着たいものを、諦めずに“選べる“社会へ。既成服×パーソナライズのお直しサービス「キヤスク」 デザインのまなざし|日本デザイン振興会 vol.07
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人はなぜ、服を着るのでしょうか? 寒さや暑さや危険から身を守るため、社会的な立場を示すため、自らの趣向性を表現するため……どんな理由であれど、自分で「着たい服を選べる」ことは、現代の「自由」の象徴の一つと言えるかもしれません。
ですが、身体障害のある人にとっては、そんな「服を選ぶ」行為にも制約があるのが実態です。着る人の好みや気分ではなく、「着やすいか」あるいは「着せてもらいやすいか」が優先され、選択肢の幅は狭く、悩みや我慢、諦めがどうしても存在してしまいます。
2022年度「グッドデザイン・ベスト100」と「グッドフォーカス賞 新ビジネスデザイン」を受賞した「キヤスク」は、服の「お直し」という方法によって、誰もにその選択肢を届ける画期的なサービスです。ユーザーと縫製を担う「キャスト」をネットワークでつなぐことで、一人ひとりに寄り添った「着たい服」の提供を実現しました。綿密なコミュニケーションをしながら一緒に服を直していく共創(コ・クリエーション)の手法は、発明とも言えるものです。
「福祉」と「デザイン」の交わるところをたずねる連載、『デザインのまなざし』。前回の「Helppad」に続き、7回目となる今回は、「キヤスク」を運営する〈株式会社コワードローブ〉を訪ね、代表取締役社長の前田哲平さんにお話を伺います。
前田さんは、「世界中のあらゆる人々」を対象とする姿勢に共感し、2000年に〈株式会社ファーストリテイリング〉に入社。「ユニクロ」を中心に20年間さまざまな仕事を経験されたあと、「全ての人に自分の好みの服を提供したい」と独立し、お直しという手法に辿り着きました。
約800人の障害のある方や家族にヒアリングを重ね、課題を洞察して本質を見つけ出し、サービスを立ち上げた前田さんのアプローチは、まさに「デザイン思考」と言えるものです。障害のある人との接点がなかった前田さんが、キヤスク創業に突き動かされた背景と、世の中に「ないもの」にどう気づき、それをサービスとしてどう実現させたかの話をお読みください。
身体の特性にあわせて、既製服をお直しする「キヤスク」
―キヤスクとはどんなサービスですか。まずは概要と特徴を教えてください。
一言でいいますと、自分の好みで選んだ既製服に対して、身体の特性にあわせた「お直し」をオンラインで気軽に依頼できるサービスです。
多くの方は、自分が着たいデザインの服を、その日の気分や天気、会う相手などを考えて自由に選んでいますよね。ですが、身体障害のある人は、「自分の好み」よりも「着やすさ」を優先して服選びをすることが非常に多いのです。「自分の好み」を考える前に、選択肢そのものがすごく少ないのが現実です。
キヤスクでは、ブランドやメーカーに関わらず、自分が着たいと思う服を先に入手してもらい、後から自分の身体の状態にあわせて、着やすくお直しします。誰もが「自分の好み」を第一に服選びをできる、その手段がキヤスクであり、私が実現したかったことです。
キヤスクの特徴は、大きく3つあります。1つ目は、一般のお直し店舗とは異なる、「Tシャツの前開き」「デニムパンツの横開き」など身体の不自由さに特化したメニュー設定です。料金も「◯円から〜」ではなく、できるだけ明確に、かつお手頃な価格にしています。
また、身体障害のある人は、店舗に服を持って行く、取りに行くなど移動が困難な場合が多いものです。その負荷を下げるため、依頼から受け取りまで全てをオンラインで完結するシステムであることが2つ目の特徴です。どこにお住まいでも、24時間いつでも依頼ができます。
3つ目は、「キャスト」と呼ぶお直しを担当するスタッフの多くが、身体障害のある方のご家族である点です。身体の不自由に伴う服の悩みもよくわかり、選択肢の少なさを実感しながら自らお直しの技術を習得してきた方々が、お客さまの悩みを引き出して、具体的なイメージをもって応対してくれています。在宅で仕事したいキャストが、自分の隙間時間を使って、フルリモートで働けるサービスモデルでもあります。
―こちらがキヤスクで「前開き」のお直しをしたサンプルですね。
はい、元はユニクロのボーダーTシャツです。左は少し布を足して、元のサイズに近い仕上げにしています。右は「お直し箇所が見えない仕様」というメニューで、服が少し短くなりますが、ボタンを隠す仕上げになっています。
ただ実際のお直しは、本当に人それぞれになるので、あくまで1つの参考として見てください。肘がどのくらい曲がるかなどの事情によって、かぶり方は人それぞれなので、一言で「前開き」といっても同じではないのです。
また前から見て目立つ場合は「横開き」にもできますし、頭に怪我をして包帯を巻いていたり首にギブスをしている場合は、肩からファスナーで開く「肩開き」にも直せます。
お直しに使うファスナーやボタンなどの材料は、現状はキャストが普段使ってるもので対応していて、料金に材料代も含んでいます。今後はキヤスクとして、キャストがよりリーズナブルに購入できる方法を準備したいと考えています。特定の材料をお客さまが指定される場合は、時間と追加料金をいただいて、取り寄せて使うこともしていますね。
―現在ウェブには約70種類の具体的なメニューが載っています。ユーザー視点に立ったメニューが最初から設定されているところに、前田さんのまなざしを感じます。
それはうれしいです。「こんなこともできるんだ」と知ってもらう意図も込めています。
というのも、例えば車椅子ユーザーで、明らかにサイズがあっていないジャケットや、TPOにあってない洋服を着ている方が時々いらっしゃいますよね。それは今ある選択肢の中で「着やすいから」「着せやすいから」というだけで、諦めてしまっているケースも多いのです。着せるご家族が罪悪感を感じている場合もあるので、そうしたことを少しでも解消していきたいと考えています。
料金はTシャツの前開きが1,650円、ワンピースの肩から袖にかけて開く(片側)が2,310円、デニムパンツの横開き(両足)が5,280円など、約70種類が税込で明示されている。基本は材料費込みだが、その後の打ち合わせで、例えば「ファスナーを2本使用する」など特別な作業を行う必要性が生じた場合は、追加料金が生じる。
メニューの一覧はこちらから。
https://storage.googleapis.com/kiyasuku-prod.appspot.com/menu.pdf
細かなステップとコミュニケーションで、一人ひとりに合う服を
―2022年3月にサービスを開始して1年になりましたが、どのぐらいの注文を受けたのでしょうか?
1年間の注文件数は140件、服の数は350点です。まだまだ知られていないサービスですが、半年以内にリピートをしてくださる方が2/3にのぼります。
とりあえず1着お試しいただいて、便利だとわかると次は複数着まとめてご依頼される場合もよくあります。一番多いお客さまからは、この1年間で約40着のご注文をいただきました。
―メニューに記載してないオーダーにも対応しているのでしょうか?
水着やレインコートなど、メニューに出ていないアイテムも対応します。また、お直しの方法で「こんなふうにして欲しい」といった個別のオーダーも、可能な限りお受けしています。あくまで「お客さまが着たい服を、諦めずに着れるようにする」のが、キヤスクの本懐ですから。
―オーダーしていくプロセスはどのようになっていますか?
お客さまは、まずキヤスクのウェブサイトで、希望するアイテム「Tシャツ/ポロシャツ」「ワンピース」「デニムジーンズ」などをメニューの一覧から選択します。その次に具体的なお直しの種類と、服の点数を選ぶと、料金がすぐに表示されます。これで良ければ「カートに入れる」をクリックします。
注文をすべて決めカートを見ると、選んだメニューに応じたキャストの一覧が表示されます。キャストが持つスキルはそれぞれ異なるので、オーダー内容と対応可能な方を自動的にマッチングする仕組みになっています。
―ユーザーの住んでいるエリアから、近い順番で表示されるのですね。
はい。往復の配送料金がユーザー負担となるためで、その目安も自動で表示されます。決定後は、ユーザーがキャスト宅にクロネコヤマトの匿名配送で服を送り、仕上がった後はキャストがユーザー宅に送り返します。
なお、よくあるECサイトのようにリピート時、同じキャストを自動選択させることはあえてしていません。少し面倒かもしれませんが、リストの中から毎回自分でキャストを選択してもらうようにしています。いろいろなキャストがいることを知ってもらいたいのと、キャスト自身が都合の悪い時期は気軽に仕事を休めるようにしているためです。
オーダー画面の「キャスト情報」には、「これまでに、◯人に◯点のお直しを提供しました」といった情報とともに、資格や経歴、思いなどを含む自己紹介、これまで依頼したユーザーからのコメントなどが掲載されている。また、このキャストがこれまで手掛けたサンプルや、使用する材料の写真もInstagramと連携して開示されている。
こうした情報を参照したうえで、ユーザーが自分でキャストを選択し、注文を確定する。その後、選んだキャストとのコミュニケーションルームが設定され、細かい打ち合わせをチャットで行い、最終的なお直し内容と金額が確定する仕組みだ。
―キャストとの打ち合わせは、どんな内容が多いのですか?またお届けまではどのぐらい時間がかかるのですか?
「Tシャツの前開き」と言っても、人によってイメージが結構違うことが多いので、実際の写真も使いながら「真ん中をこう開けて」とか「センターから少しずらして」「柄をよけて」など個別の希望を聞いていきます。また、身体の状態や現状の服の着づらい箇所なども差し支えない範囲で聞いて、お直しに反映させます。
キヤスクでは自分の隙間時間を使って対応しているキャストも多く、スピード仕上げを売りにしてるサービスではありません。もちろん「どうしても卒業式に着せたい」などのご事情があれば、可能な範囲で対応します。基本的には、服が届いてから1〜2週間ぐらいの間でお返ししています。
―かなり丁寧なステップで手間をかけているのですね。
お届けする前にも、仕上がった写真を送り、確認してもらいます。そしてキヤスク専用の袋に入れ、キャストの手書きのメッセージカードを必ず添えてお戻ししています。
オンラインサービスには、メリットとデメリットの両方があります。どうしてもリアルのほうが、人間らしさや優しさは伝えやすい。そのことをきちんと受け止め、「人がいる」という感覚を大事にしています。
ユニクロ在籍20年で見えた「まだ届いていない人」の存在
―次に創業の背景についてお伺いします。まず前田さんの、これまでの職歴を教えてください。
私は高校まで福岡で育ち、大学は東京で政治経済を専攻しました。卒業後、地元の銀行に1998年に入行し、支店で窓口業務や預金の営業についていました。
ただ、そのすぐ後に、就職活動をちゃんと考えなかったことを強く後悔したのです。何歳になるとどんなポジションになるか、などのルートが予め見えていることにとても違和感を覚え転職活動を始めました。そこで出会ったのが、1998年に初の都心型店舗として原宿に「ユニクロ」を出店し、その後51色のフリースで旋風を巻き起こした〈ファーストリテイリング〉だったんです。
当時はIT界隈が賑やかな状況で、渋谷のスタートアップ企業などが人気でしたが、私はリアルなものを売ることに魅力を感じていました。特にファッションに興味があったわけではなかったのですが、柳井正社長が掲げる「カジュアルウェアで世界一になる」といったビジョンや価値観に共感し、自分も飛び込んだら何かを得られると思って、2000年に転職をしました。
入社後は東京の店舗に配属され、一度新規事業のセクションに移ったのち、ユニクロ本部に戻って販売計画や生産計画を担当しました。その後は経営計画などマネジメントの部署に所属し、最後の4年間はネット通販事業部にいました。20年の在籍を振り返ると、企画から生産、販売までいろんなことを経験しましたが、店頭からは見えない発注や在庫の数量コントロールを担うことが多かったですね。
―その20年間に、障害のある人の服に出会うきっかけがあったのですか?
身の回りには障害のある方はいなかったので、ほとんど接点はありませんでした。ですが、5年ほど前に偶然、ある同僚から「身体障害のある友人が、着る服がないといつも嘆いている」という話を聞いたのです。
〈ファーストリテイリング〉はミッションに「世界中のあらゆる人々に、良い服を着る喜び、幸せ、満足を提供します」を掲げていて、実際に世界で多くの方々に着てもらうほど目覚ましい飛躍を遂げました。そのことに自分は誇りをもち、やりがいもとても感じていました。
しかし、それでも「まだ届いてない人がいる」ことを知り、大きな衝撃を受けたのです。
―成長期を影で支えたからこそ、ユニクロの壮大なビジョンの延長線上でも未だ「届かない人」の存在に気づきショックを受けたのですね。
と言っても、最初は「着る服がないとはどういうことなのか?」と、ある意味半信半疑で、理解できなかったのです。なので、まずは知りたいと猛烈に思い、個人的に障害者支援団体などに依頼をして、当事者の方と直接話を聞くことを2018年の春から始めました。
飲み会に参加させてもらったり、車椅子ユーザーの方と一緒にユニクロの店内を回って、服ごとの着やすさや、着にくい場合はその理由を教えてもらったりしました。あと、会社の会議室をこっそり借りて座談会もやりました(笑)。それはユニクロの仕事ではなく、あくまで個人的な活動として位置付けていたからです。
気づけばネットアンケートも含め、3年間で約800人にインタビューをしていました。最初から800人に聞こうと決めていた訳ではなく、もっと知りたい、もっと多くの生の声を聞きたい、の積み重ねの結果です。
―ユニクロで服づくりを始めることは想定になかったのでしょうか?
「障害のある人向けの特別な服をユニクロで販売することが、ゴールになるんだろうな」という何となくのイメージはありました。でも、具体的なことは考えずに始めたのです。ましてや、独立することは全く考えていませんでしたね。
もちろんインタビューで聞いた内容から、店舗のサービス改善などを柳井社長や営業責任者に提案して、すぐに実現した取り組みもありました。ですが、服をつくることに関しては、自分の中で考えが少しづつ変わっていったのです。
―それはどんな変化だったのですか?
障害のある方の課題は一人ひとり違うので、不自由さもみな違うことに気がついたのです。仮にユニクロが車椅子ユーザーのためのズボンをつくったとしても、ほんの一部のユーザーのためにしかならないのではないか、と思うようになって。
また、着る服が「全くない」わけでなく、「我慢して」着ている印象も受けました。自分の好みを優先するよりも、着やすさを第一に選ぶ状況があるのです。ならば、一部の人の選択肢を増やすのではなく、それぞれに着たい服を着られるようにする手段を探すのが、本質的なアプローチではないかと。
それはユニクロで服をつくることではない、と途中でわかったので、社内に提案はしませんでした。むしろ本気でその解を見つけるためには、会社を去るほうがいいと思い、先にユニクロを辞めることにしたんです。
新たな選択肢を生んだ、「お直し」の仕組み化
―銀行を辞めたときもそうでしたが、前田さんは次の道を決めてから進むのでなく、退路を断つことで次を見つけるタイプなのですね。独立後に、どうやって「直す」ことに行き着いたのですか?
2021年1月に〈コワードローブ〉を立ち上げ、他にやれることがなかったのでインタビューを続けているうちに、事故で寝たきりになった娘さんとそのお母さんから話を聞く機会が訪れました。オシャレが好きな娘さんでしたが、着やすい服の中には気に入ったものが全然ない。けれど、着たい服を買って一般のお直しに出そうとしたら、ものすごく高い値段を言われ、とても悔しい思いをしたというのです。
そこで、そのお母さんは全く経験がないなか、お直しを自分でやって娘さんに着せてあげたら、とても喜んでくれたと。そして自分が覚えたことを、同じように困った人にも提供する活動を始めた、とおっしゃいました。
この時、二つのことを知りました。一つは、みんなに服の選択肢を提供することが、着たい服を手にした後の「お直し」なら実現可能であること。もう一つは、覚えたお直しのやり方を他の困っている人にも提供したい、という想いを持った人がいることです。
ならば、困っている人とサポートしたい人をつなげるサービスがあれば、誰でも着たい服が着られる。自分がやりたかったことが実現するはずだとひらめき、2月にサービスの設計に入りました。
―先ほども見せていただきましたが、ウェブサイトでの注文から実際のコミュニケーションまで、仕組みのデザインがとてもスマートだと感じます。どのような手順で設計を進められたのですか?
まず車椅子ユーザーの知人に、一般の店舗に行ってもらい、自分の希望するお直しを依頼してもらいました。そこで「不自由に感じたこと」を教えてもらい、その「真逆」をサービスの中心にしようと思ったのです。
例えば、まずお店に行くこと自体が大変だと。そして注文をするにも「前開き」というメニューがないので、どう依頼していいのか、そもそもやってくれるのかがわからない。受付の方が戸惑ってしまい、後ろめたさを感じる。材料に使うファスナーやスナップボタンは「自分で買ってきて欲しい」と言われたが、買いに行ってもどれを選んでいいのかわからない……。もちろん、お直し後にわざわざ引き取りに行くことも大変です。
また、値段の書いてある店舗でも、「◯円〜」とあるので怖くて頼めない。それに実際の値段も高い、ということもわかりました。
それらの「真逆」をサービスに入れ込むなら、「時間を気にせず、かつ移動しなくていい」「メニューを予め表示する」「値段はお手頃で明確に」「材料は用意しなくていい」「お直しに関するコミュニケーションできる人がいる」などが求められるはずです。ただ他に参考になるサービスが全くなかったので、これでいいかどうかの検証と、資金の確保をするため、クラウドファンディングを2021年4月から6月に展開しました。
―メニューは前田さんがお一人で考えたのですか?
いえ、ヒアリングで多かったニーズを参考にまずは私が原案を考えましたが、そこから当事者やキャストの方々などに改めて意見をもらい、修正をしていきました。またサービス開始後にも、お客さまの反応を見ながら随時調整を加え、現在のメニューになりました。
実際の縫製ノウハウについても、キャストみんなで情報共有をしながら、基本的には誰が受け付けても同じサービスを提供できる体制をとっています。
―現在キャストは12名と聞きましたが、どうやって知り合ったのですか?
クラウドファイデングによって、キヤスクの取り組みに共感してくれる方々と出会い、声をかけてキャストになってもらいました。12名のうち2/3は、身体障害のある人の家族で、服のお直しをやった経験がある方です。残り1/3は、プロの縫製者や、裁縫が昔から好きな方で、困った人の役に立ちたいと思ってくれた方々が参加してくれました。
「資金の次はキャストを見つけないと」と思っていたのですが、クラウドファンディングで両方が叶ったのは想定外で、とても嬉しい誤算でした。そして、ほぼ1年後の2022年3月にサービスをスタートしました。
―課題自体を洞察して見つけ出し、その解決先を当事者のすぐ傍で模索し続けて、ビジネスとしてデザインされたのですね。それができた根幹には何があるのでしょうか?
結果的に、私はユニクロで学んできたことが、自分の発想の源になっていると思っています。多くの人のための服をつくる〈ファーストリテイリング〉には、「究極の状態」を考えて、実現するにはどんな仕組みにしたらいいかを思考する企業文化があります。
そうした思想が染み付いているので、根本的な部分でキヤスクとユニクロはつながってる気がします。
―〈ファーストリテイリング〉が対象とする「世界中のあらゆる人々」に惹かれて入社した前田さんが、まだ全ての人に届けられていないことに気づいてキヤスクを始めた、というのがとても興味深かったです。
仮にユニクロの中でキヤスクと同じような仕組みを実現しても、ユニクロの服しか対象にならないのであれば、やはり違うなと。特定のメーカーだけではなく、自由な「選択肢」を本当に誰もが手に入れられるようにしたいのです。
あらゆる服に対して、中立なポジションでやった方がうまくいくだろうな、と思ったので独立しました。
マスプロダクトとパーソナライズの掛け合わせで、みんなが服を選べる社会に
―あえて独立された理由もよくわかりました。前田さんは、事業のステークホルダーとの距離感の取り方が絶妙にうまいですね。
キャストとユーザーについても、一般的な「お直ししてあげる人/直してもらう人」ではない関係性にしたいと思っています。近所の優しい人にちょっと相談するぐらいの、そんな距離感のサービスにしたいのです。
もちろん主役はユーザーですが、一方的に直してあげるのではなく、一緒に並んで考えて「こう直したらどうかな?」といった話のできる、フラットな関係がいい。なので、お互い少し手間はかかるかもしれませんが、現在の仕組みのまま広げていきたいと思っています。
―今後はどうやってキヤスクの事業を広げていきますか?
まず1年やってみて、キヤスクにはいろいろな可能性があることがわかってきました。例えば、普段は体操服を着て登校している特別支援学級の高校3年生のお母さんから、「最後の年だからみんなと同じ制服を娘に着せたい」との依頼を受けました。それでお直ししたら、本当に喜んでくれたのです。そこから「青春のキヤスク」という、学生服をメインとしたサービスを2023年1月から始めました。
また、寝たきりのサッカー好きの男の子からは、「応援しているJリーグチームのユニフォームを直してほしい」と依頼されました。横を開くように直したユニフォームを着てスタジアムに行ったら、周りと一体感のある観戦が初めてでき、とても喜んでもらったり。
自分が着たい服を選べるためにキヤスクを始めたのですが、「みんなと同じ服が着たい」という感情も人にはあることに気づきました。
―〈こここ〉にも、「個」であることを大事にしながら、「一緒に」できることを探す意味が込められています。キヤスクが実現しようとしていることに、そのヒントがたくさんあるような気がしました。
他のケースで、お母さんが成人式で着たスーツを重度障害のある娘さんが着れるようにお直しをして、引き継いでいく喜びをご提供できたこともありましたね。思い入れや想い出のある服を誰かと分かち合えるために、私たちがお手伝いできることが他にも多々あることをこの1年で知りました。
一つひとつのお直しには、本当にそれぞれのストーリーがあるので、それを今後もっと情報として発信していきたいです。身体障害のある人にとって、こうした服への不自由さがあること自体まだまだ知られていませんから。
もちろんそれをキヤスクだけが担う気はなく、他にも類するサービスがどんどん誕生してほしいとも考えています。人への配慮や優しさが溢れるような社会に変えていく起点に、あくまでキヤスクがなれるといいなと思います。
―今日お話を聞いて「服とは何か?」を改めて考えることにもなりました。服は自分の個性を表すものでもあるし、みんなと同じ服を着ることで、気持ちを共にすることもできる。すごく大事なものだと知ることができました。ありがとうございました。
「衣食住」と昔から言われます。「食」や「住」に比べると「衣」の重要性は低いように以前は思っていたのですが、実際にはかなりの力があり、心豊かに生活を送るにはとても重要なものだと、改めて最近考えるようになりました。こちらこそ、訪ねていただきありがとうございました。
取材を振り返って
前田さんのお話を聞いていて、キヤスクは「諦めていたこと」をすくい上げるサービスだと感じました。多くの人がまだ気づいていない領域に目を向け、「それまで存在しなかった」事業にたどり着いたことは、本当に素晴らしいと思います。福祉の専門職や障害のある当事者に近い方は目の前にいる「具体的な人」に向き合おうとされますが、前田さんはまだ出会っていない人も含む「全員」を常に意識し、決して諦めないところも印象的でした。
先日トークイベントで聞いた中川淳さん(中川政七商店 会長)のお話に、これからの経営者にとって大事な要素は「発心(ほっしん)」ではないかとありました。あまり馴染みのない表現で、仏教用語で「悟りを得ようとする心を起こすこと」という意味ですが、現在では「思い立ってある物事を始めること」という意味で使われています。
前田さんは、新卒で入った銀行を「発心」によって辞めて、思想に共鳴しユニクロに在籍されたあと、再びおとずれた「発心」に突き動かされて、キヤスクを立ち上げられたのだと思います。もの静かに話されますが、常に突き動かされるように働き、生きる前田さんから、胸に秘めた熱いパッションを感じたインタビューでした。
Information
キヤスク
身体の不自由な人への服のお直しサービス。4月から法人向けの新サービス「キヤスク to B」と「出張キヤスク」の展開も始めました。最新情報は公式ウェブサイトにて。
Information
『デザインのまなざし』のこぼれ話
グッドデザイン賞事務局の公式noteで、今回の『デザインのまなざし』vol.7のこぼれ話を公開しています。
Profile
Profile
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矢島進二
公益財団法人日本デザイン振興会 常務理事
1991年に現職の財団に転職後、グッドデザイン賞をはじめ、東京ミッドタウン・デザインハブ、東京ビジネスデザインアワード、地域デザイン支援など多数のデザインプロモーション業務を担当。武蔵野美術大学、東京都立大学大学院、九州大学大学院、東海大学で非常勤講師。毎日デザイン賞調査委員。NewsPicksプロピッカー。マガジンハウス『コロカル』で「準公共」を、月刊誌『事業構想』で地域デザインやビジネスデザインを、月刊誌『先端教育』で教育をテーマに連載を執筆。『自遊人』ではソーシャルデザインについて46,000字を寄稿。「経営とデザイン」「地域とデザイン」などのテーマで講演やセミナーを各地で行う。2023年4月に大阪中之島美術館で開催した展覧会「デザインに恋したアート♡アートに嫉妬したデザイン」の原案・共同企画。
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