福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】インタビューに答えるむしゃさん【写真】インタビューに答えるむしゃさん

アートの力を借りて福祉を開くとは?NPO法人リベルテ 武捨和貴さんをたずねて 福祉のしごとにん ― 働く人のまなざし・創造性をたずねて vol.08

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絵を描いたり、ものを作るのが好きな人、またはアートを鑑賞するのが好きだという人の中には、自分が好きなことと、社会の接点を求めている人も多いのではないだろうか。かくいう私もアートに関わる仕事がしたくて、「アートと社会」の接点を探してイギリスに留学した経験がある。

だから〈NPO法人リベルテ〉(以下、リベルテ)代表の武捨和貴さんが「学生時代に“芸術と社会”という分野に関心を持っていた」と聞いて、武捨さんはどのようにその接点を見つけていったのだろうと気になった。

「アートが持つ不可思議な力を借りながら、福祉を開いていく試みを行っています」

現在自身の活動をそう言葉にするリベルテは長野県上田市で、2013年4月から活動を続ける福祉施設だ。障害のある人がアート活動を行うアトリエ「スタジオライト」を市内4箇所で展開している。

〈こここ〉では、この施設をたずね、設立趣旨にある「何気ない自由」を尊重し合える社会をつくるにはどうしたらいいか、という問いを携えてお話を伺った。

訪問記事:「何気ない自由」が尊重し合える社会をつくるには? 長野県上田市にある「リベルテ」をたずねて

リベルテをたずねて印象的だったことのひとつは、武捨さんの表現方法。日々の自身の体感を通して、活動の先に見えてきた言葉を、ぽんと場に置く。それは例えば「ちくわがうらがえる」や「路地の開き」、「未知との遭遇」など、まだ聞き覚えのない言葉たちだ。

スタッフやメンバーはその言葉を眺めながら、日々の活動で、発見をし、武捨さんの言葉の真意を理解していく。答えを与えるわけではなく、みんなが考えられる余地を残しながら、問いを手渡す。そんな武捨さんの在り方や道の示し方が、とても独特でアートへのまなざしを強く感じた。

武捨さんはどのように福祉の世界と出会い、どのようにアートと向き合いながら、リベルテの取り組みを行っているのだろう。学生時代のことから現在の活動まで、お話を伺った。

作品を作るより、人と関わることがしたい

武捨さんは長野県上田市の出身。高校を卒業後、京都造形芸術大学(現在の京都芸術大学)に進学した。工芸に関心があり、染色コースに進学するも、技術的なことを学ぶよりも、より自由度の高い創作に興味が湧く。ちょうどその頃に始めたのが、大学の図書館に併設されている「こども図書館」でのボランティアだった。

武捨和貴さん(以下、武捨):図書館で、子ども向けワークショップの登録ボランティアをしていました。折しも大学の中で、子どもと親の学びの場として「こども芸術大学」が立ち上がるタイミングで、自分はいくつかの理由もあって自主退学することを決めていたんですが、その準備室の手伝いを少しだけさせてもらったという感じです。

【写真】インタビューのこたえるむしゃさん
武捨和貴さん

ボランティアの中で、パフォーマンスアートを専門とする先生との出会いがあった。授業を見に行かせてもらったり、一緒に銭湯に行ったり、ときには切実な悩みを相談することもあったそう。

武捨:先生に「今作品を作ることよりも、何か人と関わる仕事がしたい」という話をすると「君のやりたいことは芸術と社会という分野だと思うから、文化・伝統的なものだけではなくて、ポップミュージックとかロック、ヒップホップなどの様々なカルチャーも学んだほうがいいかもしれない」と話してくれて。その頃考えていたことや先生にもらったアドバイスは、今の仕事につながっているように感じます。

創作を続けることへの悩みから、3年次に佛教大学の通信教育過程に編入。卒業後は地元である長野県上田市へ戻る。

地元へ戻った武捨さんが、福祉の道を歩み始めたのは、ひとりの作家の絵がきっかけだった。家族に教えてもらって訪れた、高齢者福祉施設が運営しているカフェのギャラリースペースで出会った絵に衝撃を受ける。

武捨:画用紙サイズに描かれた女性の肖像画と、仏像を描いたモノクロのパステル画が20点ぐらい壁に並んでいて、すごい迫力だったんです。キャプションを読んだら、風の工房って地元にある福祉施設で、春原喜美江さんという方が創作されていることがわかって。作家さんのお手伝いができたらいいな、という思いで風の工房を訪れました。

社会福祉法人かりがね福祉会が運営する風の工房でボランティアを始めた武捨さんは、そのまま就職。同僚から「春原さんの弟子に見える」と言われるほどに、近くで利用者の表現活動を支えるようになった。

【写真】リベルテのアトリエに置いてあったパレット。

落ち着いて創作に向き合える環境をつくりたかった

働き始めて2年ぐらい経つ頃に変化が訪れる。福祉制度の改変や、同僚が一度に複数人退職したことによって、武捨さんが風の工房を中心的な存在として引き継ぐことになった。同時に、内部の組織改編も余儀なくされた。

武捨:今までいたメンバー(利用者)がアート活動をする時間がなくなりかけたんです。10年以上続いていたメンバーの日常が支援者や制度の都合で変わるのは避けたかったので、これまでやってきたプログラムを残しながら、展覧会に出したり作品づくりの位置づけを法人や同僚に理解をもとめたりするなど、アート活動をする人たちの環境を具体的に見直しました。

より良い環境を模索する中で、障害のある人のアート活動に関わる福祉施設との出会いもあった。〈やまなみ工房〉施設長の山下完和さんには、手元にある工房の作品を見せながら、どう展開させたらよいかを相談していたという。

武捨:自分たちでギャラリーを回って、創作を発表する機会を作ることも、山下さんに教えてもらいました。地元で同じように悩んでるスタッフと一緒に、休みの日に大きい車を借りて、展示作品を持っていったりしましたね。

この持ち込みで、作品発表の機会を得ることができたり、発表機会の作り方やあり方をさらに模索することにつながっていったそう。

一方で組織の内部に対して、体制や予算について提言をするうちに、入職6年目には運営委員会に携わることになる。しかし、次第に自分のやりたい方向とは乖離していると感じるようになった。

武捨:法人のプロデューサーみたいな仕事をすることで、現場から離れざるを得なくて。僕がやりたいのは、メンバーと何かを作って外に出して行く、というディレクションの仕事なのですが、それは人に委ねていかなければいけない状況になりました。

かと言って、自分が運営委員から抜けてしまうと、創作してきた人の環境も変わってしまう可能性があったので葛藤がありましたね。

「管理」する立場になるにつれ、創作活動の現場が、制度設計に影響を受ける環境であることを身にしみて感じるようになっていったという武捨さん。大事にしたいものがあるからこそ、葛藤することも多かった。

武捨:その人が創作活動に十分に向かえるとか、支援者の都合で中断されたりしないとか。風の工房は障害が重複している方も比較的いたので、落ち着いて創作や自身の役割・活動に向き合える環境を整えることはケアの環境としても大事だなと思っていました。

退職をしたのは入職8年目の頃。後任としてアート専門で入ってもらうスタッフが採用できることになったのを機に、自分のやりたいことを地域の中でやってみようと一歩を踏み出した。

モラトリアムを過ごせる場所を街中に

風の工房を退職した武捨さんは、2013年4月にリベルテを立ち上げる。これまで福祉の現場でひとりひとりが創作に集中できる環境作りや、活動を外へ開いていくことに取り組んできた武捨さんは、今度は地域にどんな場を開きたいと思ったのだろう。

武捨:ひとつは、街中に面白い人が潜んでいると良いなということ。大学を卒業して地元に戻ってきたときに、絵を描く場所が自宅以外ほとんどないと気づいたんですよね。それで、絵を描く場所を街の中につくりたかった、というのがひとつです。

もうひとつは、働くことに緩やかに移行できる場をつくるということ。風の工房で働いていたときに出会ったソーシャルワーカーの人に「この先精神障害があって、仕事をすることも難しい人たちの居場所が必要になってくる」という話を聞きました。街中に、ただただ居ることができるとか、創作ができるとか、いわゆる「仕事」ではない価値観を大切にできる場所ってないなと思って、そういう場所を作る必要があるかもなと思いました。

すぐに就労を促すわけではなく、緩やかに、創作活動が仕事になっていく場所を作りたいと考えた武捨さん。社会に出て働く前の準備期間であるモラトリアムが、高校生や大学生にだけではなく大人にも必要だと感じていた。

武捨:いろんな人と出会って、自分がこういう人間なんだなとか、こういうことに弱さを感じるんだなとか、こういうことができるんだなとか、そういうことに気づける場所や時間は、自分にとっても必要だし、障害のある人たちにもきっと必要だろうなと思っていたんです。

「弱いアート」や「アートの不可思議な力」

2013年に設立したリベルテは、現在11年目を迎えている。障害のある人がアート活動を行う「スタジオライト」を市内4箇所で展開。メンバー(リベルテでは利用者のことをこう呼ぶ)のアート作品やグッズ、クッキーの販売、食堂の運営などを行うほか、年に一度アートプロジェクトを行い、活動を地域へ開いている。

リベルテが2023年に行ったマンスリーサポーター募集記事の中には、「個人が負う障害が地域の中でこそ解決すべく、起点となるよう、アートが持つ不可思議な力を借りながら、福祉を開いていく試みを行っています」とある。武捨さんはアートの力をどのように捉え、それをどのように活用しているのだろう。

武捨:「アートが持つ不可思議な力」を考えるときにいつも思い出すのが、メンバーのひとり、マーリンの絵です。それは落書きのような絵で、僕の似顔絵を描いてくれたものがあるのですが、頭の上から花みたいなものが出ているんです。その抜けている感じ。余白がありすぎて、本人に聞いてもたぶんわからないし、「何かだ」と言われたとしても納得できるものがない。涙するほど感動するわけではないけれど、なんだか惹かれてしまう。これはなんなんだろうってずっと思っていて。その絵のように不思議な花が頭の真ん中にポンと出てきてしまうものがアートの魅力かなと思っています。

「すごく不思議なんです」と武捨さんはしみじみと絵を思い出しながらその魅力を口にする。

障害のある人たちのアート作品においては、ボリュームがあることや、ものすごく細かく描くことなど、技術的な部分が評価されやすい。それはたしかに魅力を感じるポイントだけれど、それだけではないと思っていると武捨さんは話す。

武捨:マーリンの作品のような、ちょっとだけ自分を緩めてくれたり、目の前にある現実をちょっとほどいてくれたり、自分たちが「支援しなければ」って必死になっている表情を穏やかにしてくれたり。これがアートの力かなと捉えています。

それは、何かをなぎ倒していくようなパワーじゃなくて、何か包まれてくるようなパワーというか。僕はそのパワーを「弱いアート」や「アートの不可思議な力」と言い換えています。

ケアもアートも横にあること

リベルテでは2020年に展示会「ちくわがうらがえる」を実施。メンバーの作品やグッズの販売を会場となる古民家でしながら、メンバーが作った石膏粘土の昆虫を街歩きしながら探すイベントや、街中のカフェでの展示などを通して、街へ開かれた動きがあることも見せた。

2021年度からは、この展示会がアートプロジェクト「路地の開き」へと発展する。リベルテで行われている表現活動や、取り組みが行われている日常を地域に開放しようと、スタジオの庭を地域の人と一緒に作ることや、訪れた人が参加できる街歩きなどを年に一度のイベントとして開催するようになった。

【写真】まといを持って、上田の街中を練り歩く人々
イベントから生まれた街歩きに筆者も参加させてもらった

こうした展開にも、「弱いアート」や「アートの不可思議な力」をみつめて、試行錯誤したプロセスがあるのだろうか。

武捨:「ちくわがうらがえる」を経て、もう少し人が関わる余地がある、今いるメンバーが関われる可能性があるものを作る、ということを目指して「路地の開き」を始めました。

庭づくりに合わせてメンバーが創作する機会を作ったり、映像作品を使ったり、生まれてきたものを表現の一部に置いてみたり。アートプロジェクトとものづくりを並行させることで、「ものづくり」を中心に置くとこぼれてしまいやすいメンバーの取り組みや営みを表現できるとわかりました。そこは今すごく開かれたなという感覚がありますね。

リベルテでは、作品だけではなく、メンバーの営みや物語も表現としてすくいあげている。だからこそ武捨さんは、リベルテがアートのためにアートをする場所だということを否定する。

武捨:「リベルテは『ケア』するために作った場所じゃない」とスタッフには言っているんですけど、それは「アートする場所じゃない」と言っているのと同じなんです。そこを真ん中に置いちゃうと、固さが生まれるというか、風通しが悪くなってしまって。

ケアも横にあるし、アートも横にあって、自分たちの視点をちょっとずらすようなことをしている。メンバーにとっては風通しが良くて、居心地がいい、何やってもいいんだって思える場所であることがいいと思ってますね。

アトリエがあり、アート活動を中心にしているリベルテだが、アートは目的ではなく、視点をずらす手法であり力なのだろう。ではリベルテはどんな場所だろう、と考えたとき、こんなコミュニケーションがあったそう。

武捨:先日社内で研修をしたんですけど、リベルテを改めてどういう言葉でまとめたらいいかとなったときに2年目のスタッフが「漏れ出る自由」って言ってて、なるほどと思いました。自由をつくるんだ!というよりも、なんかもう漏れ出ちゃってる、これどうしよう、みたいなものが多いし、そういう感覚が好きだなって。

リベルテでは、何か新しく生み出すのではなく、すでにあって、ここに表出し、溢れているものに目を向けている。例えばそれは、落書きのように描かれた不可思議な絵を驚きを持ってみつめ、大切にするように。

最後に、武捨さん自身はアーティストだと思われることや、作品を作ることに関心があるのだろうかと問いを投げかけてみた。

武捨:自分が絵を描きたいとか、こういうのを作れたらいいなと思う瞬間はすごく多いんですけど、時間的なものもあってなかなかできていないところはあります。リベルテでやっていることをアーティストよりアーティスティックなことやってるよと評価してもらえることもありますね。

僕は自分のモチベーションを自分のために使うと、途端にきゅっとやろうとしていることや気持ちも小さくなっちゃうというか、うまくモチベーションが継続できなくて。人のため、というとちょっと違うのかもしれないんですけど、回路を開いて、僕を通して隣の人に行く、みたいな感じがあったほうが、モチベーションが継続できたり、集中力が増したりする感覚があるんです。

それから武捨さんは、自身が感じたことが「ちくわがうらがえる」「路地の開き」などの言葉になるプロセスを最近スタッフに開示する機会があり、はじめてわかってもらえたような気がしたのだと表情を和らげた。

リベルテでは、大きな「自由」の手前にある「何気ない自由」を大切にしていた。同じように、大きな衝撃を与えるわけではないけど、包みこんでくれる、日常をほぐしてくれるような「弱いアート」も、身の回りにあるはずの、うっかりすると見逃してしまいがちなものだ。そんな身の回りにあるささやかさに目を向け、共に在ろうとする、リベルテや武捨さんのまなざしにこそ、「芸術と社会」を結ぶうえで、大切な視点があるように感じた。


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