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「わたし」不在の民主主義を、「わたしたち」のプロジェクトで変えていく。〈公共とデザイン〉初の書籍『クリエイティブデモクラシー』
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【画像】『クリエイティブデモクラシー』の書影、帯には ソーシャルイノベーションのためのデザインは、いかにして可能なのか、の言葉

一人ひとりが自分の足元から社会を変えるための一冊

ソーシャルイノベーション・スタジオ〈一般社団法人 公共とデザイン〉による、民主主義社会で「生きる」手触りを感じるための、社会変革を促すデザイン書が2023年10月に〈株式会社BNN(ビー・エヌ・エヌ)〉より発行されました。タイトルは『クリエイティブデモクラシー 「わたし」から社会を変える、ソーシャルイノベーションのはじめかた』。

〈こここ〉での連載「デザインのまなざし」でもご紹介しているように、現代の「デザイン」には“社会に点在する「課題」を解きほぐす重要な手段”としての側面があります。プロダクトやグラフィック、サービスやビジネスだけではなく、新たな制度づくりや社会の構築にも広がるデザインの領域。その中で、「わたし」の内側に生まれる想いや衝動から「わたしたち」のプロジェクトを立ち上げ、自らの足元から社会を変えるための手引書が、この『クリエイティブデモクラシー』です。

同時に本書には、デザインを「無数の可能性から1つの形を選び取る意思決定の連続」であるとしつつ、その意思決定にさまざまな「権力関係」の働きかけがあると指摘する一面もあります。「わたしたち」という主語の中で、誰が包摂され、誰が取りこぼされているのか……そこに向き合いながら、一人ひとりが社会を変えられる「オルタナティブな民主主義」の形を、実践を交えて紹介する一冊です。

【画像】『クリエイティブデモクラシー』の書影、帯なし

行政・企業・住民と共に社会課題に向けた共創に取り組む〈公共とデザイン〉が案内する社会変革

〈公共とデザイン〉は、「多様なわたしたちによる公共」を目指し、企業-自治体-住民と共に社会課題へ対峙するソーシャルイノベーション・スタジオです。石塚理華さん、川地真史さん、富樫重太さんが共同代表を務める団体で、社会課題の当事者を交えた協働やリサーチ、実証実験、ワークショップなどから、「デザイン」を通じさまざまなプロジェクトの創出と組織開発に取り組んできました。

「わたしなんかが一人で何かをやったとしても、どうせ何も変わらないだろう」

そんな、今の社会に広がる無気力感や生活そのものに対し、〈公共とデザイン〉の3人は「わたしたちで変えていける」と信じている、と言います。本書を出版した〈BNN〉の編集者・村田純一さんは、「デザイン」の領域が広がり、その力に社会変革への期待が集まる現代にあって、彼らを“今まさにアクチュアルなデザイン活動をしている人たち”であると考え、初の著書の出版に誘いました。

【写真】
左から、富樫重太さん、石塚理華さん、川地真史さん

3人の活動のひとつである「産まみ(む)めも」は、以前に展覧会を〈こここ〉でもご紹介しました。「子どもを産むこと」や「子どもを育てること」について、自分なりの価値観を形成できる環境をつくりたいーーそんな想いでワークショップを重ね、「産む」への向き合い方を問い直したこの取り組みは、今回の著書の中でも繰り返し引用される「わたし」のもやもやから広がった「ライフプロジェクト」の実践のひとつでもあります。

本書では、他にもさまざまな実践の紹介と共に、「わたしたち」による「社会変革=ソーシャルイノベーション」への道筋を案内します。

“私的な衝動が社会変革の道へ通ずる”

『クリエイティブデモクラシー』の本編は、3人がそれぞれ執筆した3つのCHAPTERと、国内外のケーススタディをまとめたCHAPTERの計4部構成。

CHAPTER 1では、民主主義の可能性を広げる理念としての“クリエイティブデモクラシー”を、CHAPTER 2では、ソーシャルイノベーションという考え方を用いたローカルでの問題解決の道筋を描き、CHAPTER 3で、デザイナーが出来ることとしての環境づくり(イネーブリング・インフラストラクチャ)が説明されます。

これまで歩んできた各々の道のりは異なるからこそ、あなたにしか出せない色がある。たとえ、すでに世間にあるような活動でも、それが営まれるローカルや、それを営むあなたという人柄によって、おのずから異なる色を帯びていくことでしょう。

そんな「わたし」から始まる、個々人の色が独立しながらも、ゆるやかに重なり合っていく。あなたはこれにもやもやしているのね、わたしとは全然違うね、ではなく、どこかで自分と通じ合っていると感じ、共鳴し、異なることに向かっていても手を取り合える。

本書P.240『 「わたし」から始まるクリエイティブデモクラシー』より

異なる民主主義の可能性として「クリエイティブデモクラシー=わたしたち発の、社会を形成する活動が生まれる環境」を掲げる本書。その前提として、CHAPTER 1では現在の民主主義社会、特に政治面における状況を「わたしの主体性を失ってしまいがちな構造がある」と指摘します。一方で民主主義の根底には、「わたしたちの実践や行動が表出したもの」が社会や制度となっていく、としたジョン・デューイらの思想があると紹介。クリエイティブデモクラシーは、行政・企業・一人ひとりがそれぞれの立場で一緒に生み出せるものだと主張します。

これは、一人ひとりが「やりたい!」を行動に移し、他者と一緒にものごとを行うことで、より良い結果を得て、より面白く、より楽しいものになるかもしれないという考え方に基づきます。私的な衝動から生まれる「ライフプロジェクト」が新たに人生や周囲の環境を形づくり、それを行政や企業が支援したり、波及させたりすることで、社会変革の道へ通じていくという世界観の提示が、「ソーシャルイノベーション」を生む構造への視点(CHAPTER 2)に繋がっていきます。

【画像】クリエイティブデモクラシーのフライヤー。私たちの生活は、私たちで変えていくことができる。はるか遠くに感じてしまう政治や社会は、私の足元からつながっているのだから。

ライフプロジェクトが次々と生まれる具体的な道筋として、CHAPTER 3では、専門家としての「デザイナー」の役割にも言及されます。それは、社会変革の道へ通じる出逢いや対話、関係性が紡がれていく環境をつくり、“ものごとを着火させること”。そしてデザイナーと共に、多様で異なる背景を持つ一人ひとりが、自ら日常を耕し小さな実践を積み上げることで、社会全体が変化していくと言います。

この実現は、〈こここ〉でインタビューを行った医師・西智弘さんらの提唱する「社会的処方」の考え方に通ずるところがあるかもしれません。一人ひとりの「やりたい!」が他者との対話や交流を通して「プロジェクト」としてつくられ、社会や制度に波及し、社会変革となる。本書CHAPTER 4に示された12の国の20の事例もあわせて読むと、一歩踏み出す勇気や「やりたい!」を行動に移す後押しとなるでしょう。

「やりたい!」を後押しする事例集とイベント

巻末には、「ライフプロジェクト」を提唱する思想家のエツィオ・マンズィーニのインタビューも掲載。さらに地域と企業の新しい関わり方として、10万人規模の街を上げて社会システムの変革と接続を行うパーソンセンタード・リビングラボの〈大牟田未来共創センター(ポニポニ)〉へのインタビューもあり、一人ひとりがアクションを生んでいく具体的なプロセスが語られています。また筆者3名による、刊行を振り返る「もやもや鼎談」も収録。

さらに本書では、出版記念のイベントとして、多数のゲストとのクロストークも予定されています。著者陣を含む実践者たちの話を直接聞くのも、行動の後押しになるかもしれません。

【画像】トークイベントの予定表。2024年1月に大阪で森一貴さんと、2月に東京で藤丸伸和さん、田坂克郎さんとも予定

すでに満員となっている、2023年12月7日(木)の刊行記念トークショー「ライフプロジェクトを後押しする、ローカルなまちづくりはじめかた|クリエイティブデモクラシー×PYNT」を皮切りに、2024年1月17日(水)には本屋B&B(東京都・下北沢)にて〈NTTコミュニケーション科学基礎研究所〉の渡邊淳司さんとドミニク・チェンさんをゲストに迎えたトークが予定。以降も刊行記念イベントは続くので、最新情報を〈公共とデザイン〉の公式X(旧:Twitter)よりご確認ください。

「新しい実践には“ままならなさ”が付き物ですが、社会変革(ソーシャルイノベーション)には、そういうままならなさを知っている人ほど貢献できるはずです。何かをつくる人に、ぜひ本書を読んでほしい。つくる人は日々、ままなさなさに向き合っていると思いますから」(〈BNN〉村田さん)

デザイナーとして活動している人はもちろん、これから何かをつくってみたいと思っている人、何かはわからないけれどもやもやしていることがある人も、本書を読んで気になることがあった方は、ぜひイベントも併せてお楽しみください。本やイベントを通して気づく自分の「やりたい!」が、新しいライフプロジェクト、新たなソーシャルイノベーションに繋がるかもしれません。