福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】2台のマシンに手をおく男性【写真】2台のマシンに手をおく男性

「移動する自由」をすべての人に。乗り手の姿、まちのインフラを変える〈WHILL〉デザイナーの視点 デザインのまなざし|日本デザイン振興会 vol.08

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パンデミックによる緊急事態宣言が発令され、生活の維持に必要な場合を除いて「外出自粛要請」を受けるという、過去にない状況を迎えた2020年4月。「誰もが自由に移動することは、至極当たり前だ」と思っていた価値観を揺るがされ、それ以来、人や社会にとっての「移動の自由」とは何かを考えるようになりました。

外出自粛がもっと長い期間続いていたらどうなっていたのでしょうか?自粛でなく「禁止」されていたらどのような状況になったのでしょうか?

一方でふと周辺を眺めてみると、日常的に「移動の不自由さ」を感じている人は至るところに存在することにも気づきました。病気やケガで寝たきりの人、杖や車椅子が必要な人、妊婦や小さい子と一緒の親、重い荷物を持った人などなど……。

【写真】3種類の乗り物のパンフレット

2015年度に”デザイン・オブ・ザ・イヤー”となるグッドデザイン大賞を『WHILL Model A』で受賞し、その後2017年、2022年度にも新機種でグッドデザイン賞を受賞している〈WHILL株式会社〉は、「すべての人の移動を楽しくスマートにする」をミッションに、近距離移動のプロダクトとサービスを20以上の国と地域で展開しています。

「100m先のコンビニに行くのをあきらめる」という車椅子ユーザーの声をもとに、「誰もが乗りたいと思える一人用の移動手段が世の中にない。だったら自分たちでつくろう」と2012年に創業。障害のある人や高齢者のみならず「全ての人が乗れる、乗りたいと思える新しいカテゴリーの、パーソナルなモビリティ」を謳うWHILLシリーズを開発してきました。

「福祉」と「デザイン」の交わるところをたずねる連載、『デザインのまなざし』。前回の「キヤスク」に続き、8回目の連載となる今回は、東京・天王洲にある同社を訪ね、2017年に1人目のデザイナーとして入社された鳥山将洋さんにお話を伺います。現在全てのプロダクトデザインを統括し、さらに様々なコミュニケーションのデザインに至るまで、統合的にWHILLの世界観を描いている方です。

私たちの周辺でも目にする機会が増えてきたWHILLは、どのような考えで今つくられているのか、近距離移動のプラットフォームをつくる〈WHILL〉は、「移動する自由・喜び」といった価値をどう追求してきたかの話をお読みください。

【写真】大きな窓ガラスをバックに、パソコンを広げて説明する男性
WHILL株式会社 デザイン室 室長 鳥山将洋さん

乗る人が主役となる、新しいモビリティ『WHILL』とは

―最初に、WHILLの今のラインナップを教えてください。

2020年に発売した上位モデルの『Model C2』、2021年にリリースした折り畳める『Model F』、2022年の発売後すぐにグッドデザイン賞を受賞したスクーター型の『Model S』の3機種を、現在は販売やレンタルを通じ展開しています。

その他に、移動インフラの一つを形作る『自動運転モデル』も、空港や病院といった実際の広い施設などで運用されています。

【写真】黒い椅子にスタイリッシュな白のアーム、4つのタイヤが備わったマシン
『WHILL Model C2』。2020年9月発表。介護保険にも対応。満充電で約18km、最速では時速6kmで走る、WHILLを象徴するプレミアムモデル
【写真】モデルC2に比べ骨組みが細く、タイヤも小さい仕上がり
『WHILL Model F』。2021年11月発表。C2の約半分の重量(26.7kg)。折りたたんで、車のトランクに収納可能なコンパクトモデル
【写真】前輪から立ち上がったハンドルがあり、前には荷物を入れるカゴもついている
『WHILL Model S』。2022年9月発表。7.5cmまでの段差を乗り越えられる“歩道を走れるスクーター”。高齢者の免許返納後の乗り換えも意識された、最も低価格なモデル

―プロダクトとしての、WHILLのデザインのポイントは何でしょうか。

WHILLを初めて目にした方の多くは、「電動車椅子」ではなく「新しい乗り物」として認識すると思います。ここには、デザインによる視覚的な効果があります。

『Model C2』を例にすると、乗っている人が「能動的に移動している」姿になるように、両手を置く位置にコントローラーを配置したり、車体に“斜め”の要素を多く用いたりして、ユーザーが主体的に前進していくさまを表現しています。

既存の車椅子は、製品が乗り手以上に強く主張しているような佇まいに見えることが多く、どこか「乗り物に連れていかれている」ような雰囲気がありました。そのネガティブなイメージを、デザインによってポジティブに変換しようと挑んでいるんです。

乗る人を主役に見立て、その機器が、人を引き立てる位置付けになったらいいなと。さらに、乗ることによって、その人のパーソナリティーが際立って見えるようなデザインをしたいと思っています。

【写真】モデルC2を示す鳥山さん
社内では”GO GOライン”と呼んでいる、リアタイヤから斜めに伸びるアームによって、能動的に乗る姿をデザインした。『Model C2』の白いアームカバーは、10色のカラーバリエーションから選択可能

―2014年に発表された初号機『Model A』を、鳥山さんが最初に見たときの感想をお聞かせください。その頃は〈マツダ〉で自動車のデザインをされていて、まさか後に〈WHILL〉に移籍するとは思っていなかったかと思いますが。

見た瞬間に、カッコいい乗りものだと感じました。説明を聞かなくても、プロダクト自身から「ユーザーを引き立てる製品をつくりたい」という、開発者の強いメッセージが伝わってきました。

まだいろいろな面で、やれることがありそうだとは思いましたが、何よりこうしたデザインのモビリティを「本当に発売した」という事実はインパクトが強く、衝撃を受けました。これは私だけでなく、同業者のほとんどが感じたことだと思います。

【写真】C2に比べると後輪が大きく、全体により丸みを帯びているマシン
『WHILL Model A』。2014年9月発表。車椅子の概念を覆した初代モデル

―操作性やプロダクトの形状はもちろん、「乗っている姿」そのもののカッコよさは、当時から意識されているように思います。

周りから良く見られたい、という感覚は誰しもあるのではないでしょうか。

WHILLに乗ると、背筋がちゃんと伸びて、服装など身だしなみに気を使うようになるユーザーが多いと聞きます。その意味で、WHILLのデザインが人の意識にまで影響を与えることはあると思っています。

また、機体の重心がリアタイヤにあるように見せることで、前に進むような印象を受けます。これが直感的にポジティブに見えることに気付き、以降ずっとデザインのポイントとして継承しています。

椅子の下の斜めの構造は、強度的に難易度が高く普通はやらないのですが、エンジニアがデザイナーの意図を理解してくれて、何とか実現したのです。

【写真】あごに手をあてる鳥山さん
鳥山さんは、2017年に〈マツダ〉からWHILLに移籍。『Model C2』以降は、全機種のデザインに関与している

プロダクトデザイナーが、届ける“世界観”にまで責任をもつ

―WHILLに乗っている人自身の意識だけでなく、WHILLが視界に入ると街の風景も変わるような気がしています。『Model A』ですでに、そうしたトータルでのデザインが評価され、2015年にグッドデザイン大賞も受賞されました。受賞は何かその後の起点になったのでしょうか?

グッドデザイン大賞が初めてとった大きな賞でした。受賞のニュースによって「こういう乗り物を待っていました!」「自分が乗りたいと思えるものがやっと製品化された!」など、認知と共感が一気に広がりましたね。

同時に、社内的にも大きな影響を及ぼし、「僕らがやっていることは間違っていない」と大きな自信に繋がりました。その当時は、まだみんな「本当に売れるのか?」「事業を継続できるのか?」ともやもやした不安を抱えながらやっていましたので。

―「新しいモビリティを社会が受け入れてくれた」という意味も大賞受賞にはありますね。逆にそこからの8年で最も変わったことは何でしょうか?

創業以降、ハードウェアの開発が会社の中核にあった状態から、ソフトウェアを含めたサービス開発の比重が徐々に増えていったことです。今ではこの両輪で事業を捉え、機器を個人に販売する「モビリティ販売事業」と、法人施設向けの自動運転や法人レンタルなどの「モビリティサービス事業」に分けて展開しています。

これは、当社の今後を考えてのことです。WHILLが活用されるためのプロセスまで一貫してサポートしていくことで、当社が目指す社会が実現できると考えました。

―鳥山さんはプロダクトデザイナーですが、プロモーションまでを含む、全体のデザインも統括する立場ですね。

はい。いちプレイヤーとして新しい機種のデザインもしながら、全てのクリエイティブの最終判断をしています。といっても私が一方的に決めるのではなく、チーム内で深くディスカッションをして、全員で納得できるところまで掘り下げてから、結論を出します。

WHILLの価値を可視化させて、社員を含めあらゆる人に共有し伝えていく役割があるので、デザインに関わることはジャンルは問わず全て見ていますね。カタログやウェブはもちろん、ライフスタイル動画の制作や、展示イベントのブース設計なども手掛けます。

ブランディングやマーケティングのチームと一緒に、かなりのこだわりと全体観を持ってやっているので、メッセージがブレることなく、ユーザーに伝わると考えています。

【写真】一面、写真が散りばめられたパンフレットの見開き
機能面やスペックだけではなく、「これに乗ったら今までとは違う生活が実現できそう」と思わせるような提案型の製品カタログ。場所やシチュエーションの設定、出演者のスタイリングなども、デザインチームが関わる

―トータルでデザインディレクションをやり遂げているのは、それがWHILLを「新しいモビリティ」として社会に広げていくために、重要なことだとお考えだからですか?

おっしゃる通りで、やはり届けるところまで、開発者がきちんと責任を持ってメッセージを発していくことはとても意味があります。同時に、チームにはUXデザイナーなど背景の異なるメンバーもいて、それぞれが学んだことを日々共有しながら、互いにアップデートしていくようにしています。

当社は、障害のある方や歩行が困難な方が、健常とされる人たちと本当にシームレスに繋がっている未来の社会を描いていますが、現状はそうなっているとは言い切れません。まだまだ洗練させられることや、やれる余地は多々あると考えています。

【写真】腕をおいたWHILLのコントローラー。アームの先に、英数字が表示されている

よりシームレスな体験にチャレンジした「自動運転」

―ハードとソフトの両輪に注力するなかで、「自動運転」の実現もWHILLにとって大きなエポックのように思います。

はい。2020年6月に羽田空港で、“世界初”となる空港での人搬送用途での自動運転サービスを実現させました。

そもそも私たちは、プロトタイプの提案で終わらせるのでなく、“社会実装”することに重きを置いています。かつて創業前にコンセプトモデルをモーターショーへ出展した際、「障害者に夢だけを見せるのは残酷だ。本気でつくるつもりがないなら、今すぐやめなさい」と、スポーツ用車椅子メーカーの創業者から強く言われたことがあるからです。

なので、日本の表舞台ともいえる羽田空港での自動運転のスタートは、非常に大きな意味がありました。空港内は規制がとても多く、実現するハードルは高かっただけに、内外に相当なインパクトをもたらせたと考えています。

―以前は羽田空港でWHILLを目にすると、少し違和感があったのですが、歩いている人が普通に乗り込む姿をみると、既に一つのインフラになりつつある印象を持ちます。

私たちにとっても感慨深いです。羽田空港では現在24台が毎日走っていますが、コロナが落ち着き、旅行需要が再燃してるので、利用率がとても高い状態ですね。私が行っても乗れない時が多く悔しいです(笑)。

また羽田空港の他に、関西国際空港、成田国際空港、カナダのウィニペグ国際空港に導入していますし、様々な国の空港から要望がきています。当社のライバルになるような、製造から提供まで一貫しているメーカーは他にないからだと思います。

―利用するときは、どのようにすればいいのですか?

保安検査を出たところにあるWHILLは自由に誰もが乗れます。行きたい搭乗ゲートの番号を押していただくと、予め読み込ませた地図情報とセンサーで検知した周辺状況によって、近くまで自動で連れていってくれるのです。走行中、障害物を検知すると自動で止まりますし、降車後は無人走行で元の場所に戻ります。

なお、障害のある方が空港に来る場合は、最初から車椅子を使われるケースがほとんどです。なので、空港にあるWHILLを使うのは、「普段は車椅子を使わないけど、足腰に少し不安がある」という一時利用者が多いですね。

また言語選択のデータからみると、成田空港では約6割が外国人の利用です。日本人よりも周囲の目を気にする人が少ないためか、すんなり受け入れて乗られているような印象を受けます。

―成田空港第2旅客ターミナルでは、エレベーターと連携した自動運転の実証実験で、出発地点から目的の搭乗ゲートまで階をまたいだ移動を可能にしましたね。

こちらも世界初です。エレベーターは、メーカーが多々あり仕様もバラバラのため、統合していくシステムをつくるのがとても大変でした。地図情報の中にエレベーター情報も組み込み、機体とエレベーターが通信しながら、ドアの開閉などをシステムでコントロールしています。

空港はインバウンドのニーズが高いので、 今後も特に力を入れていきたいと考えています。

―病院でも活用されていますが、障害者施設や高齢者施設での導入も想定していますか?

慶応義塾大学病院での2020年導入をはじめ、大阪大学医学部附属病院、国立成育医療研究センターなどで使われています。かなり利用頻度が高く、例えば慶應義塾大学病院で、足腰の弱った高齢の方たちが説明など受けずに、自分の行きたい場所に自由に移動している姿を見ると感動しますね。外来の患者さんが多いので、リピーターになっているのだそうです。

今後も増やしていきたいですが、各々要件が違うので慎重に進めていきます。患者さんや、リハビリ施設の利用者も高齢化が進んでいきますから、通院先の施設で車椅子を借りたいというニーズ自体は高まるはずです。

また空港も同様ですが、医療従事者もリソースが限られていますので、今後はロボットをうまく活用することが運営者側に求められていくでしょう。通常の車椅子だと「誰かに押してもらうのが申し訳ない」という感情がついてきてしまいますが、ロボットだと、そうした感情も軽減できると考えます。

当然、全てがロボットに変わるとは思っていませんが、選択肢の一つになっていくと思っています。スタッフの負担が軽減され、他のことに注力できるようになれば、サービス全体の質を高めることもできるはずです。

進む高齢化社会を見据えた『Model S』が、より身近なモビリティに

―最新の『Model S』は、WHILLの中でも特に、免許を返納された方や、歩けても長距離となるとつらい高齢者を想定したモデルとお聞きしています。御社のミッションである「新しいモビリティが実装されている世界」を実現していくうえで、このラインナップ追加はどんな意味がありますか?

「歩道を走れるスクーター」をコンセプトにした『Model S』は、原付バイクとも、アシスト自転車とも、最近話題の電動キックボードとも違います。免許返納後の移動手段として、いわゆる「シニアカー」から脱却しつつ、新しい移動のスタンダードになるような、カジュアルに乗れるモビリティを目指しました。

近年、高齢ドライバーの免許返納が社会問題になってきましたが、そのために開発をしたわけではありません。販売店からも一般ユーザーからも、より「車」に近いモビリティを求める声は多くあったので、ハンドルのあるモデルとして新たに商品化しました。

【写真】高齢者の利用シーンを描いたパンフレットの見開き

―自動車のディーラーとも連携し、販売していると聞きました。

取り扱いはすでに全国で約100社、1,200店舗を超えています。国内の自動車ブランドを取り扱うディーラーほぼ全てと連携しています。

『Model S』は、ご本人が購入されることも多いですが、約3割は家族からのプレゼントです。乗用車を手放したあとの外出手段として家族が贈ることが増えています。

免許返納者は日本だけで年間約60万人いるので、意義は大きいと考えています。また、海外での販売予定も徐々に進めたいと思います。これまでも『Model C2』と『Model F』は、各国の法律に合わせローカライズして展開しているので、『Model S』も同様に考えています。

―専用の保険やアプリも用意していますね。

3モデルを対象にした、保険を含んだサポートサービス「WHILL Smart Care」をオプションで用意しています。これは、〈東京海上日動〉と共同で開発したもので、ケガの補償、ロードサービス、各種医療に関する相談が受けられます。

その上で『Model S』には、外出情報共有サービスを加えた「WHILL Premium Care」も用意しました。これは、外には出てほしいけど、一人での移動も心配だとおっしゃるご家族がいるので始めたサービスです。

専用アプリを用いて、走行履歴や機体の状態などが把握できます。万が一転倒してしまったとき家族に通知する機能などもありますが、「見守り」というより、本人にとっては万歩計のように「外出を楽しくするためのツール」、ご家族にとっては「離れていても安心なサービス」としてご提供しています。

―最近はレンタルサービスも、商業施設などで積極的に展開を始めていますね。これらの導入は、施設側からの要望が多いのですか?

高齢化や多様化が進み、あらゆる人を迎え入れるようなバリアフリー環境、移動サービスを整える必要が一層高まっている社会的背景が大きいです。その中で、既存の車椅子とは違うことを知った関係者から、〈WHILL〉に声がかかることが多いです。

例えば、北海道北広島市にできた日本ハムの新球場「北海道ボールパークFビレッジ」では、『Model C2』と『Model S』が導入されています。当初は10台でしたが、想定以上のニーズをいただき、最近16台に増車しました。観戦チケットを購入した方に、介助者や同行者も含めWHILLを貸出して、専用スペースで観戦したり、ビレッジ内を周遊したりしてもらっています。

【写真】野球場の外野席で、ユニフォームを着た人がWHILLに乗って観戦する
「北海道ボールパークFビレッジ」での利用の様子(提供写真)。他にも「那須ハイランドパーク」「日本科学未来館」「ふかや花園プレミアム・アウトレット」「ハウステンボス」などの施設が導入している

WHILLを通じて、見える景色を変える

―今後ライナップの追加や、改良の予定はどのようになっていますか?

現状、都心部では車載がしやすく、取り回しも効く『Model F』の人気が高いですし、乗用車のディーラーを通じて、スクーターの『Model S』も多くのお客様にお求めていただいています。

新たな領域の開発も考えていますが、まずはそれらのアップデートがとても大事だと思っています。使う素材や細かな機能を変えるマイナーチェンジや、モデルチェンジも含めて一つずつ取り組んでいきます。

ユーザーからは、多種多様な要望が届くんです。例えば、折りたたみ式の『Model F』は、軽くなったとはいえ、女性1人で持ち上げるのはまだ大変だと。今の座面の高さだと棚の上など高いものが取りづらいので、そのための追加機能が欲しい、などの声も聞きます。

今後も、WHILLに寄せられたお客様からの貴重な声、販売店からのフィードバックなどを元に、将来に向けた改良を続けていきたいです。

【写真】遠くを見据える鳥山さん

―多種多様な要望の中には、応えてしまうと別の機能が犠牲になるようなケースもあるかと思います。そこと「全ての人の移動を楽しくスマートにする」というミッションのバランスをどう考えていますか?

ラインナップを拡充していく可能性はもちろんあります。ですが、発想を転換して、モビリティではなく「インフラ」を変えていく事業に力を入れることもありえます。

例えば電車に乗るとき、ホームと車両との隙間が大きな場所では今の車輪だと落ちてしまうという課題があります。この解決には、モビリティの改良の延長で考えるのではなく、インフラ(ホームや車両)の改善もありえるなと。当然、当社のみではできませんので、インフラ関係の会社との連携が必要です。

そうして考えると、当社は必ずしも「モビリティの会社」と固定的に考えない方がいいのかもしれません。私たちのミッションさえ達成できれば、手段は自由なので、全然違うアプローチをしていくこともあるかもしれません。

こうした発想の柔軟性も、当社にはカルチャーとしてあります。

―機器から入るか、インフラから入るかの入口にこだわらず、人の移動の可能性を広げていくと。鳥山さんは、将来、WHILLが「こうなったらいいな」と思うイメージをお持ちですか?

障害があるかどうかに限らず、 誰もが、スマホみたいに使えるモビリティをデザインしたいです。

かつて視力の矯正器具、福祉用具であった眼鏡も、デザインが洗練されることによりファッションアイテムになりましたよね。同じように、WHILLに「乗ることで得られる価値」をつくっていきたいです。

ネガティブだったものを、ポジティブを超えて新しい価値に昇華させたい。私たちがWHILLを「車椅子」ではなく、「近距離モビリティ」と表現している理由もそこにあります。

―「移動」は致しかたなくするもの、と思っていましたが、それ自体に楽しみや価値が持てるとお話を聞いて認識が変わりました。

そう、その通りだと思います。A地点からB地点に単に移動するのではなく、道程をどのようにデザインするか。そこに新たな価値をもたらせるよう、引き続き取り組みたいですね。

―これまでのWHILLユーザーの方で、実際に「見える景色が変わった」というようなお声はありますか?

多いです。行きたかった場所に自由に行けるようになった喜びとあわせて、その移動途中の写真をSNSでアップされたりする方がいらっしゃいます。「こういうところに魅力を感じるんだ」ということに、私も最初は驚きました。やはり移動すること自体に制約を受けていた方にとって、自分の意思で動き、止まれることは、かけがえのないものなのだと思います。

―今日はどうもありがとうございました。これから各モデルに試乗をさせていただきます。

【写真】2台並んだWHILLの1つに腰掛ける鳥山さん。ガラス張りのオフィスの廊下は、マシンが走れる広さがある

取材を振り返って

「すべての人の移動をスマートにする」これが〈WHILL〉のミッションです。昨今、ミッションやパーパスを設定する組織が増えていますが、〈WHILL〉ほどミッションをあらゆる事業の中軸に置き、ブレることなく一貫して実践を図っているチームがあることにまずは驚きました。

そして、それが企業として成長を続けているエンジンになっていることも知り、二度驚きました。

福祉機器関連ですと、それを専門に手掛ける企業が多いと思いますし、〈WHILL〉もハンディキャップ解消のための機器を提供する企業、と認識されていることもあるかもしれません。

しかしながら、〈WHILL〉は「車椅子」ではなく「近距離モビリティ」と一貫して表現しています。対象も障害のある人専用とは言わず、少しでもハンディがある人、ハンディがある瞬間のためのもの、というように定義をしている点がユニークであり、WHILL独自の価値を生み出している源だと、試乗しながら改めて思いました。

【写真】WHILLに乗って向こうに走る男性の背中

冒頭に書いたように、パンデミックによって「移動の自由」について考えさせられました。緊急事態宣言が発令された際に、「移動の自由は人間の基本的な権利の一つである。それを制御されるのは、過去の歴史からみて、戦争か紛争時のみであるべきだ」という意見と出会いました。

好きな国への渡航を始め、国内旅行、通勤・通学など隣接地への移動、さらに近所の買物に至るまで、第三者にセーブされることなく、誰もが自由に移動することは、至極当たり前だと今も思っています。

〈WHILL〉は、非日常における「移動の自由」の解消ではなく、私たちの周辺に偏在する日常における移動のバリアを、デザインの力によって解消すること、正確には100%の“解消”ではなく“スマート”にすることを、ミッションとする活動体であることを今回のインタビューで知りました。

「移動の自由」について、みなさんも考えてみてください。


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連載:デザインのまなざし|日本デザイン振興会