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文学に表れる「他者への想像力」から、現代のケアを考える。小川公代さん『ケアする惑星』発売中
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「他者への想像力」から、自分の言葉でケアを語り直すため一冊

他者との距離やすれ違い、通じ合わなさや分かり合えなさ、社会構造の中で生まれるひずみや苦しみ……。多くの文学作品には、そうした人の葛藤を「他者への想像力」を通し乗り越えて生きていく描写が登場します。

時代的にも空間的にも遠く離れた他者、あるいは近くにいても理解できなかった他者が、自分と同じ「人間」なのだという認識できるようになる。そんな文学が持つパワーは、フィクションとして描かれるさまざまな問題を“自分ごと”として考え始めると、より手に入れやすくなるのかもしれません。

小川公代さん(上智大学 外国語学部教授)によるエッセイ『ケアする惑星』では、ヴァージニア・ウルフ、ジェイン・オースティンのような英文学作家の作品をはじめ、ナチス独裁体制下で記された『アンネの日記』、第167回芥川賞の『おいしいごはんが食べられますように』、韓国のミリオンセラー『82年生まれ、キム・ジヨン』など、実際に文学作品の中で描かれた表現を、現代の「ケア」にまつわる事象に結びつけながら語ります。

また文学以外にも、マンガ『約束のネバーランド』やNHKアナウンサーだった有働由美子さんのエッセイ『ウドウロク』、ドラマ『ドント・ルック・アップ』、2021年に田中みゆきさんがキュレーターを務めた企画展「語りの複数性」などを気づきを得られる表現作品として紹介。フィクションを通して、受動的に何かを受け止めつつ、同時に「能動的に思いを巡らし、その何かについて語り直す術」を学ぶことを本書で後押ししています。

登場する作品をよく知っている人はもちろん、あらゆる人が身近なケアを自分の言葉で語り直したり、物語と現実を横断しながら捉えたりするための、地図のような一冊です。

プラネタリー(惑星的)に生きる私たちが「ケアする人を慈しむように」

『ケアする惑星』は、〈講談社〉の月刊文芸誌「群像」にて2021年8月号から2022年9月号に連載されていたエッセイを単行本にしたもの。小川さんは、著作に『ケアの倫理とエンパワメント』などを持つ英文学者です。

【写真】こちらを向いて座る小川さん、背景にはたくさんの本
上智大学 外国語学部教授 小川公代さん(撮影:嶋田礼奈)

タイトルにある「惑星」という言葉は、批評家のヤットリー・スピヴァクの思想を由来とします。それは資本主義の経済活動を刺激する「グローバリゼーション」とは異なる、他者へと関心を差し向ける人間らしい共同体としての在り方「プラネタリー(惑星的)」の視点。同じ地球に生きる私たちが、それをもとに他なるものについて考え、「ケアする人を慈しむようになりますように」という願いをこめて執筆されました。

いつか地球が〈ケアする惑星〉の名にふさわしい場所になることがあれば、それは“ケアする人”が大切にされるときだろうと思う。(中略)日本では、悲しいことに、育児、看護、介護などのケアの営為に対する評価は著しく低い。私的領域でも公的領域でもケアの価値がないがしろにされているというこの切実な問題が語られない限り、家父長的な言説に抗うことはできないのではないか。

『ケアする惑星』第1章“ケアする人”を擁護する―『アンネの日記』再読より

小川さんがこう書くように、エッセイの中では、物語の主人公たちが直面する問題の背後にある支配構造に触れながら、日本のケアに関する“想像力の欠如”がたびたび指摘されます。東京オリンピック開催に伴うホームレスの人たちの強制退去、医療危機の最中の開幕、2020年の松井一郎大阪市長の「女の人は買い物に時間がかかる」発言、菅元総理の「自助・共助・公助、そして絆」の言葉に表れた自助思想……。

一方で、今の日本を含む資本主義と新自由主義によって成長を目指す社会は、市場原理の外で行われる「ケアリングを担う人々」がいるから実現することではと問いかける小川さん。ウルフ作品に描かれた、ケアの押し付けではない“相互依存”の生き生きとした関係性や、『アンネの日記』に見受けられる娘と母の関係を読み解きながら、「よき利他」の実践を経てケアが私的領域にも公的領域にも浸透する可能性も模索します。

「共感」する強みを持つケアラーを再評価する

また書籍の中では、フィクションや表現作品のみならず、小川さんが影響を受けた思想についてもさまざまな言及があります。例えば、「ケアの倫理」の提唱者であるキャロル・ギリガンによる、これまで軽視されてきた人々の「声」への着目や、ウルフも影響を受けた精神分析家ジークムント・フロイトの、「人間の相互ケアを信じる部分」と「人間の攻撃的な傾向」という両義性への視点。

さらに、〈こここ〉でもお話を伺った信田さよ子さんの書籍『家族と国家は共謀する』からは、家父長的な社会における男性の権力と責任、子どもを産んだとたんに家族内で発生する母親の権力と責任などを、現代の「ケアの精神」を取り巻く背景として引用。河野真太郎さんの書籍『新しい声を聞くぼくたち』からは、工業化以降に要求されている「対応力」が、包括的なケアの実践の中に求められている点なども引用しています。

これらを通して小川さんは、時に「他者の意見に追随してしまう」ケアラーの力を、愛憎表現に左右される欠点などではなく、「共感する倫理観という強み」として再評価する考え方を紹介。そこに新自由主義や能力主義(メリトクラシー)の価値に抗う側面があることを、繰り返し指摘しています。

【画像】書影。帯には「他者なるものを慈しむ惑星的な視座」の文字)

「ケアと利他」——私たちの時代の感受性について考えるトークイベント

他者へと向けた思考や想像力と「利他」の考え方は、切っても切れない関係にあります。

2023年4月18日、〈本屋B&B〉(東京都世田谷区)にて刊行記念トークイベント「私たちの時代の感受性について考える」が開催。小川さんの対談相手は、「利他プロジェクト」などを進める〈東京工業大学 未来の人類研究センター〉のセンター長、伊藤亜紗さんです。

会場では、ドリンクと共にトークを楽しめるほか、オンライン配信も用意されています

本書の中でも、小川さんは伊藤さんの理論を用いて、チャールズ・ディケンズによる小説『ニコラス・ニクルビー』を分析していました。子どもたちが虐げられる寄宿学校における、校長夫人の一見利他的な態度について、「利他的な行動をとるときほど『思い』が『支配』になりやすい」ことや、よき利他に含まれる「知ったつもりにならないこと」「他者の発見」などを、伊藤さんの編著書『「利他」とは何か』の引用を通じて指摘しています。

他者の声に耳を傾ける感受性は「ケア」にとって重要です。しかし、その責任を引き受けることで、他人の視点を自分の判断の中に抱え込みすぎてしまったり、共感しているつもりが「知ったつもり」になってしまったりするリスクもあります。偏った視点が強まった結果、視野が狭まり、社会の分断を助長してしまうような行動をとる可能性もあるでしょう。

フィクションの中にある物語を訪ねる地図を持つことは、それを防ぐ一つの手段と言えます。本書を通じて、いま直面しているケアへの向き合い方や考え方、そして、社会への繋がり方を、今一度自分の言葉で語り直してみるのはいかがでしょうか。