福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】ててたりとの本棚を眺めるライターのしらいしさん【写真】ててたりとの本棚を眺めるライターのしらいしさん

町の本屋から「安心して働く」を考える。新刊書店「本屋さん ててたりと」をたずねて アトリエにおじゃまします vol.15

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30歳を過ぎてから、事務作業が苦手だと気づいた。数字を扱うものは特に、である。

事務職として働いた8年間で、やらかしたミスは数え切れない。何度も確認したはずなのに入力した数字が間違っていたり、書類を入れ違ったまま送付してしまったり……。そのうち自分のことが信用できなくなって、会社からの帰り道や休日も、頭の中は不安でいっぱいだった。

「迅速に、正確に、数をこなす」ことやマルチタスクが自分には難しいのだと気づいたのは、30歳を過ぎてフリーライターになってからだ。「人に話を聞いて、文章を書く」が仕事になり、朝がくるのがこわくて眠れない夜はなくなった。

こうやって私は、自分の「苦手」や「得意」を確認しながら、安心して働ける環境を今も探り続けている。

「働く」は、生活の大部分を占めている。だからこそ「安心して働く」を諦めたくないけれど、安心して働ける場所を育むにはなにが必要なんだろう。

フワッとした問いをたずさえて向かったのは、埼玉県川口市にある新刊書店「本屋さん ててたりと」だ。

活気あふれる小さな町の本屋さん

お昼過ぎ、取材チームがててたりとを訪れると、店内はとてもにぎやかだった。ざっと見ただけでも10人はいるだろうか。どの人が書店員さんなのか、はたまたお客さんなのかはわからないけれど、目が合ったときに「こんにちは〜」と声をかけてくれた人は、きっと書店員さんだ。

「本屋は、静かに本を選ぶ場所」。そんな固定観念を忘れさせてくれる活気に包まれ、私はこれから始まる1日が楽しみになった。

【写真】ててたりとの外観
店名である「ててたりと」は「とりたてて」を逆から読んだもの。

JR京浜東北線「西川口駅」からバスで約10分の場所に、ててたりとはある。

なんとなく本屋には窓がないイメージがあったが、大通り沿いに面するててたりとは、大きな窓から光がたっぷりと入る明るい場所だった。

窓があると本が日に焼けてしまいませんか? 取材チームが疑問を投げると、「そうなんです、焼けます。焼ける前に(本のレイアウトを)変えて、変えて、変えて頑張ってます」と、サービス管理責任者の渡部祥子さんは笑顔を見せた。

【写真】インタビューに答えてくれるわたなべさん
サービス管理責任者の渡部祥子さん

通路の広さも印象的だった。私がよく足を運ぶ地元の本屋では、人とすれ違うときにはペコッと会釈しつつ、互いが避けながら通るのが常だ。本がひしめき合ったそんな空間も好きなのだけれど、ててたりとの広々とした空気感は気持ちがいい。聞けば、車椅子でも余裕をもって通れるような道幅にしているのだという。

【写真】室内の通路は少し広めになっている
店内には、座って休んだり本を読んだりできるイスもあった

ててたりとは、町の本屋さんであり、「就労継続支援B型事業所」でもある。身体・知的・精神障害がある約60人の利用者が登録しており、1日に20人ほどがここで働いている。書店の収益は、利用者の工賃として支払われる。

TETETARITO株式会社代表の竹内一起さんは、ててたりとの環境設計について次のように教えてくれた。

【写真】インタビューに答えるたけうちさん
代表の竹内一起さん

精神保健福祉士としてこの世界で働き始めたときは、明るいイメージの作業所が少なかったんですよ。今は内装や什器なんかも見ていてこだわっていらっしゃるところも増えてきましたが。ててたりとを立ち上げる時は、利用者さんには前向きな気持ちで通ってもらえ、本を買いに来るお客様にも心地よく過ごせる場所にしたいという思いがあり、全体的に明るいイメージの場所になるように考えました。(竹内さん)

たとえばロゴマークも、と竹内さんは続ける。

デザイナーさんに依頼して制作してもらいました。細かいところにもお金をかけたり、こだわったりする理由は、ここはB型事業所であると同時に、(書店を訪れるお客さんに)サービスを提供する場でもあるからです。利用者さんたちが書店員として、しっかりとお客さんを接遇できるような環境にしました。それは最終的にここで働く利用者さん達に色々な形で返ってくることにもなりますから。(竹内さん)

【写真】ててたりとのロゴがガラスに描かれている
素朴ながらひと目見ると忘れられないロゴは、アートディレクターの川上恵莉子さんが手がけた

書店員としての業務は、レジ対応、接客、店舗の清掃、仕入れ、雑誌の配達、営業、パソコン入力、ポップ制作などさまざま。店内に並ぶ本の選書も利用者さんがしているそうだ。

【写真】掃除をする書店員さん
店内には、掃除をしてる人、本の並びを整えている人、お客さんに話しかけている人、イスに座って書類をハサミで細かく切っている人の姿もあった。

ててたりとのホームページには、こんな言葉が並ぶ。

「働くことは生活の一部」
「まずはあなた自身のお話を聞かせてください」
「あなたにとって必要な支援、良い働き方を一緒に考えていきましょう」

「ててたりと」という場所から、そしてここで働く人たちと過ごす時間から、「安心して働く」に対するヒントをもらえたら。そんな期待とともに、取材は始まった。

【写真】棚に絵本が並んでいる
入り口すぐの場所には、漫画と絵本がずらりと並ぶ。子どもがのぞいた時に入りやすいだろうな、と思えるレイアウト

書店員さんとともに商店街へ

私たちはこの日、書店員さんの営業に同行させてもらうことになった。

ててたりとでは店頭販売のみではなく、川口市内の喫茶店や美容室などにも商品を配達している。顧客を拡大していくために週2日ほど、営業に出向いているという。

ちなみに、TETETARITO株式会社では「本屋さん ててたりと」の他に、同じく就労継続支援B型事業所である花屋「花 ててたりと」も運営する。

営業活動は合同で行われるそうで、この日は「花てて」利用者の羽石さん、「本てて」利用者の田代さん、事業所のスタッフである岸木悠夏さんと片岡茉莉さんの計4名だった。

車で向かったのは西川口駅近く、服屋、美容院、クリニック、喫茶店など、いろいろな店舗が軒を連ねる昔懐かしい雰囲気のある商店街だ。

【写真】車を運転するスタッフさん
注文が雑誌1冊だったとしても、配達に向かうそう

商店街に向かう車内で、4年前からててたりとに通っている田代さんに話を聞いた。

田代さんは現在、週5日、10〜15時の5時間を書店員として過ごす。ててたりとを知ったのは、通っていたリハビリセンターから紹介されたのがきっかけだったという。

10年前、50歳のときに脳出血で倒れたんですよ。8カ月入院して、もといた会社からは100%の体に戻らないと復帰はできない」と言われて退職しました。

僕はもともと体育会系で、ててたりとにくるまでは本を読んだことがなかったんですけど、いまは人生論みたいな本をよく読みますね。今度FM川口のラジオ「サウンドカフェ」で、おすすめの本を紹介するんですよ。(田代さん)

前職では百貨店で販売や営業の仕事をしていた田代さん。「ててたりとでは営業担当なんですか?」と尋ねると、「いや、なんでも屋」と言って豪快に笑った。

「営業は今日が2回目。掃除も運搬も、なんでもやるよ」と田代さんが言うと、それまで黙って聞いていたスタッフの片岡さんが、「頼りになるんですよねぇ」と笑顔を見せた。

利用者さんの「飛び込み営業」に同行

【写真】営業リストにチェックをいれるスタッフさん
ウェブ上の地図を参考に、めぼしい営業先をピックアップしたそう

商店街に到着すると、羽石さんが事前にピックアップしていた12件の営業先を、1件ずつ訪ねて歩いた。「定休日のところも多いですね」などと言いながらゆっくりと進み、営業中の店には「こんにちは〜」と飛び込んでいく。

飛び込み営業はものすごくハードルが高いと個人的には感じるが、利用者さんは臆することなく店に入っていく。「花てて」「本てて」それぞれのサービス内容をまとめた資料を渡し、端的に自分たちのことを紹介して、2〜3分ほどで店を出てくる。

スタッフの岸木さんが「資料受けとってもらえました!今日は感触がいいです」と小走りでこちらに駆け寄る。

飛び込み営業はなかなか難しいですけどね…。以前、その場で注文してくださったことがあって。その時はすごく嬉しかったですね。(岸木さん)

【写真】営業資料
利用者さんによるフラワーアレンジメントの写真が載った資料
【写真】営業の様子、雑談も交えながらの営業
呉服屋さんにも飛び込み営業

商店街を歩いている時も、スタッフと利用者の和やかな雑談は続いた。時折、ドッと笑い声が響く。

田代さんは「ててたりとは、居心地がいいですよ」という。

ててたりとのスタッフさんは言葉に愛があるんですよ。何気ない声かけにしても、優しさが伝わる。安心して働くには、会話が大切だと思います。それは互いの過去を深堀りするとか、そういうことじゃない。最初は天気の話でもよくて、それでも意識して会話しているとだんだん会話の幅が広がるし、利用者同士の関係もできていくんです。もちろん、ひとりが好きって人には無理に話しかけることはしませんけどね。

僕がずっとラグビーをやっていた体育会系だからかもしれないけれど、いいチームには仲間との関係性は欠かせないと思う。それにリハビリの先生からも言われたんです。リハビリの一環としてもどんどん会話した方がいいって。(田代さん)

【写真】きしきさんとたしろさんが話をしている
スタッフの岸木さん(写真左)は、「利用者さんにはいいことも悪いことも、率直に伝えるようにしています。言葉にしなければ伝わらないと思うから」と話す。

一人ひとりが「役割がある」と思えるように

取材チームが店に戻ってきたのは、15時過ぎだった。「おつかれさまでした〜」と言って、ぽつりぽつりと書店員さんたちが帰宅していく。

せっかくだから本を買って帰りたいなぁと本棚を眺めていると、あるポップが目に飛び込んできた。デフォルメされたユニークなデザインもさることながら、線の多さや色彩の鮮やかさ、色の濃淡の繊細さ……思わずじっくりと眺めてしまう。「どんな本なんだろう」と手にとってみたくなるポップだ。

【写真】本棚に飾ってあるポップ
本棚のいたるところにポップが貼られており、それを見てまわるだけでも楽しい

プロのイラストレーターの作品と言われても驚かないクオリティだが、これも利用者さんが描いているのだと管理責任者の渡部さんは話す。

絵が好きな方が何名かいらっしゃるんです。このポップを見て、ほかの書店さんから「ウチでも書いてほしい」と依頼がきていました。クオリティが高いのでポップ単体で売れることもあります。ポップ制作ができる事業所だと聞いて、興味を持って入所してくれる方もいますね。

利用者さんの得意不得意はそれぞれなので、なるべく得意なことで活躍してほしいと思います。たとえば「花 ててたりと」の利用者さんが本屋に興味をもったり、その逆があったり…そういうこともありますね。(渡部さん)

業務の得意不得意や、事業所の雰囲気にマッチするかは、どのように確かめているのだろうか。

利用者さんには1〜3週間、体験をしてもらいます。8割くらいの方はここで働きたいと利用されますね。面談で話を聞いて、人と接するのが好きなら接客や営業、事務作業が得意なら裏でPC入力をしてもらう、といった具合に業務を割り振ります。

ただ体調や気分に波があるので、配慮が必要なシーンも。そういうときは状況に応じて、話し合って作業を変更したり、必要があれば「頑張ってみませんか?」と励ましたりしていますね。日々の業務内容は流動的ですが、みなさん柔軟に対応してくださるんですよ。(渡部さん)

1日に20人が通うことを考えると、手持ち無沙汰になる人はいないのだろうか。渡部さんは「作業の切り出しに苦労することは正直あります」と言いつつ、「一人ひとりが『役割がある』と思えることが大切」だと続ける。

たとえばカバーや買い物袋のロゴは、印刷ではなくスタンプを押してもらっていたりして、数え出したらキリがないけれど仕事はたくさんあるんですよ。利用者さんがよく気がついてくれて、本を出版社ごとに並べ直してくれることもあるし、業務名がないような細かい作業もやってくださってます。(渡部さん)

【写真】ててたりとの紙袋に押されたスタンプ
買い物袋には一枚一枚、スタンプを押している

就労継続支援B型事業所であるててたりとは、働く場所であり居場所としても機能する。ここまでの取材を通じて、私はててたりとに「チーム」のような、活気やまとまりがあるイメージを抱いていた。それはある人にとっては居心地が良い一方で、そうでない人もいるのではないか、とも。

しかし渡部さんの言葉で、そのイメージはふわっと薄れていった。

妙に馴れ合わない利用者さん同士の空気感が心地いいんです。お互い干渉しないし、自分とは異なる価値観をもつ人がいたとしても「それぞれだよね」と否定もしない。

これは一人ひとりが自分に合った作業をできていることが大きいのかなと思っていて。みんなで一つのことをするのではなく、それぞれが自分の作業に向き合っていて、気づけば1日が終わる。みなさん仕事を終えたら「おつかれさま〜」とすぐ帰っていくんです。この風通しの良さは6年かけて積み上げてきたもので、新しく入った人もなんとなく同じように過ごしているんだと思います。(渡部さん)

書店員さんに選んでもらった2冊

【写真】インタビューに答える、ごしまさんとまつださん
書店員の五嶋信之さん(左)と、松田照朗さん(右)。

私は本の好みが偏っていて、ノンフィクションばかり読んでしまう。なるべく幅広いジャンルの本を読みたい思いもあって、周囲の人に「最近おもしろかった本はありますか?」と聞くようにしている。この日もその場にいた書店員さんふたりにおすすめを聞いてみた。すると、すごく楽しそうに自分の好きな本を語ってくれた。

漫画好きの松田さんが選んでくれた『特攻の拓』と、五嶋さんが「最近映画化して、おもしろかった」と教えてくれた『変な家』の2冊を購入することにした。

会計をしてもらいながら、誰かの好きな本を聞いたり、自分の好きな本について話したり、そういうことが気軽にできる場所が自分の町にあるっていいなぁと、ふと考える。

こうして書店員さんと話している間にも、予約票を手に本を受け取りに来る人の姿がちらほらあった。「ここで買いたい」と来てくれる、常連のお客さんも少なくないそうだ。

そういえばこの日、何度か口にした言葉がある。「また遊びにきます」。ついそう言ってしまいたくなる空気が、ててたりとにはあった。

【写真】本を購入するライターのしらいしさん
五嶋さんは、「ててたりとは、自分のペースに合わせてくれる場所。難しいことは聞けば教えてくれるし、新しい発見もあります」と話す。

安心して働くために必要なことは、きっと人によって異なる。そのうえで受け取ったのは、安心して働ける場の土台には、一人ひとりが「自分は尊重されている」と思える工夫が根付いているのかもしれない、ということだ。

それはたとえば、自分の話を聞いてもらえること。得意不得意を理解してもらえること。役割があると思えること。「自分らしく」を諦めなくていい選択肢があること。

よい環境をつくろうと尽力する人の姿は、働く人の「明日も仕事頑張ろう」という気持ちを支える。「安心して働ける場所」は誰かの一方通行な思いからではなく、互いの思いが積み重なって育まれるのではないか。

取材の帰り道、この日出会った人たちの言葉を反芻しながら、改めて「安心して働ける場」に思いを馳せた。


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