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【写真】ごじゅうにけんのえんがわの庭で座っているいしいさん【写真】ごじゅうにけんのえんがわの庭で座っているいしいさん

居場所ってなんだろう? 人が自然と集まる場所を目指す「52間の縁側」をたずねて “自分らしく生きる”を支えるしごと vol.09

Sponsored by 厚生労働省補助事業 令和5年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)

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自分の居場所だと感じられるところはあるだろうか? それはどんなところだろう?

好きなことができる場所、気心の知れた人がいる場所、くつろげる場所、生活の場など、居場所に求める条件は人それぞれだ。だけど、どんな場所にも共通して言えるのは、自然体でいられて、自分が受け入れられていて、「ここにいていいんだ」と安心できることのような気がする。そう考えると、自分の居場所を見つけるのは意外と、いやかなり難しいことなのかもしれない。

そんな思いを抱いて訪ねたのは、千葉県八千代市にある「52間の縁側」。いろいろな人にとっての「サードプレイス」になることを目指して建てられた施設で、常識にとらわれないデザインとコンセプトが評価され、2023年度のグッドデザイン大賞を受賞している。

運営するのは、「ありのまま、その人らしく過ごす」ことを大切にして、介護事業を行ってきた「有限会社オールフォアワン」。代表の石井英寿(いしい・ひでかず)さんはどんなふうに人の「居場所」を捉えているのか。のどかな里山の中にたたずむ、子どもの秘密基地のような建物を訪ね、いろいろな話を聞いてきた。

里山の片隅で人を迎える、長いながい縁側

京成線勝田台駅からタクシーに乗り、田んぼと畑と住宅が入り混じるのどかな道を進むこと15分。入口から小道を通って奥に進むと、竹林に囲まれた敷地に長い縁側を持つ建物が立っていた。

敷地はなだらかな坂になっているため、建物の片側は木の足組が支えるテラスになっていて、地面から直接テラスにつながる階段がついている。階段の脇には水遊びできそうな小さな池、縁側の高い部分からぶらさがるブランコ。なんだか子どもの秘密基地のようで、ワクワクしてくる。

【写真】ごじゅうにけんのえんがわの施設全景
縁側は約76m。6年の工期中に隣の古民家を地域密着型通所介護として利用することになり予算を一部そちらに充てたため、予定を変更して、縁側は52間ではなく、42間となった

この「52間の縁側」は、千葉県習志野市で、宅幼老所(※注1)「みもみのいしいさん家」を運営する有限会社オールフォアワンの事業所のひとつだ。

デイサービスだけではなく、若年性認知症、統合失調症、高次脳機能障害のある人々の就労支援の場、あるいは近所の子どもや大人が集える場、ひとり親の子どもたちの放課後の居場所など、いろいろな形で利用できる場所として2022年12月にオープンした。

※注1:小規模で家庭的な雰囲気の中、高齢者、障害者や子どもなどに対して、1人ひとりの生活リズムに合わせて柔 軟なサービスを行う取り組み。通い(デイサービス)のみから、泊まり(ショートステイ)や訪問(ホームヘルプ)、住まい(グループホーム)等の提供も行うなどサービス形態は地域のニーズに応じて様々に設定されている。みもみのいしいさん家は通所介護、日中一時支援、訪問看護のサービスを提供している。

そのため、基本的に敷地や建物は近所の人や子どもに開放されている。わたしたちを案内してくれたマネージャーの鈴木有希さんによると、「テラスで近所の小学生が宿題をしていることもありますよ。竹林の脇の道を下っていくと小学校があって、そこから子どもがやってくるんです」とのこと。

【写真】テラスに椅子と机が置いてある
建物の端には気持ちのいいテラスがある。デイサービスの利用者が一人になりたいときに過ごしたり、スタッフが仕事をしたりするのに最適だ

テラスの横にはカフェとしても使えるスペースや、竹林と庭が見渡せる快適なトイレがあり、キッチンを備えた工房、デイサービスの利用者がくつろぐ「リビング」、隠れ家のような図書室、子供の遊具が置かれたスペース、お昼寝にも使える座敷、半露天の檜風呂、そしてテラスと続き、場所によって壁はあったり、なかったりする。

好きな場所でくつろげるよう、建物のあちこちに椅子が置かれているのも特徴だ。

檜の香りが気持ちいいお風呂は、木製の格子扉を開け放つと半露天になる仕組み

それらを貫く長いながい縁側を、タンタンタンタンと高い足音を響かせて、小さな兄妹が走り回っている。スタッフのお子さんだそうだ。

子どもが遊ぶには最高の場所だ、と感心していると、鈴木さんは笑って「代表の石井と、建築家の山﨑健太郎さんが、こんな場所にしたいと、とことん話し合って造った場所なので、なんというか男(というか、少年?)のロマンが詰まった建物なんですよね」と教えてくれた。

有限会社オールフォアワン代表の石井英寿(いしい・ひでかず)さんは、介護・福祉業界の風雲児的な存在だ。もともと介護老人保健施設で働いていたが、ケアする側の事情が優先される介護のあり方に疑問を感じ、独立。2006年に宅老所「いしいさん家」を開業した。

認知症の症状が重い人や暴力をふるってしまう人など、他の施設では受け入れられない人たちを受け入れて奮闘する様子は、ドキュメンタリー映画『ただいま それぞれの場所』で紹介され、その後もテレビや新聞などのメディアに取材されてきた。

ラグビーのTシャツ姿の石井英寿さん。会社名からも察しがつくが、石井さんは元ラガーマンで、トライ&エラーを繰り返しながら、チームプレーで前へ前へと進んでいくタフガイだ。グッドデザイン大賞の授賞式には「正装」として、ラグビー日本代表チームのユニフォームで登壇したことでも注目を集めた

石井さんに「52間の縁側」が生まれた経緯を聞いてみた。石井さんは「うーん、なんだろうね」と考え込み、「自然発生的に生まれた気もするし、多くのご縁があったからこそでもあるし……」と、とつとつと話し始める。

最近、コロナ禍もあって、みんなリスクがあることに対して思考停止になっている気がするんです。世の中にはいろんな人、いろんな症状の人がいるけど、なにか問題があると「座ってて」とか、「外に出ちゃダメ」だとか、0か100の答えしか出てこない。

あるいはお年寄りはお年寄り、子どもは子ども、障害者は障害者でまとめて管理するような縦割りの仕組みも増えていますよね。言語化が難しいんだけど……、白と黒の間にはもっといろんな色があっていいんじゃないか、昔の日本ってもっと曖昧で、だからこそ良かった部分があるんじゃないかな、と思ったんです。

なんというか、僕らが忘れかけている、忘れ物を取りに行きたいという気持ちがありました。

確かに、縁側は日本人が忘れかけている場所のひとつかもしれない。だが、昔の日本の曖昧さの良さって、具体的に何を指すのだろう。

例えば、西洋は個を大事にするから、家族それぞれの個室を作りますよね。それが文化として日本にも入ってきたわけだけど、日本の家ってもともと曖昧じゃないですか。障子や襖で仕切られているけど、その向こうには誰かがいるとかね。

縁側もそうなんですよ。外でもなく内でもなく、近所の人が集ってお茶を飲んだり、猫がいたり、子どもが遊んでいるそばで、おじいちゃんおばあちゃんが座っていたりする。身内もいれば外の人もいる中間的な場所ですよね。そういう、ごちゃまぜで向こう三軒両隣みたいな曖昧さが僕は好きで……あらあ!かなちゃん、ありがとう。

石井さんの声色が変わったことで、縁側を走っていた女の子が、小さな手で石井さんにお茶を渡そうとしていたことに気づく。それは実に縁側的なシーンだった。大人も子どもも一緒に過ごす、ここはそういう場所なのだ。

スタッフのお子さん、かなちゃんは元気いっぱい。長い通路を走り回り、ときにはおじいちゃんに叱られることも
窓にかかるカラフルな布は、ギニア人スタッフからのもの。ペルー人のスタッフもおり、過去にはホンジュラスやパキスタン人もいたそうだ。石井さんのもとには、本当にいろいろな人が集まってくるという

子どもたちが自然とここに遊びにきて、認知症のあるおじいちゃん、おばあちゃんとふれあったり、統合失調症、若年性認知症、高次脳機能障害のある人たちが働いているのを見たりすれば、世の中にいろいろな人がいて、認知症って怖くないんだとか、車椅子ユーザーも普通に生活しているとか知るきっかけになりますよね。

目指しているのは、そういう場所。お年寄りは生産性がないと言われることがありますが、人が老いていく姿を子どもが見ることで、この間までできていたことができなくなった、と気づくし、大きな声でゆっくり話してあげようという思いやりも生まれます。お年寄りはそういう気持ちを育んでくれる生産性があると思っています。

そうした思いを実現するため、「52間の縁側」がオープンする前には、地域の人たちがこの場所に足を運びやすくなるよう、ワークショップ形式で芝貼りや池づくり、穂垣(柵)作りを行ったそうだ。

また今年の夏はカフェスペースで、近所の子どもたちに勉強の場と遊び場を提供する「寺子屋」も実施した。その効果は大きく、夏以降、近所の子どもたちがちょこちょこ遊びに来てくれるようになったそうだ。

壁には、勉強、遊び、おやつと掃除など「寺子屋」のスケジュールが貼られている

だが、すべてが予定通り、というわけでもない。当初はこのカフェスペースで地域の人に開かれたカフェを営業し、若年性認知症、統合失調症、高次脳機能障害のある人たちが働く予定になっていた。だが、諸事情により、カフェ運営のための補助金は不採択になった。

さあ、どうしよう、このスペースをどうやって使おうかと今考えているところです。人は「ほら、失敗した!」って言うかもしれないけど、僕の中に失敗はないんです。

最終的にビジョンが叶えば、過程はなんでもいいと思うから、正解もないけど間違いもない。この経験を何かに変えていけば何かの糧になっていくと思うんですよね。そもそも地域の人を巻き込んでの場所づくりは人との関係を築くところから、コツコツやらないといけないこと。

だから3年単位で考えています。まだまだこれからですよ。

不便さから人のコミュニケーションが生まれる

カフェスペースの窓からは、52間の縁側と宅老所として利用されている隣の古民家を結ぶ木道が見えている。

手をつないだり、背中に手を添えたりしながら二人組が通るたびに、石井さんは、「あの人はね……」とそれぞれの利用者やスタッフがどんな人たちであるかを教えてくれながら、「あの歩き方は、多分怒ってるなあ」などと人の観察をしている。

木道をスタッフと利用者が手をつないで渡っていく

そういえば、木道にも建物にも手すりがないですね、と素朴な疑問を口にすると、石井さんはうなずいて、その理由を教えてくれた。

不便益という言葉があるんですけど、僕も(建築家の山﨑)健太郎さんも、不便だから得られる利益がある、不便であるほど人とのコミュニケーションが生まれると考えたんですよね。

本来なら、おじいちゃん、おばあちゃんがいるところに段差のある縁側とか、通路に柱がたくさんあるなんてありえないし、池だって「柵で囲いなさい」と言われると思うんです。

でも、うちはそうじゃないから、「危ないからスタッフと一緒に行こう」ということになる。ただ、その分スタッフがたくさん必要になるし、スタッフの負担が増えてしまうのは事実なので、理想と現実の落としどころは、常に考えなくてはいけないと思っています。

先ほど、マネージャーを務める鈴木さんは「石井さんと山﨑さんのロマンの詰まった建物」と話していた。石井さんと山﨑さんに共通していたのは、「リスクばかり考えず、まずはやってみよう。そうでなければ、新しいもの、いいものは創造できない」という考え方だ。その意味で二人が出会ったことは幸運なことだった。

段差や柱のリスクは人のコミュニケーションで補えばいいという思い切った決断があったからこそ、「52間の縁側」は人を惹きつける建物になった。それがグッドデザイン大賞を受賞したことで、2人が描いたビジョンは、これからより多くの人に認知されていく。

その人を知るために役を演じ、内的世界に入っていく

世の中には他人が決めた「当たり前」にあてはまらない人たちがたくさんいる。石井さんはそういう人たちがありのまま、その人らしくいられる居場所を作ろうと20年近く奮闘してきた。

利用者に叩かれることもあれば、スタッフが辞めて落ち込んだことも、余命宣告を受けていた利用者をスタッフが転倒させてしまったことで、家族に訴えられて被告になったこともある。本人曰く「へこんだことは数えきれない」。それでも、居場所がない人の居場所を作ろうと前に進む原動力はどこから来るのだろう。

僕、最初は大きな施設にいたんですけど、そこでは効率重視で、入浴、食事、排泄のお世話ばかりだったんですね。それで認知症の症状が深くなると、それを押さえつけるために抗精神薬を飲ませたり、手を縛ったり、部屋を施錠したりする。

本人はなりたくて認知症になったわけじゃないのに、80歳、90歳まで生きてきて最期がこれか、と思うと本当に辛いですよ。認知症を治す薬はないから、せめて抗精神薬とか施錠とかをやめて、ありのまま過ごせる場所を作りたいと思ったんです。

だが、認知症や精神疾患を抱える人たちに「ありのままでいていいよ」ということは、簡単ではない。認知症の症状がある利用者の中には、石井さんを医者だと思って接する人もいれば、息子だと思い込んでいる人もいる。石井さんはその都度、その役を演じきるそうだ。

息子になりきっているときは、利用者さんと喧嘩になることもあります。でも息子だったら母親と喧嘩するのは普通だし、相手のことを思ってのことですからいいと思うんですよね。

役を演じながら、相手の内的な世界に入って行くこともあります。あくまで相手が主体で、こっちは杖や黒子のイメージですけど。

許しあい、認めあい、自己肯定感を高める場所

では、居場所に求められることって何だろう。

人がへこむのも、輝くのも周りの環境次第ですよね。人の居場所として、大事なのは自己肯定感が生まれるような場所であることなのかな、と思うんです。

石井さんが話してくれたのは、もうひとつの事業所「みもみのいしいさん家」で働くある男性のことだ。彼は仕事先で鬱になり、9年間引きこもっていたが石井さんのところに来るようになった。

最初は「居るだけでいいから」と声をかけていたが、子どもの世話をしてくれるようになり、スタッフから「ありがとう」と声をかけられるうちに、どんどん自分から動き始め、今は中心的なスタッフとして働いている。

ありがとうって言われると、俺って認められたんだとか、生きていてもいいんだとか、自己肯定感が生まれますよね。そのことを彼から学んだ気がします。人ってもっと許し合ったり、認め合ったりしないといけないんじゃないかな。

例えば生理的に合わない人がいて、みんなが悪口を言っているときに、1人が「でもね、この人はこういういいところもあるよ」って言うだけで、どれだけ救われるかわからない。それがあれば、その人にとってそこは居場所になるかもしれないですよね。

もうひとつ、石井さんが大切にしているのは「生(せい)の自己肯定感」だ。それは例えば、お風呂に入って気持ちがよかった、ごはんがおいしかった、オムツではなくトイレで用をたせてすっきりした、など日常のちょっとした喜びを指す。

そういう生の自己肯定感が生まれるのがいい居場所だし、それを生産する仕事が介護なのかな、と思っているんです。

【写真】テーブルにおひるごはんが並んでいる

リビングでご飯を食べていると、「ねえちゃん、ねえちゃん」という声がずっと聞こえていることに気づいた。あるおばあちゃんが椅子に座り、目の前で座っている人に喋りかける。いや目の前にいる人に、ではなく、記憶の中の誰かに呼び掛けているのかもしれない。あるいは特に意味はないのかもしれない。目の前にいる方はいつも怒っている人らしく、「うるさいよバカ!」と怒鳴るが「ねえちゃん」の連呼は止まらない。

ちょっとした緊張感が漂う中、石井さんがやってきて「ねえちゃん!」と声をかける。おばあちゃんも「ねえちゃん」とすぐさま返し、「ねえちゃん」、「ねえちゃん」と2人のかけ合いが続いた。言葉はそのうち「ねえね」になり「にいに」に変化して、ラリーは小気味よい餅つきと合いの手のように一定のリズムを刻んでいる。なんだかおもしろくなって笑ってしまった。この不思議な感覚はなんだろう。

こんな時、多くの大人はあえて触れないのがマナーと考えがちだ。でも石井さんは言葉を飛び越えて、子ども同士のように遊んでしまう。その様子は「ひとり味方がいれば、居場所になるかもしれない」という言葉を思い出させた。正解は誰にもわからないけれど、おばあちゃんはきっと石井さんとの掛け合いを楽しんだんじゃないか、そんな気がする。

利用者と一緒に昼食をとる石井さん。怒りっぽい人に強くあたられても「おいおい」と笑いながら一緒に過ごす

石井さんが大切にする空間とは

石井さんにとっての居場所はありますか?

その問いかけに石井さんは「夜勤明けのサウナかなあ」と言って、ひとしきり考えた後、「場所ではないけど僕は看取り、とくに湯灌(亡くなった人を湯舟に入れてきれいにしてあげる行為)をしている、その時間と空間が好きですね」と答えた。

今まで、たくさんの人の看取りをしてきて、それぞれの人たちからいろいろなお土産をたくさん受け取ってきた気がします。最近、義理の父を看取ったときには、最期まで会話ができて、人として大切なこととか、あとは頼んだぞとか、そういうメッセージを受け取りました。

その時、亡くなっていく人には(言葉が発せられるかどうかは別として)、残された人たちに何かを与えていく役割があると感じたんです。人類が今まで途絶えずに生きてこられたのは、そういうチームワークや協調性、思いやりがあったからかもしれませんね。

石井さんが湯灌の時間を尊く感じるのは、介護者として、その人に最後にしてあげられる入浴のお世話となるからだろうか。

なんだろうね。心臓は止まっていてもお湯に浸かると体がちょっとピンクになることに感動したり、もうこの人は肉体がなくなっちゃうんだ、と寂しくなったり。ふわふわとした感覚なんです。

神聖な儀式を通じて、人生を生き切った人の肉体に別れを告げ、感じたメッセージや学びを「お土産」として受け取る。それは日々真剣に向き合い、関係を築いてきた人だけに与えられる特権なのかもしれない。

そうやっておじいちゃん、おばあちゃんが置いて行ってくれたお土産を世の中に発信していくのが僕の使命なのかなと、勝手に思っているんです。

それから、人が好きで介護の業界に入ってきたけれど、効率重視の現場に疑問を感じている人たちに、違うやり方もあることや、この仕事の深みを伝えていくことも。

やっぱり1回限りの人生だから、僕も好きなことやろう、どうせなら笑っていこうって、おじいちゃん、おばあちゃんにいつも教えられている気がします。


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