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【写真】満面の笑みを浮かべるいぐじっとのりんたろーさん。おいぼっけしのすがわらなおきさん【写真】満面の笑みを浮かべるいぐじっとのりんたろーさん。おいぼっけしのすがわらなおきさん

「お笑い」や「演劇」は他者の世界に寄り添うヒントをくれる。りんたろー。さん×菅原直樹さんが語る「介護の話」 こここインタビュー vol.01

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お笑いも介護も、まずは相手の世界に乗っかって、愛のある「演者」になるのが大切だと思うんです。

そう語るのは、介護の現場で8年間働いた経験を持つ、お笑いコンビ『EXIT』のりんたろー。さん。

劇団『OiBokkeShi』代表の菅原直樹さんは、認知症ケアに演劇的な手法を取り入れたワークショップや、高齢者や介護者と演劇作品創作の経験を踏まえ、こう返します。

介護は「相手が見ている世界を尊重する」ことが大切。そう考えると演技は、相手を尊重し、心を通わせる一つの方法だと思うんです。介護と演劇って相性がいいんですよ。

二人の会話から浮かび上がってきたのは、「演者」としてふるまいが、介護の現場でいきるということ。お二人が介護経験のなかで感じてきたこと、介護とお笑い、演劇の関わりについて語っていただきました。

小さな幸せを一緒に見つけていく

菅原

今日、とても緊張しています。小学生のこどもが、EXITさんの大ファンなんですよ。

りんたろー。

ありがとうございます。僕も菅原さんのインタビュー記事を読んで楽しみにしてました。菅原さんは俳優として演劇活動をしながら、介護の世界に足を踏み入れたんですよね。

菅原

そうなんです。10〜20代の頃は東京で俳優としていろんな舞台作品に出演していました。結婚を機に一度俳優業はお休みしつつ、職業訓練を受けて、介護士の資格を取って。

特別養護老人ホームで介護職員として働きはじめると、これが思っていた以上に楽しかったんです。僕にとっては居心地がよくて、最初とても驚きました。

【写真】インタビューに応えるすがわらなおきさん
OIBokkeShi 菅原直樹さん
りんたろー。

その感覚、よくわかります。僕も芸人を続けるために他の仕事もやってきましたけど、最終的に通所介護施設でのアルバイトが一番長く続きましたね。施設を利用しているおじいちゃんおばあちゃんたちとのやり取りに癒してもらったり、ごはんとおやつの間に流れるゆったりした時間を共有できたりするのが、僕にはめちゃくちゃ魅力でした。

あとは、人それぞれにケアの仕方があるところも。知識はもちろん必要ですが、それ以上に「目の前の利用者さんが今何を求めているのか」を感じながら試行錯誤できるのが、おもしろかったですね。

【写真】インタビューに応えるりんたろーさん
EXIT りんたろー。さん
菅原

人それぞれでマニュアルにしづらいって、本当にそうですよね。僕も介護は「クリエイティブな仕事だ」と思っていて。

ひなたぼっこをするとか、おいしいごはんを食べるとか、利用者さんと過ごす何気ない生活のなかに実は“小さな幸せ”がたくさんある。それを一緒に見つけていくのが、介護の仕事だと思うんですね。

僕は介護に出会うまで、演劇っていう「好きなことをする」ために、日々の生活をひたすら犠牲にしている部分があったんです。規模の大きな公演に出たいという気持ちもあったんですが、それだけを目指すことが正解ではないと気づかせてもらいました。

愛のある演者として、「相手の世界」を終わらせない

【写真】前のめりにすがわらさんの話を聞くりんたろーさん
りんたろー。

「老いと演劇」を結びつけるきっかけってなんだったんですか?

菅原

現場で働きはじめて、「演劇と介護は相性がいい」と気づいたんです。「歳を重ねた人の存在感」ってすごくて、歩いているだけで絵になるし、長い人生のなかで僕が想像できないようなストーリーを持っています。みなさんに舞台の上をゆっくり歩いてもらって、背後にその物語を字幕で流すだけで、立派な演劇作品になるんじゃないかと(笑)。

りんたろー。

なるほど、たしかに(笑)。

菅原

あと、認知症のある方と接する際に「演技」が役立つことも気づきました。きっかけは、ある利用者さんの前を通り過ぎたときに時計屋さんと間違えられたこと。最初は「違いますよ」って事実を伝えていたんですが、だんだん「受け止めてもいいんじゃないか?」と思うようになって。実際に時計屋さんを演じて話を合わせると、昔のことをいきいきと話してくれたんです。

利用者さんは、認知症の中核症状である見当識障害(時間、場所、人などがわからなくなること)や記憶障害によって、僕が見えている世界からは「おかしい」と判断されてしまう行動をする場合がある。でも、それをこちらの都合に合わせて“正す”のではなく、ただ“受け止める”ことが実はとても大切なんですね。その方法として演劇は役に立つなと。

【写真】微笑みながらりんたろーさんと話す菅原さん
りんたろー。

介護では、“正す”ってことにあまり意味がないですよね。認知症のある方にそれをやっても、ただ不毛なループに入るだけって感覚があります。僕もそういう場面だと、一旦は乗っかってからツッコミをするとか、似たようなことをしていました。今思えば、ある意味で「演じていた」ってことなのかもしれない。

菅原

乗っかるって結局、相手の見ている世界に「こちらが興味を持つ」ことでもあると思うんです。たとえば、ごはんの時間になって急に「イタリア旅行に行くんだ」と言い出した人がいるとします。そこを正すと、その世界はもう終わっちゃう。

でも、試しに「イタリアいいですね!」と乗っかれば相手の見ている世界に触れることができるし、興味を持つことで信頼関係が築ける。そのあとの会話から「イタリア行く前にごはん行きません?」と言ったら、食堂に行ってくれるかもしれない(笑)。

りんたろー。

自分だったらどう返すかな。「じゃあ今からビザ取りに行こうか」って伝えてからノリツッコミするかな(笑)。

そうやって振られたことに対して乗らないって、野暮だと思うんです。お笑いだろうと介護だろうと、いかにその人の世界に乗っかって、愛のある「演者」になるかが大切だと思うんですよね。

【写真】インタビューに応えるりんたろーさん

相手と過ごす時間の先に見えるもの

りんたろー。

今話しながら、やっぱり「自分が楽しむ」ことも大事だなって感じましたね。自分とは違う世界が見えている人と接するって、場合によってはちょっとイライラしたり、心が苦しくなったりすることもあると思うんです。

菅原

環境的にも精神的にも余裕は必要ですよね。それがないまま現場で向き合おうとすると、ついこちらの都合ばかり押し付けてしまいます。その時に利用者さんから冷たい一言を言われると、さらにグサっとくる。

りんたろー。

わかります。特に真面目で一生懸命な人ほど、それで壊れてしまうことがあるかもしれないですよね。「こんなにやってあげているのに」と思っちゃったり。

菅原

りんたろー。さんは、どうやって向き合っていたんですか?

りんたろー。

うーん、どうでしょうね。僕はやっぱり“チャラ男”なので、そこまで深く入り込んでいないというか。そんなに完璧じゃない、適当なんですよ(笑)。

まあ、そのチャラ男特有の適当さが、介護の仕事に合っていたんだろうなって思うことはあります。利用者さんと、フランクに接したりもできますしね。

菅原

ああでも、今ちょっと気づきました。りんたろー。さんが言う“チャラさ”って、たぶん介護で重要なんですよ。相手の発言を勝手にふくらませて解釈せず、一旦受け止めて、軽やかに愛のあるツッコミをしながら共にいる。

りんたろー。さんのような「“チャラい”けど、一緒に楽しもうとする誠実さを持つ人」は、介護と相性がいい気がします。

りんたろー。

そこまで考えていたわけじゃないですけど(笑)、距離感は大事ですよね。「うまく接することができるかな」なんて意識しすぎると、ぎこちなさが相手に伝わっちゃうし。

でも、それがチャラ男だと「相手のノリを受け入れられる人」が演じやすいんですよね。演技しながら、その人との時間が増えていった結果、素の自分のままじゃ見えなかったものが、見えてくるとは思います。

【写真】はにかむりんたろーさん
【写真】笑顔でインタビューに答えるすがわらさん
菅原

演じているうちに一緒に楽しくなることもありますよね。介護は「相手が見ている世界を尊重する」ことが大切。そう考えると演技は、相手を尊重し、心を通わせる一つの方法だと思うんです。

りんたろー。

ただ、そういう気持ちをみんなが持つには、介護業界全体にも余裕が必要ですよね。人手が足りなくて負担が大きいと、やっぱり楽しんで「演じる」ことは難しいし。

コロナ禍でも、介護職って重要なのにずいぶん軽視されているなって僕は感じています。社会を支えている本当に大事な仕事なんだから、もっとその担い手の方々へのケアもされるべきだと思うんです。

それぞれの距離感で、ゆるやかに“老い”と関わる

りんたろー。

あと、介護に余裕をもって向き合うって意味では、介護士に限らず「距離感を保った関わり方」ができる人が周りにいたらいいだろうな……って思いますね。

これは自分自身のおばあちゃんの話なんですが、去年急に「今日が何曜日かわからない」って僕の母に電話をかけてきたことがあって。それを聞いた母は、慌てて僕に連絡してきたんです。でも、僕はそこで「曜日ってそんなに大事かな?」「もっと今を楽しく過ごそうよ」みたいに、割と落ち着いて話せたんですよね。

りんたろー。

それって、僕が介護現場の経験で「そういうこともいつかは来る」と知っていたのもあるし、僕が「孫」だったのも大きかったと思うんですよ。母はやっぱり「子」なので、距離感がどうしても違ってくるから。

菅原

わかります。近しい人であればあるほど、できなくなっていくことへのショックが大きい。以前のその人の姿を知っているだけに「元に戻ってほしい」って気持ちが働いて、どうしても“正したく”なってしまうんですよね。

だからこそ、りんたろー。さんが若い世代、まさに孫の世代に対して発信されるのって、大切なことだと思いました。「おじいちゃんおばあちゃんとの、こういう関わり方もいいかも」って。

りんたろー。

子どもの頃を思い返すと、僕にとってのおばあちゃんやおじいちゃんって、おもちゃを買ってくれたり、僕のやりたいことを気長に待ってくれたり、優しく受け止めてくれる存在なんですよね。介護が必要になったときは、その関係を逆にできばいいなと思います。そうしたら、僕にしかできないゆったりと温かい関わりができるかなと。

介護に関わる機会は、これから必然的にみんな増えるわけですよ。そのとき、何も免疫がないまま全部受け止めようとすると、その人が壊れてしまう。「こんな接し方もあるよ」って僕の発信が役に立つなら、うれしいですね。

菅原

「老いるのは自然の摂理だ」って知る機会にもなりますよね。僕は老いていくって、決してネガティブな話ばかりじゃないと思っていて。それを若い方たちに伝えたいなと考えているんです。

一つ僕の活動から話すと、『OiBokkeShi』の看板俳優に、94歳の岡田忠雄さんという方がいます。知り合ったのが88歳で、初めは高齢だからあまり負担をかけないようにしようと、出番は少ないけど印象に残る“おいしい役”を用意したんですね。そうしたら、岡田さんは「もっと出たい」って言って、そこからどんどん出演時間が延びて。今はもう2時間の芝居でずっとしゃべりっぱなしです(笑)。

【写真】OiBokkeShi の演劇作品『BPSD:ぼくのパパはサムライだから』の舞台写真
OiBokkeShi『BPSD:ぼくのパパはサムライだから』の舞台写真(提供写真)
りんたろー。

それはすごい。できることが増えているってことですよね?

菅原

そうです。もちろん日常生活ではできないことも増えていますけど、舞台の上に限って言えば、できることはどんどん広がっているんですね。これって介護をする上でも大切な視点だと僕は思うんです。

利用者さんと接するとき、やっぱりできないことが目につきやすいじゃないですか。でも、時間を共にしていくと、「これはできる」「あれもしたい」ってお互いの引き出しが開き始める。楽しみ方ひとつでそういう希望が見えるってことを、僕も発信していきたいなと思っています。

「ただ目の前の人を笑わせればいいんじゃないか」

りんたろー。

介護を通じてこっちが教えられることって、本当にたくさんありますよね。僕自身も、「そうか!」って気づかせてもらったことがあります。EXITの前に、一度コンビを解消したときなんですけど、当時周りから心配されて。自分も「これからどうしようかな……」って結構悩んでいました。

そんなある日、働いていた施設の利用者さんにふと声をかけられたんです。「お兄ちゃん芸人なんだろ。頑張れよ」って。その人は、僕が今つまづいていることなんて何も知らず、ひとりの人としてただ僕を応援してくれて。それを聞いて、世間には自分のことをまったく知らない人がまだまだたくさんいるし、自分が見ているものは「世界のほんの一部なんだ」って気づきました。

【写真】インタビューに応えるりんたろーさん。
菅原

そのメッセージ、りんたろー。さんのファンの小学生や中学生たちにぜひ届けたいですね。

りんたろー。

そう。たとえば学校でうまくいかなかったり、嫌なことがあったりする子がいると思うんです。けど、「もう人生終わりだ」みたいな考えになるのは、実は今のコミュニティしか知らないからで。

世間に出たら、自分がいるのがめちゃくちゃ小さい世界だとわかります。いつでもそこから抜け出せるんだよってことをあのとき教えてもらったし、それはやっぱり伝えたいですよね。

菅原

僕が特別養護老人ホームで働いていたときに気づいたのは、そこにいる利用者さんはこれまで築いていた地位や社会的な肩書きを持っていないということです。世間から見たときに、何者でもなくなっているんですよ。

僕は20代で演劇をしていたとき、「何者かにならないと」って焦りがずっとありました。でも、利用者さんと接するなかで、幸せのあり方ってこういうことなのかなと思ったんです。世間からみたら何者でもなくなっていくけれども、それでも今この瞬間を楽しむ。人生の最期に「まあ良かったな」って思えたら、それだけで人の生き方として充分いいのかなって。

りんたろー。

相方(兼近大樹さん)に言われたことを思い出しました。僕らは今たくさんのお仕事をいただいているんですけど、一方で「仕事が減ったらどうしよう」「この環境がなくなったらどうしよう」なんて思っちゃうことがあって。それを相方に話したら、「ただ目の前の人を笑わせ続ければいいんじゃないか」って言うんです。

僕はたくさんの人を笑わせることばかりを考えていたんですけど、「そういうことだけじゃないでしょ」と教えてもらって。これって最期を迎えるときの話に通じるものがありますよね。究極的には演劇もお笑いも、そういうマインドに達していたらいいのかもしれない。どういう道を歩もうと、結局は何者でもなくなるわけですから。

菅原

目の前の人を楽しませるところは、やっぱり介護と同じなんですよね。僕は笑いって本当にすばらしいと思うんです。本当に生きる希望になって、それが薬にもリハビリにもなる。「今この瞬間を共に楽しむ」それこそが、僕らが目指す究極のところなのかもしれませんね。


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