

施設じゃない“選択肢”を、まちの中に増やせたら。脳性麻痺のある娘、建築家、地域の仲間とつくったシェアハウス「はちくりはうす」 デザインのまなざし|日本デザイン振興会 vol.14
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「はちくりはうす」は、東京都目黒区にあるシェアハウス。駅から10分ほど閑静な住宅街を歩くと、4階建ての建物が見えてきます。
外から目につくのは1階のカフェですが、奥には障害のある人の自立支援を行うヘルパー派遣事業所とショートステイ(短期入所施設)が入居しています。そして階上に、障害のある人が暮らす部屋、その家族や関係者が住む部屋、さらに建物を使う人々の共用スペースなどがあります。

複数世帯が暮らすこの建物は、「脳性麻痺のある我が子に環境と人の繋がりを残したい」という施主の竹村眞紀さんの思いから、ご自身や娘さんを含む入居者たちが地域の方と「ご縁」を結ぶ場を目指して建てられました。従来のように障害のある人が施設に入って生活するのではなく、まちの人々と自然に混じり合って暮らせるインクルーシヴなシェアハウスになっているとして、2024年度のグッドデザイン金賞を受賞しています。
さまざまな人の交流が生まれ、福祉の新しい形を体現しているこの場所は、どのように作られ、育てられているのか。
オーナーの竹村さんと、このプロジェクトのために不動産取得から建築、その後の運用に至るまで全面的に伴走をしている設計事務所〈ブルースタジオ〉の大島芳彦さん、藥師寺将さんにお話を伺いました。

カフェ&福祉事業所の上の「シェアハウス」
―まず、それぞれのフロアの構成を教えてください。
大島 この図を見てもらうとわかるんですが、2階に障害のある人たちのシェアハウス、3階にその家族や関係者の賃貸住宅があります。それを挟んで、1階はコミュニティカフェと福祉事業所が、コモンルームと書いてある4階はシェアリビングとテラスがあります。

竹村 イラストだとプライベート(2、3階)とパブリック(1、4階)の空間を色分けしてもらっているんですが、実際にはあまりはっきり分かれていなくて、シェアハウスの共用スペースでみんなが交流したり、3階廊下のライブラリーで本を借りて1階で読んだりしています。私はここを一言で表現できない場所にしたかったんです。
大島 全体の基本コンセプトとしては、機能ごとの境界が曖昧で、用途によってあえてはっきりと分けていないところが特色とも言えます。一度各階を回ってみましょう。

竹村 1階の表側では、日替わりのオーナーがコミュニティカフェをやってくれています。月曜日は地域のママさんのランチとスイーツ、火曜日は台湾のビーガンフード屋さんです。今日は「犬みみカフェ」の日で、私の昔の仕事仲間や友人が、水曜日から日曜日まで担当しています。こちらは水・木曜日担当のミハルさんです。
ミハル こんにちは。
―お客さんは地元の方が多いですか?
ミハル そうですね、ご近所の方を中心に利用いただいています。今日の午前中は不登校のお子さんたちが編み物をしてゆったり過ごしたり、保護者さんたちも悩みを話し合ったりしていました。
竹村 やはりリアルで顔を合わせられる場は重要だと思います。自然に生まれる会話の中で、自分の口から出た言葉の大事さに自分で気付くこともありますし。
今日は不登校の子が集まっていましたが、そう聞くと、学校や家庭に問題があると考えがちですよね。だけど、逆にまったく問題がない家庭というのも気持ち悪いくらいで、誰でもそれぞれに問題を抱えています。一人の子がやっと落ち着いたと思ったら、別の子の、気づかれていなかった問題が出てきたりもします。ここは今、そうした人たちが話せる場にもなっているんです。


―カフェの奥は、福祉事業所が入居しているんですね。
竹村 ヘルパーさんの派遣やショートステイの運営をしているNPO法人さんです。昔話に出てくる「はち・くり・うす」が名前の由来だそうで、そこからシェアハウス全体の名前も「はちくりはうす」にさせてもらいました。

大島 2階は竹村さんの娘さんも含め、3人が暮らすシェアハウスです。壁に大きな窓を設置して、廊下とは完全に隔絶しないようにしています。
竹村 細長い作りになっていますが、まったく圧迫感は感じないんですよ。中に入ってみましょうか。

竹村 シェアハウスでは、車椅子を使う人のための2部屋を挟んで、お風呂を設けています。どちら側の部屋からでも入れますし、マットに乗ってそのままスムーズにお風呂へ移動できます。

藥師寺 お風呂を間に挟むのも竹村さんのアイデアです。
竹村 この2部屋とお風呂は、小上がりのように一段高くしました。福祉施設だとベッドの上で過ごすことが多いですが、それって本来の生活空間じゃないんじゃないかと思っていて。部屋の中でごろごろできるようにしたかったんです。
大島 むしろ部屋全体をベッドのような空間にするということですね。
藥師寺 いろいろな制限があって収納スペースが減ったぶん、畳の下には収納スペースを設けています。

―いろんなところに、くまのぬいぐるみをぶら下げているのはなぜですか。
竹村 自閉症のある入居者で、なかなか環境に慣れず壁に頭を打ち付けて自傷行為をしてしまう子がいました。なんとかしたいと思って、顔や体をぶつけやすいところにテディベアを置いたらうまくいったので、それからいろいろな場所に設置しています。

―実際に使ってみてわかることはありますよね。
竹村 そうなんです。問題が起きても、とにかく走りながら考えて修正していて。物の配置も対応もよく変更になるので、ヘルパーさんには「来るたびに違っててごめんね」と言っています。
―ヘルパーさんは入居者の方にそれぞれ付いているんですか?
竹村 個人ごとに契約していて、基本は1対1でケアをしています。ただ連携もしてもらっていますし、3人のヘルパーさんがいれば、災害時など1人に何かあっても残りの2人で対応が可能なので心強いです。井戸が近くにあることや、車椅子でも大丈夫なように浸水しない地域を選ぶなど、防災面でも工夫しています。
賃貸物件と図書スペースから、コモンスペース、屋上へ

竹村 3階は賃貸ですね。私と、他にも2階に入居しているお子さんの親が「はち」「くり」「うす」の3部屋に住んでいます。いずれ私を含め親が亡くなった場合も、子どもの関係者が入って、一緒に生活できるような環境になっています。
大島 将来的にはいろいろな変化を想定しているということですね。ご縁があった方が入居するという。
竹村 例えば、看護学校などに通う児童養護施設出身の学生が低価格で住めるといいな、と思っています。18歳で施設を退所したあと、しばらくは支援がありますが、ずっとは続かないので困ってしまう人が多いんです。そこで、状況に応じてヘルパーとして勤務していただきながら、安い家賃で住んでもらえるようにする。そういう仕組みがあることで、仲間や家族のような存在が増えるといいなって。

藥師寺 それから、ここは竹村さんの私設図書館です。
竹村 みんなに気になる本があったら見に来たり、ヘルパーさんにも自由に使っていいよと言ったりしています。
大島 ここもひとつの居場所であって、単なる通過動線ではないということですね。
―居心地がいいですし、こういう空間があることで、交流が生まれますね。最初に「境界が曖昧」とおっしゃっていた意味がよくわかります。

大島 全体として快適な空間になるよう環境性能はかなり重視しており、断熱は欧米並みの性能(等級6)で、通路と部屋、上下階の温度差も少なくなるよう設計しています。
藥師寺 実際、2階でもリビングの暖房を全然使っていないと聞いています。
大島 床はボイドスラブという中空の構造にしてあり、これは柱、壁をあまり作らず自由度の高い間取りにするためです。構造としての柱や壁が増えると将来の自由度が下がってしまうんです。
藥師寺 数十年後のリノベーションも視野に入れているんですよね。

竹村 ここが4階です。「はちくりBASE」という名前でコモンスペースになっています。福祉事業所がヘルパーさんの講習会を開いたり、障害のある子の親たちの会が開催されたりと、関係者であれば自由に使えるようにしています。
大島 あそこにトップライトがついていますよね。光を上から下まで通すことで、階段も単なる階移動のためだけの機能ではなく、全体をつなぐ大きな空間になります。普通はそこから廊下、ここから部屋と分かれるものですが、そういう雰囲気にしたくなかったので。
竹村 お昼すぎに、下からいい匂いが上がってきたねとか言っていると「ランチが残っていますよ」と声がかかるんです。
藥師寺 この建物は建築上の容積率をぎっちり使っていますが、この吹き抜けだけは唯一贅沢しているところなんですよ。

竹村 4階には屋上テラスもあります。
大島 「はちくりはうす」は、部屋の領域だけでなく、建物の外と中も境界がなく連続しています。だから、外もリビングのような場所にすることができる。季節が良いときは外で過ごしてもいいんです。

チームで実現させた、まち中の「インクルーシブな家」
―ひと通り見学させてもらって、やはりまずは人と人とが暮らす場所であることを大切にされていて、それを前提にした建築だということがよく理解できました。
竹村 うちの子は人が大好きで、彼女が仲間と離れて施設に入るということは考えられなかったんです。なんとかこのまちで一緒に暮らせる場所をと思い、ここを作りました。

大島 最初から「インクルーシブな生活環境」というテーマを竹村さんと共有して始まっています。境界がなく、誰もが同じように当たり前に暮らせる環境を作ろうっていう。そのひとつとして、今回は竹村さんとご家族が「どうありたいか」を伺いながら、みんなでその実現方法を考えていくというプロセスでした。
―去年のグッドデザイン賞の受賞イベントでも、今日のご案内でも、みなさん施主と建築会社という関係ではなく、全員がひとつのチームのような印象を受けました。
大島 〈ブルースタジオ〉としても、単に建築設計事務所としてお手伝いするのではなく、不動産の仲介や場所探しから始めた総力戦のプロジェクトでしたしね。どういう場所やまちであるかを話し合うのはもちろん、以前のご自宅の売却や資金繰り、事業計画まで竹村さんと一緒に取り組んだんです。そういった総合的なプロジェクトの組み立て自体が、暮らしをデザインするなかの重要な部分だと考えていました。

―福祉施設やバリアフリー設計の経験はあったんですか?
藥師寺 いえ、まったくなかったです。なので、設計途中で竹村さんにいろいろと教えてもらって、微調整したりもしました。
竹村 要望はその都度、細かく伝えさせてもらいました。建築の基準に引っかからない範囲で、本当のお家みたいにしてほしかったので。実際にここは「施設」ではなく「家」ですし、娘や私が暮らしやすいようにしてもらいました。
―こういう建物を作る構想は、いつ頃からあったんですか?
竹村 実は30年くらい「やるやる」って私が言い続けていて、最初はグループホームを考えていました。でも、20か所以上グループホームや施設を見学して思ったのが、もっとみんなにとって多様な選択肢が必要だということです。もちろんグループホームが合う人もいるけど、最初から「あなたは障害があるからここ」ではなく、一人暮らしだったりシェアハウスだったりと、いろんな選択肢がある社会にしていくことが大事だと思うようになりました。

「こんなことやりたい」の応援が福祉につながる
―設計を〈ブルースタジオ〉さんに依頼したのはどんなきっかけがあったのでしょうか?
竹村 大島さんたちが取り上げられたテレビ番組を見たんです。その時に「まちに開かれた建物は、使う人によって生きてくる」とおっしゃっているのを聞いて、ここにお願いしようと決めました。
大島 僕たちは建物を設計するときに、計画敷地の中だけで成立する暮らしの環境はないと考えているんです。このプロジェクトについても、最初は制度的な「福祉施設」の建築に携わった経験がないので難しいかと思いましたが、竹村さんの話を聞くとそういうことではないなと感じました。
誰かが誰かをケアする/されるということではなくて、人の関係が育ったり変化したりしていく場所を想定しているというのは、自分たちが普段考えていることそのものです。そうやってまちの人が参加するとか、居場所を見つけるとか、それぞれの人が役割を持てる環境を設計していくことって、実は「福祉的」な考え方なんじゃないかと。お互いの価値や存在を認め合い、意味を見出せることが、良い福祉につながるのだと思っています。

―他の入居者の方はどのように集まったんですか?
竹村 〈ブルースタジオ〉さんに連絡したあと、私が実現したいイメージをあちこちで話すうちに、“この指止まれ”方式で仲間が集まっていきました。以前は車椅子の人がショートステイに入れなかった〈はちくりうす〉さんは、車椅子の人も利用できるショートステイの構想を伝えたら、一緒に参加することになって……みたいな。
大島 〈はちくりうす〉さんだけじゃなく、1階の運用に関しても竹村さんのお友達の方に早い段階から関わってもらい、どうあるべきかを一緒に考えてきました。だから余計に、チーム感が醸成されているんじゃないかな。
藥師寺 建設にあたっての打ち合わせも、カフェをされたい方、住む人、そのご家族、相談支援員やヘルパーなどの関係者を含めて毎月行いましたね。いつも10〜20人がいて、100人規模の方が参加くださいました。

竹村 コロナ禍やウクライナ紛争で資材が高騰して、予算が厳しくなってしまったときも、いろんな方に相談して助けてもらいました。建築がなかなか始められなくて、草ぼうぼうになって近隣から苦情が来たら、みんなで必死に草を刈ったりもして。そうして、どんどん“この指止まれ”に参加する人が増えていきました。だから、私には足を向けて寝られない人が100人くらいいるんです。
―すごい巻き込み力です。提案が魅力的で楽しそうだから、みんな参加したくなったんでしょうね。
竹村 〈はちくりうす〉さんに話したときも、最初は「はぁ……」っていう感じだったんです。でも最後に「ワクワクすること一緒にやりませんか?」と誘ったら、みんなの表情が変わったんですよ。
今、ここに来た人はみんな生き生きしています。お店のお客さんにも、「このスペースでこういうことをやりたい」と言われたら「じゃあやろう」と後押ししていますし、最初は無理だと思っていても、みんなに話すことで実現していく。「やったもん勝ち」となっていて、どんどん面白いことが起きています。

大島 周りの人が応援してくれる雰囲気があるんですよね。一人ではできないことでも、みんなが後押ししてくれる感じがある。
竹村 福祉って「かわいそうな人を助ける」ということじゃなく、「それぞれの幸せを考える」ことだから。関わる方々にとっても、ここでは誰にも言ってなかった気持ちを表に出せることで、救われている部分があるんじゃないかと思うんです。
自分にとっての居場所が生まれるデザイン
―この建物は、竹村さんの娘さんをはじめとする具体的な人を念頭に、それぞれの願いを叶える形で設計されています。一方で、そこに閉じない汎用性も意識されているように感じますが、その辺りのバランスはどう考えたのでしょうか?
大島 要望を設計に落とし込むとき、用途を限定しすぎないことで、変化に対応できるようにしています。余白を残すことで、活用方法を自由に決められるんです。だから実際に、竹村さんが階段の周りを図書スペースに使ってくれたりしました。ギチギチに設計してたら、なかなかそういうことって起きないんです。
―使う人が、その都度自分ごととして関われるようになっているんですね。
大島 それは他のプロジェクトで設計をしている時も同じですね。あまり「こうあるべき」とピシッと決めてしまうと、その瞬間は気に入っていても、実際に生活しているうちに状況が変わってしまうことがある。自分なりに解釈ができる余地があるほうが愛着が湧くと思うので。
藥師寺 建築の構造の話もそうでしたけど、可変性が重要ですよね。

竹村 住み始めてから、ここは最適な大きさだなと感じています。人って「家族」として認識できる人数は限られると思っているんですが、この規模だとその家族感がすごくあるなと。あと、自由時間を共有できることによって、人間関係が育ちやすいスペースになっています。
藥師寺 今いる4階のリビングルームも外のテラスも、誰でも使えるようになっているんですよね。早くから竹村さんの頭の中では、3人がシェアして住める部屋があって、1階にカフェがあって、屋上があって、〈はちくりうす〉さんが入居する……という基本的な構想が決まっていました。ただ、東京都の条例や建築基準法などの制限もある。そこを都度相談しながら進めていました。
大島 ここをこうしたらこうなる……というパズルをずっとやってましたよね。
藥師寺 みさなんのご要望、床面積や建築としての制約に加えて、意匠的なバランスをどう保つかも常に考えていました。

大島 あとは竹村さんの話を聞いているうちに、まちの中、住宅地のど真ん中にこういう場所が存在することに意味があると思うようになりました。
普段は見えにくい方々の姿が、日常的に目に触れることで、理解や関心が生まれるかもしれない。特別な存在として隔離するのではなく、誰もが普通にまちにいられることに興味を持ったし、それを実現するのはすごく楽しいことだなと。
竹村 うちの子はよく、目が合った子どもに「かわいいね、名前なんて言うの?」と言うんです。ここの1階のカフェでもすぐお客さんをナンパしちゃう(笑)。そうやって、ある意味でこういう場があることの“広報”を担当してくれるのが面白いなと思って。うちの娘とそのお客さんとの会話を、他のお客さんも聞いてるんです。
大島 声をかけられた側も、だんだん楽しくなりますよね。

別の誰かにとっての選択肢が、次々と生まれる社会に
―最後に、今後について今考えていることを教えてください。
大島 竹村さんと同じように、現状の福祉制度や施設のあり方に対して疑問を感じている人は多いと思います。僕らとしては、そういう人たちに「はちくりはうす」のような暮らし方、考え方があるということを知ってもらいたいですね。
藥師寺 決して難しいことを考えて生まれた場ではないんですよね。地域の中で当たり前にやるべきことをやっていく、ひとつの方法として見てもらえたらなと。
竹村 実際、見学者はすごく多いです。自分も同じような場所を作りたいという人もたくさんいます。
大島 ここのあり方はインクルーシブな暮らしの場づくりであって、いわゆる「福祉施設」を作ろうと考える人の発想と、ベクトルが全然違うと思うんですよね。なぜなら、竹村さんの場合は根底に「仲間と一緒に」という意識があるからです。
この地域で生活してきた人との繋がりが根っこにあり、そこに新しい人も巻き込まれていく。それが結果的に、みんなが自然に一緒に暮らせる環境へとつながっています。外から見ると同じような「福祉」の場に見えるかもしれませんが、全然方向性は違いますよね。

―障害のある人のためだけの福祉ではなく、地域の人も含めたみんなが対象なんですね。
大島 だからこそなんですが、例えば他のまちに似た場所を作ろうと思っても、多分同じことはできません。「こうありたい」という世界観にもとづいた、その地域のご縁や仲間の広がり方が重要です。ただ、そのプロセスや考え方に気づく、きっかけにはなると思います。
竹村 見学者の方には、「音楽好きなら音楽スタジオを作ってもいいし、美術好きならお絵描き教室を作って交流する場にしてもいい」と話しています。うちの娘は人が好きだったけれど、例えば電車が好きなら、カフェじゃなく鉄道模型のお店を作ってもいいですし。
―そうやって生まれる場が、また別の誰かのための選択肢になりますね。
竹村 そうそう。私はうちの子は何が好きなのか、そのためには何をするべきかというところから始めました。だから同じものは二度と作れないし、二度作る必要もない。次まったく同じものを作ろうとしたらうまくいかないと思っています。人間関係も場所も違うことを前提に、その時ワクワクできることを追いかけているほうがいいと思う。
「はちくりはうす」を見学してくれた人の数だけ、仲間作りの仕方も違うはずですよね。その方々が、それぞれに自分なりの場所を作ってくれたら、それを見に行けるのをとても楽しみにしているんです。

取材を終えて
ここは「施設」ではない、という竹村さんの言葉がとても印象に残っています。
もちろん、現状においても、さまざまな施設やケアの手段があり、重要な役割を果たしています。ですが、「はちくりはうす」が提示しようとしているのは、それらとは違う方法もあるのではないか? という問いを持ってつくる、新たな選択肢です。
人と関わるのが大好きであるというお子さんの個性を、最大限に尊重したい。そんな一人の強い思いで生まれたこのシェアハウスは、まちの人たちとの関係性を作りだし、多くの人を巻き込みながら、別の動きが始まるきっかけにもなっています。そうして生まれた次の新しい場所が、また誰かにとって心地よい選択肢を増やすことにつながる。
今後、このはちくりはうすの誕生を起点として、単一のモデルを同じ形で量産するのではなく、個人の気持ちや性質と場所の特性を生かした多様な選択肢が増えていくのではないか——取材を終えた今、そんな予感がしています。
Information
『デザインのまなざし』のこぼれ話
グッドデザイン賞事務局の公式noteで、『デザインのまなざし』vol.14のこぼれ話を公開しています。
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ブルースタジオ
一級建築設計事務所
2000年より「まちの使いこなし方をデザインする会社」として「リノベーション」を旗印にブルースタジオ一級建築士事務所をスタート。個人住宅から、遊休不動産の再生、地方創生、プロパティマネジメント、エリアマネジメントまで、暮らしの環境ひとつひとつの価値創造を多角的、横断的に手がける。
2016年団地再生プロジェクト「ホシノタニ団地」グッドデザイン賞金賞(経済産業大臣賞)受賞。「北条まちづくりプロジェクト morineki」2022年都市景観大賞(国土交通大臣賞)受賞、2024年日本建築学会賞(業績賞)受賞。2024年 障害者シェアハウス+シェア店舗「はちくりはうす」グッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)受賞。
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この記事の連載Series
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