
“目的”を自分で見つけることが、本当の介護予防になる。テクノロジー×地域資源の新鋭プログラム「Goトレ」 デザインのまなざし|日本デザイン振興会 vol.16
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2040年にピークを迎えると言われる介護需要。少子高齢化により、その担い手となる人は今後ますます不足すると予測されます。近年では、福祉分野をDX(デジタルトランスフォーメーション)によって効率化し、限られたリソースを適切に生かす重要性も語られるようになりました。
こうした状況の中、ウェアラブルデバイスをはじめとするデジタル機器やシステムを組み合わせ、地域ごとに新たな介護予防事業をつくる試みが注目を集め始めています。富山県黒部市発の、外出自主トレーニングプログラム「Goトレ」です。
「Goトレ」では、高齢者が楽しみながら外出することで、歩く・話す・買い物をする・乗り物に乗るといった行動を自発的に促し、心身の健康を目指します。既存の施設や交通機関の利用が、地域経済の活性化やインフラ維持にもつながるなど、多方面の課題解決に寄与する画期的な取り組みとして高く評価され、2024年度グッドデザイン・ベスト100に選ばれました。
このプログラムを手がけているのは、〈一般社団法人SMARTふくしラボ〉。黒部市社会福祉協議会のプロジェクトから派生した組織で、デジタルツールを活用した効率的な事業運営や、データによる効果検証の仕組みを各地に伝えながら、福祉分野のDXを加速させようと挑んでいます。
「福祉」と「デザイン」の交わるところをたずねる連載、『デザインのまなざし』。前回の「ワンネス財団」に続く16回目は、〈SMARTふくしラボ〉プロジェクトマネージャーの小柴徳明さんにお話を伺いました。
自立を促す「トレーニング」としての外出
―まず、Goトレとはどのようなプログラムなのでしょうか?
小柴 「外出することが介護予防になる」というコンセプトのもと、バスやタクシー、電車などを利用してみんなで目的地に行き、自分で買い物や観光をするトレーニングを行っています。
「2カ月で4回」を1つの申し込み単位(コース)として、現在は年間で12コース実施しています。各コースの定員は8人なので合計100人弱、さらに別途行っている単発イベントの参加者を含めると、年間では150人ほどが来てくれています。
―過去の参加者はどういった方々ですか?
小柴 75歳から92歳くらいの、1人でも外出可能な方々ですね。通常、介護事業はすでに支援が必要な人を対象にすることが多いのですが、Goトレでは「元気な人が、元気なままでいられるようにする」ための介護予防を目的にしています。
―今回の取材では、ちょうど実施中のプログラムを見学させていただきました。隣市にある「魚津水族館」への訪問でしたが、現地に着くとみなさん思い思いに動かれていましたね。
小柴 Goトレでは、到着までの移動プランだけはこちらから提示しますが、その後の行動は自由です。今日も水族館に来たのに入らずに、隣にある遊園地の観覧車に乗っていた方がいました。「みんなでチケットを買って水族館に行きましょう」ではなく、「私はこれをしたい」と言える。だから、見ていてもすごく面白いんですよ。
―「トレーニング」に自主的に参加している、という意識があるような気がしました。
小柴 外出という行動が、介護予防の本質である「自立」につながるようプログラムを設計しています。もしこれを、現地の行動も含めて決められる「お出かけツアー」にしていたら、外に出掛けていても、結果的に本人の自立を奪っていくことになります。最も大切な「自分で行動を決める」「自分で買う」という行為を誰かがしてくれる環境に慣れると、自分で探す力や動く力が少しずつ失われてしまうんです。
予防で大切なのは、自分にとっての「目的」を見つけること
―参加者の方々からの、印象に残る感想はありますか?
小柴 以前に、「Goトレに参加する前の1週間、一言もしゃべらなかった」と教えてくれた方がいました。一人暮らしで家にいると声を出す機会がなく、言葉を発すること自体が非日常になってしまうんです。だから「今日は話せてよかった」「実は来る前に声を出す練習をした」と。
長く話していないと、話すことそのものに恐怖心が生まれる。その現実を知って、外に出ることがどれほど重要かを改めて感じましたし、Goトレを始めたきっかけも思い出しました。
実は僕自身もコロナ禍で、人と会えずしゃべれない状況が続いて気持ちが沈み、外出が億劫になったんです。人が動かないと経済も回らないし、社会全体も弱っていく。でも逆に、人が動けば経済も回るし、みんな元気になります。コロナ禍という大きな出来事を通してそれを強く実感し、「外に出る」仕組みをつくりたいと思ったんです。
―Goトレに参加することで外出が習慣になった、という方もいらっしゃいますか?
小柴 はい。「出かけると楽しい」「話すのが楽しい」と感じる人も増えています。外出が習慣になることは、「行けば誰かに会える」と思える場所ができることにもなるんですね。一度来れば楽しいからまた行こうと思うし、リピートする。その積み重ねが、地域の活気や経済の循環にもつながります。だからこそ「行きましょうよ」と最後に背中を一押しをする人の存在が必要なんです。
―その「一押し」は具体的にどうやって行っているのですか?
小柴 地域の福祉センターやサロン、公民館で、体操教室などに参加している人たちに「一緒に行きませんか?」と声をかけています。この方々に「何のために通っているんですか?」と聞くと、みなさん「特にない」と答えます。介護予防の観点で言えば、本来は元気な体を作って、自分の行きたい場所に出かけたりすることが目的のはずですが、多くの人はその手前にある体操自体が目的になってしまっている。
“準備運動”だけをし、家に帰ってまた動かなくなっているのが現実で、それを毎週繰り返しているのであれば本末転倒ですよね。だから週1回の体操の先に、“本番”としてのGoトレがあるようにしたんです。例えば3月に桜の名所に行くトレーニングを予定しておき、「参加するために体を整えておこう」と体操に励む。そんなふうに目的があると「体操しておいてよかった」「今月も元気に歩けた」と実感できます。
―確かに今の介護予防プログラムは、アウトプットの「目的」が抜け落ちている場合も多いのかもしれません。
小柴 一般的に、介護予防のKPI(成果指標)は参加者数なんです。何人が教室に参加したか、何回開催したかという数字だけで評価される。「延べ100人が参加しました」と報告書に書いて成果とみなされても、それが本当に介護予防になっているのかは誰も検証していません。これが介護政策の現実なんです。
一方の僕らは、外出こそが最も良い介護予防だと主張しています。ただ、そうすると必ず「Goトレの効果は科学的に証明できるのか?」と聞かれます。そこで今重視しているのが、身体的健康だけでなく、社会的健康・精神的健康も含めた3つのウェルビーイングです。特に「外出」「会話」「つながり」の実体験がもたらす、社会的・精神的健康で効果を示していこうと思っています。長期的には身体的な面でも効果が表れ、介護費や医療費の抑制にもつながるはずです。
―実際にどう測定していますか?
小柴 参加者の行動変化を定量的に計測するほか、定性的なデータも集めています。例えば、週1回の体操教室に来ていた20人がGoトレに参加したところ、初めて互いに話をしたと言うんです。トレーニングを通じて車に一緒に乗ったり、食事をしたりするなかで「同じ町内に住む人だったんだ」と気づく。そこから自然と友だちになっていくこともありました。
Goトレがあることで、福祉センターの中で生まれなかった関係が新たに深まり、コミュニティが生まれる。そうやってつながりができると、「また体操にも行こう」「来月のGoトレも参加しよう」と前向きな循環が生まれるんです。地域の集いの場には、マンネリ化して運営が難しくなるケースも多いですが、こうしたプログラムを組み合わせることで、もう一度活性化できると考えています。
地域にある資源を、もう一度“生かす”デザイン
―地域のさまざまな資源と高齢者をつなぐアイデアが、どのように生まれたのか教えてください。
小柴 僕はもともと社会福祉協議会に勤めていて、コロナ禍以前から、介護分野における送迎の課題を強く感じていました。デイサービスでは、職員が朝と夕方に利用者さんを送迎しますが、1日の勤務時間8時間のうち、約3時間が運転に取られています。本来は介護のプロである介護福祉士が、その時間を運転に費やしている状況を何とかしたいと思っていました。
そこで考えたのが、複数の事業所の送迎をデジタルでつなげる仕組みです。デジタルの力で新しい送迎ネットワークを構築できれば、もっと効率的な運行が可能になるはずだと。実際に〈トヨタ・モビリティ基金〉などの支援を受けて、そうした研究を進めていました。
―福祉の送迎分野にICTを導入しようとしていたのですね。
小柴 ただ、行政や交通事業者と話を進めていくと、「福祉の移動リソースを活用し、地域の移動に生かすことは良いが、それによって公共交通の利用率が下がるようなことは控えてほしい」と言われました。確かにそれも一理あります。介護事業所が自分たちだけの効率を考えて送迎事業や新しい移動サービスを始めたとしたら、他の公共交通やタクシーがなくなり、結局住民が困りますから。
ならば、タクシーも公共交通も残したうえで、それらをどう生かしながら持続可能な移動の仕組みをつくるか。新しいものを増やすのではなく、既存の資源を有効に使う方向に発想を転換すると、今ある公共交通を生活の足としてだけでなく、介護の足、健康づくりの足としても使う方法が見えてきました。介護予防としての「外出支援」と「公共交通利活用」、さらに「地域経済の循環」を掛け合わせて、まち全体を丸ごとデイサービス化する、現在のGoトレの構想にたどり着きました。
―その発想こそが、まさにデザインとして優れている点だと思います。単にムダを削減してスリム化するのではなく、みんながハッピーになる、その全体の設計がすばらしいと感じました。
小柴 ありがとうございます。まさにおっしゃる通りで、いわゆる“三方よし”を実現するのは本当に難しいんですよ。どこか1カ所でも負担が出ると持続可能な仕組みにはならない。社会には「誰かの幸せが実は別の誰かの負担になっている」ケースも少なくないからこそ、新たな仕組みでは全ての人の幸せを考えることが重要です。
社会福祉協議会に22年勤めるなかで痛感していたのは、福祉の世界では「素敵な取り組みだね」と言われても、社会的には持続できない場合が多いことでした。でも、Goトレの実証実験は違いました。社会にも受け入れられ、関わる人すべてにとって意味がある。これは初めて、本当に実装できて続けていける仕組みだと感じたんです。
―高齢者も、行政も、地域の事業者も、これならみんな納得できると。
小柴 公共交通にも、正規の料金を支払うようにしています。タクシーは平日昼間の稼働率が低いので、その時間帯に仕事を生み出す仕組みとしても機能しているんです。
また地方の施設やレストラン、土産物店にとって、一度に8人の客が来て買い物をしてくれるのはやっぱり大きいですよね。取り組みを応援して、「集合場所に使ってください」とか「休憩場所に使ってください」と言ってくれるお店もだんだん増えてきています。
―プロジェクトを〈SMARTふくしラボ〉として法人化したのも、この「仕組み」をさらに持続可能なものにするためだったのでしょうか?
小柴 特定の自治体の補助金や公的支援に頼っているだけでは、打ち切られた際にプロジェクトごと消えてしまいます。そう考えて、プロジェクトが始まる前の2022年春に社会福祉協議会の中で法人格を取得して、SMARTふくしラボの独立した体制を構築していきました。
また、黒部市社会福祉協議会の原資も公的な財源なので、予算を黒部市民以外の利となることには、なかなか使えません。でも、行政区の内側だけで生活を完結してる人なんてほとんどいないですよね。行政区分を気にしてるのは僕らだけで、生活者には関係がない。独立すれば、自治体の枠に囚われずに、幅広く活動できるようになります。財源も黒部市に依存することなく、民間や国の事業も直接受けて、より多くの人々のためにプロジェクトを続けられる体制にしました。
「自分で決める」を見守ることで、周囲の思い込みがほぐれていく
―プログラム設計はもちろん、プロジェクトを支える仕組みそのものにも、小柴さんのデザインを感じました。実際に2023年7月からGoトレの提供を始めて、困ったことや改善したことはありますか?
小柴 最初は「自主トレーニング」を理解してもらうのに苦労しましたね。介護予防事業として、この軸は絶対に譲れない。でも、初めての参加者にとっては、お出かけツアーとの違いがわからず、初回なんて「次はどこ行くの?」「今日は何するの?」とみんなが聞いてくるんです。そこをあえて「自分で決めてください」と言い張り、何もしないことを貫いたのは大きかったと思います。
面白いことに、2年目にはその効果が数字に現れました。同じコースを歩いても、平均歩行数が前年より増えていたんです。1年目はお出かけ気分で運動と捉えていなかった人たちが、2年目には「今日は2,000歩までは歩こう」などと自分から意識するようになっていたり。
小柴 よく思い出すのが、ある日、予定地に着いたものの大雨で外に出られなかったときのことです。あえて参加者には何も言わずにいると、休憩スペースで女性4人が2時間ずっとおしゃべりしていました。足を動かさなくても、笑い合いながらしゃべって感情を動かすことが、ものすごく脳の活性化になっている。これも立派な「脳トレ」で介護予防ですよね。
生活していれば、晴れる日も雨の日もあります。日常と同じように、状況に合わせてどう過ごすかを自分たちで考える。「今日はスイーツを食べすぎちゃったからもう少し歩こう」「晴れてきたから外に出てみよう」と、自分で判断する力を養うことが一番大事なんです。
―まさに「自立」につながるトレーニングなんですね。
小柴 もう1つ印象的なエピソードがあります。近くの道の駅へ行くプログラムだったのですが、参加者にとっては日常的に何度も訪れている場所のはずなのに、「今日が一番楽しい」とみなさんが口々に言うんです。理由を尋ねると、「いつもは連れてこられるだけだから」と。
お孫さんと行くと、車を降りた瞬間に走っていってしまうので、追いかけるだけで疲れてしまう。食事の際も少し迷っている間に、お子さんに「蕎麦でいいでしょ」と決められてしまう。すべてのスピードが速く、家へ帰るころにはもうぐったりで、「また行こう」と言われても気力が湧きません。
でも、Goトレの日は違います。みんなと同じペースで歩き、ゆっくり店を見て、自らタッチパネルを操作して、食後にはソフトクリームを注文する。自分のペースで、自分の意思で選べるんです。「近所の人に配るから」と言って、同じ市内に住んでいる人同士なのにお土産まで買って帰る光景も、珍しくありません。
―今日の参加者でも、りんごを買っている方がいましたね。
小柴 自分で食べるためではなく、誰かに配る用なんですよね。昼食とスイーツとお土産代を合計すると、1回の外出で2,500〜3,000円は使っています。
これが普通のデイサービスだと、1回あたり1万2,000円ほどの介護費がかかりますが、Goトレでは介護予防費としての行政負担が3,000円程度、本人の支出が3,000円前後。健康だけでなく経済的にも好循環が生まれるんですよね。
それに、僕らが抱いていた高齢者像も、現実とはだいぶ違ったんですよ。お年寄りだから昼食はうどんや蕎麦だろうと思っていましたが、実際に注文するのは、チャーシュー麺やカツ丼、オムライスだったんです。周囲の勝手な決めつけで、本人が食べたいものを食べられない状況を作っていたのかも、と考えさせられました。
―確かに。そういう意味では、Goトレで使っているウェアラブルデバイスなどに関しても「高齢者は苦手だろう」というイメージを持ってしまっていました。
小柴 それも思い込みだと思います。先日5年ぶりに市民病院へ行ったのですが、びっくりするほどデジタル化が進んでいて、どこで何をすればいいのか分からなかったんです。すると80代くらいのおばあちゃんが「ここにピッと入れたら受付番号が出るから、番号を見て赤いラインに沿って行けばいいよ」と教えてくれました。僕は診察券を持って、ただうろうろしていただけだったのに。つまりデジタル機器自体が難しいわけじゃなく、慣れの問題なんです。
―今日のプログラムでも、みなさんApple Watchをつけて活動されていました。
小柴 ウェアラブルデバイスも、みなさん喜んで使ってくれました。大事なのは、「介護予防トレーニングを受けている」と感じさせないアプローチです。バンドもカラフルな色を用意して、おしゃれに見えるように工夫しています。トレーニングのために身につけるのではなく、「今日は何色にしようかな」と自分で選べるようにしています。
他に緊急連絡先を書いたカードを身につけている人もいますが、必須ではありません。実際道の駅にいても、普通に食事している人たちと見分けはつきませんね。参加者の尊厳を守るためにも、日常に溶け込ませるデザインが重要だと考えています。
プロジェクトを前に進める、データとパッションのあいだ
―みなさんのデバイスからは、どんな情報を得ているのでしょうか?
小柴 参加者それぞれの位置データ、歩行距離、心拍数が運営チームに連携される仕組みになっています。参加者側の画面には心拍数と歩行数が表示され、緊急時にはアラートも出せます。同行するスタッフのスマートフォンには、今誰がどこにいるかが地図上に表示され、移動履歴も把握できます。
―現地では、帰りの集合時間と場所だけが決まっているということですが、もし困ったことがあっても対応できるんですね
小柴 そうです。転倒を検知したら緊急呼び出しが自動発信されますし、こちらからも電話をかけられます。
デジタルデバイスを使う理由は2つあります。1つは、人員効率です。たとえ参加者8人がバラバラに動いても、全員に付き添う必要がなく、1人で見守れる。介護予防の予算で運用するためには、人手に頼る設計では成り立ちません。
小柴 もう1つが、介護予防につながるデータの取得です。動くことが健康にどう寄与するか、公共交通を使うと行動範囲がどれだけ広がるか、1回あたりで医療費をどの程度削減し得るか。そうした分析につながっていきます。
―1年目と2年目で歩行数に変化があった、とおっしゃられた部分ですね。一方で、「社会的健康」「精神的健康」が向上していることをどうやって定量的に示すかは難しそうです。
小柴 僕らのラボとしても、「幸せをどう測るのか」「楽しかったという感情をどのように数字にするのか」には、常に葛藤があります。ただ、AIを活用することで、例えば会話の中でポジティブな言葉がどれくらい増えたかや、1人でいるときと複数人で話しているときの表情や発話の変化を分析することも可能になっています。
つまり、本来見えないはずのものをどう可視化できるかという挑戦を続けているんです。これまで福祉の現場では、「本人に良いことをしてるんだし、元気になっているはず」などと感覚的に語られてきました。でも、それを本当に数字で示せないのか?という問いを持ち続け、少しずつ証明していこうとしています。
―そこもテクノロジーの活用によって光明が見えているんですね。
小柴 ただ、データによる可視化について、富山市の前市長・森雅志さんから言われた言葉も強く印象に残っています。それは「エビデンス地獄にはまるな」という一言でした。エビデンスばかりを追い求めても、そこに人の感情や楽しさがなければ意味がない。みんなが楽しそうにしていたり、いい表情をしたりしているという感覚的な価値を大切にして、事業を広げていくほうがいいのではと。
エビデンスの価値を理解しながらも、「最後に大事なのはパッションだ」とおっしゃっていたんです。
―今日見学させていただいて、本当にみなさん楽しそうでした。
小柴 先ほどまでのデータ収集の話と矛盾するようですが、運営する側にとっても、最終的にプロジェクトを推し進めるのは情熱の力だと感じています。
社会福祉協議会でGoトレのような新プロジェクトを立ち上げようとしたときも、独立してから銀行にお金を借りに行ったときも、最初は前例がないと言われました。でも、意図を伝えて「チャレンジさせてください」と頼み込んだ結果、最終的にはみんな応援してくれるようになった。予算化して継続的に運営するには、強い想いを持って地域の中でプレゼンできる人が必要なんだと感じました。
「移動」に寄り添うことが福祉につながる
―Goトレは全国から導入の声がかかっていると聞いていました。ただ、仕組みとして整えても、誰が本気でやるかが都度問われるわけですね。
小柴 Goトレの仕組みは、地域や関わる人によって結果が変わります。再現性がないので、科学的な意味での「モデル」ではない。実際に各地を回って、僕らが提供できるのは「ウェアラブルデバイスを使いデータを取る仕組みの部分まで」で、そこから先にどの交通手段を組み合わせどう運用するかなどは、地域ごとの創意工夫が必要だと気づきました。僕らの役割は、サービスを導入することではなく、地域のマインドを育てることなんです。
マインドさえ育てば、地域の人たちは自分たちでサービスを選んだり、開発したりできます。昨年7カ所でGoトレの実証実験を行うなかでも、現地の事業体がそれぞれ中心になり、黒部と違うやり方で展開してくれています。
―Goトレそのものの考え方にも通じますね。「ここまでは用意するけれど、あとは自分でやってみてください」という。
小柴 まさにそうです。最初にエンジンをかけるところはエネルギーがいるので、介入して一緒に動かしますが、走り出したら地域が自走する。僕たち自身も、Goトレを広げるためにまずはデータをしっかり取りますが、最終的には人の熱意や楽しそうな姿が一番の説得力になると思っています。楽しそうな人の前で文句を言う人はいませんからね。
―今後、Goトレをこう進化させたい、という考えは何かありますか?
小柴 新しい事業や取り組みを考えるとき、僕は常に「ニアリーイコール(≒)」を探すようにしています。今Goトレは介護予防事業として75〜90歳くらいの人を対象にしていますが、そのニアリーイコールにあたるのが、免許返納を考えている人たちなんです。
そこで介護予防とは別の枠組みで、これまで自家用車中心の移動で公共交通の利用に慣れていない方々に向け、電車やバスを使ってみるトレーニングを始めました。そうすることで、行政の福祉部門だけでなく、高齢者の免許返納について課題を抱える、公共交通の部門ともつながる可能性が生まれてきます。
ー今取り組んでいる事業に近い領域を見つけて、プロジェクトの構想を広げていくわけですね。
小柴 そうです。そして次に考えているのは、「平日昼間に外出しづらい人」です。例えば妊婦さんや、育休中で家にこもりがちにな子育て家庭。「たまには外に出たら」と言われてもきっかけがなかったり、パートナーの帰りが遅く相談する暇もなかったりして孤立し、うつになる方も少なくありません。でも、そういう方々が子どもを連れたまま、75歳のおじいちゃんやおばあちゃんたちと一緒に外出できたらどうでしょうか。
一緒にゆっくり歩きながらおしゃべりが生まれるかもしれないし、子どもの姿を挟んで互いに笑顔になる時間にもなるかもしれない。それができれば、「移動」そのものがまた新たな福祉になるんです。同じように、障害のある子どもや、夏休みに学童に通っている子どもと高齢者が一緒に外出する組み合わせも考えています。
移動の機会や選択肢が増えることは、生活の中で人が「自立」できるようになることと密接に結びついています。だからこそ、Goトレを介護の枠に閉じ込めず、外出しづらさを抱えるあらゆる人の「外に出るきっかけ」になる仕組みにしていきたい。最初は介護予防として生まれた取り組みですが、さらに多くの人を「Go!Go!」と後押しできるように、このプロジェクトを広げていきたいと思っています。
取材を終えて
小柴さんによれば、地域が抱えている課題の多くは最終的に「移動」の問題に行き着きます。特に公共交通機関が網の目のように整っている都市部と違って、車での移動がメインとなる地方では、子どもが塾や習い事に通えるかどうかも、家庭の経済力だけでなく「保護者が送迎できるかどうか」という移動の可否に左右されます。つまり、教育機会が失われる背景にも移動の制約が潜んでいるのです。同じように災害時に必要な物資を住民が受け取れるかどうかも、物流が滞りなく機能するかどうかにかかっています。
こうした「移動」という重要な視点に着目して、高齢者の心身の健康を促進しようと挑んだのが今回の「Goトレ」です。公共交通機関の利用を増加させ、地域経済の活性化にも貢献するそのデザインは、もともと地域にある資源を生かし、力を結集させて課題を解決しようという試みでもありました。そして、その仕組みを実際のプロジェクトとして成立させるうえで欠かせないのが、「自分たちのまちをより良くしたい」という強い想いです。
小柴さんは22年にわたる社会福祉協議会での経験から、「どんな人でも地域を良くしたいと思っているはずだ」という信念を持つようになったと言います。誰も地域を悪くしたいと思って動いているわけではなく、想いは同じなのに「噛み合っていない」だけ。その噛み合わない関係性を、ずれてしまったパズルを組み直すように再構築していくことこそ、自分の腕の見せどころだと考えているそうです。
今ここにいるみんなが最大限に力を発揮できるように、熱意をもって勇気づけ、仕組みを整え、適切に組み合わせていくこと。そうした小柴さんの、地域の潜在能力への信頼とまちづくりへの情熱こそが、Goトレを生み出した発想の源になっているのだと感じました。
Information
Goトレ
一般社団法人SMARTふくしラボが提供する、介護予防・外出自主トレーニングプログラム。活動の最新情報は公式ウェブサイトにて。
https://smartfukushilab.org/go-training/
Information
『デザインのまなざし』のこぼれ話
グッドデザイン賞事務局の公式noteで、『デザインのまなざし』のこぼれ話vol.16を公開しています。
Profile
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小柴徳明
一般社団法人SMARTふくしラボ 理事
黒部市社会福祉協議会の経営戦略として法人の基盤強化、中長期ビジョン策定、シンクタンク事業の立ち上げなどを担当。2022年4月活動をより加速し、広域的に展開するために社協からスピンアウトする形で、一般社団法人S M A R Tふくしラボを設立(2025年独立/黒部市社会福祉協議会協力研究員)。地域福祉分野におけるデジタル化・D X推進、ウェルビーイング、社会参加や地域の見える化に取り組む。また、地域の移動課題の解決に向け、介護予防と地域資源の利活用、経済活性化を実現する、地域まるごとデイサービス化「Goトレ」(2024年グッドデザイン賞ベスト100受賞)の開発や一般社団法人コミニティドライブを立ち上げ市民、企業、行政が一体となり「地域の移動はみんなでつくる」を目指し、人材育成とプログラム開発に取り組んでいる。
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