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上下関係ある現場での「マルトリートメント」(不適切な関わり)を考える。川上康則さん×3人の対談集『教室「安全基地」化計画』
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マルトリートメントを扱ったイベントが待望の書籍化

「誰かのために」とされる行為が、実はその人の権利や、生きる意欲を阻害していることがあるかもしれない、と疑問に思ったことはないでしょうか。

例えば「元気に学校へ通う子どもは素晴らしい」という大人のメッセージが、そうなれないときの子どもたちを苦しめていたり、家庭や職場での「女の子は◯◯ができたほうがいい」などの言葉にモヤモヤする瞬間があったり。教師や親、上司といった、立場的に“上”となる人からのアドバイスを何度も聞くうち、気づけば自分自身も、子どもや部下に同じような話をしたことがある人もいるかもしれません。

「支援」や「指導」の伴う現場での、そうした声かけや関わり方を考える一冊として、2023年8月、学校を舞台にした書籍『不適切な関わりを予防する 教室「安全基地」化計画』が東洋館出版社より発売されました。編著者は特別支援学校の教諭であり、公認心理師でもある川上康則さん。著者に、臨床心理士の武田信子さんと村中直人さん、評論家の萩上チキさんが加わっています。

テーマは、教育現場を通じて見えてくる「不適切な関わり(マルトリートメント)」。学校教員を中心に累計750名の教育関係者が参加した、川上さんと3名それぞれのトークイベントの内容が収録されています。

川上康則さんが提唱する「教室マルトリートメント」

「マルトリートメント」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。「マル」(mal=悪い)+「トリートメント」(treatment=扱い)で「不適切な養育」や「避けたい関わり方」を意味し、国際社会では、広い意味での子どもへの不適切な関わり全てを指しています。

日本の「児童虐待の防止等に関する法律」で規定された「虐待」より広く捉えられている概念で、愛情をかけられないこと、関心を向けられないことなども含まれています。

マルトリートメントは、基本的には親子関係の養育において扱われる概念です。しかし、「『指導』という名の下に、無意識に子どもを傷つけたり意欲を失わせたりすること」は、学校のような場においてよくあるのではないかと、特別支援教育の現場で長年働く川上さんは考えます。

川上先生
東京都杉並区立済美養護学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー

そこで川上さんは、学校現場における「不適切な関わり」を示す概念として「教室マルトリートメント」という言葉をつくり、発信を行いました。2022年4月には『教室マルトリートメント』(東洋館出版社)を出版。子どもへの不適切な関わりを具体例とともに取り上げつつ、なぜこのような状況が生まれるのか、構造的な問題や背景について考えた書籍です。

その刊行に伴い、2022年夏に全3回のオンライン対談セミナーを実施したところ、学校教員を中心に累計750名の教育関係者が参加しました。反響は大きく、「エンパワーメントされた」「自分の指導を見直すきっかけになった」との声と共に、「記録に残してほしい」「他の先生にも見てもらいたい」とアーカイブを熱望する声が多数、川上さんのもとに届いたそうです。

そこで今回、3つの対談でメインテーマとなった「子どもにとっての安全基地づくり」を切り口に、改めて当時のトーク内容を編集。書籍『不適切な関わりを予防する 教室「安全基地」化計画』としてリリースされました。

子どもにとっての「安全基地」をつくるには

『不適切な関わりを予防する 教室「安全基地」化計画』は、全5章で成り立っています。

序章は川上先生が「教室マルトリートメントを考えるポイント」を解説。教室マルトリートメントの概念を具体例とともに丁寧に紹介するほか、学校が子どもたちにとっての「安全基地」である重要性について説いています。

第1章『「やりすぎ教育」と教室マルトリートメント』は、臨床心理士で〈一般社団法人ジェイス〉代表理事の武田信子さんと川上さんの対談を掲載しています。川上さんに先んじて「エデュケーショナル・マルトリートメント」という言葉を生み出していた武田さんは、今の大人や子どもにかかるストレスやプレッシャーの要因を分析しつつ、社会の「価値観」「システム」を根本的に見直し、不適切な関わりを予防する必要があると訴えます。

川上 社会全体が教育に求める風土の根っこに「苦労や試練を経験しなければ人は成長しない」といった意識が見え隠れしているように思うのですが、いかがですか。

武田 どんな苦労や試練がどこまで必要か、ということなんだと思います。(中略)子どもたちが成長するためには、先生方が発達や学びのあり方について知っていなければなりません。絶対的な権力をもっている者が権力のない者に対して「試練」を与えるというのは、暴力的な行為以外の何物でもないと思います。
(p115より引用)

続く第2章「学校現場の〈叱る依存〉と教室マルトリートメント」では、臨床心理士で公認心理師そして『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國屋書店)の著者である村中直人さん、第3章『子どもの「心理的危機状態」とは何かー教室マルトリートメントの視点から考える』では、評論家で〈NPO法人ストップ!いじめナビ〉代表の荻上チキさんが、それぞれ川上さんと対談。ニューロダイバーシティを知る、権力勾配を緩やかにする、依存性との関連を考える、いじめの環境要因に目を向ける、学校ストレスを言語化するなど、多くの視点が提案されます。

また、第4章には「教室マルトリートメントの処方箋ー対談を終えて」として、オンラインセミナーから約1年が経った今、川上さんが考えていることをバージョンアップして掲載。教師の置かれた状況の難しさ、窮屈さがもたらす不安に寄り添いながら、最後にこのように問いかけます。

「『誰かが問題を解決してくれるだろう』という前提を一度捨て去り、教師一人一人が『目の前の状況を自分はどう受け止めるか』というマインドを維持し続けていくことが『教室「安全基地」化計画』の答えの一つなのだと考えています」(p373より引用)

刊行記念イベントも各地・オンラインで開催

巻末には『教室「安全基地」化計画ブックガイド』も収録し、すぐに行動し、学んでいけるような動線がつくられている本書。

今回の出版を受け、イベントも積極的に行われています。2023年9月3日(日)には、編著者・著者4名による「専門家と考える 教室マルトリートメントの処方箋 トークイベント」が、9月10日(日)には『「助けて」が言えない 子ども編』(日本評論社)の編著者である、精神科医の松本俊彦さんと川上さんの対談が実施されました。

イベントに登壇した4名
左から武田信子さん、川上康則さん、村中直人さん、荻上チキさん。9月3日に開催されたイベント「専門家と考える 教室マルトリートメントの処方箋 トークイベント」にて

10月9日(月・祝)には、本屋B&B(東京都世田谷区)とリアルタイム配信で、ライターで保護司の風間暁さんと川上さんによるトークイベント『「生きたい、行きたい」と思える学校にするために』が開催予定。子ども個人の権利を尊重する社会の実現に向けて発信を続けてきた風間さんと共に、学校のあり方や役割について考えていきます。

学校関係者だけではなく、日頃から子どもに関わる機会のある保護者や地域の方々にとって学びの多い『不適切な関わりを予防する 教室「安全基地」化計画』。広く捉えれば、“上”や“下”の立場が構造的に発生するあらゆる場所で、人と人との間に「不適切な関わりはないか」と問いかける一冊ともいえます。

自分が良かれと思っていることでも、知らず知らずのうちに誰かを傷つけたり、自信を失わせたりしていることがあるかもしれません。そうした行為に気づくのも、まずは知ることから。この機会に「マルトリートメント」について学びませんか。