作品を通して、“人”に出会ってほしいから。世界から注目される「やまなみ工房」で生み出されているもの アトリエにおじゃまします vol.03
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敷地内に入ると、一つ二つと目に入ってくる現代的な建築物。『GALLERY(ギャラリー)』『CAFÉ(カフェ)』などと描かれた看板や、赤や緑などポップな色使いで建物の壁に記された『Live house Ban Boo Bon(ライブハウスバンブーボン)』のロゴは、訪れる人をわくわくさせる。あちこちにアート作品が置かれ、「ここでは自由にのびのびと過ごしていいんだよ」と語りかけられているような気持ちになる。
今回訪れたのは、〈社会福祉法人やまなみ会〉が運営する「やまなみ工房」。「忍者」や「信楽焼」などで知られている滋賀県甲賀市内でも、住宅地からほど近い、小高い丘の上にある。
「さまざまな障害のある90名が通っている」と事前に話は聞いていたものの、広い敷地内に穏やかな時間が流れていて、まるでおしゃれなアートスペースに遊びに来たような気分になった。私自身がこれまで抱いてきた「福祉施設」のイメージとは離れていて驚く。
この場所から、数々の展覧会に出品するアーティストが育ち、海外のコレクターから引く手あまたの作品も生まれているらしい。一体、どのような仕掛けがあるのだろうか。
所属アーティストの作品が多数展示されている『Gallery gufguf(ギャラリーグフグフ)』の前で、私たちを出迎えてくれたのは施設長の山下完和さん。30年以上に渡り、「やまなみ工房」に関わってきた人物だ。
メンバー90名、一人ひとりをご紹介いただく
到着して一息ついた後、敷地内にあるアトリエを順番に見学させてもらうことにした。
すると「全員ご紹介しますからね!覚悟しておいてください(笑)」と山下さん。てっきり代表的な何人かをご紹介いただくのだろうと思い込んでいたので、「全員……?」と思わず心の中で呟いてしまった。
聞くところによると、工房に通う方がどれだけ増えたとしても、取材や視察で外から人が来るたび、山下さんは全員を紹介しているんだそう。
敷地中央にそびえる『アートセンターやまなみ』は、2020年にオープンしたばかりの4階建ての建物。2階と3階がアトリエになっていて、オープンなスペースや個室など複数の空間でメンバーの方々が制作活動を行なっていた。
主に3階は集中して制作に取り組みたい人、2階にはワイワイ仲間と創作活動を楽しみたい人に分かれている。
一人ひとりの特性やそれぞれの相性を見ているうちに、なんとなく落ち着く場所が決まっていくんですよね。
「こんにちは」と挨拶をしながら、各エリアのスタッフさんに、メンバーさんのお名前と作っているものを順々にご紹介いただく。
『アートセンターやまなみ』は、名前にこそ“アートセンター”とあるものの、創作活動をするかどうかは一人ひとりの自由だ。メンバーの方々がここで過ごすのは、10時30分から15時まで。
1日の中で制作活動に使う時間は定められておらず、好きなように時間を使うことができる。一つの作品に長い時間をかける人もいれば、わずかな時間で多くの作品を生み出す人もいるという。
正己は、誰もいない静かな空間が好き。だから、昼休みにみんながご飯を食べに行っている間にアトリエへ来て、一人で粘土を触ります。創作するのは1日15分だけ。やりたい時にやりたいことをやっています。
山際正己さんに限らず、メンバーは思い思いの時間を過ごしているようだ。私たちが訪れた日も、黙々と創作活動に取り組む方、スタッフとのおしゃべりを楽しむ方、外に出て施設内を散歩する方など、さまざまな姿が見られた。
「障害のある人」ではなく「◯◯さん」として出会い、伝えたい
『アートセンターやまなみ』と同じ敷地内にある他の建物でも、創作活動は盛んに行われている。創作活動を中心に行う人が所属する「アートセンター」、手芸に取り組む人が集まる「こっとんルーム」、公共施設のトレイ清掃の仕事なども行う「ころぼっくるルーム」など、興味関心に応じて6つの班に分かれて日常生活を送っているという。
複数の建物と部屋にゆるやかに分かれ、どこも共通して穏やかな時間が流れている。
ご案内いただくなかで心に残ったのは、スタッフのみなさんとメンバーの方々の関わり方。気軽に声をかけ合ったり、こぶしをあわせて喜んだりと、互いを尊重し合う関係性が素敵だと思った。
それは山下さんに対しても同様で、誰も「施設長」と呼ばない。山下さん自身も、「◯◯さん、今日はどう?」「今それ、何書いてるの?」と気軽に言葉をかけている。まるで友達と話しているみたいだ。
僕らが向き合っているのは、「◯◯に障害のある人」あるいは「2階の人」「3階の人」といったかたまりではなくて、「山際正己さん」「井上優さん」という“個”です。だから、それぞれに親しみを込めて呼びたいし、一人ひとりと関係を深めたいし、みなさんにも紹介したいんです。
そこには、他者から作品が評価される、されないといったことは何も関係ありません。スタッフたちといつも立ち返るのは、「◯◯さんはどう思っているんだろう」ってところですよね。
大切なのは「一人ひとりの気持ち」と山下さんは語るが、その一方で「やまなみ工房」の利用者が生み出すアートは、世界的に評価されているものも多い。
例えば、吉川秀昭さんは、30年以上、無数の小さな穴で「目・目・鼻・口」を刻んだ作品を作りつづけてきた。10年ほど前までは1本4000円〜5000円で販売されていた作品に、今では1本15万円近い値がつけられている。
鵜飼結一朗さんは好きな昆虫や動物、恐竜、キャラクター、浮世絵などをモチーフに絵を描いたり、立体造形を制作したりしている。特に絵画は海外での人気が高く、一部は美術館やコレクターに購入され、200万円以上の値がつくこともあるそうだ。予約待ちの人も多く、今では行列のできるアーティストだ。
だが、美術館の展覧会に声がかかったり、作品が評価され高値で取引されることは、周囲にとって名誉で喜ばしいことのように思えても、本人がそれを望んでいるとは限らない。山下さんたちは、そのことを常に意識しながらメンバーの方々に関わっていく。
僕らの価値観の中で良いと思うことでも、彼らは展覧会に出ることや作品を評価されることが目標ではないことも多いんです。だから、彼らが喜んでいるか、幸せかどうかを考えます。保護者をはじめ周りにいる人の喜びばかり追求すると、作品の評価だけが一人歩きしたり、本人の気持ちが置き去りになったりしてしまう。
仮に作品が売れて、生活が満たされたとしても、彼らの気持ちが満たされることがなかったら、意味がないでしょう。僕らが一番目指しているのは、毎日彼らが幸せに楽しく過ごせることで、外からの評価はすべて副次的なことなんですよ。
メンバーの望みを叶えていたら、外からの評価がついてきた
今や世界中から注目される「やまなみ工房」の誕生は、1986年。もともとは、たった3名の障害のある人と共に立ち上がった無認可共同作業所だった。
開設当初は手作業の仕事などを中心に請け負っていた「やまなみ工房」。しかし、1990年ごろから、現在のようにアート活動に力を注ぐようになる。きっかけは、山下さんがあるとき、一人の利用者がそれまで見たことのない表情で生き生きと絵を描く姿を目にしたことだった。
最初は僕も、無知の代表みたいなものでした。彼らに「何かしてあげる」「教えてあげる」と常に上から目線で、自分より劣った人として接してしまっていたんです。でも、三井啓吾や山際正己、吉川秀昭たちと付き合っていくうちに、間違っていると気づくことができました。彼らは自分の気持ちに真っ直ぐで、私は私であるという強さを持っている。一緒にいると安心感があり、僕自身も丸裸になって向き合えるようになりました。
そこからはひたすら、「目の前にいる自分の大切な人たちは、どうすれば喜んでくれるかな?」と考えてきただけなんです。だから、もし彼らから「一般就労したいんで、内職を探してほしい」と言われたら、すぐに芸術活動をやめます。だって僕ら自身は別に創作をしたいと思っていない。アートを好きなのは彼らで、僕らはありのままの彼らを好きだからやっているんです。
作業を受託していた頃、ノルマや商品の製造規格を守れない状況を前に、戸惑っていたことを打ち明ける山下さん。その見方を変えるなかで、むしろ彼らには人の影響を受けず、「自分だけの表現」を貫く力があるのだと捉えるようになっていった。
今は、何をやっても全部成功です。ノルマもない、規格もない、完成すらもしなくていい。これで「すごい」と言われたら、僕だったら嬉しいだろうなと思いますよ。
アート活動をつづけるなかで、「やまなみ工房」にはさまざまなコラボレーション企画が生まれている。例えば、2012年から始まった、障害のある人とのコラボレーションを展開するクリエイティブ・ユニット「PR-y」との活動は、多方面に広がりを見せてきた。
代表的なのは、工房で生み出された絵画作品をテキスタイルデザインに展開した、ファッションブランド『DISTORTION 3』。今では国内に止まらず、ヨーロッパやアメリカなど世界中のセレクトショップで販売されている。この日、山下さんが着ていた服もその一つだ。
また、2018年には、映画『地蔵とリビドー』を公開。障害のある人の創作活動に詳しいジャーナリストや美術関係者へのインタビューなどを通して、「やまなみ工房」の日常と利用者の根源的欲求に迫った作品は、大きな反響を呼んだ。
さらに2020年には、障害のある方々のアートの魅力を発信する宿泊施設として、GALLERY HOTEL『DISTORTION 9』をオープン。客室に展示している作品は全て「やまなみ工房」のアーティストが生み出したもので、気に入れば購入することもできる。
「障害のある人の作品だから」ではなく、純粋に作品として評価をしてくれる人々が増えるなかで、国内外での美術展からオファーをもらう機会も増えた。企業や自治体とコラボした商品なども、多数生み出されている。
僕らにとってはすべて、彼らを知ってもらうための一つのきっかけなんですね。彼らの魅力を知ってもらいたいから、まずはたくさんの人と出会う機会を作ろう、と取り組んできました。
実際、彼らの作品が洋服になることで若者に見てもらえたり、お酒のパッケージになって親しまれたりする。それは、アートを入口にした出会いです。最初から“障害のある人の作品”として見られるのとは、違う流れが生まれていると感じます。
今もこれからも変わらず、「やまなみ工房」が大切にしたいこと
福祉現場での活動にとどまらず、さまざまな領域で発信をつづける「やまなみ工房」。2012年にはライブハウスやギャラリー、そして2020年にはカフェを併設した『アートセンターやまなみ』をオープンしたことで、取り巻く環境が変わってきていることを実感しているという。
あちこちから評価を受けて「やまなみ工房さん、すごいよね」と言われても、正直僕らはそうした評価に無頓着で、実感もないんですよ。でも「やまなみ工房」を知って、ここを訪れる人が増えてきたり、障害のある人ではなく一人の人として向き合う人が増えてきていたりしているのは肌で感じています。国の政策や、他の団体さんが道をつくってきてくださった影響も大きくて、障害のある方と社会の間にあったフィルターが霞んできたような気がしますね。
僕は障害者支援に求められるものの本質は、就職させることでも工賃を上げることでもないと考えています。求められているのは「周りの意識を変える」こと。僕らがやっている発信も、そのための運動の一つに過ぎないと思うんです。
利用者も断ることなく受け入れ続け、外からの評価も高まる一方の「やまなみ工房」。変化の渦中にあり続けるなかで、山下さんやスタッフのみなさんが、変わらずに大切にしていることは何だろうか。
「彼ら自身を変えようとしない」ことでしょうか。洋服や映画を作ることや、展覧会をすることは知ってもらうためには重要ですが、目的ではありません。あくまで「ありのままの彼らの魅力」を伝えながら、社会をどうデザインするかが大事だと思っています。
代表者としての山下さん自身も意識していることがある。自らの基準で、作品の良し悪しを評価しないことだ。
僕だけの価値観だけでNGを作ってしまうと、彼らの可能性や見えていない部分に蓋をしてしまうかもしれません。僕は全てに「イエス」と肯定して、何かあったときに責任をとる立場にいたいと考えているんです。
いろんな人が関わって、いろんな人の思いが詰まって、さまざまなプロフェッショナルや匠の技が加わったら、もっと彼らの魅力を引き出せるんじゃないかって。だから、取材や視察に来ていただいたとき、必ず全員をご紹介するんです。今日来られた〈こここ〉のみなさんも、きっとお一人おひとり、惹かれた作品は違うんじゃないでしょうか。
信頼関係が支える表現活動と、愛おしい日常
ここまで「やまなみ工房」の日常を見せていただき、お話をお伺いしたなかで感じたのは、山下さんがメンバーのことを心から愛し、尊敬していること。何より、ここでの出会いに感謝していることだ。
山下さんが運営に携わるようになってから30年余りが経つ。その間、工房に通う方々から学んだことをあえてあげるとしたら、何なのだろう。
「物を大事にすること」「人を大事にすること」「嘘をつかないこと」といった、人として大切にしたいことを教わりました。どれも子どもの頃に習うようなことばかりですが、僕は大人になってから彼らに学んだんです。他にも「こんなに優しい人がいるんだ」とか「自分の好きなことを好きって言えるってかっこいい」とか、今も彼らから教わることばかりですし、すごいなっていつも思っています。
また、物や人を大事にすることは、「やまなみ工房」全体が大切にしていることでもあると説明する山下さん。メンバーさんに対する気持ちと同様に、彼らを支えるスタッフについても感謝と尊敬の気持ちを抱いている。
僕は正直、生み出される作品がすごいかどうかもわからないし、生み出している環境がすごいかもわからない、でも、生み出している人はすごいと思うし、彼らが自分らしく生きられる、安心できる時間と空間をつくっているスタッフも本当にすごいと思いますよ。
創作活動を通じ、さまざまな人の魅力を引き出してきた「やまなみ工房」。そのすごさの秘訣は、豊富な資材を使うことでも、良い制作環境を整えることでもない。日々積み重ねてきた人間関係があるから、芽が出て花が咲くようだ。
彼らの表現活動を支えているのは、信頼関係です。スタッフと利用者、障害のある人とない人ではなく、まさに“個と個”として関係を築いている。「あなたはあなたのままでいいんだよ」ってメッセージが伝わるから信頼関係が生まれて、これだけさまざまな人が通っているにもかかわらず、今日も穏やかな空気が流れているんじゃないでしょうか。
山下さんは、「目の前の人が今日もにこやかに笑っている『日常』が何よりも大事」と語る。その思いは、新型コロナウイルス感染症の蔓延によって、多くの人の生活が一変するなかで強まってきたともいう。
私たちはどうだろう。かつてのように出かけられない日々のなかで、家庭や地域など足元にある暮らしの大切さに気づいた人もいるのではないだろうか。そしてその豊かさを支えるのは、目の前にある“個と個”の関わりであることにも。
障害のあるなしに関わらず、誰しも得手不得手はあります。誰かの基準で、誰かの得意なことで勝負する必要はない。そんな価値観が広まれば、今よりも生きやすい社会に変わっていくのではないでしょうか。
無理に同じ土俵に上がって頑張ろうとするから、関係性も悪くなるんです。一人ひとりの得意なことやお互いの世界を、もっと大事にし合えばいい。彼らと一緒に過ごしながら、僕はそう感じますね。
Profile
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山下完和
社会福祉法人やまなみ会 やまなみ工房施設長
1967年生まれ。高校卒業後、様々な職種を経た後、1989年5月から障害者無認可作業所「やまなみ共同作業所」に支援員として勤務。その後1990年に「アトリエころぼっくる」を立ち上げ、互いの信頼関係を大切に、一人ひとりの思いやペースに沿って、伸びやかに、個性豊かに自分らしく生きることを目的に様々な表現活動に取り組む。2008年5月からはやまなみ工房の施設長に就任し現在に至る。
- ライター:北川由依
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「いかしあうつながりがあふれる幸せな社会」を目指すWebマガジン「greenz.jp」や京都で暮らしたい人を応援する「京都移住計画」などで、執筆と編集をしています。京都を拠点に全国各地の人(法人)や場を訪ねがら、人とまちの関わりを編む日々。イチジクとカフェラテが大好きです。
この記事の連載Series
連載:アトリエにおじゃまします
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