福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】本棚に囲まれた場所で椅子に座って本を読む小学生【写真】本棚に囲まれた場所で椅子に座って本を読む小学生

安心して過ごせる場所とは? 約3万冊を扱う図書室&カフェがある「東開文化交流サロン」をたずねて こここ訪問記 vol.18

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安心して過ごせる場、と聞いたときに頭に思い浮かぶ場所はどこだろう。

私にとっては、まずは自宅。生活に必要なものやお気に入りのものがすべて揃っていて、自分のスペースがある。知らない誰かが侵入してくることがない。

あるいは、近所のコーヒー屋さん。店主家族は顔なじみで、いつも誰か知り合いに会うことができる。考え事をしながら、繕いものをしながら、ひとりでも家族とでも居ることができる。

あるいは、図書館。本を読んだり、パソコンを開いたり。さまざま人が静かに思い思いに過ごしていて、開館中は何時間でもそこにいていいと言ってもらえているような気がする。

こうして具体的な場所を思い浮かべてみて思うのは、「安心」という感覚は、主観的で個人的な体験に基づくものだということだ。私にとっての安心して過ごせる場は、誰かにとって同じように安心な場とは限らない。

一方で、そうした「安心」という感覚を、多くの人が持てる場をつくりたいと思ったとき、私たちはどのように場をつくり、育めばいいのだろう。

そんなことを考えてみたくて今回訪れたのは、北海道苫小牧市にある東開文化交流サロンだ。図書機能と福祉拠点機能を備えた施設で、図書室、絵本ホール、カフェ、ギャラリーなどを運営しながら、就労支援の場でもある。

施設に多様な機能があるということは、きっと年齢も性別も障害の有無も利用目的も、さまざまな人が集うということ。どのようなことを考えながら運営し、どのような場になっているのだろうか。

素材を活かしたランチと名店監修のサンデーがあるカフェ

北海道の中南部に位置する苫小牧市。JR沼ノ端駅から徒歩12分ほど、団地やまだ新しそうな戸建てが立ち並ぶ住宅街に、東開文化交流サロンはある。

自動ドアを通り抜けて建物内に足を踏み入れると、すぐ右手にカフェ「パーラー東開町二丁目」が現れた。青空が広がるこの日、大きな窓からカフェの中に明るい日差しが差し込んでいる。吸い寄せられるように窓際の席に腰掛けた。

少し早めのお昼ご飯をいただく。私が注文したのはシーフードチキンのドリアセット。素材のうまみが感じられる、やさしい味付けだ。添えられていたのは蒸し焼きにした野菜。じゃがいもに塩をかけていただくと、甘味が口の中に広がった。マグカップに入ったスープの人参が、皮付きなのを発見してうれしい。説明書きを読むと「栄養たっぷりな人参の皮を使用したサステナブルなコンソメスープ」と書かれていた。食材を大切にしていることが伝わってくる。

【写真】まるいおぼんに、ドリアとスープと野菜が置いてある
シーフードとチキンのドリアセット

パフェもおすすめと聞いて、デザートにいただく。パフェのメニューは、札幌独自の食文化「シメパフェ」の原点といわれる名店「パフェ佐藤」が監修したそうだ。見た目の愛らしさはもちろん、ソフトクリームとソースの相性が抜群。器の底までソースがしっかり入っているから、最後までしっかり味わって食べることができた。

【写真】テーブルの上に、サンデーがふたつ
ショコラとハスカップのサンデー(左)と苺と抹茶のサンデー(右)

「多様な人が能動的にかかわる図書室」を目指して

カフェで食事をしてお腹も心も満たされたところで、館長の池田圭吾さんに館内を案内していただいた。

【写真】インタビューにこたえるいけださん
池田圭吾さん

東開文化交流サロンは、2022年12月にオープンした「共生型地域福祉拠点」だ。「共生型地域福祉拠点」とは、地域の関係機関と連携し、地域資源を活用しながら多様な人が交流し、安心して生活できるための支え合いの場のこと。社会福祉法人ゆうゆうが、図書の専門企業である株式会社図書館流通センターと共同事業体「Social Library Platform東開」を結成し、指定管理業者として運営を行っている。

施設内には、図書スペース、ギャラリー、カフェ、多目的ホールなどがあり、年末年始を除く360日、朝の9時から夜の9時まで開館している。またそうした地域の人が利用できる施設の機能に加えて、図書室業務とカフェ業務は就労継続支援A型事業、サロン内の清掃業務は就労継続支援B型事業として運営されている。

【写真】サロン内の通路の様子
写真中央の通路にある薄いグレーのラインは、突起の高さが低い点字ブロック。きちんと識別はできるが、つまずくことがないため、車椅子やベビーカーで通るときも危なくない

カフェを右手にまっすぐ進むと、左手には図書スペースが現れる。3万冊の図書を有する図書室だ。サロンのオープンも、図書室がほしいという要望がきっかけだったらしい。

池田:もともとこの地域には、図書館をつくってほしいという声があったんです。図書館はここから8キロぐらい離れた場所にあるんですけど、「図書室」として地域に根ざした公共施設をつくろうというところから始まりました。

2022年12月に2万冊からスタートし、2023年4月には予定していた2万8,000冊となり、そこから少しずつ新刊などが増えて、現在は3万冊超の本が蔵書されている。施設全体の天井が高いことに加えて、大人の背丈ほどの高さの本棚が多く、本棚の向こうを見渡せるために、開放感があった。

貸出カウンターの左隣には、ドアが閉まる個室が並んでいた。集中したい人は個室を選ぶことができるため、個室以外の場所では、多少のおしゃべりが許されるように感じる。空間が分かれていることで、集中したい人、会話をしたい人、どちらの過ごし方も尊重されている印象を受けた。

池田:ここが始まるときにどんな図書室にしたいかを話しあいました。図書室って小さなお子さんを連れていたら、大きな声をあげることがあるかもしれないから行きづらいというような意見もあって。そう思っている方でも行きやすい図書室にしようと思ったんです。

【写真】大きな窓のそばにある座るスペース
個室のほかに、オープンな作業スペースもある

おしゃべりが可能というこの図書室は、「多様な人々が能動的にかかわる図書室」を目指しているという。そのため、一般的な公共の図書室にはない、変わったルールが三つある。その一つは「利用者が本を分類できる」ということだ。

池田:ここは、利用者の方が分類した本棚です。月に一回ワークショップを行って、参加者が独自の発想で自由に分類を考えて、本を並べています。当初はアイデアを出した一人ひとりが選書までしていたのですが、最近では出てきたアイデアの中からいくつかに絞って、一つのテーマに対して何人かで選書をするという形に変えています。選者も普段関わらない本を手にとることができるようで、このやり方も面白いなと思っているところです。

【写真】本棚の一画
「あなたの『あったかい』はどんなものですか? あったかい本 人によってあたたかいと思うものは違うけれど…」など選書のテーマに惹きつけられる

図書館の本といえば、背表紙に貼られたシールの数字と記号の順番にビシッと整列している印象がある。それはそれで、同じジャンルの本が並んでいて、整理整頓のしやすさや、探しやすさがあるはずだ。利用者がつくった棚があることで、もしかしたら一般の図書館では分類されているだろうとジャンルのところに想定した本がなくて見つけづらくなる可能性もある。それでも新しい本との出会いやコミュニケーションが生まれることを、この図書室は大切にしているのだ。

そうして利用者がつくった本棚を眺めていると、黄色い付箋がはみ出した本がたくさんあることに気づく。これが二つ目の変わったルール、「本に付箋を貼ることができる」だ。この図書室では、メモを書くことができる指定の付箋が用意されていて、利用者はそれに書き込んで自由に貼ることができる。

池田:人が借りた本って気になるようで、付箋が貼られた本が多く借りられていきますね。タイトルだけでは興味がわかなかったけれど、付箋が貼られているから手にとってみる、など、ここでも新しい本との出会いが生まれているようです。

【写真】本を開くと付箋が貼られている
この本のどんなところが気になった、このページが気に入っているなどのメモが残されている

ちなみに三つ目のルールは、「本をつくると所蔵される」。スペースの一部には、のびやかな発想の絵本が並べられていた。絵本作家に講師として来てもらって、ワークショップの参加者が作成したそう。子どもの頃、自作の絵本を作った経験がある私。読者は母親ぐらいだったが、図書室に蔵書してもらうということは、もしかしたら見知らぬ誰かに読んでもらえるかもしれないということ。小学生の気持ちになってワクワクしていると、池田さんが「借りられているかなってチェックしに来る子どももいますよ」と教えてくれた。

【写真】福祉系の書籍が置いてある本棚
サロンが福祉拠点であることも踏まえて、福祉関係の図書も充実している。支援者として働くスタッフもわからないことがあると、ここで調べ物をしているとか

絵本ホールにボルダリングスペース?

図書スペースの突き当りには、絵本ホールがあった。靴を脱いで足を踏み入れる。子どもの目線の高さに絵本が並ぶほか、ボルダリングスペース、子どもたちが座って本を読める小さな机とテーブル、乳幼児が遊べるスペースがあった。小学校低学年ぐらいまでの子どもはこのホールに出入りして遊んでいるそうだ。

【写真】ボルダリングゾーン、マットが下に敷いてある

身体を思い切り動かすことができるボルダリングスペースがあるのが魅力的だなと思っていると、使用できるのは未就学児までであることや、使用ルールが書かれた貼り紙をみつけた。何気なく貼り紙に目を留めていると、池田さんは「最初は貼り紙をすることに抵抗があった」と話す。

池田:貼り紙をすることで人と人とのコミュニケーションが減ってしまうことを恐れていたんです。だけど、安全に使えないような場面があったり、ここで誰かがつきっきりでみているわけにもいかなかったりということもあって、必要に迫られて貼り紙をするようになりました。

ただ最近では貼り紙を見ながら、大人と子どもが一緒に確認している場面を見ることもあって。言葉でやり取りするだけではなく、ルールを目でみて確認するというコミュニケーションの方法もあるのだと思うようになりました。

貼り紙はなにかを禁止するためだけではなく、大事にしていることを伝えるためのコミュニケーションツールとして機能させることもできるのだと、池田さんの話を聞いて思う。

【写真】ボルダリングスペースにある張り紙

子どもたちが過ごす、趣きが異なる2つの空間

ホールの一角にはゆったり過ごすことができる小部屋も。乳幼児を連れた保護者にも人気の場所だ。小さな窓からは外の様子を覗くこともできる。

絵本ホールでは月に一度市内の読み聞かせサークルの人が子育て世代向けに、読み聞かせの会を開いている。大体毎月20組前後の家族が参加し、若い移住者同士がつながるきっかけにもなっているようだ。

【写真】絵本ホールで、読み聞かせをしている様子
(提供写真)
【写真】絵本ホールの本棚
左から順に本の高さが低くなり、きれいな山並みができている。池田さんにたずねてみると「配下整理を担当した方の色が出たのかな」とのこと

ホールの入り口に、子どもの背丈ぐらいの荷物棚があるのもいいなと思う。これがあれば、遊んでいるうちに、最初に荷物を置いた場所がどこだかわからなくなってしまった、なんてことも防げるのではないか。そう考えていたら池田さんが「荷物棚に入れないでパーっと遊びだしちゃう子もいます」と笑って話す。

池田:子どもたちの荷物があちらこちらに散らばっていたら「集合!」って声かけて、「靴下なかったら怒られる人?」「はーい!」「怒られたくない人?」「はーい!」「じゃあどうする?」って。見守り支援員が巡回しながら、子どもたちのテンションがあまりにもあがっていたら、読み聞かせをして少し落ち着かせるような場面もあります。または多目的ホールが空いていたら、移動させて、こっちで体動かしていいよって話すこともあって。一緒に考えながらやっています。

サロンには、利用者の安全確保や困りごと対応を行う、見守り支援員が配置されているそう。見守り支援員や子どもたちとコミュニケーションをとり、みんなで一緒に考えながら場をつくっている様子が感じられる。

絵本ホールの隣には、小さな「絵本の小屋」がある。ぐるりと囲む壁、一面に本が並べられた小さな空間で、その狭さが落ち着く。

池田:騒がしく過ごしていた小学生がここに来て集中して本を読んだり、かと思えば今度はこちらが盛り上がったりもしています。ひとりのお母さんが子どもに読み聞かせをしていたら、他の子どもたちもたくさん集まってきていたこともありました。

広くて思い切り身体を動かせそうな絵本ホールと、小さく半分閉じた空間の絵本の小屋。先程の図書スペースにあった個室とオープンな場のように、趣きのことなる空間があり、過ごし方を選ぶことができることが、場の安心を担保してくれているように感じた。

貸切利用もできる、多目的ホール、パブリックスペース

図書スペースを出ると、スペースと廊下を区切る仕切りに、絵が飾られている。この日行われていたのは、絵本作家の作品のパネル展だ。

池田:ここはギャラリースペースです。障害のある作家の絵を展示していることも多いです。このスペースをかけっこの競争で使うやんちゃな子どもたちが、足を止めて顔を傾けたりしながら絵と向き合っている姿をみかけることもあります。これまで作品を見る機会がなかった子どもたちが、ギャラリーでいろんな刺激を受けているのがいいなと思いながらいますね。

絵を見るためにどこかに出かけなくとも、日常生活の中で、ふと目に止めることができるギャラリー。もしかしたらその存在は、子どもたちの中に小さな種を撒いているのかもしれない。

施設内にはほかに、会議や室内での軽い運動にも使える多目的ホールと、キッチンを備えたパブリックスペースの2つのスペースがあった。スペースでは、講演会やワークショップなどさまざまなイベントが開催されている。

【写真】掲示板に貼られたポスターたち
掲示板には、イベントのお知らせがいっぱい

スペースは有料で貸し切ることが可能なほか、利用者がいないときは、オープンなスペースとして誰もが利用することができる。多目的ホールで身体を動かしたり、パブリックスペースでお弁当を食べたり、図書スペースから持ってきた本を読んだり、といった使い方がされているようだ。

多目的ホール
パブリックスペース

サロンの裏にある100坪の畑

最後に、施設の外にある畑に案内してもらった。サロンの裏にある100坪の土地を、2023年5月から畑として利用している。訪れたときには、さつまいもや大根、小松菜などが元気に育っていた。

池田:ここは就労支援の利用者さんの作業場所のひとつになっているほか、下校した小学生や、土日を中心にちょっと作業したいという地域の方など、色んな人に関わってもらっています。

【写真】畑で収穫をする人々
地域の方がちょうどさつまいもの収穫をおこなっていた

サロンができてもうすぐ3年。畑に限らず、地域の人との関わりも増えてきているようだ。今年の夏は、サロンの駐車場で、地域の町内会と一緒に夏祭りも行ったという。

池田:2022年にサロンができるときに地域の方に「みなさんといつかお祭りがしたいです」と伝えていたんです。お祭りって協力しないとできないから、すぐにできるとは思ってなかったんですけど、町内会の人たちと力を合わせてひとつのことをしたいという思いがあって。そしたら、今度一緒にやろうよって声かけてもらえたんですよね。

地域の人がサロンの活動に関わり、サロンと地域が協働して地域のイベントを担う。そんな動きが生まれ、地域の拠点としての役割もますます活発になっているようだ。

【写真】駐車場で夏祭りをしている
(提供写真)

たっぷり1日をサロンで過ごし、すっかり冷たくなった北海道の夕暮れの空気に身を縮こまらせながら歩いて駅まで向かう。サロンの中はなんとあたたかだったのだろう。

平屋建ての東開文化交流サロンは、廊下はギャラリーの前の一本道。端から端まで何が起きているかを把握しやすい規模感だった。そのコンパクトな建物の中に、用途の異なる空間がいくつもある。

自分が過ごすスペースを選択できることで、集中して勉強をしたい人も、おしゃべりをしながら本を選びたい人も、身体を動かしたい子どもも、のんびり過ごしたい大人も一緒にいられるように感じた。一人ひとりがやりたいことや望むあり方を実現しながら、その場に存在することができるように場を設計すること。そしてそれを実現するためのコミュニケーションを重ねていくこと。それが多くの人が安心して過ごせる場所を育むために大切なことなのかもしれない。


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連載:こここ訪問記