「何者か」を問うて、子どものやりたいことを育む。放課後等デイサービス〈ホハル〉滝沢達史さんの仕事 福祉のしごとにん ― 働く人のまなざし・創造性をたずねて vol.01
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「あなたは何者ですか?」
この質問にさらりと答えられる人は、どれだけいるでしょう。学校教育では「生きる力」を育てるためのカリキュラムが組まれ、“自分の旗を立てること”や“好きを仕事にする生き方”が重視される時代になりました。
しかし、みんながみんな「何者か」である自分に出会えているわけではないようです。
福祉施設や福祉サービスの現場で働く人に焦点を当てたインタビューシリーズ「福祉のしごとにん」。今回は、岡山県倉敷市にある放課後等デイサービス「ホハル」の代表であり、アーティストでもある、滝沢達史さんをご紹介します。
そこで出会ったのは、自分が何を好きで何をしたいのか、日々向き合って全力で表現している子ども達。どのような環境や大人の関わりが、自分が「何者か」を知っている子ども達を育んでいるのでしょうか。放課後のホハルを訪れました。
振り返れば、いつも福祉とアートがそばにあった
滝沢さんと福祉の出会いは、幼少期の頃。滝沢さんが通っていた保育園と小学校の対応の差が、「障害とは何か」を考える機会を与えました。
僕はお昼寝をまったくしない子で、クラスメイトを起こそうとするので保育園では“先生を困らせる子”とされていました。ただ、他の子がお昼寝をしている間、好きな絵を描かせてくれた先生がいて、しかもお遊戯会では背景を描く大役を任せてくれた。“困った子”が一躍ヒーローになる経験をしました。
しかし、小学校へ上がると、落ち着きがないという理由で、先生から病院に行った方がいいのでは、と言われたんです。子ども心ながら、環境によって、特徴を活かしてもらえることもあれば、排除されることもある。「障害」は環境が生むのだと理解しました。
滝沢さんのご両親は共働きだったこともあり、親戚のおじさんの家で過ごす時間が長くありました。
おじさんは美大に行きたかったけど、お金がなくて叶わなかった人で。看板屋をしていましたが、統合失調症の発症がきっかけで働けなくなってしまいました。それで、僕はそんなおじさんに預けられて、その家で絵を教わったんです。それが絵を描くことやものをつくることに興味を持つようになったきっかけです。だから僕ね、ある意味でアートや福祉に関わる場所で育ったんですよ。
高校を卒業した滝沢さんは、多摩美術大学油画専攻へ進学。絵画をはじめさまざまな表現に挑戦しますが、転機となったのは、卒業後、ヨーロッパを旅していたときのとある出会いでした。
はじめは、ヴェネツィア・ビエンナーレを観にイタリアへ行ったんです。でも、なんだかピンとこなくて。そのままヨーロッパを旅しながら街角で絵を描いていたら、ご飯を御馳走してくれる方がいて、表現が僕の命を繋いでくれることに面白さを感じました。そこからですね、コミュニケーションツールとしてのアートに興味を持ったのは。
そして、その旅先で出会ったおばちゃんが、養護学校に勤めながらアーティストをしている方で。なぜか「あんたもやりなさい」って言うんですよ(笑)。お互い教員になったら、子ども達の作品を見せ合おうと約束をしました。
それから滝沢さんは10年に渡り、東京都内の特別支援学校で美術教師として働きます。教員として9年。そしてラスト1年は、企業就労を目的とした新設学校の立ち上げに携わり、ある疑問を抱きました。
障害のある子どもが、成長し技能を身に着ける。大企業で働く。その姿は、親心としてはこみ上げるものがあるのでしょう。しかし就職後、孤立して会社に通えなくなってしまう子もいました。本人達にとってみれば、必ずしも企業が居心地がいいとは限らない。それぞれのペースがあるし、もっとゆったり作業所で木工仕事をしたり陶芸をしたりする方が、心地良いこともあるかもしれません。大企業へ就職することがエリートとされ、みんなそこを目指す環境に危うさを覚えました。
特別支援学校の中にも、一般企業への就職を目指す「就職科」とそうではない「普通科」があります。
滝沢さんが関わっていた学校でも、企業就労を目的に生徒の集団を分けたことで差異が生まれ、優越感や劣等感をもとにいじめが起こったり、異なる科の生徒同士でお互いを馬鹿にしあったりする場面が増えていったそうです。
生徒ひとり一人の適性や目指す道に合わせて科を分けたつもりが、差別意識を生んでしまうのでは本意ではありません。これは、障害のある人とない人に分断されがちな日本社会の現状に置き換えても同じ。
教育や生活の場を分けることによって互いの接点が減り、極端に違うものとして受け止めたり、あたかも優劣があるかのような意識が生まれたりする。一人ひとりの「違い」ではなく、「障害」という大きなくくりで分断されてしまう。
だったら、もっともっと子どもの頃から障害のある人もない人も互いに馴染んでいればいいのでは。「障害のある人をない人が理解する」んじゃない、ただ一緒に居たらいいんじゃないかなって僕は思うんです。
「あそび」と「まなび」の接点を探す
障害のある人もない人も、大人も子どもも。ただ、一緒に居る。
そんな社会をつくる第一歩として2018年4月に岡山県倉敷市でスタートしたのが、放課後等デイサービス「ホハル」です。滝沢さんは代表を務めていますが、立ち上げたのは滝沢さん一家です。長年学童保育職員として働かれてきた滝沢さんのお母さん、元小学校教師の弟さん、そして元居酒屋店主で今は用務員として世話役を買って出るお父さん。
「放課後等デイサービス」とは、放課後等の学校以外の時間に、子どもの発達を支援するためのサービスのこと。子どもの社会性や生活力を高めるための支援を提供します。障害者手帳、または受給者証があることを条件に、6歳から18歳までの子どもが通うことができます。
ホハルは、子どもが本来持っている「すすむ気持ち」を大切にしています。自信を持って、前に進む力が育つよう、船に帆を張る「ホハル」と名付けられました。
現在、倉敷市内の真備地区と矢掛町の美川地区に拠点を構え、定員いっぱい計100名の子ども達が利用しています。
大切にしているのは、「あそび」と「まなび」を両立させることです。
子どもは勝手に学ぶんです。でも、学校の学びと自分が面白いと思っていることがなかなかつながらず、勉強が嫌になってしまう子も多い。だから、僕たちの役割はその接点を探してあげることだと考えています。
たとえば、学校の宿題。掛け算に興味がなく宿題をやろうとしない子には、その子が好きなことと組み合わせて、こんなオリジナルプリントを作っています。
子ども達が何かやりたいと思った時は、子ども自身が「イベント計画書」を作成します。いつ、どこで、誰と、何をしたいのか。かかる費用はいくらかも踏まえ、当日のスケジュールを組んで提出します。
提出した計画書を元に、他の子ども達も含めた予算会議で発表。みんなの賛同を得て、ようやく実行です。
イベント計画書を作るのは、プレゼンが上手くなって欲しいからではなく、自分を見つめて欲しいからです。計画書を見ながら、「どこへ行くの?」「何をするの?」「誰と行くの?」と深めながら、心から本人がやりたいことを一緒に探していきます。問われる中で諦めるならそれはそれで良い。本当にやりたいことではないと本人も気づきますからね。
自分の頭で考えるため、「なぜ」を繰り返し問う滝沢さんの姿勢は、スタッフとの関わりにおいても同じです。
スタッフに「どうすればいいですか?」と聞かれたら、逆に「どうしたらいいと思う?」と聞き返します。その上で、「自分がいいと思うことをやってみて」と。すると、ちゃんと失敗できるんです。
僕は子どもにも大人にも全く同じことを言っています。「失敗はしていい。でも、自分の意思を持たずに進まないで」って。
「何者か」を問うてたどり着いた、”気持ちいいの先生”
自分で考えることをとことん大切にする滝沢さん。そのきっかけは美大受験のために通った美術予備校での経験にあると言います。
予備校時代は、ひたすら「お前は何者だ?」「お前は何をしたい?」と問われました。中途半端だと、作品に昇華させることが難しいんです。ものをつくること、表現することを通じて、自分自身が何を言いたいのかを明らかにしていくトレーニングを積んだ体験は、人生の糧になっています。美術の道で僕が教わったように、子ども達やスタッフのやりたいことを引き出したいんです。
今の社会をぐるっと見渡してみても、自分が本当にやりたいことを知っている人は、大人でも少ない気がします。でもホハルに通う子ども達は、自分が何を好きで何をしたいのか、きちんと知っているような印象を受けました。その上で「やりたい」と口にしたり、身体で表す方法をちゃんと知っているのです。
それはきっと、滝沢さんをはじめとするホハルの大人が、日々のコミュニケーションの中で、一人ひとりの子どもをよく見て、何者かを問うているからだと思います。
僕は子ども達にもスタッフにも、その人にしかない“気持ちいい”ことを体験してほしいんです。僕が“気持ちいい”と表すのは、底抜けの達成感や充実感のこと。「これがやりたい!」と強く願って、計画して、やってみて、何度も失敗してから得られる体験です。
学校教育って、ともすると“ほどほど”とか“ちょっと良い”ことぐらいしか体験できないようになっているんです。だからみんな、自分が何者かわからなくなっちゃう。でも一度、底抜けの達成感や充実感を得ると、もっと、もっと快感を得たいってなるはず。それに“気持ちいい”は人から教えてもらうよりも自分で見つけた方が感動は大きいんです。そんな体験といいかたちで出会って欲しいなって。
そこに、大人も子どもも、障害のあるなしも関係ありません。
ホハルに限らず、アートプロジェクトでさまざまな人と関わってきた僕の経験では、障害のある人の方が“気持ちいい”の直感力があるような気がします。その姿を見て僕自身も学ぶことが多いから、ホハルで”気持ちいいの先生”をしているのかもしれません。
予定調和ではない環境が工夫を生む。ホハルに来れば、結構楽しい
開設から丸3年が経とうとしているホハル。
今では、多くの親御さんから、「ホハルに通わせたい」と声が届くようになりました。そうした声に嬉しさを感じながら、滝沢さんはホハルの活動を徐々に外へ向けて開き始めています。
障害のある人もない人も、大人も子どもも。ただ、一緒に居る。そんな社会をつくるための、次のステップ。それが、仕事をつくる事業の準備です。
多様な人がいる集団にするためには、多様な職能が集まれる環境であることが重要です。そのために、まずは僕達の会社の事業も多様であった方がいいと思うようになりました。
滝沢さんが会社として次に取り組みたいと考えているのが、ホハルの卒業生も一緒に取り組めるような、農業や狩猟、工芸に関わる仕事です。
暮らしに根ざした仕事づくりをに取り組もうとする背景には、2018年夏に起こった50年に一度と言われる西日本豪雨の経験があります。
最初に障害は環境が生むと言いましたけど、西日本豪雨が起こるまで、僕は環境を〈人〉と〈社会〉で考えていたんです。〈自然〉のことは忘れていました。だから豪雨災害を経験してから山側の美川地区にふたつめのホハルをつくり、現在は福祉避難所計画もつくっています。
もしライフラインを断たれても、ホハルに通う子どもやその家族が最低限生きていくノウハウを持っていたら、切り離されてもやっていけるかなって。だから農作物を育てたり狩猟をしたり、生活用品をつくったりすることを、子ども達と一緒に僕も学んでいきたいんです。
いざという時生き抜く力は、誰もが持っていたいものです。
人と社会と自然の環境を心地よくできれば、それぞれが生きていく上での障害はなくなっていくんじゃないのかな。僕は本気でそう思っています。
最後に、福祉の仕事に関心があったり、ホハルのような現場で働きたいと思う人へのメッセージを伺いました。
世の中にない仕事をつくりたい人、楽しく生きたいけどなんだか面白くないなって思っている人は、ぜひホハルに来て欲しいですね。ホハルに来れば、結構楽しいですよ。
豊かなアイデアやワクワクした気持ちに満ちた仕事に必要なのは、アイデアと工夫です。それを生み出すのは予定調和ではない環境。ホハルでの毎日は、日々予想外のことが起きます。それが僕はとっても楽しいし、ぜひいろいろな人に経験して欲しい。
ホハルの子ども達と遊び、会話をしたのは、放課後のたった数時間。しかし、わずかな時間のうちに、「宿題をわかるまで取り組む根気強さを持つ子」、「自作のキャッチャーミットを身につけて遊ぶ野球少年」、「ラップでの感情表現が得意なエンターテイナー」など、一人ひとりが何を好きで、どんな個性を持っているのか、自然と感じ取っている自分がいました。
そうした子ども達の姿は、“気持ちいい”ことを体験してほしいと話す滝沢さんの関わりや、「なぜ?」を問うホハルの環境から育まれているのでしょう。
いずれはホハルから旅立っていく子ども達。「自分が何者か」を知っている子ども達がどのような大人に育ち、社会との接点を持っていくのか今から楽しみです。
Profile
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ホハル
放課後等デイサービス
岡山県の放課後等デイサービス。ホハルは、子どもが本来持っている、「すすむ気持ち」を大切にしています。自信を持って前に進む力が育つように、船に帆を張る「ホハル」という名前をつけました。勉強がきらい、友達とケンカばかりしてしまう。個性の強い子は自信を失うことも多いかもしれません。でも、子どもは経験から育ちます。良い経験、楽しい経験から、子どもは学びます。むずかしいと思われている子どもほど、楽しい経験をしなければいけません。ホハルでは、大人がすべてを決めるのではなく、子どもたちと一緒に決めることを大切にしています。たくさん話し合う。仲間ができる。ホハルではその時間を一番大切にしています。
Profile
- ライター:北川由依
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「いかしあうつながりがあふれる幸せな社会」を目指すWebマガジン「greenz.jp」や京都で暮らしたい人を応援する「京都移住計画」などで、執筆と編集をしています。京都を拠点に全国各地の人(法人)や場を訪ねがら、人とまちの関わりを編む日々。イチジクとカフェラテが大好きです。
この記事の連載Series
連載:福祉のしごとにん ― 働く人のまなざし・創造性をたずねて
- vol. 082024.09.18アートの力を借りて福祉を開くとは?NPO法人リベルテ 武捨和貴さんをたずねて
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