
里親家庭の対話を支えるカードキット「TOKETA」。“言葉になる前”の悩みを解きほぐすデザインとは? デザインのまなざし|日本デザイン振興会 vol.17
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実の親と共に暮らすことが難しい子どもを、養育者として一定期間育てる「里親」という制度をご存知でしょうか?
さまざまな理由で親元を離れている子どもの数は、現在日本に約42,000人いるとされます。うち半数以上が児童養護施設で生活を送る一方、里親家庭で暮らす子どもは6,000人程度。欧米諸国に比べ、里親の割合がとても低いのが実態です。
それでも近年は、児童福祉法などの改正に伴い、里親の委託率は増加傾向にあります。しかし、制度の理解を促す情報は全て大人向けで、当事者である子どもの助けとなるツールは存在していませんでした。
2025年度グッドデザイン賞を受賞したフォスタリングカードキット「TOKETA(とけた)」は、子ども向けとして初めて販売された、里親家庭理解の支援ツールです。里親制度の普及を目指す「フォスタリングマーク・プロジェクト」の流れで、2022年9月に〈一般社団法人福祉とデザイン〉が開発しました。
「フォスタリング」とは「養育」の意味で、日本では主に里親家庭に使われる言葉です。TOKETAは、里子・実子と里親の対話を促し、信頼関係の醸成と、安心して暮らすための環境づくりを目的としています。
「福祉」と「デザイン」の交わるところをたずねる連載、『デザインのまなざし』。前回の「Goトレ」に続き、17回目の連載となる今回は、日本でも里親等委託率が高い福岡市で活動する〈福祉とデザイン〉を訪問し、ディレクターである田北雅裕さん(九州大学大学院 准教授)と新開咲紀さんのお二人からお話を伺いました。
子どもと支援者が出会い直すための「こんにちはカード」と「しつもんカード」
―TOKETAが生まれた背景として、日本でも「里親」の制度が広がってきたことがあります。こども家庭庁の資料によると、2012年に14.8%だった里親等委託率(※注1)は、2022年には24.3%となり、毎年上昇を続けています。
田北 社会的養護が必要な子どもは、日本ではずっと以前から児童養護施設に入る割合がとても高かったのですが、近年は里親への委託が増えています。最も影響が大きかったのは2016年の児童福祉法改正で、「施設養護」から「家庭養護」へのシフトが本格化しました。
さらに翌年には厚労省が「新しい社会的養育ビジョン」を出して、概ね7年以内に「乳幼児の75%以上を里親委託にする」など、具体的な数値をあげています。それらに背中を押されて、登録里親数は少しずつ増えてきました。
ですが、肝心な当事者である子どもたちが制度を理解する手段は少なく、里親家庭で暮らすなかで不調を起こすケースなども出ていました。そこで制作したのが、子ども向けカードキットのTOKETAです。子どもと大人の「関係性」を育んでいくことを目的にしていて、里子だけでなく実子(じっし:里親の実の子ども)に目を向けているのも特徴です。
※注1:里親等委託率(%)=里親・ファミリーホームの委託児童数の合計/乳児院・児童養護施設・里親・ファミリーホーム委託児童数の合計
―キットの説明をお願いします。
新開 TOKETAは「こんにちはカード」「しつもんカード」「おうえんカード」の3種類のカードと、「支援者の手引き」と「サポートブック」で構成されています。3種のカードを使ったコミュニケーションがメインで、使う順番は特に決めていませんし、3種類すべて使う必要もありません。里親家庭で暮らす前の面談はもちろん、暮らし始めてからの日常生活の中でも使えます。
元々は〈日本財団〉と〈子どもの家庭養育推進官民協議会〉から、当時九州大学の専任講師だった田北さんが開発の依頼を受けました。その後、コンセプト策定からグラフィックデザインまで〈UMA/design farm〉の原田祐馬さんと髙橋めぐみさんの二人に参画してもらい、イラストをmakomo(マコモ)さんに描いてもらいました。
―「こんにちはカード」はどのように使うのですか?
新開 子どもとのアイスブレイクなどに使えるカードです。季節や時間などのモノや事柄が書いてある12枚の「ものことカード」と、いろんな感情をイラストで表した20枚(10種各2枚)の「きもちカード」がセットになっています。
遊び方はいろいろありますが、「ことばあわせ」なら、「きもちカード」を裏向きでランダムに並べてめくり、同じカードが揃ったら「ものことカード」を上から1枚引きます。例えば「大切な」を2枚揃えて「時間」を引いたら、「大切な時間って、あなたにとってどんな時間?」と聞く。
この気持ちと言葉の組み合わせをテーマに、お互いの思い出や考えを話していきます。大人から子どもへの一方通行ではなく、同じテーマについてお互いに喋れるのがポイントです。
新開 実際にやってみるとわかりますが、同じ「大切な・時間」でも、話す内容も時間帯もみんな違います。「ドキドキする・夢」で恐かったことを話す人もいれば、ワクワクしたことを話す人もいる。シンプルな言葉と気持ちの組み合わせって、その人らしさがすごく出るんです。
里親やケースワーカーが子どもと面談するとき、支援する側はつい「この子からこういうこと聞きたい」などと先に考えてしまいます。でも、カードゲームで「ドキドキする・夢」を急に聞かれたら、ちょっと戸惑うと思うんですね。うーんって悩みながら答える相手の姿を見て、あ、この人ってこういう人なのかもと、どんどん打ち解けていく。大人と子ども、支援者と被支援者という関係ではなく、お互い対等な関係で話を進めていけるのが「こんにちはカード」なんです。
―こういうゲームだと、むしろ大人の方が苦戦しそうですね(笑)。
新開 そうなんです。子どもは絵でカードを覚えるから、すぐ揃えちゃう(笑)。
揃ったら自分でとって、5セット先にとった人が勝ち。ゲーム性を持たせて、子どもが楽しめる工夫はやはり大事だなと思います。
―次が「しつもんカード」ですね。
新開 こちらも32枚で1セットです。「一緒に生活する子どもはどんな人?」「学校はどうなるの?」などの質問が書かれた28枚のカードと、自由に質問をつくれる4枚の追加カードで構成されています。
カードの内容は、田北さんがTOKETAをつくるときのヒアリングから、「こういう疑問があっても今までは聞けなかった」「こういうことが実は不安だった」などの声を元にしました。ばーっと広げた中で「聞きたいことある?」と選んでもらったり、裏返してパッとめくったものから答えたりと、使い方はいろいろあります。
子どもが支援者である大人に対して、何もない状態で自分の思いを言葉にするのはすごく難しいんです。カードに質問が書かれてあることで、他の人たちもみんな疑問に思ってることなんだ、聞いてもいいんだ、と子どもたちが抵抗なく思えるようになっています。
子ども自身が「里親」を理解し、選択肢を見つけるツール
―3つ目の「おうえんカード」は?
新開 福祉用語でいう「エコマップ」(本人と家族、関係者、社会資源との関係性を表す図)をつくるためのカードです。「おうえん発見シート」が付いていて、自分を真ん中に置き、近所のおじいさんがここにいるとか、NPO団体の人がこの辺にいるとか、普段周りにいる人物のカードを並べていく。
自分の周りにはこういう人たちがいて、何かあったときに頼れる人がいるんだよ、ということを見える化するツールです。支援者も子どもも一緒に確認していきます。
田北 子どもの周りには実際に応援する人がいるんですが、それを子どもたち自身が感じられていないことが多いので、改めて実感したり、新たに発見したりしてもらいたいんです。「おうえんカード」を広げた状態で、この人に「しつもんカード」を聞いてみよう、と組み合わせて使うこともできます。
―円形に配置するシート(表)と、関係を線で結ぶシート(裏)が2種類あるのはなぜですか?
田北 並べ方の違いで、発想できる関係性やものの見え方に多様性が出るように表裏2種類にしました。裏面は並べた人たちを線で結んで、矢印の太さを変えたり、薄い関係は点線にしたりと、会話しながらビジュアライズしやすい。自由に配置できるのは表面ですが、それだけだと「どう並べていいかわからない」という子どももいるなかで、意見形成を支援するツールとして配慮しました。
―基本となる使い方は、手引きなどに書いてあるんですか?
新開 大人向けの「支援者の手引き」には、カードの特徴や使い方、ファシリテーションに慣れていない人でも使えるコツが載っています。使う人にある程度委ねたいので、あえて詳しい説明は載せていません。
一方の子ども向けの「サポートブック」は、子どもが自分で読めるようになっていて、ゲームのやり方やメモのスペースなどもあります。さらに「教えて里子先輩」という読み物も入っていて、昔、里子だった人たちがどういう悩みを抱えていたかが書いてあります。子どもは「自分だけがこういう気持ちなのかな」と不安になることも多いので、先輩の話はすごく心強いんです。
―里子になる前の、一番不安なタイミングで手元にあるといいですよね。
新開 一時保護から委託先が決まって、児童相談所の職員が「今から里親っていうところに行くんだよ」と面談するときに、このキットが利用されることも多いようです。でも、既に里親家庭に何カ月も暮らしている子が里親やケースワーカーと使うこともできます。「里親会」という里親さんたちの団体があるんですが、その研修やイベント時などに里子だけで集まってTOKETAをすることもあります。基本的にはどのタイミングでも使えるようにつくっています。
「しつもんカード」のうち、その子の状況に合わないカードがあれば先に抜いておくとスムーズです。ただし、そうでないものはなるべく選択肢として多く見せて、子どもに選んでもらうようにと、研修では伝えています。子どもに対して、いかに大人がコントロールしないかが重要です。
自由に書き込むために「しつもんカード」には白紙も4枚入れてありますし、「ひみつの封筒」というアイテムも用意しています。目の前の大人じゃなくて別の人に聞きたいときに、カードを封筒に入れて「この人に会ったら渡して聞いて」などと使えます。子どもが封をして渡すことで「秘密はお互い守ろうね」という信頼感も生まれます。
先進地域・福岡から考える「里親」の課題
―最初、田北さんへの〈日本財団〉の依頼は里子向けパンフレットだったと聞きました。なぜ里親や支援者、さらに実子も使うカードキットに変えたのですか?
田北 児童相談所のケースワーカーは、子どもからすれば「自分を親から引き離した人」に見えてしまうこともあるのです。経済的に苦しかったり虐待があったりしても、自分が過ごした部屋や大切なものを失うきっかけをつくった人物。その人からパンフレットだけを渡されても、果たして読んでくれるだろうかと考えたんです。そうした話を原田さんらとしている中で、ゲーム性のあるカードというアイデアが出てきました。
またその前から、里親家庭の実子も対象にしたいと考えていました。里子にはケースワーカーや児童相談所が対応するけど、一緒に暮らす実子はケアされにくいのです。実子にとっても大きな出来事なのに。なので、実子を研究している山本真知子さん(当時は大妻女子大学 准教授)にもアドバイスを頂きながら制作を進めました。
デザインは課題を解決する手法ですから、まず課題が何なのかを深く洞察する必要があります。今回の場合、そうした子どもたちの課題を当事者も交え掘り下げていくなかで、子どもと大人の関係性を構築することに特化したカード形式にすべき、との解にたどり着いたのです。
―パンフレットとカードキットでは、コストも納期も全然違います。クライアントがこの方向転換を受け入れてくれたのは大事なことですね。
田北 はい、全く単価が違いますが、〈日本財団〉の担当者が理解し、調整してくれました。2019年12月に依頼があって、リリースは2022年9月ですから2年半以上かかっています。その過程で、研究室のプロジェクトを〈福祉とデザイン〉という法人にし、代表を務める酒井咲帆さん、事務局として加わってくれた新開さんと一緒に販売も進めていくことになりました。
―田北さんはいつ頃から里親制度に関わっているのですか?
田北 私は2009年に九州大学に赴任したのですが、2012年頃に地元の里親推進組織から連絡があり、そのネットワークに関わったことで制度を深く知ることになりました。里親に関する理解がほとんどされていないことも、その時知りました。
その後、「福岡市こども総合相談センター えがお館」のウェブサイトをリニューアルしたり、里親啓発用のDVDをつくったりして、広報やデザインに関する福岡の取り組みが少しずつ各地に知られ出しました。2018年には〈日本財団〉の「フォスタリングマーク・プロジェクト」のウェブデザインも手がけています。
―福岡は、当時から里親委託に積極的だったのですね。理由はなんでしょうか?
田北 かつては福岡市も児童養護施設が満員で、熊本や佐賀で子どもが暮らすケースもありましたが、2004年に児童相談所の所長が交代し、里親を増やす選択をしたのです。その時に生まれた「ファミリーシップふくおか」という官民連携ネットワーク(現在は田北さんが4代目代表)で、2カ月ごとの会議や、年2回のフォーラムを開くなど、積極的な活動を展開してきました。
また〈認定NPO法人SOS子どもの村JAPAN〉によって、里
福岡市の里親等委託率が高いのは、そうした行政と市民との協働の結果です。
田北 もちろん、委託率が高ければいいわけでもありません。子どもが短期間で実親の元に戻れば委託率は下がりますし、国際的にも「家族再統合(実親を支援して子どもを元の家族に戻すこと)」が第一に考えられています。割合よりも、家庭環境が必要な子どもに対して、ふさわしい里親が足りていないことが課題です。
日本で施設が相対的に多いのは、戦後、孤児・遺児のために大量につくられた養育施設が減っていないことが一つの要因です。当時、世界的には「ホスピタリズム(※注2)」などの考え方から、特に小さい子どもは里親養育が優先されていきますが、日本は民間の篤志家が施設運営に関わっていたケースが多くて、縮小が難しかった。孤児・遺児が減ったあとも、虐待などを背景に家庭で暮らすことが難しい子どもたちの受け皿になったこともあって、施設数が維持されています。
※注2:ホスピタリズム:乳幼児が施設等において、親や特定の養育者との安定した関わりを十分に持てないまま育つことで、心身の発達に遅れや不調が生じうるという趣旨で、当時広がった概念。現代では、アタッチメントや発達上の遅れ、ケアの質といった、より具体的な言葉で語られることが多い
言葉が見えることで、対話が促される
―TOKETAの制作過程で、特に印象に残ったことを教えてください。
田北 当事者の方々に改めて話を聞くなかで、大人側からは想像もできないことが、子どもたちの悩みになるんだと気づきました。例えば、自宅では夜にトイレの水を流すと音の問題で怒られたのに、里親の家では流さないと怒られたそうです。カーテンの開け閉めのルールも、家によって違いますよね。そういう些細で日常的な困りごとを「しつもんカード」をつくるときに参考にしました。
―新開さんは、リリースの準備段階でこちらに参画されたんですよね。初めてTOKETAを見たときの印象は?
新開 私はそもそも里親制度自体を知らないところから入ったので、そうした子どもたちの状況を聞いて驚きました。こういうツールが今までなかったこともその時に知り、TOKETAを届けるべき場所に届けなきゃいけないと思ったのを覚えています。関わりたいと強く思いました。
―リリース後、どんな反響がありましたか?
新開 発売後、TOKETAをひろく知ってもらうために「子どもの声を聴くこと」をテーマにトークイベントを3回やりました。オンラインの回は約70人が集まり、とても関心が高いと感じました。
購入は公的機関のまとめ買いよりも、里親、支援者、ケースワーカーやフォスタリング機関の職員が1セットずつ購入されることが多かったです。ただ発売翌年に、ある自治体の職員が60セットをまとめ買いして、フォスタリング機関や児童養護施設に配ってくれた例もありました。「配ったけれど使えていない」とも聞いたので、その自治体から依頼をいただいて、研修も実施しました。
他の機関でも、大人の支援者向けに、子ども役・大人役でロールプレイングしながら主旨を伝える研修などもしています。アンケートやインタビューの声を反映して、カードの改良もしてきました。
―実際の利用シーンで、印象的なエピソードがあれば教えてください。
新開 保護された子どもが、新しい里親家庭に委託されたときのことです。TOKETAを使って面談したところ、最初はなかなか言葉が出てきませんでした。けれど、「しつもんカード」の中にある「連絡したい人がいるけどどうしたらいいの?」を見たときに、「自分も家族に会いたいけど、自分のことをどう思ってるか聞くのが怖い」とポロッと言い始めて、どんどん自分の家族のことや今までの歴史を話し出したそうです。
結局話が止まらなくなり「しつもんカード」も全部に答えたと聞いて、漠然とした不安が可視化されることで、気持ちを伝えやすくなるのかなと思いました。何もないところで「どう?」って聞くよりも、TOKETAがあることがその子のガイドになっていく。それが一番印象的でした。
この話を打ち明けてくれたのは、「子どもアドボケイト」という、児童相談所や施設などに属さない第三者として、子どもの声を聴く活動をしている人です。子どもアドボケイトが里親家庭を訪問するときに、里子とどういう内容の話をするのか里親が気にすることもあるそうですが、「今日はこのカードでお話ししますよ」と最初に見せると、里親側の警戒心も解けて話が弾みやすいと聞きました。
カードに込めた“余白”と“所有”のデザイン
―TOKETAは、使い方が決まっているようで厳密には決まっていない。この余白は、意図的にデザインしたのですか?
田北 想定外の使われ方をされるといいなと、つくる前から思っていました。例えば「こんにちはカード」なら、意外な答えが出るぐらいの塩梅を狙っています。
また、3種類を単体で使うか、組み合わせるか、順番を変えるかによってもバリエーションが生まれます。「しつもんカード」だけだといきなりで不自然ですが、「こんにちはカード」を加えると想定しないアクティビティが生まれるんです。
新開 「こう思ってほしい」「こう答えてほしい」というコントロールをしにくいようにデザインされているんです。「こんにちはカード」でも、その場のやり取りで出てくる、その人らしさから関係性ができていきますし。そういう関係性を育むことがTOKETAに込められたんだなと、使っている人たちを見ながら思います。
今、子どもの声を聴くことは注目されていますが、ツールがあった方がいいという認識はまだ薄いと考えています。傾聴のテクニックは話題になるけど、そうなると「子どもからこう引き出そう」としてしまいがちです。そうではなく、子どもが声を発しやすい環境をつくることが大切で、そのための余白が確かにTOKETAにはあると感じます。
田北 原田さんは建築デザインの出身ですし、私もランドスケープデザインを学んできています。「場をつくる」という共通の思考性が、そうしたデザインにも表れているのかもしれません。
―今日お話を聞いて、冊子ではなく「カード」を設計したことが決定的だと感じました。カードという媒体は、身体性を伴って「これが私の気持ちです」と表現できますよね。
田北 カードであることの必然性があったと今になっては思います。やり取りすることで生じる関係性もありますし、1枚のカードにひとつの言葉だからこそ、その言葉を「自分のもの」として所有できるのです。
新開 子どもが不安をカードで伝えると、言葉を大人に突きつけるんじゃなく、大人と子どもが同じ方向を向いて「カードを一緒に見る」ような状態になるんです。向かい合うんじゃなくて、横に並んで「こういう不安があるんだね、じゃあこのことについて話していこうか」と。カードがあることで、話しやすくなって、関係性がつくれるんだなと感じています。
―いろいろな選択肢から、自由に選べる点も重要ですよね。
田北 面白いのは、子どもたちはカードを並べた状態を眺めてから、そこにない違う問いを出したりするんです。1枚選ぶというより、並んでいること自体で別のスイッチが入るんだなと捉えています。
子どもの権利の浸透を目指して
―TOKETAの開発後、他にどのような活動をしていますか?
新開 〈福祉とデザイン〉としては、子どもの権利を学ぶワークショップキット「きかせてジャーニー」をつくりました。これは〈子どもアドボカシーセンター福岡〉から、田北さんに依頼がきて、TOKETAと同様に〈UMA/design farm〉の原田祐馬さんと髙橋めぐみさん、そして私も一緒に制作したものです。
対象は小中学生で、旅をコンセプトにした3つのワークを通して、特に「子どもの意見表明権」を体験的に理解します。福岡市では、2026年度から全小中学校で導入されます。
田北 これも最初はノート形式の依頼でしたが、実感を持って学ぶにはワークショップキットの方がいいと考えました。最初のワークは、モヤモヤする気持ちを紙ひこうきにのせて飛ばす「もやもやフライト」ですが、いきなりモヤモヤが言葉にならなくてもいい。言葉にできない気持ちがあること、そしてそこに大人が寄り添うことも大事だと位置付けています。
〈福祉とデザイン〉では他に、「つながりの連絡帳」という里親家庭向け小冊子もつくりました。里親家庭のことをあまり知らない学校の先生に向け、生い立ちを振り返る授業や、健康診断など、学校生活の中で注意してほしいことを伝えるツールとして、冊子・PDFでも無償配布しています。
私たちへのこうしたオーダーが増えている背景には、こども基本法ができて、政策づくりに子どもの声を聴くことが義務化されたこともあります。国が主導するスケールと地域のスケールでは声の聞き方の丁寧さが変わってくる気がしますが、こども家庭庁が先陣を切って頑張っているのは確かです。
―子どもの権利条約への関心も、ようやく高まってきましたね。意見表明権の大切さは、私も教わりたかったです。
田北 1994年に日本が批准したときに一度ブームはあったんですが、あまり定着しませんでした。子どもの権利条例をいろんな自治体でつくる動きはあったのですが……今改めて広がりつつありますね。
―今後TOKETAをどのように広げていくお考えですか?
新開 必要に応じて改良を続けたいです。インタビューすると、「そういう使われ方をしてるんだ」という驚きが結構あるので、できる限り良くしていき、長く販売していきたいと思っています。何より必要な子どもたちに届けたいです。
実はこの布張りの箱のデザインは、デザイナーの高橋さんが子どもの宝箱をイメージしてデザインしたものです。子どもたちって、箱に石とか大事なものを入れてますよね。里親家庭でちょっと不安な子にとって、お守りのように持ってくれたらいいなと思っています。
―今日はありがとうございました。これからの展開も楽しみにしています。
取材を振り返って
里子家庭とは何も接点がなく、里子と養子についての知識もほとんどない状態でお二人から話を聞きました。まず驚いたのは、要保護児童数が全国で約42,000人もいて、そしてその中で、里子になるのはわずか6,000人しかないという事実です。
国が児童福祉法を改正し、施設養護から家庭養護への移行を目指している背景も、お二人から教えてもらって知りました。こども家庭庁を中心に変化は生まれてきていますが、海外と比べて里親等委託率はまだ低く、認識の向上と普及が必要です。
今回の取材では、福岡市が長く、意欲的な仕組みを考え実装してきたことも知りました。行政だけなく、地元の市民団体やNPOと積極的な連携を図ってきたこと、その中心人物の一人が田北さんであり、結果として福岡市が高い委託率を維持しているのも事実でしょう。
ただそうした背景を踏まえても、田北さんから見れば、実際に里子になる子どもたち、あるいは、同じく家族になる実子の子どもたちへのサポートがまだ足りていない状態だったのです。
田北さんが発した「デザインは課題を解決する手法ですから、まず課題が何なのかを深く洞察する必要があります」という姿勢を、社会的養護に関する問題でも真剣に考えてきたのが〈福祉とデザイン〉です。今回、TOKETAの開発・普及に協力してきた方々が、同じくその言葉を実践されてきたこともわかり、デザイナーの新たな役割を示してくれたことに賛同を覚えました。
福岡市で誕生したTOKETAが全国に広がり、デザインの力によって、子どもと大人との関係性がより親密になることを願っています。
Information
フォスタリングカードキット TOKETA
里子や実子、これから里親家庭で過ごす子どもたちのためのカードキット。BASEから購入が可能。最新情報は公式ウェブサイトにて。
一般社団法人福祉とデザイン
市民活動に取り組む方々の情報発信をお手伝いすることを目的としたツールを提供するプラットフォーム。デザインが持つ可能性を福祉の世界に実装していく数々のプロジェクトを行っています。最新情報は公式ウェブサイトにて。
Information
『デザインのまなざし』のこぼれ話
グッドデザイン賞事務局の公式noteで、『デザインのまなざし』vol.17のこぼれ話を公開しています。
Profile
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矢島進二
公益財団法人日本デザイン振興会 常務理事
1991年に現職の財団に転職後、グッドデザイン賞をはじめ、東京ミッドタウン・デザインハブ、東京ビジネスデザインアワード、地域デザイン支援など多数のデザインプロモーション業務を担当。武蔵野美術大学、東京都立大学大学院、九州大学大学院で非常勤講師。毎日デザイン賞調査委員。NewsPicksプロピッカー。月刊誌『事業構想』で地域デザインやビジネスデザインを、月刊誌『先端教育』で教育をテーマに連載を執筆。雑誌『自遊人』でソーシャルデザインについて寄稿。著書に『準公共をデザインする』(学芸出版社)。2023年に大阪中之島美術館で開催した展覧会「デザインに恋したアート♡アートに嫉妬したデザイン」の原案・共同企画。
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