福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】女性と男性がこちらをむき、ベッドに腰をかける。2人の手には、青いシート型の製品【写真】女性と男性がこちらをむき、ベッドに腰をかける。2人の手には、青いシート型の製品

排泄ケアから、“もっと介護したくなる”社会を目指して。人の生活空間に馴染む「Helppad」のデザイン デザインのまなざし|日本デザイン振興会 vol.06

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急速に進む高齢化の中で、誰もが身近な介護の問題。施設、あるいは家庭でさまざまなケアの形があるなか、現場で最も大きな課題の一つになっているのが「排泄」です。特に自分で排泄を管理できない方が実際に排尿や排便をしているかどうか、何度もオムツを開けて確かめる行為は、本人はもちろん介護をする人にとっても、大きな負担になっています。

2022年度グッドデザイン金賞を受賞した「Helppad」(ヘルプパッド)は、そんな排泄を“におい”で検知するケアシステムです。わずらわしい機器を体に装着する必要はなく、専用の吸引シートをベッドに敷くだけで使用が可能。シートの上で排泄が起きると、内蔵されたセンサーが検知し、介護者に通知されるしくみになっています。

さらに、データを蓄積し排泄パターンを把握することで、排泄時間を予測することもできます。介護者の負担を減らすことで、利用者によりよい介護が提供されていくことを目的に開発されました。

【写真】青いシート型の製品。本体中央にマークがあり、下に「吸引シートの使用方法」と説明書きが書かれている

発売元の〈株式会社aba〉は、代表取締役CEOの宇井吉美さんが大学生時代に立ち上げたプロジェクトを、2011年に法人化したもの同級生だった谷本和城さんを取締役CTOとして招き入れてHelppadの開発を進め、2019年に発売しました。排泄介護に対する新たなアプローチが評価され、導入した事業所はすでに100を超えています。

このシステムとプロダクトは、一体どのような思いでデザインされ、介護現場の何を変えようとしているのか。そして、その先に二人が目指す「テクノロジーで誰もが介護したくなる社会」とは、どんな未来なのでしょうか。

「福祉」と「デザイン」の交わるところをたずねる連載、『デザインのまなざし』。前回の「See Sew」に続き、6回目となる今回は、千葉県船橋市にある〈aba〉を訪ね、宇井さんと谷本さんにお話を伺いました。

「体に機械をつけずに、排泄を知りたい」の声から

ーグッドデザイン賞の審査で宇井さんのプレゼンテーションがとてもわかりやすく、「介護者の視点からシステムを開発する」という方法がとても新鮮だったので、ぜひ詳しくお話を伺いたいと思っていました。まず、Helppadの開発にあたって、お二人はそれぞれどのような役割を担当されているのかお聞きしてもいいですか?

宇井 ありがとうございます。二人とも同じ千葉工業大学の未来ロボティクス学科を出ているのですが、役割は完全に分かれていますね。谷本が「技術」で、私が「それ以外」です。

谷本 〈aba〉の製品の方向性を決めているのは、宇井です。介護事業所での勤務経験があるので、基本的にうちのシステムは、彼女が「心から欲しいと思えるものであること」を前提に作っています。

宇井のプレゼンテーションがわかりやすいというお話がありましたが、施設に協力を依頼したり、投資家の方たちに出資のお願いをしたりするときも彼女が説明を担当しているんです。学生時代からやることなすことすべて目立っていて、人を引き付けて心をつかむ力があるので。

一方、私の直接の専門はハードウェア開発で、〈aba〉ではソフトウェア開発のチーム、アルゴリズム開発のチームも統括して見ています。宇井の思いをエンジニアたちがわかる仕様に落とし込んで、噛み砕いて伝える役目を私が担っています。

【写真】
株式会社aba 取締役CTO 谷本和城さん

宇井 私はまず、自分の介護経験を踏まえて、「ここに価値があるのではないか」という仮説をたてて、それを現場の職員さんにヒアリングして検証していく、という作業をしています。それから、プロダクトオーナーとして「シートの形や素材はこうしたい」などの仕様の要求を谷本に伝えて、開発チームに試作してもらうんです。そして、できたプロトタイプを持って再び介護事業所でヒアリングする……という過程を繰り返しています。

ーHelppadの場合、最初に「ここが価値になる」と考えた部分はどこだったのでしょうか?

宇井 大学内のプロジェクトとして介護現場の課題に挑み始めた際に、特別養護老人ホームの職員さんからまず言われたのが「オムツを開けずに排泄をしているかどうかが知りたい」ということでした。オムツの中を確かめたとき実際には排泄をしていない「空振り」が多いと、高齢者も不快だし、余計な時間や手間がかかるからです。逆に交換が間に合わず、排泄物がオムツの外に漏れると、その後始末にも大きな労力がかかります。

ただし、排泄センサーを開発するのであれば守ってほしい、とお願いされたことが二つありました。それらが今も、Helppadのコンセプトの根幹になっています。

一つは、「体に機械をつけたくない」ということです。介護は医療や治療の現場ではなく生活支援の場だから、その人の生活を乱すようなことを極力したくないと。そしてもう一つ、「尿と便の両方が分かるようにしてほしい」と言われました。尿か便かのどちらか一方だけでは、現状の排泄の課題にスムーズに対応することができないからです。

その二つの言葉を意識してセンサーの検知方法について調査を進めるうちに、「体に機械をつけないなら、寝床に敷くしかない」と思い至ります。また、尿だけなら水分にフォーカスすればいいのですが、便への反応が難しいという課題がある。谷本には当初「無理だ」と言われながらも、シート型で“におい”を検知する仕様にしようと決めました。

【写真】
株式会社aba 代表取締役CEO 宇井吉美さん

それぞれの現場で、“使い方もデザインできる”システムを目指す

ーその後宇井さん自身が、現場のリアルな課題を知るため3年ほど介護事業所で働いていたそうですが、そこで感じた問題点や改善点は、どのように反映されているのでしょうか?

宇井 大きなポイントとしては、検知した排泄情報の「通知」方法があります。というのも、ただ排泄を検知してピーピー鳴って教えてくれるようなシステムでは、介護の負担は減らないと気づいたからです。

実は介護職員をして半年ほど経ったときに、「そもそも排泄センサーって現場に必要なんだろうか」「わざわざ会社まで立ち上げたけど、これ本当に要るのかな」って私自身が思っちゃったんですよ。介護現場って同時多発的にいろんなことが起きているなか、リアルタイムで優先順位を変えながら対応しているんですよね。そんな難しい仕事を支える現場に、私が作ろうとするものは役立つんだろうかと。

ただ、そこからさらにもう半年働いて1年経ったころ、私自身も仕事に慣れるにつれて、また考え方が変わりました。複雑な仕事のなかにも、朝から昼の間にどんなことが起きて、どんなことを求められるというオペレーションのリズムがあるとわかってきた。ならば、そのパターンに排泄検知のシステムを組み込むことで、トイレ誘導やオムツ交換をもっとスムーズにできるんじゃないかって思うようになったんですね。

【写真】こちらに向けて広げられたパソコンの画面を宇井さんが指差ししている
システムのデモ画面。排泄を検知した時間だけでなく、利用者ごとの個別情報(投薬など)を重ねることで、オムツ交換の優先度が高い順に表示されるようになっている

谷本 実際、Helppadの通知方法は音が鳴ったりするものではありません。PCやタブレットの画面上で排泄の状況がわかり、尿や便をして時間が経つと、徐々に黄色や赤色に変わって目立つようにしています。「アクティブに行動を促す」のではなくて、あくまで「現状を把握できる」補助ツールですね。介護現場では、介護者さんの動き方を少しでも阻害すると、使い勝手が悪いと思われてしまうんです。

また、検知したデータを溜め続けていくことで、「よくこの時間帯に排泄しているよね」といったパターンもわかるようになってきます。そういった統計データは、手動で取ろうとすると非常に手間がかかるんですが、Helppadだとシステムで自動でできる。

そうやってユーザーさんが欲しい情報が見られるようにしつつ、私たちから「本来の使い方はこうであるべき」という思想までは押し付けないようにしています。データを使って、よりスムーズなオムツの交換を目指す施設がある一方、トイレ誘導などの自立支援に活用する施設もあります。さまざまな考え方に対応できるように心がけて、システムを設計しているんです。

ーユーザー側が、使い方をデザインできるようになっているんですね。

谷本 そうですね。実際に試作段階では、いろんな介護職員さんたちに試してもらって、感想をヒアリングしています。もちろん使用する人ごとに求めるものは少しずつ異なるので、話を聞いたなかから介護者さんの動き方を一つのモデルに落とし込んで、そのモデルに合わせたハードやアプリケーション、UIを検討するんです。

100人いたら100人全員がすごく使いやすい設計は難しいのですが、逆に特定の使い方しかできないものにもならないようにして、みんなに「これならいい感じかな」と言ってもらえるラインを目指しています。

【写真】シートの下から出たチューブが、何本もつながった機械
シートの下にチューブを通し、空気を吸い込むことで“におい”を検知できるようにした、他社では実現されていないHelppadのシステム。仮に尿漏れが起きた場合、尿を吸い込んだチューブとセンサー側のタンクを洗浄できるようになっている

宇井 介護する方々の仕事を邪魔しないように意識しつつも、Helppadはこれまでのオペレーションを、ある側面では大幅に変えているのも事実です。だからこそ、新たな動き方をよく考えて設計しないと、現場が混乱してしまう可能性もある。

「いかにしてシステムと人が呼応しながら動くか」が重要なんだと気づいて、導入のノウハウ設計を丁寧に行うなど、その後の開発プロセスにも生かしています。

「打ち手」がわかる介護の楽しさを広めたい

ーHelppadを通じて、介護を取り巻く環境がこうなっていってほしいという思いはありますか?

宇井 〈aba〉は会社としてのビジョンを「テクノロジーで誰もが介護したくなる社会をつくる」と規定しています。実は、3〜4年くらい前までは「誰もが介護できる社会」と掲げていたんです。でも、例えばめちゃくちゃ辛そうな顔をして介護していても「介護できる」と言えてしまうよね、と思ってアップデートしました。

そこには私の原点も関係しています。元々、同居していた祖母が病気になったことからプロジェクトに取り組み始めたのですが、彼女の病気に関わっていたときは、正直「介護はつらい」「病人が家にいるのは嫌だ」という、ネガティブな気持ちでしかなかったんです。でもその後、職員として介護に携わってみて、すごく楽しいなって思えたんですよね。その気持ちを、一人でも多くの介護者に持ってもらえたらいいなと。

ー宇井さんの二つの体験の違いは、どこにあったのでしょうか?

宇井 「打ち手がわかる」なかでやれるかどうか、だと考えています。例えば介護事業所では、認知症状をお持ちの方に帰宅願望があり、事業所から出ようとするケースがあったときには、職員さん同士で「なぜ帰りたいと思うのか」という原因について話し合うんです。

もしかしたら、リビングが騒々しくて落ち着かないからじゃないかとか、トイレに行きたかったりご飯が食べたかったりするときに、慣れていない場所が嫌なんじゃないかとか、みんなで仮説を立てるんですよ。そして、その後一つずつ検証をしていきます。理由は複数だったり全部違ったりもするのですが、一つずつ潰していくと、徐々にご本人の状況が改善されて、ご家族も楽になるケースがたくさんあるんです。

介護の重要性って、そうした仮説検証の“プロセスそのもの”にあると私は思っています。オムツ交換や食事介助という作業にばかり目が行きがちなんですけど、本当はそれだけじゃない。「仮説が立てられて、対策を打っていけるなかで介護ができると、こんなに楽しくて幸せなんだな」ということを事業所での体験から教えてもらいました。

【写真】手を組む宇井さん

ーだからこそ、介護「できる」だけじゃなくて、もっと「したくなる」という状況を作り出したいとお考えなんですね。

宇井 はい。今の社会の風潮って「介護はつらいもの」という前提が透けて見える感じがするんですよ。誰もやりたくないという思い込みが、例えば担い手をやたら​​と国外に求めたり、とにかく機械に代替させようとしたりする考えにもつながっている気がします。

でも、私は本来、介護はもっと楽しいものだと思うんです。今はみんなやることが多すぎて、楽しんでいる余裕がないだけなんですよね。だから、その手に抱えているたくさんのものを、一つでもおろして、楽しむ余裕を作ってあげたい。その余裕を作るものがテクノロジーでありたいと思っています。

ーテクノロジーの力で余計な手間を省けたら、生まれた余裕が別のことに使えるようになる。

谷本 実際、介護施設で働く職員の方って、書類を作ったりデータを打ち込んだりという事務作業の時間がとても多いんです。そういった業務に30%くらいを取られていて、残りの時間でしか介護をできていないところも多くあります。

でもそこには、システムが代替できる仕事もたくさんあるんですね。排泄の記録を取ることや、それをデータ化することはもちろん、例えば施設全体のスケジュールに合わせてシフトを作成することなども、実はテクノロジーのほうが得意とする領域です。

【写真】宇井さんの方を指しながら説明をする谷本さん

谷本 介護職のみなさんは、本来の「介護」をするためにこの職業を選んでいるはず。そう考えたとき、人が担うべき仕事とシステムでいい部分とがあることに、もっと目が向けられていけばいいなと思うんです。

私たちは介護において、人と人が向き合うことが一番大事で、それはこれから先、どれだけロボットが進化してもなくならないと確信しています。その上で、まずは最も重い課題である「排泄」の負担が、人にのしかからないようにしているところなんです。

「本当にしたいこと」を叶えるため、次なる進化へ

ーHelppadに込められた思いがよくわかりました。今後、このケアシステムはどのようになっていくのでしょうか?

谷本 ありがたいことにHelppadはさまざまな方から評価をいただきましたが、製品を世に出したことで、実は次の改善点も見えてきています。なので今、Helppadをさらに進化させた「Helppad2(仮)」の開発に注力しているんです。

新しいバージョンでは、排泄の内容が「排尿なのか排便なのか」までわかるセンサーが搭載されます。同時に、より介護現場で導入しやすくなるよう価格帯も下げます。発売は2023年秋の予定です。

【写真】グレーのパッドの上に先ほどのセンサーの機械と、新しい黒い機械が並ぶ
黒い製品が、開発中の「Helppad2(仮)」本体(2022年12月時点)。吸引機構とセンサーを一体化させることで、以前のHelppadの部品が数十点だったところを、わずか5つのパーツで成り立つようにした。量産型は、さらに小さくなる予定だという

谷本 また、センサーだけでなく、カバーシートに使う素材も通気性の良いものを特注したり、マジックテープ仕様で簡単に付け外しできるようにしたりと、介護者や高齢者の負担がより少なくなるようにこだわっています。

正直、いちエンジニアとしては、大きな問題がないと思われる部分はそのまま進めたい気持ちもあるんです。でも、それでは宇井が納得しないことも多くて。一度少し妥協した素材を使っていたらすぐに見つかって、「これは医療用っぽいからダメ」と言われてしまいました(笑)。

宇井 病院にあるようなものではなくて、インテリアショップに売っているような、柔らかくて生活空間に馴染むものが理想なんですよね。施設はもちろん、家での介護にも使えるように。

私が怖いのは、モノの存在感ってすごいので、最初は多少違和感があっても慣れてしまうんじゃないかということです。もしそのプロダクトを何万台と売っていけば、みんながそれを使って介護をするわけですよね。いつかは誰も、何も思わなくなるかもしれないけど、それで本当にいいんだろうか……そういう問いをいつも立てているんです。

【写真】笑い合う宇井さんと谷本さん
谷本さんの前にあるのが、Helppad2のカバーシートの試作品。ウレタン製でコストがかかるが、ベッドに敷くとよく馴染み、手触りもやさしい。宇井さんが手にしている「妥協した」サンプルは、厚みがあり、言われると医療機器のような存在感がある

谷本 宇井が言いたいのは、「利用者さんに負担を強いるのが当たり前の現場になってほしくない」ってことなんです。そのためにも、あからさまな医療機器風の見た目や、使うことでわずらわしさを与えるようなプロダクトはできる限り避けたい。技術的には大変なのですが、そこにチャレンジしています。

宇井 それは、私たちが「介護者支援」を掲げていることともつながっています。自分で介護職に就いてみて思ったのですが、介護に携わる職員さんや、家庭で介護をしているご家族ほど、介護されるご本人のことを考えている人って、他にいないと思うんですよね。

その介護者さんたちを飛び越えて、私たちメーカーが利用者さんのことを考えるのって本来おこがましい、とも思っていて。だから、安易な解決策に走らないように気をつけながら、あくまで介護者さんが「本当にほしいもの」「本当に願っていること」を徹底的に汲み取り続けたい。それを叶えたら、結果としてその向こう側にいるご本人の願いが叶っていた、という形が理想だと考えています。

【写真】こちらに向けて広げられたパソコンの画面にグラフが表示されている
Helppadのアルゴリズムも、WebのUIも、Helppad2で「尿」「便」が区別して検知できるようになったことに伴い、その機能がより生きるようリニューアルが予定されている(画像は今の製品のデモ画面)。また今後、データが揃ったタイミングで、疫病検出などの機能も追加することを見込んでいるという

〈aba〉の製品があることで、まち全体に“安心感”を届ける

ー最後に、〈aba〉が作ろうとしている社会の姿について教えてください。

宇井 まずはHelppadの開発を通して、介護を楽しんでいただける職員さんを一人でも多く増やしていきたいと考えています。実際、すでに利用している施設の中には、排泄ケアに対する興味が出てきて、より深く話し合うために「排泄委員会」という組織を立ち上げた方たちもいるんですよ。

そこでは、システムに蓄積されたデータを見て、適切なトイレタイミングやオムツ交換タイミングについて検討したり、他の介護にも活用できる方法を考えてくれたりしています。そして、議論の内容を現場で検証して、結果を元にまた話し合って……というPDCAを繰り返しているそうです。こうした、私たちのビジョンを実現してくれたありがたい事例がどんどん生まれてくれば嬉しいですね。

また、施設で働く方だけでなく、プライベートで介護をされている方まで合わせると、世界には9億人の介護者がいると言われています。Helppadの利用が広がって、その人たちにも1秒でも多く介護の楽しさを味わってもらいたいと思っています。

ー今はまだ介護をしたことのない人にまで、〈aba〉の製品が届く未来も想像できます。

宇井 今、介護に携わる人とそうでない人は、はっきりと分かれてしまっています。でも私は、もっと気軽に、例えば大学生が「ちょっと社会のためになるバイトをしようかな」くらいの気持ちでやれるようになってもいいと思うんですね。

ただ、ハードルが下がれば下がるほど、介護の質がまちまちになり得る点は注意が必要です。もっと怖いのは、昨日何のケアをしたかがわからなくなってしまうこと。だからこそ、早くその部分をシステムで代替して、今までどんなケアができているかを継続して記録し、現場に共有するしくみができればと思っています。

最終的には、Helppadをはじめあちこちに〈aba〉の製品があることで、介護施設の中にいるような安心感をまち全体で作れるのが理想ですね。

【写真】笑顔の宇井さん

谷本 その状態までいくには、30年や40年はかかるかなと思っています。でも、急に家族の介護が必要になって「どうしたらいいんだろう」ってなったときに、誰でも使えるツールがあると助かりますよね。そんな頼れる存在を用意しておくのが、今の私たちのビジョンです。

宇井 そのとき、ツールだけでなく「介護したい」という気持ちも、併せ持ってもらえるようにしていけたらなと考えています。そして、そんなマインドでみんなが介護できる社会になれば、あらためてプロの介護施設の職員さんたちの仕事が「すごい」っていう認知もされるんじゃないかな、とも私は思っていて。

ー携わる人が増えることで、介護に対する理解が深まるということですね。

宇井 そうです。そもそも今、介護職員さんがやっていることは難しすぎて、一般の方には理解できていないんだと思うんですよ。でも、介護をすること自体がもっと当たり前になれば、介護職員さんたちが日々、どれだけ複雑なことをいっぺんにこなしていて、その中で起こる問題に対してどれだけたくさんの引き出しを持っているか、その専門性の高さがわかるんじゃないかと。

私は「これって本当はすごいことだ」とみんなに気づいてほしいし、それがわかってもらえることで、介護者さんたちの社会的地位も上がっていくんじゃないかなと思っています。その最初のきっかけにするためにも、今はHelppadを通じて、介護の一番重い課題に取り組んでいるところなんです。

【写真】シートが敷かれたベッドの前で、こちらを向いて経つ谷本さんと宇井さん

取材を振り返って

熱い口調で自らの考えや理想を語ってくれる宇井さんと、それを冷静に噛み砕いて補足し、伝えてくれる谷本さん。お二人のチームワークが、Helppadの開発プロジェクト、そして「テクノロジーで誰もが介護したくなる社会」を力強く前に進める原動力なのだと、お話を伺いながら強く感じました。

宇井さんは自らの経験から生まれた介護に携わる方への敬意と、そのすごさが十分に理解されていない現状への悔しさを率直に語ってくれました。その思いを受けて、2023年秋に発売予定の新製品では、今以上に手間を減らし、作業をしやすくすることを考えて、谷本さんを中心とした開発が進められています。

取材を通じてわかったのは、〈aba〉のプロダクトやシステムは、あくまで「人」が使うことを第一にデザインされていることです。結果としてHelppadは機械でありながらも、介護する人とされる人、双方にとって温かみを感じさせるものになっています。これからも徹底した現場目線での改善を繰り返すことで、ますます介護に携わる人たちのために、その力を発揮していくのだと思いました。


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連載:デザインのまなざし|日本デザイン振興会