキング

「知らないです。詩作もひとりで考えるときと、今みたいに周りの話に乗っかるときとがあるので。今みたいに、家族の話を聞いて『これ、救いになる』って」

上原

「意外と、そう解釈できちゃう気もしてきちゃいましたね」

「なんだか不思議な詩をいただきました」と、上原さん。ムラキングさんは、書き終わってから緊張が高まったらしく、撮影でドギマギ。

詩を書いている自分は自分じゃない

こここ・中田

「ワークショップを続けて2回やっていただきました。どちらもいい詩でした。ムラキングさんのワークショップって、ああいうふうに来てくれた方と対話形式というか、ちょっと不思議な質問をして進みますよね。なぜなんでしょう?」

ムラキング

「独りよがりな詩は、自分ひとりで書けるから、誰かと一緒にいるときには書かないようにしてて」

こここ・中田

「なるほど。詩をひとりで作ることと、相手がいるうえで言葉を紡いでいくことを、ちゃんと分けてるんですね。その形式が違うってことを大事にしてるというか」

ムラキング

「とりあえず架空の『何か』や『誰か』を詩の中に立てて、詩を書いている人に近いものをとる癖があって、それで上原さんのときみたく『あなた』が出てきます。ちょっと怖いけど、それを書くためには咀嚼して、書かなきゃいけない」

こここ・岩中

ちょっとしたヒントから探りながら、相手が考えていることも想像しつつ、みたいなことかな」

こここ・中田

「『自分は人見知りだから』と、少し前にムラキングさんが言っていたけど、詩のワークショップは、今日みたいにほぼ初対面の人から話を聞き出して作品をつくることでもあって。それだけでめちゃくちゃ勇気がいると思います。どんな気持ちで書いているのか、前から気になっていました。ワークショップで書けないことってないんですか?」

ムラキング

「ないです。上原さんとしたような紹介から入るワークショップのときも、最初は本当に緊張してるんですよね。緊張しているほうが早く詩が出るのかもしれない」

こここ・中田

「……早く終わらせたいってこと?」

こここ・岩中

「この緊張感を」

ムラキング

「詩を書いてる自分は自分じゃないっていうか。切り離されているから、ある程度質問して、詩が書けるし。水越さんが自分の活動を他の人へ紹介してくれるときも、『しょうがない』と思って身一つでいくという」

こここ・中田

「しょうがないと思って身一つでいく。だいぶ『いやいや』だ!」

レッツ・水越

「一応補足しておくと、レッツの面談でムラキングが『ワークショップをやりたい』って大抵言うので、その意向を汲んで僕がサポートの一環でいろいろ紹介するという感じですからね。強制ではないですよ!」

こここ・岩中

「身一つだけど、詩を書くっていう目的があるから話せるのかなあ。本当に丸腰で人と話すって結構難しい気がするけど、初対面で」

独りよがりな詩からハッとして戻ってきた

ムラキング

「自分ひとりで詩を書いていると、もう自分のことばっかりな、独りよがりな詩しか書かないんですよ。それが自分の中から出てきちゃって、どうしようもないときもあって。この前は水越さんからもちょっと詩のことで言われて、確かにそれはそうだなって」

レッツ・水越

「当時、体調が悪かったみたいで。そういうときのムラキングは、攻撃的な詩がまず増えるんですよ、うん。ただ、攻撃的な詩そのものが悪いわけじゃなくて、なぜか出ちゃう時があるというか、外に吐き出さないといけない言葉ってあると思ってて。独りよがりだから駄目だとも思いません。ただ、率直な意見として「人に向けて発表すると、傷つく人がいるんじゃないかな」とは伝えました」

ムラキング

「あのときは確かにすごく体調が悪かったです。あと速く書かないといけない場面でもあって、いつもと違ったんですよね。それで水越さんに言われて『確かにやばかったかも』と思って。元の路線に戻して。でもときどき攻撃的な表現になっちゃうこともあるんですけど」

こここ・中田

「近くで感想を言ってくれる人の意見を受けて、ハッとなって戻ってきた」

こここ・岩中

「ムラキングさんは『そっか確かに』ってなるんですね」

ムラキング

「最近は、英語が苦手だなあと思って英語詩に挑戦して、『自分がクレイジーだ』っていう詩を書いたその瞬間、『この英語のやつは無理だ』と思ってやめました」

こここ・中田

「苦手なのに! いろんなチャレンジをするのもすごいなぁ。『無理だ』までの流れが、連載の初回で出た“壁があったら自然に曲がる”ムラキングさんらしさ(※注1)と同じですね」

※注1「“壁があったら自然に曲がる”ムラキングさんらしさ」:連載第1回で出た名言。壁があったら乗り越えないで、つかまろうともせず、自然に曲がるのがムラキングさんの偉いところ、という水越さんの愛のこもった表現。

書いた詩は全部ゴミ袋に入れていた

ムラキング

「レッツに通いはじめた当初は、前に行っていたクリニックのカウンセリングで、詩を渡してもあまりいい反応がかえってこなかったりしたから、詩を全面に出すことをなるべく控えて、こっそりやってて。

そんなときに、レッツで僕の詩を一番最初に発見したのがスタッフの尾張さんでした。『引っ越して最初の何日かなのに部屋が汚いんです』って話した流れで、片づけに来てくれた尾張さんたちが『これなに?』って。僕が『これ、全部詩です』って」

こここ・中田

「なるほど、そこで発掘されたんだ」

レッツ・水越

「ムラキングの家に行くと、本当に詩をゴミ袋に全部入れてるんです。それは多分、捨てるためか、整理整頓が苦手だからそれをどかっと入れてるみたいな感じで」

ムラキング

「よく『どれくらい詩を書いてきたんですか?』って聞かれて『これまでに1万本くらい書いてます』って答えてますけど、ほとんどが存在していなくて。捨てちゃうんですよね」

こここ・岩中

「それまで人に見せるってことをしてなかった?」

ムラキング

「していなかったですね」

レッツ・水越

「あれ。ムラキングって最初に『詩を書きたいです』ってレッツに来てなかったっけ?」

ムラキング

「そうなんですよ。当時のレッツの募集チラシに、『音楽できます』って書かれていたから、ここだったら俺、歌詞も書いてたし、なんか活かしてもらえそうって」

こここ・中田

「音楽の歌詞が入り口だったんですね」

ムラキング

「高校のときは曲を聞いて、歌詞を書いてました。それが意外と面白くて、そこから最終的にギターを始めて、それで――」

こここ・中田

「以前伺ったFコードが押さえられない話(※注2)につながるんですね」

※注2「Fコードが押さえられない話」:ヴィジュアル系バンドに憧れていたというムラキングさん。その昔、ギターを買ったのだけど、Fコードが押さえられないからとあっさり諦めた逸話があります。こちらも第1回参照。

ムラキング

「そうそう、ギターとかベースとか買ったりとかするんですけど」

レッツ・水越

「ちゃんとスクールも行ってたもんね」

ムラキング

「そう、でも最終的にスクールもやめて、『もう詩だけでいいや。音を考えるのは俺には無理だったんだ』と、今のスタイルになりました」

こここ・中田

「音楽の歌詞から始まって、音が抜けていって詩になったんだ。面白い成り立ちですね」

レッツ・水越

「また面白いのが、文章教室にも行ったけど、そこも途中でもれなく辞めたんだよ」

ムラキング

「全12回の通信講座ですね。身にも血にもなってないです」

レッツ・水越

「一回やってみて自分らしくないと辞めるところ、尊敬してる」

幸せだった過去の自分に嫉妬しちゃう

こここ・中田

「ずっと一人で書いてきて結局書くことをやめないことも、ずっと自分にあう方法を探していることも面白いですし、そういうことがムラキングさんが『詩人』である証しなんだと思います。

そんなムラキングさんは、私達と話していたとき「過去作を見たくない」って言ってたじゃないですか。あれはどうしてなんですか?」

ムラキング

「とくに恋愛体験にまつわる過去作を見ると、『こんなに俺幸せだったんだ』って」

こここ・岩中

「あ、そっち!」

ムラキング

「そう、そっちになっちゃう。幸せ要素がいらないときに『幸せ』を書いてると、『このとき幸せだったのかなあ』ってなってて」

こここ・中田

「なるほど、過去作というよりも、過去の当時の自分の状況に対して、ちょっと嫉妬したり、イラッとしたりするってことですね」

レッツ・水越

「あるよね、多分」

こここ・岩中

「そんな過去作をキーボードで打ってパソコンへ残しておくのは、残したいという気持ちがあるからなんですか」

ムラキング

「結果的には冊子というか詩集にはしてみたいけど、水越さんとはそうしないほうがいいかもとずっと話していて」

こここ・中田

「おふたりのそういう関係が不思議だなっていつも思います」

レッツのスタッフ・水越さん。10年間ムラキングの活動に伴走し、何がやりたいのかどうしたらいいのかを一緒に考えてきました。

ムラキングは本当に「詩人」でいたい?

レッツ・水越

「僕なりにムラキングがやりやすくて、自分のモチベーションを保てる詩の発信の仕方を、一緒にいろいろ試してるんですよ。ムラキングが果たして本当に詩集を作りたいのか、っていう素朴な疑問が、僕としてはあるから。

なんなら僕は別に詩集じゃなくてもいいと思ってます。二人で録る『ムラキングの妄想ラジオ(仮)』(※注3)でも、色んな人の手を借りながら作るミニ詩集でも、ひとりで作るよりみんなで作るほうが大事じゃないかって。

というのも、『妄想恋愛詩人』は、ある種キャッチ―な入り口だし、ムラキングを象徴するものでもあるけど、逆に言うと、周りから詩がいいって言われすぎると、詩しか書けなくなっちゃう。ムラキングがそうであろうとすることがいいのかどうか、ちょっと僕にはわからなくて。だからできるだけ、詩以外のことをやってみることも考えてて。

だって小説も、設定で絶対とまるけど書いてるし、音楽だってやってた。ギターが弾けなくても、ベースが弾けなくても、小説が完結しなくても、それでいいと思ってます。それなら『小説家』と呼ばずに『設定職人』と言い換えればいいだけの話なんです。ムラキングのカテゴリーと一番やりたいことを、うまく折り合わせて、お互いの出来るところでやりたいのが正直なところですね」

※注3「ムラキングの妄想ラジオ(仮)」:レッツでの活動として、ムラキングさんと水越さんが掛け合いを配信しているYouTubeチャンネル。第35回「2022年はじめての収録です」で更新ストップ中ですが、ゆったりした二人のおしゃべりが面白いのでぜひ聞いてみてください。

こここ・中田

「水越さんは横で見ていて『それいいじゃん』『つまんなくなったよ』と言うだけじゃなく、ムラキングさんの気分の波とか、本当に欲求しているものが何かも考えているんですね」

ムラキング

「それでいま、ラジオの更新が止まってて、ここから先もラジオはそこまで上げられないと思っていて」

こここ・中田

「そうなんですね。いっときラジオが勢いよくあがってましたけど」

レッツ・水越

「体調の波があるのと。あとはもう〈こここ〉のみんなとこうして喋れるのが、楽しみで。そこで活力を得る感じになっている」

こここ・岩中

「連載の合間にオンラインでも、同じメンバーで定期的におしゃべりする会を開いていますけど、オンラインも楽しいですよね。だからリアルで話せるとなお嬉しい」

レッツ・水越

「ムラキングは、オンラインでつないで詩を書いてみるのも、いろんな人からのアクションがあって絶対楽しいと思う」

こここ・中田

「やってみてほしい!」

人の表現に付き合うってなんか不思議

レッツ・水越

「大体3ヶ月か4ヶ月ぐらいのスパンで、なぜか『たまに名言』がフィーバーするときがあるんですよね。そしてぱたって終わるのがまた面白くて。だから僕も『別にいいよ、好き放題やってくれ』みたいな感じで活動をとらえるようにしてます。『まずやらなきゃ』って思って続けても、あとでやっぱり『なんでやらなきゃいけないんだろう』って、よくわかんなくなってくるから」

ムラキング

「『森』が見えてくると、楽しそうだし入っちゃうんです。けど、ひとりで歩いてみたら徐々にどこを歩いているかわかんなくなって、気がついたら道に迷っちゃってて、『これ以上行くと俺、死ぬかも』みたいな感じで、とりあえず、うん、ぶちって終わる」

こここ・岩中

「あえて『森』に何度も入り続けますよね。戻ってきては、また入って」

こここ・中田

「何度戻ってきても、また新しい『森』を見つけちゃう」

レッツ・水越

「こうして、人の表現に付き合うってなんか不思議だなって思って。『かたちに残したくないけど発信はしたい』『人に見てもらいたいんだけどあまり多くの人に見られるのは困る』みたいな、ムラキングの表現と欲求のバランスを、結果として10年間ずっと一緒に探っているような気がする。それって全然スマートなやりとりじゃなくて、むしろぶつかったり折り合いをその都度つけたりしながら進んできたから、ムラキングも嫌だと思ったことは正直あると思う」

ムラキング

「そうですね。でも、水越さんと一緒にいるときは、反省して同じことを繰り返さなければいっかって。うまくやりすごしつつやってます」

レッツ・水越

「僕と話していると『あ、この流れくるな』ってムラキング自身でも、わかってくれているよね。で、表現と欲求の話に戻ると、単純にギャラリーで詩を発表するだけではムラキングは絶対に満足しないし、確実に『これ違いますわ』ってなるんですよ。ムラキングと詩が、この社会で、本人が望む形で生きていくには、何がいいのかっていうのを……なんだろう、なんだろうな」

こここ・中田

「悩んでるなあ」

レッツ・水越

「レッツとしてはムラキングの表現をやっぱり社会へ発信したいし、ムラキングの気持ちを全国の色々な人に知ってもらえることはいいことだろうけど。

でもムラキングと話をしていると、別に全国じゃなくても「周りに友達が欲しい」みたいな気持ちのほうがすごい切実だし、デニーズのような居場所への欲求(※注4)のほうがリアルなんですよ。優先順位としては絶対デニーズだと、僕はひとつ感じている。ごめんね、ムラキング、勝手に分析しちゃって」

※注4「デニーズのような居場所への要求」:前回のテーマは「居場所」。ムラキングさんはデニーズに通うために洗濯機を買ったり、その場に「家族感」を感じたりするなど、居場所としてのデニーズへの並々ならぬ信頼を語っています。

こここ・中田

「デニーズが勝つんですね」

レッツ・水越

「だから〈こここ〉さんがこうして声をかけてくれて、こういうふうに一緒にいろんな話をしながら――「時間を一緒に過ごす」ことだと思うんだよなあ、やっぱり!一緒に話に乗ったり混ざったりする場がレッツ以外にもあちこちにあるのは、ありがたいよね?」

ムラキング

「ありがたいですね」

こここ・中田

「それはよかったです! 引き続きよろしくお願いします」

ムラキング

「はい」


[編集後記] 「それって『表現』だね!」の重さについて

「表現」や「創作」というと、特別な使命や才能を持った一部の人のもの……と捉えられがちですが、私自身は誰の中にもあるもので、どんな状況にあっても必要なものだと信じています。絵画や音楽や詩など、わかりやすく「作品」と呼べるものではなくても、生活の中のちょっとした工夫だったり、理由もなく動かしてしまう身体だったり、気づけば続けている癖のようなものにも「表現」や「創作」は存在する。それらは一見、何の役にも立たないように思えるけど、実は生きていく上での支えになっていたり、「その人らしさ」を形づくっていたりする。それってすごく大切なんじゃない? そう考え、〈こここ〉を創刊するとき、「福祉」という大きなテーマとともに「創造性」をキーワードとして掲げました。

ムラキングさんとお話ししていると、そのことをよく思い出します。現在は「妄想恋愛詩人」として活動されていますが、詩作のルーツをたどると、生きていく上で自然と「言葉を書いちゃう」ムラキングさんの十代の経験にたどり着きます。それは好きな音楽からはじまって、歌詞を書いてみることにつながり、音ぬきで詩になり、どこに発表するともなくゴミ袋に溜まっていき……そしてあるとき、部屋を訪れたレッツのスタッフさんによって発見されます。この「書き続けていることを他者に気づかれた」瞬間に、もしかしたらムラキングさんは「詩人」という輪郭を持ったのではないかな、と勝手に想像しています。

なおかつ重要なのは、詩人として活動しはじめた後、「果たして『詩人』であっているのか?」「本当は何がしたいのか?」「何がムラキングらしさなのか?」を一緒に悩んでくれる水越さんが横にいること。その存在があって、もともとは日常のささやかな表現だった「言葉」を、「詩」や「作品」と呼ぶことによって生まれる新たなプレッシャーを無いことにしないというか、ちゃんと立ち止まり、しっかり悩みながら、自分の調子に合わせて続けられているんじゃないかな……と、今回お話しして改めて感じました。

体調がよくなったり悪くなったり、プレッシャーに押しつぶされそうなったり(この連載がはじまるときもムラキングさんは寝られなくなってしまった!)、そんな状況を抱えながら表現活動を続けることは、本当に大変なことのはずです。誰かの行為に対して「それって “表現”だね! “作品”だね!あなたは“アーティスト”だね!」と口にするのはとても簡単だけど、ときには人を傷つける刃になってしまうことも自覚し、〈こここ〉を続けていかねば……と、編集長として背筋が伸びる感覚を抱きました。

ちなみに、私自身のこの「表現」や「創作」に関する考え方は、文化活動家・アサダワタルさんのされている活動や姿勢に大きな影響を受けていますし、実際、アサダさんは「支援」と「表現」について〈こここ〉の別の連載でしっかり書いてくださっています。この記事を読まれた方はぜひ、アサダさんの連載も読んでいただければ嬉しいです。>アサダワタルさんの連載「砕け散った瓦礫の中の一瞬の星座 -ケアと表現のメモランダム-」

さて、次はムラキングさんとどんなおしゃべりをしてみましょうか。いろいろと思い巡らせつつ、ひとまず今回の「ポロリとひとこと」を終わります。ではまた次回。(こここ編集長・中田)

キャプション:レッツの前に張り出されたムラキングさんの詩と、ワークショップ参加呼びかけの張り紙。

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