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目の見えない研究者と耳の聞こえない研究者が、多様な人たちが理解し合うためのコミュニケーションを語る。書籍『「よく見る人」と「よく聴く人」』。
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2023年9月発売。表紙には、点字でタイトルも書かれている

様々な手法を用いて世界を広げてきた研究者の対話

目が見えることや耳が聞こえることが当たり前として成り立っていることが多い、この社会。もしあなたが目の見える人や耳が聞こえる人ならば、目が見えない人や耳が聞こえない人がどのように暮らしているのか想像したことはあるでしょうか。

2023年9月、〈岩波書店〉から書籍『「よく見る人」と「よく聴く人」 共生のためのコミュニケーション手法』が発売されました。

本書には、目の見えない研究者と耳が聞こえない研究者によるそれぞれの体験談と二人の対話が収録され、手話や触覚など様々な手法で世界とつながってきた二人のコミュニケーションに対する考えやその可能性が語られています。

著者は「よく見る人」と「よく聴く人」

本書の著者は二人。目が見えない広瀬浩二郎さんと、耳が聞こえない相良啓子さんです。

広瀬さんは、13歳の時に失明し、筑波大学附属盲学校から京都大学に進学。2000年に同大学院にて文学博士号を取得し、現在は国立民族学博物館 人類基礎理論研究部と総合研究大学院大学人類文化研究コースの教授として、日本宗教史と触文化論を専門にしています。また、「ユニバーサル・ミュージアム」(誰もが楽しめる博物館)の実践的研究にも取り組み、“触”をテーマとする各種イベントを全国で企画・実施しています。

一方、相良さんは、19歳の時に両耳の聴力を失い、視覚障害者・聴覚障害者のための大学である筑波技術短期大学の一期生として過ごしました。その後、学位授与機構にて学士(教育学)を、筑波大学大学院教育研究科障害児教育専攻で修士号(教育学)を得ています。卒業後は株式会社JTBへ入社し、バリアフリーツアー推進担当として就労。2010年には、英国セントラル・ランカシャー大学に転職し、帰国後の2014年からは国立民族学博物館にて手話言語学研究を行っています。2021年には、論文博士として博士号(学術)を取得。手話類型論と歴史言語学を専門に、現在は人間文化研究機構共創先導プロジェクト共創促進研究、〈国立民族学博物館拠点〉の特任助教として活動しています。

生い立ちから学生時代までを振り返る

『「よく見る人」と「よく聴く人」』は、小中学生以上を対象にした岩波書店の「岩波ジュニア新書」から発行されました。若い世代の人たちに向けて、“現実に立ち向かうために必要とする知性、豊かな感性と想像力を育てるのに役立ててもらえるように”と立ち上げられたシリーズです。

本書は、第一章から第六章で構成されており、「はじめに」と「おわりに」を含み全206ページからなります。第五章までは二人の著者が、章ごとのテーマに合わせた思い出や考えを綴り、ラストの第六章では対談形式で「障害」について考えています。

第一章は「学校生活」。二人の小学校から大学時代までが振り返られ、同時に、相良さんは聴力を、広瀬さんは視力を失った時の心境やその後の進路変更などについて語ります。

第二章は「『障害』と向き合う」。相良さんは株式会社JTBに入社し、偶然、日本人学生とアメリカ人学生のコミュニケーションサポートを手話を用いて担当することになったことが、後々海外での仕事に興味を持ったきっかけになったと話します。一方、広瀬さんは、今に繋がる溢れんばかりのバイタリティを育てた原点は、盲学校にあると語ります。

第三章は「進学、転職、留学」です。相良さんがイギリスへ旅立ち、4年間、英国セントラル・ランカシャー大学で働きながら、手話言語学研究にのめり込んでいく様子が描かれています。広瀬さんは、京都大学初となる全盲(点字使用)の学生として入学し、視覚障害学生の学習環境を整えるべく動いた学生生活を振り返ります。

自分らしい研究テーマを見つけた、二人の新たなチャレンジ

第四章は「新しい環境に飛び込む」です。相良さんは日本に帰国後、国立民族学博物館(以下、民博)に就職。民博初のろうの職員となった相良さんが、手話環境のある職場から、ない職場に適応するために、物事の考え方や切り替え、環境整備をしていく様子が書かれています。広瀬さんは、大学の卒業論文で「琵琶法師」を取り上げ、障害のある人の歴史と民族宗教の研究を始めた経緯を語ります。

各々の語りの最後となる第五章のテーマは、「研究と博物館」。相良さんが専門にする手話言語研究の紹介や、広瀬さんが実践研究するユニバーサル・ミュージアムについて紹介されています。

そして、二人の対談で構成される第六章は「『障害』って何だろうー生涯を楽しく過ごす渉外術」です。本書の締めくくりとして、相良さんと広瀬さんの生活や人生観について語り合いました。目の見えない広瀬さんは音声で発言し、耳の聞こえない相良さんは手話で発言。音声と手話のコミュニケーションを手話通訳者がつなぐことで成立した、異文化間対話になっています。

自宅での過ごし方やICTの広がりで変わりつつある生活、そして旅行や趣味の楽しみ方まで、障害のある人として紹介されるだけでは想像することのできない、二人のリアルな暮らしぶりや人柄を垣間見ながら、障害について考えを深めることができます。

対談の中で、広瀬さんはこう話します。

「障害者は自らの『生涯』を豊かにするために、独自の『渉外』術を編み出し、鍛えています。内に篭らず外に出ることによって、僕も相良さんも人生を楽しんでいる。そんな二人の体験を通じて、人間のコミュニケーションのすばらしさ、可能性を読者に知ってもらいたいと願っています」(第六章、p179)

共著者、相良啓子さんによるメッセージ動画。手話で語りかけてくれます

人は違って当たり前。わかり合うために「工夫」が生まれるという著者達が、共生のコミュニケーションの可能性を考える一冊。福祉に限らず、幅広くコミュニケーションについて関心のある人におすすめです。