福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

くらふとこうぼうらまのであいぞめをしたぬのをほしているひとのしゃしんくらふとこうぼうらまのであいぞめをしたぬのをほしているひとのしゃしん

多くの人の手を介して生まれる「鯉のぼり」の工房へ。〈クラフト工房 LaMano〉訪問記 アトリエにおじゃまします vol.01

  1. トップ
  2. アトリエにおじゃまします
  3. 多くの人の手を介して生まれる「鯉のぼり」の工房へ。〈クラフト工房 LaMano〉訪問記

立春が過ぎ、空気が少しずつ温みはじめた2月上旬。東京都町田市にある〈クラフト工房LaMano(ラマノ)〉を訪ねました。目的は「鯉のぼり」の製作現場を見学すること。

ラマノがつくる鯉のぼりは、古典的で力強い図柄と草木で染めた穏やかな色調、木綿の晒(さらし)のやわらかな風合いが絶妙な一品です。「ずっと憧れていて今年やっと買えました」「ほかのラマノ製品も使っています」というファンは多く、「こここなイッピン」で紹介させていただきました。

【写真】らまののこいのぼり
ラマノの商品で特に人気を誇る鯉のぼり。毎年約250セットの鯉のぼりをつくるものの、1月の予約開始から早々に売り切れてしまうほどの人気ぶりだそう。力強い藍色が目を引く真鯉と、鮮やかながらも優しい色調の緋鯉、空の青をそのまま写しとったかのような子鯉。古代中国の五行思想に由来する5色の吹流しと、型染めの矢車飾りがセットになっています

そもそも「LaMano」とは、スペイン語で「手」を意味する言葉。「手仕事を中心としたものづくりを通して社会とつながる」そんな思いが根底にあります。

実際、鯉のぼりの製作にあたっても、素材集めから染織、縫製、組み立てなどの過程で、障害のある人、染織を学んできた人、地域の人やお店など、実にさまざまな関わりがあります。さらには「鯉のぼり」だけでなく、染め物や織物、刺繍などのクラフト製品づくりや、アート作品の制作など、一人ひとりの個性や特性にあった手仕事をしています。

優しい風合いが特徴的な「鯉のぼり」は、どんな人々の手から生まれているのでしょうか。工房におじゃましました。

東京都町田市、緑豊かな丘の上の染織工房へ

小田急電鉄小田原線鶴川駅から車で10分ほど。ラマノがあるのは、緑豊かな杜の小高い丘の上。約2000坪の広大な敷地には、築120年の母屋をはじめとした大小いくつかの建物があり、それぞれがクラフト工房やアトリエとして使われています。

【写真】らまののがいかん
「こんな場所が東京に!」と驚くほど、自然豊かな環境の中にあるラマノ。取材に伺った日、母屋へ向かう小道を歩いていると、楽しげな歌声が聞こえてきました

ラマノは、主に知的障害のある人など34名のメンバーが通いながら働く「障害者就労継続支援B型施設」であり、20名のスタッフや多くの地域ボランティアが仕事をともにしています。

ゆったりとした環境と工房を案内いただきながら、ラマノの日々の仕事、地域とのつながり、鯉のぼりの制作秘話など、さまざまなお話を施設長の高野賢二さんに伺いました。

【写真】らまのしせつちょうたかのけんじさん
出迎えてくださったのは、ラマノ施設長の高野賢二さん。染織家でもあり、染色の仕事を探して全国を巡っているうちにラマノに出会ったそう

多くの人の「手」を介す、ラマノのものづくり

母屋を覗くと、慣れた手つきで針仕事をしているメンバーが。普段から刺繍などを担当していて、鯉のぼりの縫製のタイミングによっては、吹流しの口に糸を通す作業などもこなします。

染めの作業場には「1、2、3……」と歌うようにカウントをとりながら、藍染めに神経を注ぐメンバーも。続々と晒を染めていく手際のよさに、目を奪われました。

【写真】せんしょくをしているひと

母屋の奥の部屋には、鯉のぼりの縫製に勤しむボランティアの方々。細かな柄をミリ単位で合わせ、ミシンで丁寧に縫いあげていきます。メンバーの家族や、地元で子育て中の方々が参加されているそう。

【写真】みしんで鯉のぼりをぬっているひと
縫製をするボランティアの方々。なかには設立当時から参加している方もいらっしゃるそう

また、メンバーのそばではスタッフがともに仕事をしています。染織の専門家や、美術大学を卒業したスタッフも多く、メンバーの個性や得意を生かした新たな作品や製品づくりを提案し、一緒に試作することも。

鯉のぼりの柄に生地を白く抜く「抜染(ばっせん)」作業を担当するスタッフ。メンバー、スタッフ、ボランティアとさまざまな人が工程を分担しています

手仕事のつながりは福祉施設同士でも。吹流しの縫製は、2年前から地域の福祉施設「なないろ」さんへ委託しています。あるときスタッフが発見したのは、吹流しの色ごとに、それも生地の染まり具合に合わせて縫い糸の色を変えるという細やかな配慮でした。

そこまで依頼してないにもかかわらず、些細なパーツにも仕上がりにこだわり、購入者を思いやる気持ちが込められている。手仕事の品質を大切にするラマノの周囲には、その思いを同じくする人が集まってくるようです。

素材の提供、環境整備……地域とのつながり

ラマノに通って手仕事をともにする人もいれば、実作業以外で関わる人も。

藍染めに欠かせない「木灰(もくはい)」は、薪ストーブのあるカフェやピザ窯のあるお店から分けてもらい、藍の発酵に欠かせない材料の「ふすま」は、地域のパン屋さんからいただいきます。吹流しの黄色の染料となる玉ねぎの皮も、近隣のお弁当屋さんが定期的に持ってきてくれるのだとか。

草木を燃やしてつくる「木灰」は、藍染の染液をつくる上で重要な材料のひとつ

高野:さまざまな方が分けてくださったり、「あそこで手に入るよ」って教えてくださる方もいて。直接じゃなくても、人が人を紹介して、つながって、地域で循環しているのがなんだかいいなぁって思いますね。

鯉のぼりをはじめとしたラマノの商品は、ラマノの内と外を行き交うさまざまな人との関わりから生まれ、多くの「手」を介しているようです。ここで生まれた商品が多くの人の琴線に触れるのは、デザイン性や機能面以外にも、人の手から発せられるやさしさや思いがそこに宿り、それを手にした購入者にまで伝播するからなのかもしれません。

【写真】ラマノのにわ
広大な敷地の草刈りや植木の剪定は、地域のボランティアが担っています。コロナ禍前は、縫製と環境整備を含め、年間延べ900人ものボランティアがラマノを訪れ、活動していました

手ぬぐいから生まれた鯉のぼり

じっくり鯉のぼりの型染めを見学していたところ「なんだか手ぬぐいに似ているな」という気持ちが……。それもそのはず、ラマノの鯉のぼりは、手ぬぐいの製法をそのまま応用してつくられていたのです!

【写真】てぬぐいとおなじ布にこいのぼりのがらをそめているところ
藍で染めた晒は手ぬぐいと同じもの。その生地に鯉の柄をほどこし、縫製することで真鯉になります

手ぬぐい製法での鯉のぼりの発案者は、施設長の高野さんです。

高野:以前から藍染めの手ぬぐいをつくっていたんですが、売れ行きがイマイチで。この技法をそのまま応用できる製品が出来ないかと模索していたとき、たまたま鯉のぼりのステンシルワークショップに参加したんです。

ステンシルもいわば型染めのひとつ。手ぬぐいと同じ要領で、藍染めの鯉のぼりをつくったらおもしろいのでは、と閃いた高野さん。みずから夜な夜な型をつくり、手ぬぐい用の晒に鯉のぼりの柄を染め、縫製し、ようやく一匹の真鯉を完成させました。

渋谷で毎年開催される〈アースディ東京〉に出店した際、試しに15本ほど売り出したところ、瞬く間に完売。翌年のアースディに持ち込んだ30本も即売り切れに。新たな商品としての手ごたえを感じた瞬間でした。

ラマノで鯉のぼりをつくりはじめて15年。藍染めの真鯉一匹から始まって、色が増え、少しずつ今の形にカスタマイズされてきたそう。吹き流しも、矢車飾りも、すでにラマノの日常にあった技術や素材を応用してできたというのは、驚くばかり。

【写真】ラマノのてぬぐい
ラマノでつくっている藍染の手ぬぐい

つくったものは無駄にしない。鯉のぼり生地もアップサイクル(再生・再利用)

さらに驚いたのは、じつに無駄のないものづくりへの取り組みでした。

ラマノの鯉のぼりに関する品質条件は厳しく、手染めならではの風合いは良しとしつつ、模様がボケていたり、意図しない滲み、染めの不具合が出ている場合は基準をクリアしません。製品の1~2割は基準をはみ出てしまうのだとか。その代わり、品質基準に満たなかった生地を他の製品にアップサイクル(再生・再利用)したり、素材として使う工夫をたくさんしています。なぜなら手間ひまかけた、立派な染め生地だからです。

たとえば、細く裂いて紐状にした鯉のぼりの生地は、織ることでポットマットやコースターに生まれ変わらせます。どうしても出てしまう糸の端材も、機織りの緯糸に混ぜて、目に楽しい色彩の織物へ。

残念ながら鯉のぼりにならなった生地を、引き裂いて一本の長い紐にしているところ
裂いた紐で織られたマット。染まり具合の違いから生まれるグラデーションが味わい深い!
【写真】こいのぼりのかばん
鯉のぼり生地の一部を再利用したあづま袋。縫製の得意なスタッフが考案しました
【写真】こいのぼりからうまれた関連製品
ワインバッグやふきんなどの鯉のぼり再生商品もユーモラス!

これらの商品は、7月と12月の年2回、ラマノで開催される「染織展」で展示販売されます。毎回1000点以上の手仕事品が並び、4日間で500名以上のラマノファンが訪れるのだとか。(コロナ禍においては、入場規制を行い開催されました)

鯉のぼりの製品づくりを通して、障害者、福祉、地域、ボランティア、地場産業、伝統文化、環境、アップサイクルといったさまざまなつながりを生む。これらは、「LaMano鯉のぼりプロジェクト」として、今後も続いていきます。

特性に合わせ、手仕事のプロセスを考える

ラマノの前身は、障害児の造形教室です。近隣に障害のある人の働ける場所が少なかった当時、教室の講師や保護者が中心となって作業所を設立したのが1992年のこと。

そんな背景から、ラマノの中心には、染め、織り、縫いなどの手仕事があります。そしてラマノが大切にしているのは、メンバーの特性を活かし、一人ひとりの仕事として成り立つ方法を構築すること。

【写真】はりしごとをしているひと
刺繍などの針仕事を担当するメンバー。この日は鯉のぼりの口に糸を通す作業を行っていました

たとえば、鯉のぼりや手ぬぐいの染色技法は、白く残したい部分に糊を置いて染める一般的な方法ではなく、先に生地を無地に染め、そのあとに模様を白く抜く「抜染(ばっせん)」を採用しています。

高野:この方法なら、メンバーは自分のペースで毎日同じように染めることができます。柄や用途に左右されて作業を変える必要がありません。染めた生地はストックできるので、あとから使い道に合わせた柄を抜染すれば、鯉のぼりにも手ぬぐいにもできるので、無駄もないんです。

藍染めに関しても、自然発酵を用いた伝統的な技法も一部取り入れていますが、年間を通しての作業には向かないため、“すくも”と呼ばれる藍の原料と、木灰からつくるアルカリ水溶液を混ぜ、化学的に色素を抽出した液で染める方法を採用しています。

大事なのは、ひとつの方法にこだわり過ぎないこと。メンバーが毎日作業しやすいプロセスであること。自然環境に配慮したり、天然由来のものを大切にしつつも、メンバーの働きやすさとの境界線を常に探っています。

遊びや余力があってこそ、新しいものが生まれる

また、染織や織りの仕事だけでなく、2006年には新たな取り組みがスタート。自由な表現活動を好むメンバーに、もっと創作の機会をとアトリエが開かれました。

独特な世界感を刺繍やイラストで表現するメンバー、貼り絵に没頭するメンバーと、活動の内容はさまざま。ユニークな作品も続々誕生しています。

【写真】らまののあとりえ
アトリエの様子。貼り絵が得意なメンバーと美術大学でテキスタイルを専攻していたスタッフが布の染め方を実験中。メンバーの個性とスタッフの知識によって、ユニークな新商品が生まれることも
【写真】ひらのともゆきさんのえ
織り部門で働く平野智之さんは、アーティストとしても活躍。揺るぎなく、力強い線で描かれる〈ミホちゃん&谷ちゃんシリーズ〉は多くのファンを獲得中

よい商品をつくり、収益をあげ、メンバーにより高い工賃を支払うことは大切です。でも、売り上げ至上主義に偏れば、メンバーもスタッフもつまらなくなってしまう。それはラマノ全体の魅力を損なうことにもつながる、と高野さん。

高野:鯉のぼりも、もともと遊びのなかから生まれた商品。仕事のなかに遊びや余力があってこそ、新しいものが生まれると思っています。豊かなものづくりにしていくために、できることを少しずつはじめているところです。

滲んでいるくらいがいい。ラマノが目指すもの

ものづくりの現場をたっぷり見学させていただいた後、高野さんに改めてラマノの活動と、これからのことについて伺いました。

染織を学んできた高野さんは、知人の紹介でラマノで働くことに。今でこそ施設長にもなり、ラマノで働いて21年が経ちましたが、それ以前は障害のある人との関わりはほとんどなかったそう。

高野:正直に言うと最初は、障害のある方とものをつくるのも、コミュニケーションをとるのも難しいのでは、という想像をしていました。でも、まったくそんなことはなかった。むしろラマノの仕事は、メンバーがいないと成り立たない部分も多くて。何時間も黙々と作業に取り組んで、成長していく姿に尊敬の念を覚えています。

【写真】ラマノのせんしょくこうぼう

施設という立場上、“利用者と職員”ではあるものの、ものづくりの現場では“仲間”。そう考える高野さんは、ラマノで制作する製品を「福祉施設でつくった製品」という売り出し方にはしていません。

高野:製品自体が素敵だから買いたい、そういう意味で“価値があるもの”。それだけでいいと思うんです。ものづくりの背景を知りたいと思ったとき、こんな場所があって、こんなつくり手がいて……という情報が伝わるようにすることは必要です。でも、その境界線はパキッと分かれているものじゃなくて、“滲んでいる”くらいでいいのかなって思うんです。

手仕事で関わる、物や資材の提供で関わる、環境整備で関わる――たしかにラマノは、“滲む”ようにさまざまな「関わりしろ」を持つ場所です。障害のある人の働く施設であるだけでなく、地域で暮らす人にとっても大切な居場所であり、交流場所であり、活動の拠点である、そんなことを今回の訪問で感じました。

最後に、ラマノの今後の展望を伺いました。

高野:ラマノの恵まれたロケーションをもっと生かした活動をしていきたいですね。現在もさまざまなアートプロジェクトや外部組織と協働していますが、障害のあるなしにかかわらず、地域の人と一緒にものをつくるオープンアトリエが実現できたらおもしろいなぁって。いろんな人との関わりが増えて、ものづくり、アート、表現を通じて、もっと滲みが広がっていったらいいなと思っています。

半日の滞在にもかかわらず、長く、濃い旅をしてきたような充実の一日に。ラマノの皆さん、おじゃましました!


Series

連載:アトリエにおじゃまします