福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】プロジェクターに投影されたスライドを説明するほったさん【写真】プロジェクターに投影されたスライドを説明するほったさん

認知症のある方100人以上にインタビューをして気づいたこと。認知症未来共創ハブ代表・堀田聰子さん “自分らしく生きる”を支えるしごと vol.13

Sponsored by 厚生労働省補助事業 令和5年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)

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認知症のある人から、世の中はどう見えているのだろう?

高齢化が進み、身近になった認知症。発症すれば、生活や仕事に支障があることは想像できる。けれど、具体的に何がどう難しいのか、どんなサポートがあればその困難を解消できるのか、当事者の視点でとらえられている人は多くはないかもしれない。

2021年に発売された書籍『認知症世界の歩き方』は、それまで医療や介護の専門家から語られることが主だった認知症の症状について、“本人の視点”で“具体的”に示したことで、大きな反響を呼んだ。

認知症のある方へのインタビューをもとにした分析データの提供・本の監修を手掛けたのは、認知症とともによりよく生きる未来を目指すプラットフォーム「認知症未来共創ハブ」。

代表を務め、慶義塾大学大学院健康マネジメント研究科教授でもある堀田聰子さんに、「認知症未来共創ハブ」の活動で大切にしてきた視点、認知症のある多くの方へのインタビューを通して得た気づきについて、寄稿いただいた。(こここ編集部)

認知症のある方100人へのインタビューからはじまった「認知症未来共創ハブ」

認知症になっても、できるだけ自分のことは自分で、家族のなかで、仲間とともに地域で、職場で役割をもって、笑顔で過ごす方々が少しずつ増え、国内外で、そうした方々の姿や声が、社会の灯りとなる力を放っています。しかし、自分や身の回りの人が認知症になったことで、日常生活や仕事で壁にぶつかり、うずくまっている人たちも少なくありません。

そこで、筆者らは、当事者の思い・体験と知恵を中心に、認知症のある方、家族や支援者、地域住民、医療介護福祉関係者、企業、自治体、関係省庁及び関係機関、研究者らが協働し、「認知症とともによりよく生きる未来」をともに創り出すことを目指すプラットフォーム「認知症未来共創ハブ」を2018年秋に立ち上げました。

活動の要は認知症のある方へのインタビューです。

生活のしづらさを引き起こす「症状」に関する医療や介護の専門家による知見(専門知)はいったん横に置き、「経験専門家(expert by experience)」である認知症のある方の願いと体験する世界、トラブルや誤作動とそれとつきあう知恵(経験知)に光をあてること、デザインの専門家との協働により、それを誰もが「じぶんたちごと」ととらえやすいように生活領域別に整理・分類を行うこと、さらに楽しみながら認知症を本人の視点で知ることができる表現にこだわっています。

認知症とは「認知機能の低下によって日常生活・社会生活に支障をきたすようになった状態」のこと。つまり認知症は、社会と個人の間に生まれる「状態」で、今は社会が追いついていないことによって、認知症のある方々の苦労が生まれているのです。物理的な環境、制度や仕組み、文化や慣習、人々の考え方等がアップデートしていけば、認知機能の低下による困難は小さくなっていくはず。

ひと足先に認知症になった先輩から学びたいと、ハブの始動にあたって、まずは100人の認知症のある方にお話を聴くことにしました。

当事者インタビューをもとにデータベース化「認知症当事者ナレッジライブラリー」の公開

筆者と直接ご縁があるご本人・ご家族や支援者を通して全国各地の認知症のある方にご協力を依頼。ご自宅や生活の場、もしくはご本人が指定する場に、主に対人支援専門職のバックグラウンドをもつインタビュアーがときに何度も足を運び、お話を聴かせていただきました。

同時に、認知症の本人、パートナー、インタビュアーとデザイナー等の対話に基づいてインタビュー及びそのアウトプットの設計について検討。

お一人おひとりのインタビューについては、認知症の本人及びその同意があれば家族や支援者の視点から補足いただきながら整理・分析を行い、ウェブサイト上で公開を始めました。

それが、認知症当事者ナレッジライブラリー。お一人おひとりのプロフィールやこれまでのあゆみ、日々の喜びややってみたいこと、生活上の困りごとを「生活課題」として整理し、背景として考えられるさまざまな要因のうち、「心身機能のトラブル」を結びつけ、これとつきあう暮らしの知恵を、ご本人の「語り」に基づいてまとめたデータベースです。

【画像】認知症ナレッジライブラリーの一例として、あべとみこさんの情報が記載されている。
出典:認知症当事者ナレッジライブラリー

39歳でアルツハイマー型認知症の診断を受け、認知症未来共創ハブに評議員として参画くださっている丹野智文さんは「できないときめつけて、できることを奪わないでほしい。僕達が求めているのは、守られることではなく、周囲の手を借りながらでも、自分で課題を乗り越え、自分がやりたいことをやり続けたいのです」と話します。

インタビューを進めるなかで、ある認知症のご本人に、ぜひみんなに尋ねてほしいと言われたのも「今後やってみたいこと」でした。やりたいこと・やってみたいことの実現を難しくさせている生活のしづらさと切り抜け方のナレッジを蓄積・共有すること、そして「やってみたいこと」を一つひとつ一緒に形にしていくことが、誰もが暮らしやすい未来に向けたカギになると考えています。

「医療や介護の専門家が把握している私たちの症状はせいぜい3~5割程度だ」

インタビューを始めて間もなく、認知症のある複数の方から、「医療や介護の専門家が把握している私たちの症状はせいぜい3~5割程度だ」と言われました。

医療や介護の専門家がまとめた認知症の症状による分類にあわせて整理すると、多くの方々が「まだ自分には関係ない」「自分のことではない」と感じてしまうだけでなく、経験専門家の経験知を十分伝えることができないと思い、認知症のある方が生きている世界を、人として生活していれば誰もが経験する11の生活領域別に構造化することにしました。

【画像】生活11分類・生活課題のマップ
出典:認知症当事者ナレッジライブラリー

認知症当事者ナレッジライブラリーでは、衣(着る)・食(食べる)・住(住む)・金(お金をまかなう)・買(買い物をする)・健(心身をケアする)・移(移動する)・交(交際する)・遊(遊ぶ)・学(学ぶ)・働(働く)の11の生活領域で、認知症のある方がいつ、どこで、どんな状況で苦労を感じているのかを、キーワード(生活課題)にまとめています。

さらに、そのさまざまな背景として、ひとまず認知症の本人の視点からみた心身機能のトラブルを紐づけるとともに、もしあれば、それぞれの具体的なシーンにおける本人の知恵や工夫も整理しています。

インタビューを重ねていくなかで、ご自身ができること・できないことを理解して、それぞれの工夫を編み出している認知症のある方が多くいらっしゃること、その豊かな知恵にたびたび驚かされました。

例えば食事の準備の場面で、「麻婆豆腐をつくろうと思っていたらハンバーグができた」ときに「なんだかんだ料理ができているから結果オーライ」ととらえるAさん。Bさんは「慣れているはずの料理の味にばらつきがある」ようになり、塩コショウ、しょうゆにソース、マヨネーズやケチャップ……調味料一式をトレイにのせて食卓に出し「家族がなんかいろいろ足したとしても、あんまり気にしない」と言います。「一品つくるだけで疲れ切ってしまう」Cさんは、「息子の家に行くときにはタッパー持参」とうまく家族や専門職の手を借りて、苦手になってきたことを手放していっています。

同じ状況が起きたとき、ご本人・周囲のいずれもまったく困っていない場合もあれば、どちらかが困っている、両方困っている場合もある。そのことにも改めて気づかされ、「困りごと」を生み出しにくい環境についても検討を進めているところです。

デザインの力で認知症のある方が生きている世界をもっと多くの方に伝える

さて、認知症未来共創ハブは、当初認知症のある方が地域で仲間と一緒に役割をもって暮らす拠点をつくり(のちの100BLG)、認知症フレンドリーコミュニティの輪を広げていこうとするメンバー(認知症フレンドシップクラブ)、マルチステークホルダーで市民主体の医療政策の実現に取り組むメンバー(日本医療政策機構)と構想していました。ここに加わってくださったのがデザインの専門家・発明家集団であるissue+designの皆さんです。

既に述べたように、認知症は、ある対象を、目・耳・鼻・舌・肌などの感覚器官でとらえそれが何であるかを理解したり、思考・判断したり、計算や言語化したり、記憶にとどめたりする働きである「認知機能」が働きにくくなったために暮らしづらくなっている状態です。

認知症とともによりよく生きる未来を構想するにあたって、人の認知機能に働きかけ、人が思考・判断・行動する一連のプロセスを支援し、生活をよりよくするための行為であるデザインの観点が欠かせないと考えました。そこで、美と共感で人の心にうったえ、市民の創造力を引き出すさまざまなデザインを提案していた筧裕介さん(issue+design代表)にお声かけしたのです。

筧さんたちデザイナーに当事者インタビューの初期に同席いただき、手探りでインタビュー及びそのアウトプットの設計をめぐって検討を重ねました。そのなかで、認知症のある方が生きている世界をもっと多くの方に伝えることが、ご本人やご家族、これから認知症になっていくすべての人たちにとって、認知症とのつきあい方やまわりの環境を変えていくうえで重要ではないかという話になりました。

こうして生まれたのが、認知症のある方が生きている世界をデザインで表現するとともに、ご本人の生活環境をデザインというアプローチから改善することを試みる「認知症世界の歩き方」プロジェクトです。認知症未来共創ハブで取り組んだインタビューの分析データの提供を契機に、ハブの運営団体のひとつであるissue+designが主導・展開しています。

【画像】ウェブサイト「認知症世界の歩き方」に掲載されているイラスト。ある島の地図が描かれており、「タイムスリップから戻れない アルキタイヒルズ」「乗るとだんだん記憶をなくす ミステリーバス」など様々な場所が記されている。

ここは認知症世界。あなたは、この世界の玄関口・ディメンシア港にたどり着いた旅人。これから認知症世界の旅が始まります。認知症とともに生きる世界では、不思議な体験をする乗り物や店、出会ったことがない民族、想像を絶する風景が次々と目の前に現れ、誰もがいろいろなハプニングを体験するのです。(出典:「認知症世界の歩き方」ウェブサイト)

「認知症世界の歩き方」では、当事者インタビューから明らかになった認知症のある方が抱える認知機能のトラブルを44種類に分類、誰もがわかりやすく楽しみながら学べるように、「認知症世界」の旅行記の形式で、14のストーリーにまとめています。

トキシラズ宮殿 この宮殿から出たとき、あなたはいくつ?

認知症世界。この世界には、正しい時の流れの感覚を完全に失ってしまう、世にも奇妙な現代版・竜宮城があるのです。ほんの数分音楽を聞いていただけのはずなのに、半日の時間が過ぎる部屋。ランチを食べようとしたら、いつの間にか真っ暗なディナーの時間になっている食堂。そして、数十年前の結婚式の思い出が、昨日のことのように感じられる教会……。

そう、この宮殿の時計の針は一定のリズムでは刻まれず、独自の時を刻むのです。亀がゆらゆら泳ぐように、ゆっくりと流れることもあれば、トビウオのようにひとっ飛びで進んでしまう……そんな気まぐれな時の海流を、あなたは泳ぎ切れますか?(出典:ウェブサイト「認知症世界の歩き方」)

2021年発行の書籍『認知症世界の歩き方』(ライツ社)は、ここに「新しい旅へ踏み出す」「旅の仲間をつくる」「旅の支度をととのえる」「旅路を楽しむ」「ひと休みする」「思いを伝える」というテーマで、認知症とともに生きるための知恵を学ぶ旅のガイドをまとめています。

さらに、2023年3月に出版された『認知症世界の歩き方 実践編 対話とデザインがあなたの生活を変える』(issue+design)は、認知症世界の旅のストーリーを文章とイラスト・動画で楽しんだあと、その背景にある認知機能の障害の理解を深め、生活のなかで生じる10のエピソードと5の生活環境を題材に、トラブルの背景を推理して、解決に向けたアイデアを発想する実践ワークブックとなっています。

認知症のある方が生きている世界や見える景色、認知症世界を楽しく生きる知恵、実践(対話&デザイン)に関心をもったら、認知症世界の歩き方カレッジをのぞいてみてください。

全国各地で100人以上の認知症のある方と出会い、浮かび上がってきたもの

全国各地で100人以上の認知症のある方に出会い、振り返ってみると、多くの方々がささやかな日々の暮らしの幸せを語ってくださっており、それが感じられる秘訣のようなものも浮かび上がってきました。

例えばご家族から見ると、湯はりを忘れたり、シャンプーとボディソープを間違えたりするので、「ひとりでお風呂に入れない」というDさんは、ボディソープで髪を洗っても「ごわごわするけどまあ洗えてるからいいか」、お湯がはれてなければ、シャワーで済ませればOK、ひとりでお風呂に入れるのです。多少の不便があっても「まぁいいか」と折り合いをつけています。

「名前と顔が合わなくたって相手が覚えてくれたらいい。こっちは『こんにちは、〇〇さん』って言わなきゃいいの、『こんにちは』だけでね」というEさんに、「散歩は犬と一緒に行く。犬には帰巣本能があるからね。道がわからなくなってもついていけば家に帰れる」というFさん……仲間に巡り合えた認知症のある方々は、ときに発想を転換して豊かな知恵を分かち合っています

「ちょっとした幸せ」「ちょっとした自慢」を喜びあえることも大切。「お化粧をすると、鏡を見たときに元気になる」という方は、「元気な自分を見ると、家族も喜んでくれる」とおっしゃいます。

「私はローストビーフをとっても薄~く切れるのよ」と嬉しそうに話してくださった方も。この方は、以前は家に来られるお客様にローストビーフをふるまわれていました。じつはもうローストビーフを焼くことはないのですが、娘さんも「そうよね、お母さんのローストビーフは本当に美味しいのよね」と相槌を打ちながら、二人で楽しそうに話されます。

「ポジティヴヘルス」という新しい健康の概念

じつは、健康の概念も、時代と共に変わっています。WHO(世界保健機関)のかつての定義では、健康とは身体的・精神的・社会的にすべてが満たされた「状態」でした。

2011年にオランダの家庭医であったマフトルド・ヒューバー氏が唱えた新しい健康の概念「ポジティヴヘルス」では、社会的・身体的・感情的な問題に直面したときに適応し、本人主導で管理する「能力」を健康ととらえています。

医師が健康かどうかを診断してくれるわけでも、健康を維持するための知恵を教えてくれるわけでもない。生きていればいろいろな困難がやってくるもの。先に困難を経験した人たちに学び、必要な助けを得て、前向きに歩いていける力こそが健康!というわけです。

医学的に見れば「病気」だとしても、本人が自分の状態を踏まえて、何を望んでどこに向かいたいのかという思いやエネルギーがわきあがってきたら、それは健康であるということになります。

【画像】私にとっての健康を知るために活用するツール。6つの項目「身体の状態」「心の状態」「いきがい」「くらしの質」「社会とのつながり」「日常機能」が記されている。
まず本人が6次元でじぶんのことを評価する。それを本人がどう考えてどうしたいのかを中心に、望んでいることの実現に向けて対話を重ねる。点数が低いから悪く高いからよいというわけではなく、点数を高くすることが目標ではない。出所:Institute for Positive Health

認知症に限らず、老化に伴って、誰もがいずれいろいろなことができなくなっていきます。「まぁいいか」と折り合いをつけ、小さな幸せを見つけること、対話のなかから一緒に望みを形にしていくことで、健康でいつづけられるのかもしれません。

経験専門家から学び、対話とデザインの力で社会をやわらかに――認知症世界の歩き方が、いまを生きるみんなにとってのウェルビーイングを支える一助となることを願っています。


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連載:“自分らしく生きる”を支えるしごと