福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】客室の大きな窓。隣の島がくっきり見える【写真】客室の大きな窓。隣の島がくっきり見える

地域であたらしいことをはじめるときに大切なことって? 観光と福祉が交わる 「ボナプール楽生苑」をたずねて こここ訪問記 vol.19

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自分にとって大切だと思える場所や地域ができたとき、その地域との関係の紡ぎ方にはいろいろな種類がある。

実際に住んで、いち住人としてそのまちにあるお店や産業を応援するという関わり方もあるだろうし、住まなくとも定期的に通う関係人口といった関わり方もあるだろう。関わり方にはさまざまなグラデーションがあって、その彩りが地域を支えている。

そして、関わり方のひとつには、「その地域であたらしいことをはじめる」というものもある。

筆者である私自身、岡山県の児島という海の見えるまちと出会い、好きになり、この場所ともっと深く関わっていきたいという思いが芽生えて「aru」というちいさな本屋を開業した。2021年に開業したaruは、東京と岡山での二拠点生活をしながら運営を続け、2026年現在、2店舗となった。2025年末には東京の拠点を手放し、ついに岡山に完全移住をしている。

地域であたらしいことをはじめるとき、そしてそれを続けていくなかでは、さまざまな葛藤や不安、よろこびや楽しさがある。お客さんは来てくれるだろうか。地域の方に受け入れてもらえるだろうか。そんな開店当初抱いていた不安を超えて地域の方に受け入れてもらえたときは本当に安心したし、今でも新鮮な気持ちで毎日人が来てくれること、この営みを続けていられることをしみじみとうれしく大切に思う。

地域であたらしいことをはじめたい。

そんな思いを持ったとき、どんなことを大切にすればいいのだろう?

今では私もよく聞かれるようになったこの問いについて、あらためて考えてみたい。

そんな思いのもと、瀬戸内に浮かぶ小さな島・生口島(いくちじま)にある瀬戸田というまちを訪れた。目的地は、2024年にできた複合型コミュニティ施設、「ボナプール楽生苑(らくせいえん)」だ。

塩と柑橘のまち「生口島」

岡山から、車を走らせること1時間半。取材当日はあいにくの曇り空だったものの、おだやかな港の景色が私を迎え入れてくれた。瀬戸内の隣島をほど近くに感じ、あたたかい雰囲気のある海街。私がお店をやっている児島とは、同じ瀬戸内海でも雰囲気が全然ちがう。

関東・関西方面からそれぞれ集まったこここの取材チームは、新幹線の福山駅から乗り継いでJR尾道駅へ、そこから出航しているフェリーで最寄りの瀬戸田港までやってきた。ちいさくコンパクトで檸檬色でたかわいいフェリー。次は電車とフェリーを乗り継いで来てみたいな、と、もう次の来訪のことを考えている自分がいた。

【写真】海上を走るフェリー

生口島は、江戸時代に製塩が盛んに行われ、海運の拠点としても栄えた島である。製塩にくわえて、柑橘を中心とした農業や海運業も盛んで、明治から昭和初期にかけてはそれはそれは栄えていたのだという。今では産業が衰退していくなか、もう一度このまちを盛り上げようと宿泊施設などが増え、若い移住者も増加している。尾道から四国今治まで、多くのサイクリストが訪れるしまなみ海道のほぼ中央に位置し、海外や国内を問わず多くの観光客も訪れるこのまち。

まずは、瀬戸田観光の目玉でもあるという「しおまち商店街」をぶらりと歩く。

【写真】しおまち商店街をあるく取材チーム

しおまち商店街は、瀬戸田港から約600メートル続く、約50店舗が並ぶ商店街だ。取材当日は定休日のお店が多く人通りが少なかったものの、檸檬やみかんなどの柑橘類を主軸とした商店を営むおばあちゃん、乾物のお土産物を営む方、名物コロッケが有名なお肉屋さん。どこで出会う人も、はじめて瀬戸田を訪れる私たちに、やさしく話しかけてくれた。

新畑食料品店。写真左にある看板には「ちょっと小さなスーパーですが品揃えでお応えします」と書かれていた
岡哲商店。店の壁面には著名人がたずねてきたときの写真が多く貼られている
珍味の小倉。店主さんから干だこの炊き込みご飯のつくり方を教わった

そんな商店街から10分すこし歩いたところに今回の目的地「ボナプール楽生苑」はあった。

みんなの居場所「ボナプール楽生苑」

【写真】ボナプールの外観、ガラス窓が大きく、陽の光が入りやすくなっている
(提供写真)

ボナプール楽生苑は、2024年にオープンした複合施設だ。障害のある人が働く場、特産物である柑橘類を加工するための柑橘搾汁所、サイクリングや観光で訪れた方々をはじめとして誰でも泊まれる宿泊施設という大きく3つの役割をあわせもつ。

建物は、もともとは町営プールだった場所につくられたそう。

先ほど商店街で会った人たちとの会話を思い出す。「ボナプールに今日は泊まるんです」と話すと、「昔はあそこのプールによく通ったものよ」「あのプールは水深が180cmもあってね」と、かわるがわる楽しそうに当時の思い出を話してくれたのだった。

「ボナプール」という名前は、地域の方々のたくさんの思い出がつまった旧瀬戸田町営プールの跡地であることを示す「プール」と、フランス語で幸せを意味する「ボナール」を合わせた造語であり、このまちに関わるみんなの居場所となるように、という願いが込められているのだという。

商店街で出会った、ここ数年のあいだに瀬戸田に移住して来た方も、「家が近いけれど何度か泊まりに行ったことがあります」と言っていた。まちのいろんな方から、この場所への興味と好意的な感情を感じる。

どうして生口島に、このような施設が誕生したのだろう。この施設をつくるときに大切にされたことは何だったのだろうか?

このまちに足りないものをつくろう

ボナプールを運営する社会福祉法人新生福祉会の代表理事・山中康平さんは、こう話す。

地域に足りないものを掛け合わせた、ジャンルを越境した何かあたらしい場所をつくりたいねという話は2020年ごろから出ていたんです。そうしたら、ちょうどいいタイミングで「みらいの福祉施設建築プロジェクト」が発表されて、その公募に参加することにしました。そうして無事に採択していただくことができて完成したのがボナプール楽生苑です。

【写真】インタビューに答えるやまなかさん

どんな施設がこのまちに必要か。まちの課題を把握するために住民にヒアリングを重ねて出てきたのが、「障害のある方が働ける場所が島内に少ない」「サイクリングや観光で訪れた方の宿泊施設が不足している」「特産である柑橘類の搾汁加工所がない」という3つの大きな課題だった。

「ヒアリングというよりは、ざっくばらんにいつもの感じでお話を聞いていったんですけどね」と山中さん。

いつもの感じ? ──それもその通り。もともと、新生福祉会とこのまちには深いつながりがある。新生福祉会は平成10年に設立された社会福祉法人で、法人を立ち上げた初代代表理事の伊原信夫さんは、「豊富な人生経験や伝統文化を若い世代へと受け継ぎ、すべての世代がエンジョイできる地域社会を築きたい」という思いのもと、瀬戸田のまちにさまざまな福祉施設を作ってきた。ボナプールが完成する以前もすでに島内で7拠点、14の施設・事業所を運営していて、ボナプールは15カ所目となる施設なのだ。

山中さん自身も、新生福祉会が運営する特別養護老人ホームの施設長を長いあいだ勤め、ソーシャルワーカーとして、瀬戸田のまちの人と関係を築き、このまちに必要なものをずっと考え続けてきた。そういった関わりの中で、あたらしく生まれたのが今回のボナプール楽生苑。この施設は、すでに地域との関係性をていねいに紡いできた中でつくられたあたらしい場所だったのだ。

ただ、山中さんは、どんなあたらしい施設をつくるときにも大切にしていることは同じだという。

私たちが意識しているのは、あくまでも住民の方が主体だということです。自分たちは、地域が活性化してまちの人たちが住みやすくなるサポートをする役割であることを忘れてはいけない。自分たちが主体になるのではなく、地域の人たちにとって必要なことをすることをいつも心がけています。

さらに山中さんは、こう続ける。

やっても続かないことをやってもだめ。小さくてもいいから、できることを続ける。それが大事だと思うんですよね。

集う場、泊まる場としての運営面での工夫

ボナプールでは、そんな山中さんの言葉を体現するように、あたらしくできたこの場所がちゃんとまちと結びついていくために、運営面でもさまざまな工夫がされていた。

現在管理者をつとめる坪島義治さんが、施設をいろいろと案内してくれる。

【写真】施設内を案内しているつぼしまさん

1階の入口近くにある販売スペースは、ものづくりをしているまちの人が、自分の作品を気軽に売れるような場所になっている。そこには、野菜を乾燥させて作ったというピアスや、本格的な革のバッグ、かわいいカラフルなわらじなど、たくさんの個性的な商品がずらりと並ぶ。

ボナプールの入り口。入って左側が販売スペース(編集部撮影)

「どうやらあそこで販売できるらしいよと、少しずつ口コミで広がっているみたいで、スペースが足りなくなりつつあります」と坪島さんはにこやかに笑う。

中央の交流スペースは、予約なしで誰でも使用することができて、土日の日中にはまちの人で賑やかになる景色が見られるのだとか。坪島さんがこれまでで一番印象的だったというのは、小学校の卒業式のあと、子どもたちだけで集まりわいわいと話している姿を見かけたとき。この場所が地域の人々の居場所になりつつあることを実感したのだという。

レジの付近ではボナプールで作られた柑橘の加工品や、隣の島にある別法人の施設で作られたというピザなどの食品も販売されていて、交流スペースで飲食を楽しむこともできる。

ボナプール名物の「ボナプリン」

キッチンはレンタルスペースとしても貸し出されており、製造許可が取られているため、お菓子の活動をされているまちの方がイベント出店のために製造しにきたり、1日限定のレストラン営業などのイベントで利用されたりすることもあるそうだ。

柑橘搾汁所では、搾汁や加工にくわえて、町内の事業者からシール貼りなどの作業を依頼されることもある。まちの農家さんから「こんなこともできないか?」と気軽に相談されることも増えてきた。ガラス張りで作業の様子が見えるようになっていて、海外の方も興味津々で覗いていくのだという。

障害のある人が働く場の一つ「就労継続支援B型事業所」でもあるボナプール。利用者は橘加工所での搾汁や菓子製造、ホテルでの清掃や洗濯を担当するそう

さらにはボナプールの存在をまちの人に知ってもらえるように、地域で開催されているお祭りやイベントへの出店も積極的に行なっている。1周年の際には、まちの人を招待して周年イベントを開催した。

このように、まちの人の居場所になるためにされている工夫は数知れず。坪島さんは、まちの人が施設を訪れてくれた際には、絶対に笑顔でこちらから話しかけるようにしているらしく、取り組みだけではなくて丁寧なコミュニケーションも欠かさない。

もともと坪島さんは別法人の障害福祉サービスを提供する入所施設で15年間勤めていた経験を持ち、「施設内だけではなく、もっと地域とかかわる福祉のあり方に携わってみたい」という思いのもと、1年前にボナプールの管理者として転職でこのまちにやってきた。

体感では、福祉以外の仕事が半分以上を占めているかもしれません。個別支援計画や利用者の調整など、就労継続支援B型事業所としての運営業務のプラスアルファでやる仕事が多いので、とても大変だけど、楽しくやりがいがありますね。

その日は実際にボナプールに宿泊させてもらった。私が泊まった部屋は、車椅子を使う方も泊まれるようにとバリアフリーの設計になっている一番大きなツインルーム。各部屋には自転車も置けるようになっていて、多くの人を受け入れたいという願いが施設のいろんな箇所から伝わってきた。

海が見えて、とても居心地がよく、また泊まりたいなと忖度なしに思った。

【写真】大きな窓の外には、隣島が見える
ツインルーム
客室はすべて引き戸。ツインルームは浴室まで車椅子で入れる。部屋の壁には自転車をかけるラックも
翌朝には、清掃風景も見ることができた

あたらしいことをはじめるときに必要なことって?

地域であたらしいことをはじめる。そこにはきっと、人それぞれ、いろんなパターンのさまざまな思いがあるだろう。何か具体的にやってみたいことがある人もいるだろうし、地域の人の具体的な困りごとを聞いてそれを解決したいと一念発起する人もいるだろう。

ただ、どんな「あたらしいこと」であれ、地域に根差しながら活動を続けていくためには、地域の人々に必要とされること、そして、はじめる人自身が心から「やりたい」と思っていること──その重なりが、どんな業種であれ必要なのだろうと思う。

さらには、あたらしくはじめたことを、愛を持って続ける継続力が必要だ。思いだけが十分にあっても、はじめたものが続かなくては意味がない。

そのためにはまちの人との関わりが欠かせない。綺麗事ばかりではすまないこともきっとある。人間関係や、運営面での課題やトラブルは次から次へと生まれてくる。そういったものを乗り越えるための知恵と勇気と行動が、あたらしいことをはじめ、続けるためには必要なのだ。

魔法みたいなものはないから、一歩ずつなんです。

取材中の山中さんの言葉が胸に残る。本当にその通りだ。魔法はない。私も「地方で海の見える本屋をしている」と言うと、煌びやかに思われることがあるのだけれど、実際の毎日はそんなに煌びやかなものではない。日々の営業、一人ひとりとのちいさなやりとり、ささやかで大切なものの積み重ねで「あたらしいこと」はそのまちに馴染み、続いていく。

思いを持って、まちの人のためになることを考え、はじめる。
愛を持って、小さくてもいいからできることを続ける。

そんな真摯な思いを形にしているから、きっとボナプールは地域の人に受け入れられているのだと思った。

私が2日間で見たボナプールの景色は、ほんの一部分でしかない。日々の中にある、ボナプールのさまざまな景色に思いを馳せながら、瀬戸田のまちをあとにした。


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