「わからない」を笑いに変え、ツッコミで社会を滑らかにする! 「なんでそんなんプロジェクト」レポート こここレポート vol.02
気づけばいつも片方だけなくなる靴下。必ず少しだけ開いている扉。
生活の中で、誰かの変わった癖に出会ったとき、「ちょっとよくわからないなぁ」と戸惑うことはありませんか?
そんな癖を注意したり、呆れたり、スルーしたりもできるけど、「何それ! 面白いね」と眺めてみることもできるはず。それはその人との新たなコミュニケーションになるかもしれません。
今回ご紹介する「なんでそんなんプロジェクト」は、身近な人の一見よくわからない行為に、お笑いでいうところの「ツッコミ」をいれて面白がり、ポジティブに向き合おうという試みです。
思わずツッコミたくなる、不思議な事例が大集合
訪れたのは、岡山県玉野市。2021年2月、瀬戸内海を臨むビルの一角で、「なんでそんなん!」と思わず口にしたくなる事例を集めたユニークな展覧会「なんでそんなんエキスポ(以下、エキスポ)」が開催されていると聞き、足を運んでみました。
会場は、趣のあるビルをリノベーションしてつくられたホステル「HYM hostel」。うち2〜4階の客室を使い、全国から寄せられた「なんでそんなん」な10事例が、展示されています。
一般的な展示であれば、展覧会チラシや作品キャプションに制作者の名前が表記されますが、「なんでそんなんプロジェクト」がスポットライトを当てるのは、「行為者」と「発見者」と呼ばれる方々です。エキスポの趣旨にはこんな説明が添えられています。
“「なんでそんなん」は、お笑いでいうところの「ツッコミ」の言葉です。他者の突飛とも思える行動をネガティブに捉えるのではなく、ポジティブに受け入れ「ツッコミ」を入れる。ツッコミによって、多様な人の営みをおおらかに受け入れ「楽しむ」能力を高めます。
想像を超える現実を前にユーモアを持ってツッコミを入れることのできる「なんでそんなんの発見者」。そんな発見者たちの暖かい眼差しによって見出された「なんでそんなん」が集まる博覧会です”
(「なんでそんなんエキスポ」趣旨文より)
果たしてエキスポには、どのような事例が集まったのでしょうか? 早速、観ていきましょう!
補強したカッター机(行為者|辻野正三・発見者|福岡知之)
まず訪れたのは「補強したカッター机」と題された部屋。一見、なんの変哲もない書斎に見えますが……。
テーブルの天板をよく見てみると、カッターナイフの刃がびっしり!
実はこの机、障害のある人が仕事や活動をする、就労継続支援B型事業所「青い空」(高知県高知市)で使われているものです。机を使っているのは、辻野正三さん。ティッシュボックス程度の大きさの箱を止めているテープをカッターナイフで切って次の人に渡す仕事を担当されています。
辻野さんはカッターナイフの切れ味が悪くなると刃を折り、机の隙間に差し込む行為を、1年、2年、3年……と続けていったそう。枚数が増えるにしたがって刃が入りにくくなると、金槌で叩いて入れていきました。埋め込まれた刃の枚数は、日に日に増えていき、6年6か月たった今、天板が盛り上がるほどになっています。
そんな辻野さんの行動に興味を持ったのは、事業所スタッフの福岡知之さん。ある日、カッターナイフの刃を机に差し込む理由を聞いてみると、「机を補強するため」と返答が。かくして福岡さんが発見した「なんでそんなん」は、「補強したカッター机」として日の目を見ることになりました。
展示では天板のレントゲン写真も飾られ、目には見えない収集の軌跡が丸裸になっていました。
ガムテープのタネ(作者|村木美乃里・発見者|ぬかスタッフ)
続いて訪れた部屋は、「ガムテープのタネ」。所狭しと転がっている物体は、お芋のような形をしていたり、球体だったり様々です。
作者は、生活介護事業所「ぬか つくるとこ」に通う村木美乃里さん。小学生の頃から絵の具で色遊びをすること、墨と筆で遊ぶことが好きで、長年貼り絵をされてきました。画用紙に絵を描き、折り紙をちぎって貼る。そうした行為が立体化したものが、「ガムテープのタネ」です。
ガムテープが貼られ生まれた作品は、中までしっかり詰まっているものが多く、重量もあり、存在感もずっしりしています。
こうした立体的な貼り絵を作り続ける村木さんの行為に、ツッコミを入れて投稿したのは、「ぬか つくるとこ」のスタッフ。一見、何かわからないものもありますが、そのわからなさも丸ごと楽しめ、ワクワクする部屋でした。
オボットくん(行為者|ハルタニ(3歳・♂)・発見者|父)
最後にご紹介するのは「オボットくん」です。新型コロナウイルス感染症拡大で友達と遊べない生活が続く中、空き箱など紙を素材に新しい「友達」をつくったハルタニくん、3歳・♂。彼は、その友達のことを「オボットくん」と名付けました。
翌日からハルタニくんは、オボットくんを成長させようと、紙屑の切り貼りを始めたそうです。その行為を、ご両親はいつもの「ごっこ遊び」の延長線で、「間もなく飽きがくるだろう」と思っていました。しかし、予想に反しハルタニくんは1週間…2週間……と作業を続け、オボットくんをどんどん大きくしていきました。そのうち家の中では手狭になり、庭で作業をするまでに。ついにはオボットくんをドライブに連れ出し、草原で一緒に遊ぶこともあったそうです。
半年が経った頃、ご両親はオボットくんそのものよりも、ハルタニくんが没頭する行為に目を向けるようになり、なんでそんなんプロジェクトに応募されました。
なぜハルタニくんがオボットくんを育てているのかはわかりません。しかし、たった一つのことに夢中になる熱量は訪れた私達にしっかり伝わり、わからなさと羨ましさが混ざり合った気持ちになりました。
「なんでそんなん大賞」受賞は「オボットくん」!
上記でご紹介した以外にも、紙で大量生産された「太陽の塔」の部屋や、こだわりのおかっぱあたまを展示した「レオの髪型」の部屋など、タイトルを聞くだけで「なんだろう?」と思わず興味を持ってしまう、全10事例が展示された今回のエキスポ。展示期間の最後には、2020年度で一番のなんでそんなんを決める「なんでそんなん大賞」の発表がありました。
映えある「第1回なんでそんなん大賞」を手にしたのは、「オボットくん」を作ったハルタニくんを見出した発見者・ハルタニくんのお父さん。大賞賞品として、米俵1俵と味噌6kg、瓶ビール3本が送られました。
審査員からは、「3歳の溢れるエネルギーと、それを見守った父の姿に大賞を捧げます」とコメントがありました。
人の個性や癖をコンテンツに昇華させるプロジェクト
そもそも、生活の中で見つけたちょっと不思議な他者の行為を、愛を持って面白がる「なんでそんなんプロジェクト」はどのように始まったのでしょうか。「なんでそんなんプロジェクト」の発起人である生活介護事業所「ぬか つくるとこ」の代表・中野厚志さんは、このように振り返ります。
「なんでそんなん」って言葉は、スタッフから出てきたんですよ。「なんでそんなん」と「アンデパンダン」(注)の語感が被っちゃうって。
注:アンデパンダン:フランスではじまったアカデミー(官設の美術展)に対して、無審査で参加できる展覧会のこと。
それを聞いて、確かにアンデパンダンの考え方は、僕たちに共通するところが多いと思いました。以前から、ぬかでは障害のあるなしにこだわってはおらず、人の行為や癖をその人の良さとしてアーカイブして、コンテンツに作り上げてきた経緯があるんです。
障害のある人の中には、人の心に訴えるダンスをしたり、絵を描くことによって注目され、アーティストとして取り上げられている方もたくさんいます。それも素晴らしいことですが、僕らが着目しているのは、もっと土着的な、生活の裾野にあるような行為や癖。それらを楽しく発信していくことで、”障害者”とくくられてしまう一人ひとりの個性が共有できるといいよねとなり、「なんでそんなん」を集めるプロジェクトを始めることにしました。
中野さんは、こんなエピソードを教えてくれました。
たとえば、しょうへいくん。彼はプラ板で指輪を作るのが得意で、気に入った女性に会うと、その場に膝をついて「結婚してください」とプラ板で作った指輪でプロポーズをするんです。めちゃくちゃチャーミングで面白くないですか? 行為から始まって、しょうへいくんのパーソナリティを見てもらうことを、僕達は大切にしているんです。
福祉の現場では、利用者の現状やニーズに合わせた個別支援計画を作り、いつまでに何をするのか明確に定められています。それ故、「なんでそんなん」を良しとしない面もあり、スタッフが面白いと思っても突っ込めない環境になってしまうことも多々あるそう。だからこそ、「発見者」が大事だと中野さんは言います。
当初、なんでそんなんプロジェクトとしては福祉の現場から事例を収集する予定だったそう。しかし、ぬかのみんなで「なんでそんなん」の事例を上げていくと、意外にもスタッフの面白い事例がどんどん出てきました。
それなら、障害にこだわらなくていい。「なんでそんなん」は、どんな日常の中でもありえることだから、全世界の人を対象にごちゃまぜにして集めたら、フラットな関係性になれるかもしれないと可能性を感じました。
こうして始まった「なんでそんなんプロジェクト」。福祉業界以外の方にも広く見てもらえるようエキスポを開催したことで、約2週間の会期中に543名が足を運び、「なんでそんなん」事例は100以上集まりました。
もともとエキスポの開催予定はありませんでした。でも、エキスポのディレクターを勤めてくれたアーティストであり、ぬかと同じ岡山県内で放課後等デイサービス〈ホハル〉を運営している滝沢達史さんが「面白そうじゃん、やろうよ!」と言ってくれた。僕達と思いを一つにし、「なんでそんなん」を素晴らしい形で表現してくれました。
そのおかげもあって想像以上に事例が集まってきて、「なんでそんなん」が広がりつつあることを実感しています。「なんでそんなん」って言葉に、惹かれている人が多いんじゃないかな。わからないことも含めて多様な人との日常を楽しむことができる、「発見者」が増えるといいいなと思います。
未来の福祉業界で必須?「なんでそんなん検定3級」
好評のうちに会期を終えた「なんでそんなエキスポ」。今後、プロジェクトとしてはどのような動きを予定しているのでしょうか。
エキスポ以外にも、「なんでそんなん」を見つける「発見者」育成のため、オンラインセミナー事業を実施中です。誰もが生きやすい社会をつくるためには、よくわからないものを断絶し排除するのではなく、想像力を駆使して「分からなさを楽しむこと」が重要です。そのため、セミナーでは行為や作品に注目するだけでなく、発見者の育成を進めています。
第1期なので福祉事業者向けに開催してますが、「なんでそんなん」は他者の良いところを見出すきっかけになるものなので、今後は企業研修や教育現場にも取り入れていただけるよう動いていきます。
最後にこんな楽しい目標も教えてくれました。
最終的には「なんでそんなん検定」をやりたいんです。福祉の現場で「僕、なんでそんなん検定3級を持っています」と言ったら即採用されるみたいな(笑)。それくらいスタンダードにしたいですし、「これでいいんだ」って思える安心できる場所になったらいいなと期待しています。
他者の突飛とも思える行動に出くわした時、驚いたり戸惑ったりすることがあるかもしれません。でも、そんな時は深呼吸して、魔法の言葉「なんでそんなん」を唱えてみませんか。
きっと、ふふふと笑いがおきて、だいたいのことは受け入れられてしまう気がします。現実にユーモアを交えるツッコミができる「発見者」に私達一人ひとりがなれなたら、中野さんが目指す「誰もが生きやすい社会づくり」にも一歩ずつ近づいていけるはずです。
Profile
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ぬか つくるとこ
生活介護事業所
岡山県早島町にある生活介護事業所。「ぬか つくるとこ」の特徴を一言でいうと、「やりたいことを無理せずできる場所」ということ。または「そんな雰囲気があるところ」。「ぬか つくるとこ」に通う人達は年齢も特徴もさまざま。現在は18歳〜65歳までの人が1日約20名ほど来てくれている。その中には自閉症と呼ばれる人がいたり、統合失調症といわれる人がいたり。ダウン症や元アル中の人がいたりして、しかも週に1日来る人もいれば、毎日来る人もいる。陽気な人もいれば、元気のない人もいる。当たり前だが、「ぬか つくるとこ」にいる人達それぞれの「やりたいこと/やりたくないこと」はそれぞれみんな違う。そのさまざまな「違い」が築100年以上の比較的大きくない蔵のなかでひしめきあい発酵しています。
Profile
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中野厚志
ぬか つくるとこ代表
1972年生まれ。福祉系の大学を卒業後、15年間岡山県内の障がい者支援施設に勤務。その頃から障がいを持った人たちから生み出される数々のモノたちに衝撃を受ける。2013年12月、仲間とともに岡山県都窪郡早島町の築100年以上の蔵を改装した建物で生活介護事業所「ぬか つくるとこ」を立ち上げ、現在に至る。アートを一つの媒体として、個々の個性や特性をうま味に変化すべく、現在発酵中。
- ライター:北川由依
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「いかしあうつながりがあふれる幸せな社会」を目指すWebマガジン「greenz.jp」や京都で暮らしたい人を応援する「京都移住計画」などで、執筆と編集をしています。京都を拠点に全国各地の人(法人)や場を訪ねがら、人とまちの関わりを編む日々。イチジクとカフェラテが大好きです。
この記事の連載Series
連載:こここレポート
- vol. 092024.04.30フランス、ドイツ、オランダをたずねて見つけた「人の関わりを生み出す発明」たち。発明家 高橋鴻介さん
- vol. 082024.04.24現代版の長屋ってどんなところ?さりげなく助け合って暮らせる場所「NAGAYA TOWER」をたずねて
- vol. 072024.01.31社会福祉法人〈フォーレスト八尾会〉が目指す、 “農福連携”で地域の人々が共生する未来
- vol. 062024.01.11美術館からどう社会をほぐす? アート・コミュニケータ「とびラー」が生み出す“対話”の場
- vol. 052023.10.27共感ってなんだろう? 展覧会『あ、共感とかじゃなくて。』を起点にした座談会
- vol. 042023.09.11「みらいの福祉施設建築ミーティング」開催レポート
- vol. 032023.07.18スウェーデン・デンマークの介護施設をたずねて 「ライフの学校」田中伸弥さんによるレポート
- vol. 012021.04.15頭のなかだけのダイバーシティから離れて。ダイアログ・ミュージアム「対話の森」体験レポート