目の前にいる人を大切しながら、ここにいない人へのまなざしを忘れない。社会福祉法人〈ライフの学校〉 村松直美さん・菅原篤人さんの仕事 福祉のしごとにん ― 働く人のまなざし・創造性をたずねて vol.02
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「老人ホームかあ……そういえば行ったことないな」
「中学生のとき、夏休みの宿題の介護体験で一回だけ入ったことある」
自分の祖母が通っていたデイサービスのことや、取材で訪れた福祉施設のことを周囲の友人に話すと、そんなリアクションがしばしば返ってくる。
なかには、家族が老人ホームに入居していた経験があったり、実際にいま施設を利用しているという人もいる。けれど、多くの若い世代にとって、福祉施設は接点のない場所になりがちなのだな、ということをそのたびに痛感する。
もちろん、福祉施設になじみがない、ということ自体は悪いわけではない。福祉施設は主に利用者とその家族のための場所であり、家族や親しい人に介護・介助を必要としている人がいない限り、その輪のなかに自分から入っていこうとするのはたぶん、難しいはずだ。
だからこそ、社会福祉法人「ライフの学校」の理事長・田中伸弥さんにお話を聞いたときはとても驚いた。田中さんの運営するライフの学校は宮城県仙台市で特別養護老人ホームをはじめとする複数の施設を展開しており、そのすべてに共通するコンセプトとして、“福祉施設を地域にひらいていく”ことを掲げている。
「『えっ、誰あの人?』と思うような人が、ごく自然にそこに居られる環境」が施設にとっての理想だと語る田中さんの言葉を聞いて、実際にライフの学校に滞在し、一緒に時間を過ごしてみたくなった。
福祉施設や福祉サービスの現場で働く人に焦点を当てたインタビューシリーズ「福祉のしごとにん」。今回は、そんなライフの学校の拠点のひとつである仙台市の「萩の風キャンパス」を訪れ、現場で実際に働く村松直美さんと施設長の菅原篤人さんにお話を伺った。
「施設に入ったら人生がそこだけで完結してしまう、というのは不自然」──運営企画室 村松直美さん
ライフの学校では、地域の子どもたちが気軽に施設に立ち寄り、パートナー(施設の利用者)とともに時間を過ごすことのできるイベントや、施設内で暮らすパートナーの人生を、取材を通じて振り返る「ライフストーリー学」といったイベントを日々開催している。
これらを企画しているのが、法人内の一部署である「運営企画室」だ。村松さんは、2021年4月から、運営企画室のコミュニティマネージャー兼生活相談員を務めている。
ライフの学校では、毎週土曜日に何かしらのイベントを開催しているんです。運営企画室は主にその企画・運営を担っていて、現状では、現場スタッフの2割ほどが兼務で運営企画室に携わっています。
「〇〇さん、そういえば町内会の餅つきを毎年主導されていたらしいよ」といった話を起点に企画を考えることが多いですね。そこから、イベントの先生役を務めてくれそうな方や、「ライフストーリー学」で聞き書きをさせていただく方を見つけています。
もちろん、すべての方が人前でお話をしたり、なにかを披露したりすることが好きというわけではありません。たとえば、「餃子をつくるのが好きだけど、あまりこのレシピはいろんな人には教えたくなくて……」という方もなかにはいらっしゃいます。そういうときは、フロアやユニットといった小さな単位で企画をすることもあります。
私たち「こここ」チームが萩の風キャンパスを訪問した10月末の土曜日には、「竹灯籠づくり」イベントが開催されていた。
先生は、定年後にはじめた竹細工の腕を活かし、小学校で竹とんぼづくりのボランティアなども長年されていたというパートナー・庄子さん。
地域の小中学生や近隣の方々、パートナーの家族などが集まり、和気あいあいと竹を加工しては施設の庭に並べていく。
夕方、日が落ちる頃には竹灯籠にキャンドルの火が灯され、幻想的な光景が広がった。竹垣のない庭の様子は施設の外からも見えるので、たまたま通りかかった近隣の方が足をとめたり、「綺麗ねえ」とスタッフに声をかけたりしているのがとても印象的だった。
村松さんは、地域の人々と共に過ごせるイベントを企画する意義をこう語る。
やっぱり、「施設」ってどうしても「施設」じゃないですか。私もたぶん、こういう仕事をしていなければ、用事もなく福祉施設に入ることはなかったと思うんですね。
うちには施設のなかに誰でも入ることのできる駄菓子屋があったり、庭でヤギを2頭飼っていたりするんですが、そういう触れ合いのきっかけがなければ、もしかしたら一生足を踏み入れることがないという人もいるかもしれない。
でも本来、施設と社会との接点が閉ざされ、施設に入ると、その人の人生がそこだけで完結してしまうというのは不自然だと思うんです。
ライフの学校では、子どもたちがふらっと施設に入ってきてゲームをしていることもありますし、コロナ禍でないときには、パートナーが地域のお祭りに参加するのに外出する、というようなことが日常的におこなわれていました。
誰にとっても施設への出入りに抵抗感がなく、施設がごく自然にこの地域のなかにあるという状態が理想だと思うんです。もちろん入り口はそこだけではないけれど、運営企画室のイベントがその一端を担うことができればいいな、と思っています。
さらに企画の際には、地域の人々を巻き込むこと以外にも、パートナー一人ひとりの個性や特技にスポットを当てる、ということを意識していると村松さんは言う。
竹細工の先生の庄子さんもそうですが、パートナーのなかには裁縫が趣味だったり、料理が上手だったり、さまざまな特技を持った方々がいます。歳を重ねた方に対して、どうしても「こちらからなにかを提供すべき」「支援すべき」という考えになってしまいがちなのですが、そればっかりじゃないよね、と思うんです。
むしろ、私たちが教えてもらえることだってたくさんある。ライフストーリー学を筆頭に、プログラムに関してはその点は意識していますね。私たちスタッフはもちろん、地域の子どもたちなど、ふだんは高齢の方とあまり触れ合う機会のない人たちにとっても、なにかを学べる場になるといいと思って企画を考えています。
目の前に見えているものだけでなく、その背景にも目を配ることが必要──施設長 菅原篤人さん
村松さんに続き、ライフの学校の施設長を務める菅原さんにもお話を伺った。施設長の仕事は、「パートナーは勿論、スタッフ一人ひとりも楽しいと思って働けるような環境をつくること」だと菅原さんはいう。
ユニットやフロア単位で仕事をしていると、どうしても視野がその狭い部分だけに留まってしまうことがある。そうなると、より助けを必要としている人に目を向けられなくなってしまう可能性があると思うんですね。
施設で生活している方というのは、なにかしらの困難があって、「助けて」と声をあげることができた方だと思うんです。
もちろん、そういった目の前の方々の支援を精いっぱいするというのがこの仕事の基本的なところではあるんですが、福祉の専門職としては、自分たちにつながっていない人たちにも目を向けるという視点が必要なんじゃないかと思っています。
だから私の仕事の中心は、その視点をスタッフみんなに持ってもらうための働きかけだと考えているんです。
菅原さんは、目の前の人が必要としていることがなにかを紐解くためにも、視野が狭くなりすぎないことが大切だという。
私は相談員の仕事に10年以上携わってきました。その中で「家で介護をするのが限界になってきたので、祖母を特別養護老人ホームに入れたいです」というような相談が多くあるんですね。
でも、そのお婆さんは住み慣れた家でもうすこし暮らしたいと思っている。なぜそれが難しくなっているのか、詳しくお話を聞いてみると、ご家族に障害のあるお子さんがいて、相談してくださった人が、どちらのサポートも主に担っていることがわかって。
その方の負担を減らすためになにができるのか、お婆さん、お子さんは、それぞれどういう願いがあるのか。お婆さんの話だけではわからなかった課題やアプローチ方法が見えてくる場合もあるんです。
たとえばお子さんを支援することで、できるならみんなで一緒に暮らしたいというご家族の願いを叶えられるかもしれない。視野が狭かったり、目の前の見えていることだけに目を向けているとなかなか紐解けないと思うんです。
他者からのケアやサポートが必要であっても現状では、うまくつながることができていない、“まだ見ぬ人”にまで目を配るのは、とても難しいことだと思う。菅原さんがその視点を育んだ背景には、自分自身の体験と、周囲の人々の声があったという。
私自身、家族に障害のある人がいて、ほかの家族がなかなか周囲に助けを求められず、本当に大変そうにしているのを見て育ってきました。周りに「助けて」と言えたらもうすこし生活が楽になるはずなのに、とずっと思っていた。それが、私が福祉に携わるなかで大切にしていることの原点になっているのかもしれません。
やっぱり周囲の人たちの話を聞いていても、パートナーやそのご家族に限らず、スタッフもみんないろいろな課題を抱えながら暮らしているんだなぁ、と感じます。それを誰かに話すことができる環境があると、すこし楽になれたり、なんらかの道筋が見えてくるはず。だからこそ、その相手にできるだけなりたいと思って仕事をしていますね。
本当に大変な課題を抱えている人って、それを誰にも話せずに抱え込んでしまい、最終的にはその課題が自分ひとりでは解決できないくらいに複雑化してしまいがちです。
その前に誰かのちょっとしたアドバイスがあったら、課題がそこまで複雑にならないうちに解決できる可能性もある。だから、支援を必要としている人にはできるだけ早い段階で出会いたいと思っています。
とくに高齢の方の場合は、さまざまな課題が複雑に絡み合っているケースが多く、ひとつ解決したところで生活自体はなんら変わらない、ということも少なくありません。
高齢の方にとっては本当に1日1日が貴重な時間ですから、その貴重な時間を一人で悩み続けて生活するのって、自分だったら嫌だなって思います。だからこそ、スピード感を意識した上で、自分にはなにができるだろうと常に考えていますね。
もちろん、すべてをひとりで担うことは難しい。けれど、自分の視野を広く保とうと意識してさえいれば、手伝おうとする仲間も増えていき、結果的にさまざまな人の目がつながって、大きな視野になっていくと菅原さんは考えている。
ひとりでやれること、そして施設や法人でやれることには、どうしても限りがあります。けれど、協力しようとしてくれる人たちはたしかにいますから、その人たちと太い絆を結ぶことが施設長や管理者のような立場には必要ですよね。
たとえばここの施設に限らず、ほかのところとつながることで助けられる、という人もいるでしょうし。そのためには、みんなでチームを組み、視野に入らない人をできるだけつくらないということが大切なのだと思います。
菅原さんは施設長として、スタッフが働きやすくなるための環境づくりはもちろん、住む場所を確保することが困難な方に対する居住支援事業の責任者も務めている。
施設内外の人々に対して広くケアやサポートを提供し、福祉の仕事の意義に関しては言葉を丁寧に選びながら熱心に語ってくれた菅原さんだが、「これまでに印象的だったパートナーやスタッフとの関わりはありますか?」と私たちが尋ねると、じっと考え込んだ。
パートナーにもそのご家族にも、そしてスタッフにも、この関わり方はよくなかったな、と思うことは本当にたくさんあって……いっぱい失敗もしているし、迷惑もかけているんです。
いいことって思い出そうとしてもあんまり出てこなくて、逆に、失敗したと感じることだけは絶対に覚えているんですよね。同じことはできるだけ繰り返したくないので。
もちろん、パートナーに言われて覚えているいい言葉はたくさんあるんですが、実際に本気で目の前のパートナーに向き合って頑張っているのは現場スタッフじゃないですか。だからこういう取材でも、本当は私が言うようなことじゃない、って気持ちがあるんですよね。スタッフに申し訳ないんです。
それでも、「あんたがいるからここに来ているんだよ」とパートナーに言われたときは本当にうれしかった──と、菅原さんは控えめに付け加えてくれた。
福祉施設が地域に「なじんでいる」ということ
ライフの学校には、2日間滞在した。わずかな取材の時間のあいだに、施設内の駄菓子屋に元気よく入ってくる近隣の子どもたちや、竹灯籠づくりを年配のパートナーから楽しそうに教わる中学生、垣根のない庭を犬を散歩させながら横切っていく人々など、まるでそこに“福祉施設”があることを意識していないかのように、ごく自然に施設と交差する人たちを何度も目にした。
子どもの頃から地域にこんな場があったら、老いや介護、看取りといったリアルな側面も含めて、福祉施設に対して具体的かつ前向きなイメージをもつことがきっとできるはずだと思った。
お話を伺うなかで、村松さんにも菅原さんも、介護を必要としている目の前の人はもちろんとして、“いまはまだここにいない人”への視点を持っていることがとても印象的だった。
いずれ福祉を必要とするかもしれない人たちや、いますでに必要としながらも福祉につながることができていない人たちにも、スタッフが常に視線を注ごうとしている。
ここでなら、型にはまらないことや自分の好きなことをしようとしても、だれかが見ていてくれるはずだというのびのびとした安心感があった。そして、それこそがライフの学校が掲げる“ひらかれた”福祉の場なのだと感じた。
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・祉施設が学びあいの拠点になることで育まれるものとは?ライフの学校・田中伸弥さん:記事はこちら
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- ライター:生湯葉シホ
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1992年生まれ、東京在住。フリーランスのライター/エッセイストとして、おもにWebで文章を書いています。Twitter:@chiffon_06
この記事の連載Series
連載:福祉のしごとにん ― 働く人のまなざし・創造性をたずねて
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