福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】インタビューに答えるかわはらさん【写真】インタビューに答えるかわはらさん

環境設計から見直し「わたしが居たい」と思える介護施設を。株式会社ゆず・川原奨二さんのまなざし 福祉のしごとにん ― 働く人のまなざし・創造性をたずねて vol.05

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「介護」という言葉について、日頃、遠く感じてしまう自分がいる。

祖父が癌になったとき、パートナーのお父さんが倒れたとき。今までの人生で「介護」が身近になったのは、どちらも「自分の大切な人が当事者になったとき」だった。

そしてこれは私だけではなく、きっと、多くの人に当てはまることなのではないだろうか。自分自身が歳を取ったり、大切な人に介護が必要になって、はじめて「介護」について考える機会を得る。

ほとんどすべての人にとって、いつかは必ず必要になること。なのに世の中には、「介護」に触れ、想像できる機会があまりにも少ない。

「介護が遠い。それが、人々が介護に対して持つイメージが画一的になってしまう理由だと思います」

まさにそのことに課題感を持ち、福祉・介護領域でさまざまな取り組みを続けるのが、株式会社ゆずの代表、川原奨二さんだ。

多数の介護施設を運営するほか、「尾道のおばあちゃんとわたくしホテル」という、介護施設に隣接したホテルを作ったり、「みそのっこ」という、学生のシェアハウスと高齢者の暮らしが一体化した住居を作ったり……。

介護業界が、もっと身近に感じられ、多様な在り方であふれるように。何歳になっても、いきいきと個性を大切にしながら生きられる場所が増えるように。そんな思いで活動されている川原さんに、介護に対する考えや、現在の取り組みについてお話を伺った。

「自分や友人が、心から入りたいと思える施設をつくりたい」

川原さんは、20年以上前から介護の仕事を生業としてきた。この職に就こうと思ったのは、高齢化が進む日本において、介護職の必要性を感じたことがきっかけだ。

高校を卒業してから資格を取得し、介護施設で働いていた川原さんは、当初「いいケアができていれば、利用してくれる高齢の方々はハッピーだろう」と考えていたという。

専門職として、利用者と向き合って、傾聴して、一人ひとりがやりたいことをサポートする。個別のケアができていればそれでいいと思っていたんです。

【写真】インタビューに答えるかわはらさん

その考えを持ちながら、2014年には起業して、自身の施設も運営していた。でもある時、「本当にそれだけでいいんだろうか?」と考える出来事が、川原さんの身に降りかかる。

友人が、癌になって。「最期はおまえのとこでお願いするわ」と言われたとき、友人が満足できる場所が自分の施設の中にはないと思ったんですよね。そして友人のその言葉を聞いたあと、自分自身が入りたい施設はあるだろうかと考えました。そしたら、なかったんですよ。「もし自分に介護が必要になったら」という設定が今までなかったことに気づいたんです。

自分自身や友人が、心から入りたいと思う施設。それはどんなものなのか聞いてみると、「施設じゃないところですね」という答えが返ってきた。

その人の個性や尊厳が失われないような、家のようにふつうに暮らせる場所を作りたいです。今の介護施設って、建物の感じやそこでの日常などが、とても画一的じゃないですか。昔、ダンディで大人として尊敬していた人が、施設に入ったとたんにすごく小さく見えてしまったことがあって。だからそうならないような、「施設に入る」という言葉が似合わない場所を作りたいですね。

これまでの暮らしをふまえ、個性を大切にすること。老いていくことをみんなで楽しめること。「わたし」が居たい場所をつくること。それを働き手一人ひとりが利用者と向き合うことだけで実現するのではなく、建築などハードの環境設計の部分から見直し、実践していく──。

川原さんの中で、明確な方向性が見つかった瞬間だった。

介護を「ひとくくりにしない」ために

人々が思い描く「介護」や「老人ホーム」は、たしかに画一的かもしれない。白い空間。車椅子に乗ったおじいちゃん、おばあちゃん。身の回りのお世話をしてもらって決して無理せず過ごす、日々の生活。

このように、介護に対するイメージが「ひとくくり」になってしまう理由について、川原さんは「生活と遠すぎるから」だと言う。スーパーや病院など、普段の生活の中で接点がある場所はイメージしやすいが、介護は実際に歳を取ってみないとわからない。行きたいデイサービスを普段から考える人は少ないだろう。

でも海外では違うんです、と川原さんは続ける。

リサーチで北欧に行った時、驚きました。介護施設にアート部みたいなものがあったりするんです。かっこいいねとその町で暮らす若者たちに言ったら、「そりゃあ、自分たちが将来入る施設はかっこよくあってほしいからね」とか平気で言うんですよ。海外は税金の使い道に対してとても敏感だけど、日本は、まだまだそこに対する意識が低い。想像力がもっと必要だなと思います。

【写真】インタビューに答えるかわはらさん

だからこそ川原さんは、「尾道のおばあちゃんとわたくしホテル」や「みそのっこ」など、介護や福祉と人々を近づけるための取り組みをしているのだ。

ホテルに訪れると、ふと介護について考えてしまう。学生生活を、おじいちゃん、おばあちゃんと共に送ることで、介護がぐんと近くなる……。

介護──つまり、自分の未来を想像する機会を増やす。そうすることで想像力が生まれ、その力が具体を産み、多様な形が生まれていく。川原さんが作っているのは「施設」だが、同時に想像力を産むための「枠組み」なのかもしれない。

「愛情表現ができる」が裏テーマの介護施設

実際に「尾道のおばあちゃんとわたくしホテル」に宿泊させてもらい、そのあと隣にある介護施設「ゆずっこホームみなり」を見学させていただいた。 たしかに「ゆずっこホームみなり」は、私の持っていたイメージの介護施設とは、まったく違っていて驚いた。 高い天井、多様な植物で彩られたお庭……。一人でもくもくとテレビを見る人も、みんなで楽しんでおしゃべりする人も、散歩を楽しむ人もいる。

【写真】一人の利用者がソファに座り、テレビを眺めている
【写真】庭の通路で花を眺めている利用者

施設内で多様な人々がのびのび過ごせるような空間は、具体的にはどうやってつくっているのだろうか。

設計は、「感情環境デザイン」という考えのもとに進めています。暮らしの中で、感情がたくさん生まれるような環境にしたい。感情環境デザイナーの杉本聡恵さん、ことばの作家である村上美香さん、ゼロからグランドデザインを統括された内海慎一さん、店舗や住宅設計を得意とするハンクラデザイン・福間優子建築設計事務所など、多方面のプロに集まっていただき、チームで話し合いながら作っています。

中でも杉本さんは、建築業界と福祉業界の「翻訳家」のような存在なのだという。

介護が必要な人々の暮らしでは、専門家にしか気づけないような、細かな気遣いにあふれた設計が必要となる。一方で、建築業界にもセオリーは存在する。だから、その両方の知見をもつ杉本さんがチームに入り、双方の業界の翻訳をすることで、より精度高くたくさんの人にとっての「居場所」となりえる場所を作ることができるのだ。

施設を作るにあたって川原さんから杉本さんに具体的にオーダーしたのは、「死角を多くしてほしい」ということくらい。介護施設は、「パッと見渡せると何かあった時にすぐ駆けつけられるから」など、提供者本位で設計されることが多いけれど、そうはしたくなかったのだという。

杉本さんにも、環境デザインについての話を聞いてみた。

感情環境デザイナーの杉本聡恵さん

杉本さん:ふと窓を見上げたくなるような導線、誰にも気兼ねすることなく相談できるスペース、ふとした問いかける言葉など、日々の感情を大切にするような仕掛けをたくさん用意しています。

【写真】白いパネルに「昔、デートした、尾道のひみつの場所をおしえて」と書かれている
敷地内にさまざまな問いかけが置かれている
窓から光がよく入る。視線の先には木々が伸びていて、思わず見上げてしまう

杉本さん:特に「座る場所」の多さは、それぞれの「居場所」につながっていると思いますね。止まることによって、通りかかる人と交流が生まれたり、思いに耽ったり、集団からちょっとエスケープしたりと、いろんな効能がありますから。あとは、座る場所が見えると、そこまで歩いてみようかなというポジティブな感情も生まれるんです。

さらに、杉本さんが環境デザインを考えるときに立てた「ゆずっこホームみなり」の裏コンセプトの一つは、「愛情表現ができる介護施設」なのだという。設計には、何歳になっても恋のときめきを忘れなくて済むような場所であってほしいという願いが込められている。

杉本さん:恋愛と老人ホームは結びつかないかもしれないけれど、私はどんどんしてほしい。タブー視されていることこそ、生きるってことじゃないの?と思うんです。

そう笑う杉本さん。川原さんもこう続けた。

川原さん:施設に入ったとたんに、タバコが吸えなくなる。お酒が飲めなくなる。買い物にいけなくなる。外食できなくなる……。こんなとぼけたことなんてありえないじゃないですか。

「施設に入る」という、ひとくくりになっている概念を、少しずつ本気で変えようとしている。そんな彼らの気持ちが伝わってきた。

組織としても、いろんな人の居場所でありたい。

「いろんな人の居場所でありたい」。

川原さんにとってそれは、組織づくりにおいても同じ考えだ。具体的に話を聞いてみると、採用についての話になった。

川原さん:先日、新しい施設の採用募集があって、70人がエントリーしてくれて35人を採用したんですよ。でもこれは、残りの35人を僕が落としたわけじゃなくて、内情などを話して35人がうちを選んでくれただけなんです。僕は、働けそうな人は全員雇っちゃうというスタンス。だから一年未満の離職率がめちゃくちゃ高いんですよね……(笑)。

【写真】インタビューに答えるかわはらさん

川原さんがこのように「明確な採用基準を設けない」理由は、介護施設によくありがちな「エリート志向」に疑問を感じるからなのだという。

川原さん:介護施設って、一定のスキルがないと雇わない事業所が多いんですよね。けれど、それだと一部の人しかマッチしなくなってしまう。前の職場で僕を雇ってくれたことは奇跡です。でもその奇跡のおかげで、僕みたいな人間でも頑張れている。だからこそ、僕も可能性がある人はどんどん雇いたいと思っています。

「1」のスキルを持つ人を3人雇って「3」の力を出すのではなく、凸凹のスキルが集まり、補い合って3の力になればいい。それが川原さんの考え方だ。

そもそも「スキル」とは、一定のものさしでしかない。長時間仕事ができなくても祝日にも働いてくれるとか、ある一定の仕事だけにおいては誰にも負けないようなパワーがあるとか。人の価値は、ひとつのものさしでは測りきれないのだ。

だから仕事も「全員が同じ仕事を回す」という当番制ではなく、それぞれが、得意な仕事を任せあっているのだという。

さらには、川原さん自身が生粋の「多動」だそう。ひとつの場所に居続けることができないし、いろんなところに逃げ場がほしい。だから働くスタッフも、いろんな配置交換ができるように、会社の特徴が「小規模事業所」の「多店舗展開」なのだそう。

川原さんが掲げている会社のフィロソフィーに「フリースタイル」という言葉があるが、利用者にも、職員にとっても、まさに「フリースタイル」。それが、スタッフにとっての居場所にもつながっているのである。

カオス、失敗は当たり前。介護の多様な未来は、「フリースタイル」から。

川原さん:現場は常に混乱しています(笑)。人はやめるし、入ってくるし、新しい施設はできるし。大なり小なりの混乱期が定期的なサイクルで起きている。でも、その混乱にちゃんと向き合っていくと、いいチームができあがると思うんですよね。手をかけた人がやめてしまったとしても、やめたのは何が背景なのかを考えて、どんどん生かすようにしています。

川原さんは、混乱するのは当たり前だという。いろんな人が居てもいい居場所に、困難はつきものだ。この話を聞いていた杉本さんが、言葉を挟む。

杉本さん:川原さんの「ありのままを受け入れる」という姿勢が本当に好きです。大失敗ばかり、それでもいいって言ってくれるから、いいとこを見せなきゃ、こうあらねば、と思わなくて済む。それが、利用者の方やスタッフの安心につながっているんだと思います。

居てもいい場所。一人ひとりの個性や暮らしを大切にする場所。

川原さんの持つ想像力とフリースタイルは、きっと「介護」の多様な未来を作り出してくれるに違いない。

私は、どんな老後を過ごしたいのだろうか──。川原さんの話を聞いて、私自身の「介護」に対する認識も、少しだけ変わったことを感じたのだった。

【写真】インタビューに答えるかわはさん、ほほえんでいる

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