鹿児島県鹿児島市の中心部からバスで30分ほど。桜島を望む吉野台地の一角に、その施設はあります。正面玄関から一歩足を踏み入れると、長く続く歩道の先に青々とした芝生広場が見えてきました。
施設を訪れたのは強い日差しが照りつける初夏の朝でしたが、木々や草花が至るところに見られるせいか、敷地内はどこか涼やか。
木漏れ日の美しい歩道を進んだ先には、4つの「工房」があります。土、布、和紙・絵画造形、木、それぞれの工房では、作り手たちがそれぞれ違った道具を使い、違った音を響かせています。
ここは社会福祉法人太陽会が運営する福祉施設、「しょうぶ学園」。自立支援事業(ささえあう)、文化創造事業(つくりだす)、地域交流事業(つながりあう)という3つの事業を柱とした、知的障害や精神障害がある方が集まる複合型の福祉施設です。
しょうぶ学園の開設は1973年。1985年からは、利用者による創作を「工房しょうぶ」と位置づけ、それぞれの個性や特性を活かした“ものづくり”を活動の中心としています。木工やテキスタイルなどをはじめとした「工房しょうぶ」のプロダクトにはファンが多く、これまでにも国内外で多数の展覧会が開催されてきました。自然豊かな施設は外に開かれており、地域住民にとっての憩いの場となっているだけでなく、利用者たちが手がけた魅力的な作品を求めて、県内外からもしょうぶ学園を訪れる人々があとを絶ちません。
こここ編集部は2022年6月末にしょうぶ学園を訪ね、4つの工房と文化芸術支援センター「アムアの森」を中心に見学しました。丸1日の滞在を通じて目にしたものや感じたことをレポートします。
土の工房
私たちが最初に訪れたのは、「土の工房」。中に入るとすぐに、工房をずらりと囲む棚に所狭しと並べられた、さまざまな陶芸作品が目に留まりました。
この日、工房の奥では、5名ほどの利用者さんたちが粘土を伸ばしたりタイルを叩いたりとそれぞれの作業をしていました。皆さん集中しているようでしゃべる人は少ないものの、工房内はとても和やかな雰囲気。私たちがこんにちは、と挨拶すると、皆さん微笑んでくれました。
「この工房に限らずですが、みんなそれぞれのことをしているんです」と、私たちを案内してくださった統括主任の福森創さんが言います。
「しょうぶ学園に来られたばかりの利用者さんには、素材と道具をまずひと通りお渡しして、なにをつくるかは基本その人にお任せします。時間が経ってその方と職員のあいだに関係性ができてくると、その方の得意なことや好きなことがわかってくるので、『じゃあ、ぜひこれを』と作業をお願いするんです」と福森さん。
工房しょうぶのプロダクトの多くは、利用者が自由な発想でつくったものに職員が色づけをしたり仕上げをする、といった協働によってつくられていると言います。
利用者の皆さんが黙々と自分の作業に没頭している様子からは、どこか学生時代の図工室の静けさを思い出しました。作業時間はラジオ体操のあとから15時50分までと聞き、これほど作業に集中していたら、皆さんなかなか帰りたがらないのでは? と尋ねると、「いや、作業時間が終わると皆さんぴたっと切り上げるんですよ。誰も残業する人はいません」と福森さんは笑います。
布の工房
続いて訪れた「布の工房」は、土の工房と比べるとずいぶん賑やか。ミシンをかける音と機織り機の音、そしてある利用者さんが聴いているラジオの音が響きます。
工房に入るとすぐに、利用者のひとり、村上とみ子さんが制作中の作品を見せにきてくれました。「順番に紹介してるから、村上さんのもあとで皆さんに見せますからね」と職員の壽浦(じゅうら)直子さんがのんびりと声をかけると、「そう?」とご自分の席に戻っていきました。
布の工房には、村上さんのように細い糸を縫い合わせる人や、太い毛糸を使う人、複数の種類の布をパッチワークする人など、さまざまな作風をもつ方々がいます。10年、20年と刺繍を続けてこられた方が多く、皆さん独自のスタイルを確立しているそう。
「同じ作業を毎日続けていく中ですこしずつスタイルが変化していく人もいますし、変化しない人もいますね」と壽浦さんが教えてくれました。
工房の中で特に目を引くのは、無数の布の切れ端と、その布から伸びる長い糸が床まで広がる一画です。
ここは利用者のひとり、吉本篤史(よしもと・あつし)さんの作業スペース。吉本さんはもともと、衣服をほどいたり破ったりするのが大好きで、放っておくと、ほどいた糸がほかの方のスペースまで伸びていってしまうそう。なので、現在は「この部屋の中のみ」というルールで作品を自由に制作しているのだといいます。
利用者の多くは、作品を最後まで仕上げることにはとてもこだわりがあるものの、いちど完成させた作品にはあまり頓着しないのだと言います。「縫う面積がなくなったらそれで終わり、という方が多いですね。作業が終わったものにはもうこだわらず、ほとんどの方が『次の布ちょうだい』という感じです」と壽浦さん。
和紙・絵画造形の工房
続いてお邪魔したのは「和紙・絵画造形の工房」。扉を開き一歩足を踏み入れると、工房の壁や床までもがカラフルで力強い絵や模様に囲まれていました。
この工房には、造形と和紙のふたつの班があります。工房の手前では造形班の皆さんが、和紙班が漉いた和紙のほか、思い思いの紙を用いて自由に絵を描いていました。
工房の奥では、楮(こうぞ)と雁皮(がんぴ)を原料としたやさしい風合いの和紙がつくられていました。利用者の中には手漉きの作業が難しい方も多いため、原料を砕いて型に流し入れたあとは、掃除機を使って水分を吸うという方法をとっているそうです。
ここまで見学を続けてきて、なぜこれほどたくさんの工房があり、利用者の方々がそれぞれまったく違った創作活動をしているのか、あらためて気になりました。皆さんばらばらの作業をしている理由を尋ねると、「全員が同じことをしていないのは、優劣がつかないからというのもひとつありますね」と福森さん。
「利用者の皆さんの特性に合わせた“しくみ”をつくることが私たち職員の仕事だと思っています。これだけたくさん工房があれば、自分はこれがよさそうだな、という作業がひとつくらいはありますから。もちろん、中には自由につくるのではなく『これをお願いします』と任せられたほうがいいという方もいるので、そういう方にはこちらから作業を依頼しています」
木の工房
次に訪れたのは、開放感のある「木の工房」。ここでは木工の作品がつくられています。工房内の至るところで、木を削るとんとんとん、かっかっ、という小気味よい音が響いています。
木工で車や電車をつくっているのは、利用者の吉井一広(よしい・かずひろ)さんです。つくり終えた電車を見せていただくと、精巧で、そのままおもちゃやオブジェとして家に飾りたくなるような仕上がりでした。
この方は記富久(き・とみひさ)さん。記さんは、職員やアニメのキャラクター、自画像などをモチーフにした木工作品をつくられていると言います。
「いまが最後の追い込みだからさ」と言う記さんですが、「記さん、日によってけっこう言うこと違うので、明日聞いたらまた違うかもしれない」と福森さんは笑います。
木の工房には、作風と呼応するように、エネルギッシュな方が多い印象を受けました。「他の人には負けたくない!」とライバル意識を燃やしつつ木をとんとん掘り進めていく記さんに、福森さんは「怪我しないようにね」と穏やかに声をかけていました。
アムアの森
最後にお邪魔したのは、2019年9月にオープンした多機能型の施設「しょうぶ文化芸術支援センター アムアの森」です。
アムアの森は、しょうぶ学園の工房やレストラン、デイサービスセンターが集まるメインのキャンパスから徒歩5分ほど、坂道を上った先にあります。
ここは、生活介護事業(Art +)、児童発達支援事業 (Kids A)、放課後等デイサービス事業(Kids B)をおこなう多機能型事業所。「Art +」では、ここまで見学してきた工房とは違い、ひとつの空間の中で、絵や刺繍、木工など各利用者がそれぞれの作業をしているのだといいます。
さらにアムアの森には、音楽会や演劇、ワークショップなどを開催するためのコミュニティアートホール、「アムアホール」も併設されています。
貸出もしているこのホールは、地域住民の方々に芸術体験の機会を提供できるような文化的な拠点になればという思いでつくられたと言います。「鹿児島にはこのくらいの規模のホールがあまりないので、九州で公演をおこなうアーティストや劇団にも積極的に利用してもらえる場になれば」と福森さん。
この日、ステージの上にはなにやらカラフルな装飾が施された楽器が多数並んでいました。これはしょうぶ学園の利用者と職員によって構成されるパフォーマンス集団、「otto & orabu」の皆さんが使う楽器です。
「otto」はパーカッショングループで、鹿児島弁で「叫ぶ」を意味する「orabu」はコーラスグループです。「otto&orabu」のパフォーマンスはその名の通り、パーカッションと“叫び”によるコーラスで成り立ちます。
「orabu」のメンバーは職員の方々のみ。パフォーマンス中、リラックスして自分をさらけ出す利用者の皆さんを見習い、職員にも自分をさらけ出してほしいという思いがあるそうです。「ライブで大勢のお客さんを前にすると、職員はけっこう緊張してしまうんですよね。でも利用者さんたちは至っていつも通り。本番中にトイレに行ったりする人もいるくらいですよ」と福森さん。
施設が「ひとつの社会」であること
丸1日にわたるしょうぶ学園の見学を終え、真っ先に感じたのは、「またすぐにここに来たい……!」ということでした。緑豊かな施設内は散策するだけでも心地よく、こここ編集部のメンバーもすっかり、レストランの食事やクラフトショップに並ぶプロダクトの虜になってしまいました。
しょうぶ学園が現在のような形に変化してきた背景には、施設長の福森伸さんの考えがありました。福森さんは、型にはまることのない利用者の方々の振る舞いや、創作への姿勢を見て、マジョリティ性を多くもつ人を前提につくられた社会への“適応”や“復帰”を目標とするのではなく、「ここにもうひとつの社会をつくればいいのではないか」と思ったのだといいます。
その言葉の通り、しょうぶ学園の施設内を歩いていると、「ここではどんなふうに振る舞ってもいい」という安心感が自然に湧いてくる瞬間が何度もありました。
利用者の皆さんが目の前の創作活動にこれほどまでに(ときに飽きつつも)没頭できるのは、この環境あってこそなのだと感じます。無意識に刷り込まれていた「常識」と呼ばれるものに気づき、立ち止まり、手放せる。そんな環境が社会に多くあってほしい。そんなことを考えながら、木々や草花がのびのび育つ環境を後にしました。
Profile
-
しょうぶ学園
知的障がい者支援施設
1973年に知的障害者援護施設としてスタート。「ささえあうくらし―自立支援事業」「つくりだすくらし―文化創造事業」「つながりあうくらし―地域交流事業」をテーマに、障害のある人たちが地域社会でよりよく暮らしていくための、創造的で刺激的なコミュニティづくりを目指す。針一本で独特の刺繍の世界をつくり上げる〈nui project〉や、心地よい「不揃いな音」を楽しむ民族楽器による音パフォーマンスグループ〈otto & orabu〉など、メンバーの個性が光る表現活動を次々と発信。1985年に〈工房しょうぶ〉、1999年には在宅デイサービスセンター〈Doしょうぶ〉、2019年にはアートホールを備えた子どもたちの支援施設〈アムアの森〉を開設するなど、地域福祉と地域貢献に力を入れている。
- ライター:生湯葉シホ
-
1992年生まれ、東京在住。フリーランスのライター/エッセイストとして、おもにWebで文章を書いています。Twitter:@chiffon_06
この記事の連載Series
連載:アトリエにおじゃまします
- vol. 122024.10.10それぞれの心地よさを大切にするには?「空と海」をたずねて
- vol. 112024.09.03「何気ない自由」が尊重し合える社会をつくるには?長野県上田市にある映画館「上田映劇」をたずねて
- vol. 102024.07.10「何気ない自由」が尊重し合える社会をつくるには? 長野県上田市にある文化施設「犀の角」をたずねて
- vol. 092024.06.26「何気ない自由」が尊重し合える社会をつくるには? 長野県上田市にある「リベルテ」をたずねて
- vol. 082024.06.06ブドウ畑と醸造場があるところ「ココ・ファーム・ワイナリー」をたずねて
- vol. 072024.04.25“失敗”を許せる社会になったらいい。自炊料理家・山口祐加さんとたずねる、手仕事とケアの福祉施設「ムジナの庭」
- vol. 062023.06.21介護施設と同じ敷地内にある「尾道のおばあちゃんとわたくしホテル」をたずねて
- vol. 052023.05.19「ここだけ」の面白い商品、見たこともない作品をどう作る? 〈西淡路希望の家〉二人三脚の創作現場を訪ねて
- vol. 032022.05.18作品を通して、“人”に出会ってほしいから。世界から注目される「やまなみ工房」で生み出されているもの
- vol. 022022.01.13演劇は「一緒にどう生きるか」を探せるツール。〈たんぽぽの家 アートセンターHANA〉佐藤拓道さん
- vol. 012021.04.15多くの人の手を介して生まれる「鯉のぼり」の工房へ。〈クラフト工房 LaMano〉訪問記