福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】テーブルの上に、ピザとジェノベーゼのパスタが置いてある【写真】テーブルの上に、ピザとジェノベーゼのパスタが置いてある

安心して働ける場所ってどうすればつくれる? 石窯ベーカリー&食堂「ファールニエンテ」をたずねて アトリエにおじゃまします vol.16

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はじめて「働く」に出会ったのは大学生の頃。自宅から近い場所で、勉強とサークルの合間にお小遣いを得たいと思い、飲食店や塾などでアルバイトを始めた。

次は大学を卒業する頃だろうか。広く社会に携わる仕事をしたいと思って、国内外で事業を行う企業を選んだ。

さらに企業でしばらく働いた頃、異分野に飛び込んでみたいという思いから、会社を退職して留学した。

「働く」から離れて留学していた頃、自分の力を活かしてなにかできることをしたいと思い、書く仕事を始めた。

その時々の自分のライフスタイルによって、私の「こんな風に働きたい」は変わっていく。「働く」に求めるものが変わる度に、私がどうしたら安心して働けるか、は変わっているのだと思う。

私一人の中でもその時々で「働く」に求めるものは変わるのだから、ひとりひとりの「働く」に求めるものももちろん異なっているだろう。その中で、どうしたらみんなが安心して働ける場をつくることができるのだろう?

そんな問いを携えてたずねたのは、横浜にある石窯ベーカリー&食堂ファールニエンテ。ここでは、「障害のある人」がパンの製造、食堂の運営、そして食堂で使う食材を育てる農業に関わっているという。そこにはどのような働き方があり、どのように安心して働ける場が育まれているのだろう。そんな問いとともに、ファールニエンテをたずねた。

地元で人気のベーカリー&平日でも開店前から並ぶ食堂

【写真】ファールニエンテの看板

横浜市営地下鉄「下飯田駅」。降り立つと、道路の向こうに大きな三角屋根の建物が見える。駅から徒歩2分。広々とした駐車場、よく手入れされた庭。その奥にあるのびのびとした気持ちの良さそうな建物は、まるで高原にあるレストランのような雰囲気だ。

三角屋根の建物の中に足を踏み入れると、右手にはパン屋さん、左手には食堂がある。オープンの時間が近づいたパン屋さんからは、香ばしいにおいがただよってきた。

10時にパン屋が開店すると、たくさんのお客さんがトレーとトングを手に、思い思いのパンを選んでいる。「クロワッサンが焼き上がりました!」と店員さんの声。思わずそちらに吸い寄せられる。次々と新しいパンが運ばれてきて、どれを選ぼうか、嬉しい悩みがまた増える。

【写真】パンが6つ並んでいる

しばらくすると、入口の左手にあるベンチに腰掛けている方が見えた。どうやら11時開店の食堂の開店を待っているらしい。平日でも開店前から待っている人がいるなんて!と驚いていると、所長の鈴木康介さんが「並ばない日を数える方が早いぐらいで、平日もだいたい11時半までには満席になるんです」と教えてくれた。

【写真】食堂に立ってスタッフを眺めている鈴木さん
所長の鈴木康介さん

私たちも席に案内してもらって、ピザやパスタを注文する。大きな野菜がたくさんトッピングされた「気まぐれオルトラーナピッツァ」は食べ応えたっぷり。8つに切られたピザのどこをとっても具材が乗っているのがうれしい。パリパリの生地にトマトソースがよく合う。店員さんにおすすめしてもらった、ジェノベーゼソースのパスタも、ピザのトマトソースとはまた異なる味わいだ。お腹がいっぱいだと思っていたはずなのに、「ピザ、パスタ、ピザ、パスタ」とお皿に取り分ける手が止まらない。

【写真】テーブルの上に、ピザとパスタが置いてある
ジェノベーゼソースのパスタ(写真左)、気まぐれオルトラーナピッツァ(写真右)

食事を終えて、ゆったりとした気持ちで、庭の緑を眺める。ふと振り返ると、食堂は満席になっていた。慌ててお店を出る。外には来店したときよりもっと長い行列ができていた。

パン屋と食堂で働く職人たち

地域で人気のパン屋であり食堂、ファールニエンテは、「社会福祉法人開く会」が運営する就労支援施設として、2014年11月にオープンした。パンの製造販売、ピザとパスタを中心とした料理の調理と提供、そして農業とガーデン管理の事業を行っている。当初はパン屋と食堂は就労支援施設A型事業所として始まったが、経営者と働く人双方にとって、より無理のない形を求めて、2024年10月から、すべて就労支援施設B型事業所へと変わった。現在はパン屋と食堂で10人、農業で18人の利用者が働いている。

「Far nietnte(ファールニエンテ)」とは、イタリア語で「何もしない」ことを意味する言葉。そこにただいるということで満ち足りる、優雅な時間を過ごすことを意味する「ドルチェ ファール ニエンテ」という慣用句をもとに、誰もが互いを認め、そこにただいることのできる空間づくりを目指そうという意志を込めて名付けられたそうだ。

所長の鈴木さんにまず案内してもらったのは、パンを作る工房。生地の計量を行う人、パンを成形する人、そしてトッピングを行う人。利用者と支援するスタッフが混ざり合いながら、それぞれの持ち場で働いている。みなさん自分の作業を、淀みない手つきで黙々とおこなっている。

鈴木:パンの仕事の特徴は、食パンを作ったら、次はクロワッサンを作って、その次はバゲットをつくって、と次の仕事の見通しが立てやすいということがあります。そのため、仕事の段取りがやっているうちにだんだんと身に付いていきます。

段取りが決まっているとはいえ、パンの種類は常時50〜60種類。1日に1000個も作っているのだそう。また毎月新作も3〜5種類出るというから、決まった作業とはいえ、「黙々」とこなすまでには、それなりの時間がかかるだろう。加えて日々イレギュラーが発生する要素もある。

鈴木:12時頃までに来店者数を見て、その日のパンを追加する、しないを決めます。追加するには、明日のために仕込んでいた生地を使うため、もう一度仕込み直しが発生します。

パンづくりの起点になる、仕込み、つまり生地の計量を行うのは水谷さん。パンの種類やその日の気温によって異なる、粉や水の配合を一手に任されている。「彼がこの10年で失敗したというのをほとんど聞いたことがない」と鈴木さんも信頼を寄せる水谷さんは、もともとは「開く会」の別の事業所である「共働舎」で働いていた。ファールニエンテが立ち上がるときに、その技術力を買われて、ヘッドハンティングされたそうだ。

「昔は風邪をひいたときに配合を間違ったこともある」と笑いながら、「苦手な作業もあったけれど、やりながら少しずつ工夫してきた」と話す水谷さん。お話するときはとても柔和な雰囲気だが、秤に向かう真剣な顔つきが印象的だった。

翁長(おおなが)さんも、10年以上パンの仕事に関わるベテランのひとりだ。季節のおすすめのパンをつくるため、ブリオッシュ生地を広げて成形を行っている。その鮮やかな手つきにみとれてしまう。この日は菓子パンとドーナツを合わせて16種類の商品の成形を行ったと教えてくれた。こうして作ることが楽しいのだと話す。

同じ頃、食堂ではソースの仕込みが行われていた。ファールニエンテのソースの9割を仕込んでいるという高橋さんが、慣れた手つきで鍋の中でソースを濾している。

鈴木:ジェノベーゼソース、タプナードソース、ミートソース、トマトソースなどのソースがあります。作り方について初期は全員に伝えていましたが、今はほとんど高橋さんが行っているため、仕込み方がわからないスタッフも多くいる。高橋さんが体調を崩して1週間休んだときには大変でした。

話しかける私たちにこたえてくれながらも、高橋さんの作業を続ける手の動きは止まることがない。次は何をするか、少しの迷いもないようだった。

【写真】パスタのソースを仕込んでいる高橋さん

パンをつくること、調理をすることは共同作業だが、どの方もそれぞれの持ち場で自分の役割を淡々と行っていた。やるべきことに集中しているその背中や、鮮やかにパンの生地を広げる滑らかな手つき、鍋へと向ける視線。ここでは働き手それぞれがプロという意識を持って働いているのだと感じた。

幅広い人が関わる、農業による役割のつくりかた

建物から外へ出て、隣接する畑へと案内してもらう。ズッキーニの大きな黄色い花が咲き、トマトは鈴なりに実をつけている。向こうにはナスも見えた。この畑で育った野菜は、食堂で使われるほか、パン屋さんの一角でも販売しているそうだ。

また、ビール用のホップは近くの商業施設の中にあるクラフトビール屋さんに渡すなど、地域で循環も生まれている。都会から遠く離れた場所ではなく、都会へすぐにアクセスできる横浜市内で、このような畑や、生産と消費が密接した場を運営できていることがとても新鮮に感じる。

【写真】ファールニエンテに隣接している畑

鈴木:この畑は1000平米、1反という広さです。ここから歩いて少しいったところに5反あって、全部で6反の畑を管理しています。そのうちの4反で小麦を作っていて、小麦は「開く会」が運営する「共働舎」の中にある製粉室で石臼挽きをして、粉になったものをここでパンとピザに使っています。

現在小麦は900キロほど収穫しており、食堂のピザやパンの約1〜4割に使われているそう。石臼挽きの粉はミネラルや栄養分も含まれていて味わいがあるが、なかなかふっくらとは膨らみにくいため、この1〜4割という配合が味に奥行きを出すのにちょうど良いのだとか。数日前に小麦の収穫を行ったというこの日は、刈り取った穂を束ねて乾燥させる作業が行われていた。

【写真】刈り取った穂が束ねられている

次から次へとお客さんがやってくるパン屋と食堂に比べて、農業はもう少しゆったりしたペースで仕事ができる場所のようだ。また物理的な場としても、屋外や温室などを活動場所にしている農業の方が、一人ひとりのパーソナルスペースが取りやすいように感じる。

スピード感やスペースの他に、農業は関わる人の幅が広い仕事でもあると鈴木さんは話す。

鈴木:農業では、種をポットの中に撒いて、まずはポットで育てるようにすることで、その分仕事がたくさんできるんです。

特に冬場はレタスなどの葉物類の種を、1週間で1000鉢撒くんですね。すると、1000鉢分、毎週植え替え作業が発生する。育ったら畑に植え付けをすると、ポットが空くので、それをまた洗って、土を入れて種を撒く、というサイクルが発生します。毎週1000鉢撒くので、ポットを洗うのが遅れると、作業が止まるんですよね。作業が止まると3ヶ月後に売るものがなくなってしまう。1個でも洗って、とにかく進まないといけない。

本当に地道な作業ではありますが、細かい動きや力加減が苦手だという人でもポットを洗うことだったらできる。だから障害の重さに関わらず、誰にでも絶対に役割があるんです。

その人が望めば、たくさん仕事ができる場所であるために

農業とパンや食堂、具体的な作業は異なるが、どれも人の体の栄養になるものをつくっていて、プロセスの中にそれぞれの役割があるということは共通している。プロとして誇りを持って働いているみなさんの様子を思い出しながら、鈴木さんにファールニエンテが安心して働ける場所であるために心がけていることはあるかと問いかけてみる。「安心という視点では考えていなかったが、環境づくりとして大事にしていることがある」と教えてくれた。

鈴木:たくさん仕事ができる場所であり続けるように、ということを思っています。たくさん仕事があると、次はこれをやろう、次はこれ、と良い回転に入りやすいんですよね。どんどん進んだから、たくさんのことができたねと言える、そういうやりとりができる場所であることが、みんなが楽しく仕事ができる環境づくりにつながっているかなと思います。

「次から次へとやることがあると良い回転に入る」と言われて、私が企業で繁忙期と閑散期のある仕事をしていたときのことを思い出す。忙しいときほどチームの一体感もあり、達成したときには、ひとつのことをやり終えたという心地よさがあった。逆に仕事がないときは何から手を付けたらいいかわからないままに一日が終わり、やりがいを感じにくかった。

自分がやっていることに意義を感じ、やりがいを持って働くことができる。これも「働く」を充実させるための大切な要素のひとつだと感じる。しかしもちろんそこには仕事と人との相性もある。

鈴木:特にパン屋と食堂は、どんどん仕事して、と言われるので、人によっては合わないこともあるかもしれない。農業の人たちはそういう意味では仕事のペースを調整できるので、まだいろんなスタイルで仕事ができるかなとは思いますが。どこで仕事がしたいかは、ご本人の意思を尊重しながらも、ミスマッチが発生しないように実習期間を設けるようにしています。

食堂の中でも、ホールの仕事は特に「やってみたい」という希望が多くあるそう。しかし、お客さんの対応、料理の提供、ドリンクづくり、など、マルチタスクをこなしながら、臨機応変に動きを組み立てる必要があるため、ミスマッチが発生しやすい仕事でもあると鈴木さんは話す。

4つの就労支援施設を運営する「開く会」では、法人の中にもいくつかの選択肢がある。特に人気店としてお客さんが途切れることがないファールニエンテは、たくさん仕事ができる場所として認識されているそうだ。思い切り働きたい人は働くことができる。こうした選択肢があることも「安心して働く」ことへつながるかもしれない。

「障害のある人」がつくったから、ではない切り口の店

ファールニエンテでは利用者と一緒に、アルバイトとして近所に住む人や高校生なども働いている。同じ地域に住む、利用者と学生などが「共に働く人」として出会うことができるのもこの場所の特徴だ。長年勤めている利用者であり、スタッフは、アルバイトとして後から入ってきた人たちよりもできることが多い。

鈴木:10年以上務めているベテランの人は手が早いので、あとから入った高校生や未経験の人は、利用者であるスタッフから教わることもあります。

一方で、ファールニエンテを訪れるお客さんは、「障害のある人」の就労支援施設ということを知らずに訪れている人も多いという。

「障害のある人がつくったから買ってくださいという切り口ではないものを作りたいと思ってやってきた」と話すのは、鈴木さんとともにファールニエンテの立ち上げに尽力してきた、「開く会」副理事長の萩原達也さん。「パンやピザのおいしいお店」として地域に親しまれているファールニエンテは、まさにその思いが結実した場所なのではないだろうか。

【写真】カウンター越しに談笑するスタッフたち
スタッフと談笑する萩原さん(右手)

食事を終え、パンと野菜を購入して、庭を愛でてから、お店を後にする。気持ち良い空間とおいしい食事があるこの場所に、今度は家族や友人と一緒に訪れたいと思う。

帰る道すがら、何度も思い出されるのは、お店の方が生き生きと働いている姿だった。

働きたい人は、思い切り働くことができる。一方でゆるやかなペースで働きたければその選択もできる。働く人にとって選択肢がある、ということは「安心して働ける場」をかたちづくるもののひとつではないだろうか。


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