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居心地の良い場所の条件ってなんだろう? 浦安にある高齢者向けの住まい「銀木犀」をたずねて “自分らしく生きる”を支えるしごと vol.04

Sponsored by 厚生労働省補助事業 令和5年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)

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「ストレス社会」という言葉を初めて聞いたのはいつだったろう。今ではすっかり日常的な言葉になった。むしろ最近は誰もがストレスを抱えているのが当たり前で、心の片隅に小さな棘のようなものを秘めながらうまくやり過ごしていくことが大前提になっているような気さえする。

そんな時代だからこそ、自分にとって「居心地のいい場所」を見つけることは人生においてかなり大きな意味を持つ。そこでただくつろぐだけでもいいし、家事や趣味に没頭してもいい。おいしいものを食べながら気の置けない人たちと笑いあったり、たまには愚痴をこぼしたり。

そんな些細なことの連続が人をなんだか元気にしてくれることを、私たちは経験則として知っている。自宅であれ、外であれ、どこかに「居心地のいい場所」があって、そこで充実した時間を過ごすことが人生には大切なのだ。

では、自分が年齢を重ねて自宅で暮らすことや近所への外出さえままならなくなったとき、私たちはどんな場所なら「居心地がいい」と感じるのだろう?

人生の終盤を過ごす大切な場所――外出の機会が減って、ほとんどの時間をそこで過ごすならなおさらその空間は居心地が重視されるべきだと思うけれど、現実には「危ないから」「人手が必要だから」「コストがかかるから」といった事情もある。ケアを必要とする立場になったとき、生活の場に居心地の良さを求めるのは贅沢なんだろうか。

今回、私たちが訪ねた千葉県浦安市の「銀木犀」は、サービス付き高齢者向け住宅としては少々型破りで、だからこそ入居者の多くがそこで暮らすことに喜びを感じ、日に日に元気に、活動的になっていくという不思議な場所だった。居心地が良すぎて「ここにずっといたい」「ここで最期を迎えたい」と入居者が願う、その魅力を紹介したい。

開店前から小学生が集まる駄菓子屋

ある土曜日の午後、浦安市の住宅街の一角にあるサービス付き高齢者向け住宅(以下サ高住)「銀木犀 浦安」を訪ねた。3階建ての建物は少し変則的な形をしていて、おしゃれなマンションのよう。

エントランス前の開けた空間には緑が茂り、玄関へつながる小路もある。そこに小学生くらいの男の子2人がいて、自転車にまたがったまま中の様子をうかがっていた。銀木犀の中には駄菓子屋があるらしく、店が開店するのを待っていたのだ。

浦安の銀木犀には、74歳から98歳までの42人が暮らしている。平均年齢は88歳。約20人のスタッフと厨房のスタッフ7人が日々の暮らしを支えている

開店時間の14時になると、ピンク色の「だがしや」の幟が出され、子どもたちが館内に入っていく。中に入ると玄関の右手に駄菓子屋があり、色鮮やかなお菓子がこまごまと並んでいた。

店番をしていたおばあちゃんは銀木犀の入居者だそうだ。御年92歳ながら、何十種類もの駄菓子の代金がすべて頭に入っているとのこと。

「私は実家も嫁ぎ先も風呂屋でね、子どものころから番台に座っていたから、店番は慣れているんです。今の子どもたちは賢くてね、自分で計算機持ってきて、『おばあちゃん、これ全部で100円です』とか教えてくれるの。時代ですねえ」と笑顔で話してくれた。

子どもだけでなく、親子連れや大人も訪れるという駄菓子屋。お菓子が並ぶ棚は、東京・西新井大師にある銀木犀の入居者が作ったものだ
「駄菓子、結構おいしいですよ。私は野菜嫌いだから、野菜の味は食べないけどね」と、駄菓子屋の店番をしていたおばあちゃん

私たちを迎えてくれたのは、麓慎一郎(ふもと・しんいちろう)さん、玲子(れいこ)さん夫妻だ。二人は他の介護施設からの転職組として銀木犀を運営する株式会社シルバーウッドに入社し、新施設の立ち上げにも携わってきた。

現在、慎一郎さんは浦安と市川の銀木犀、玲子さんは西新井大師の銀木犀の所長を務めている。

銀木犀の「所長」を務める麓慎一郎さん、玲子さん。「この話もしたい」、「実はこんな話もあります」と、2人で競い合うように、銀木犀の理念や入居者のエピソードを話してくれた
駄菓子屋の会計カウンターも兼ねた共有スペース、「みんなのキッチン」。お茶を入れたり、簡単な調理をしたり。コロナ前は駄菓子を食べる子どもたちや近所の親子連れ、入居者の方々がソファに座り、お喋りする場所でもあったそうだ。コロナの収束が待ち遠しい

「わー、すごい!」「おしゃれ!」

夫妻に案内されて奥の食堂へ入った途端、思わず声を上げてしまった。陽の光を取り込む大きな窓にアーチ型にくりぬかれた白い壁。無垢のヒノキ材を使った床には、大きな白木のダイニングテーブルと椅子がゆったりと配置されていて、ルイスポールセンのペンダントライトや観葉植物とともに、北欧風の明るい空間を生み出している。

「銀木犀を運営するシルバーウッドは建築業からスタートしているので、代表の下河原(忠道氏)は空間づくりやインテリアにも強いこだわりをもっています。ダイニングセットは家具職人さんが作った重厚なものですし、照明はオレンジ色の電球色なので、夜はちょっとしたレストランのような雰囲気になりますよ。外の植栽はライトアップされるので、近所の高校生が写真を撮っていることもありますね」と慎一郎さんは笑う。

食堂は自由席のため、入居者の仲良し同士が集まって食事を楽しむ。新しく入居した方には、スタッフが「相性の良さそうな人」の近くの席をおすすめし、会話が生まれるきっかけを作っている
白木のダイニングセットは家具職人の大島寛太氏の作品。代表の下河原さんとは旅先の屋久島で出会った御縁とのこと。食堂の壁には、大島さんからのメッセージが飾られている
食堂には大きな観葉植物やアンティーク風の鏡の装飾品も

高齢者向けの食事と聞くと、薄味、少量を想像しがちだが、この食堂で出される料理は、しっかりとした味付けで量もたっぷりある(ちなみにこの日の夕食メニューは「鶏肉のバジル焼き」と「じゃがいもの明太炒め」だった)。

おいしい料理を提供するため、わざわざ自社で厨房スタッフを雇用するこだわりようで、コロナ前は町の食堂としてランチ営業をしていたそうだ。

もちろん、食事制限が必要な入居者には制限食が用意されるが、銀木犀はそのあたりも柔軟に対応している。

「塩分コントロールだけが必要な方には、料理の味はそのまま、味噌汁の量を半分にして調整するなど、おいしい食事を楽しんでもらうようにしています」と玲子さん。

また、銀木犀全体の特徴として、「医者から食事制限するよう言われているけれど、残された余生は好きなものを食べて過ごしたい」と考える入居者や、「父は糖尿病だけれど、お酒好きなので、少しくらいは飲ませてあげてほしい」などと希望する家族が多いため、本人の希望を聞き、家族や主治医とも相談しながらメニューを決めているそうだ。

また食事を快適に食べられるよう、希望者には歯科衛生士によるチェックを定期的に行っている。

高齢者にとって食べることは本当に大事で、多少体調を崩したりしても、食べられるうちは大丈夫という、1つのバロメーターにもなります。だから私たちはお食事も含めて、食べることにすごく力を入れています。(慎一郎さん) 

「だって、入居者にとって、ここは『おうち』ですから」

話を聞いている間、二人は何度もそう言った。この考え方は、銀木犀の根幹をなすもので、「入居者の行動を制限管理せず、自由を守る」「『おうち』として不自然なことはしない」という方針にもつながっている。

観葉植物を置くのも、花瓶に花を活けるのも、入口に鍵がかかっていないのも、「おうち」としては当然のこと。スタッフに制服がなく、入居者を「年寄り扱い」してことさらに大きな声で話しかけないことも、その一例だ。

入居者の自由を守ることはすなわち、入居者に自分でできることは自分でするようサポートすることでもある。

「たとえば、移動の際は必ずスタッフがお手伝いする、と決めてしまうと、入居者の方はスタッフが部屋に来るまで移動できなくなって、結果的に自由が奪われます。それに常に人がそばについていることは大きなストレスにもなります。結局、転倒のリスクをとるか、自由をとるか、ということなんですよね」と慎一郎さんは言う。

「そう。転倒のリスクを減らすより、もっと大切なものがあるんじゃないか、というのが銀木犀の考え方なんですよ。スタッフとしては手を貸した方が楽なんだけど、あえてすぐには手を出さないようにしています」と玲子さんも続ける。

そのため、銀木犀のスタッフは個々の入居者と接しながら「何ができないか」ではなく、「何ができるかどんなことならやりたいか」を観察しているそうだ。

日々の気づきは介護記録として残され、ケアマネジャーと相談後、入居者に提案するようにしている。たとえば、食事ひとつとっても、自分でおひつからごはんをよそえる、食事前の配膳はお盆が重くて難しいけれど、食後の下膳ならできるなど、一人ひとりできることは異なる。それ以外にも掃除、洗濯、シーツ交換など日常の作業を入居者にできる範囲でやってもらうようにしているため、浦安では介護保険の利用率が4割以下になっているそうだ。

かわいらしいデザインの郵便受けは、食堂のダイニングセット同様、大島寛太さんが作ったもの。郵便物のピックアップが難しい人には、スタッフが部屋に届けている

「自分でできることはやる」という考え方は入居者にも浸透していて、銀木犀では、食後に食堂のテーブルを拭く、アルコール消毒液を補充する、外の草むしりをするなど、多くの入居者が自発的に館内の雑用をしている。

「それはやっぱり入居者の方々も、ここが『おうち』だと感じているからじゃないですか。自分の家が汚れていたり、雑草が伸びていたら落ち着かないのは当たり前ですからね」と慎一郎さんは言う。

そうした積極性は人付き合いにも反映されていて、入居者同士のコミュニケーションも活発だそうだ。食事の時には仲良しグループで声をかけあって降りてきたり、入居者が他の入居者の車椅子を押していたり、日中は他の人の部屋に集まっておしゃべりしている人も多いというから、なんだか学生寮のようでもある。

つい最近は、災害時の避難マニュアルを自分で作り、備え付けのスプリンクラーの種類について質問してきた入居者がいたそうだ。玲子さんはその時、スプリンクラーについて調べながら、嬉しさがこみあげてきたという。

だって真剣に避難を考えるのは、その方が「災害が来ても生きのびよう」と思っているからですよね。すごくないですか? 銀木犀に来られて、まだまだ生きたいと思ってもらえている。その気持ちに自分も応えなければ!って思いました。(玲子さん)

食堂の奥にはいろいろなジャンルの本、ゲームや碁盤が置かれたスペースがある

自由に暮らせない状況に置くことが、本人にとって幸せなのか

銀木犀が掲げる理念は、すべて代表の下河原さんの考えによるものだ。

下河原さんはサ高住の事業を始めるにあたり、国内の介護施設や北欧の介護施設などを自ら視察し、独自のスタイルを固めていった。そこには「どんなに命を長く延ばせたとしても、自由に暮らせない状況に置くことが、本人にとって幸せなのか」という問いがあり、とくに終末期を迎えた入居者には、「ご家族と主治医が許可を出すなら、本人がしたいようにさせてあげたい」という考えが貫かれている。

そうした銀木犀の在り方について、玲子さんは「代表が介護業界の人ではなかったから、できたことじゃないかな」と言う。玲子さんは一般的な介護施設で16年働いた後に銀木犀に移ったため、転職当初は銀木犀のやり方に戸惑い、反発を感じることが多かったそうだ。だが、ある出来事が彼女の考えを一変させる。

その日、玲子さんは終末期のある入居者のために、主治医から指示されたゼリー食を用意していた。しかし下河原さんはその方に「何か食べたいものある?」と声をかけ、本人のリクエスト通り特上の寿司を用意したそうだ。

終末期の方にお寿司を食べさせる? 嘘でしょ!と反論しましたが、ご家族とお医者様からは、本人が希望するなら食べさせてあげて、という許可が出たんです。その方がお寿司を食べたときの嬉しそうな表情は忘れられません。本当に衝撃で、自分のなかで看取りの固定概念が一気に崩れてしまって……。

代表に「悔しい」と言ったのを覚えています(笑)。今では銀木犀に出会えてよかったなと素直に思うし、これからもずっと働きたいと思っています。(玲子さん)

「銀木犀で働くと、介護の考え方が少し変わるんですよね」と慎一郎さんも言う。

いろいろな考え方はありますが、最期までその人らしく生きられる。そういうことを大切にしたいと思います。(慎一郎さん)

2019年に旅立ったAさんも「自分らしさ」を貫いた一人だ。日頃から「人生最期の瞬間までタバコを吸っていたい」と言っていたAさんのため、関係者全員同意のうえで、彼の終末期には自室でタバコを吸えるようにした。「タバコを吸うときは、病人とは思えないほど顔つきも姿勢もしっかりするんです。最期は本当に安らかに旅立たれました」と慎一郎さんは教えてくれた(提供写真)

観察と情報共有から「良いサポート」を模索する

でも、入居者の自由を守り、自立を促す環境は、スタッフの方が大変なのではないだろうか。もし入居者が館内で転んだら? もし一人で外に出て戻ってこられなくなったら? 何かあったら家族から責められるのではと、心配が尽きない気がする。

「そのあたりは、入居前にしっかりご本人やご家族とお話をして、銀木犀には自由がある代わりにリスクもあるということを納得していただいています。だから、私たちの経験では、転倒に対するご家族からのクレームは過去に一件もありません。玄関のドアに関しても、認知症のある方の外出を防ぐために施錠してしまうと、その方に『外に出たいのに出られない』というストレスをさらに与えてしまい、結果、窓から外に出るような事態につながってしまいます。それは『おうち』として当たり前ではないし、いい形ではないですよね」と慎一郎さんは言う。

実際、入居者が外出して戻ってこられなくなることは少なくない。西新井大師の銀木犀の例では、過去9年間で入居者が外出から戻れなくなってしまった数は60回以上に上るとのこと。

「警察のお世話になったこともあります。でも外出して戻れなくなってしまったりするのは限られた数人ですし、何度か経験するうちに、どこにいるか大体分かるようになってくるんですよ」と玲子さんはどこまでも頼もしい。

過去には、ある男性が「外に出たい」というので送り出し、玲子さんがこっそり後をつけたこともあるそうだ。その男性が散々道に迷いながらも近所のスーパーまでたどりつき、買い物を済ますまでを見届けながら、玲子さんは、しっかりした歩調で歩いているから転倒の可能性は低い、品物を選ぶことも、お会計もきちんとできている、携帯電話に出ることはできるなど、その男性の行動を観察し、スタッフと情報共有したとのこと。

毎回スタッフが後を追えるわけではありませんが、私たちが「その方は何ができるか」を把握しているのが、銀木犀の強みだと思うんです。(玲子さん)

つまり、リスクを受け入れる自由があるから、入居者が行動を起こしやすく、スタッフはそれを見て、その人の能力ややりたいことが見えやすいということだろうか。

銀木犀では定期的にスタッフ会議を行い、個々の入居者の情報を共有し、より良いサポートをするためのアイデアを出し合うそうだ。そうしたスタッフたちの献身、あるいは活躍ぶりを見て、厨房のスタッフが「介護の仕事をやってみたい」と職種を転向した例があるという(同様に介護のスタッフが栄養に興味をもち、厨房に移った例もあるというから興味深い)。

「私たちの仕事のやりがいは、自分たちのサポートによって、入居者さんがみるみる変わっていくこと。その意味で、介護は本当にクリエイティブな仕事だと思います」と、慎一郎さんは話す。

玄関横の事務所スペースには、スタッフのみなさんのほか、入居者さんの姿も
居室の一例。床には食堂と同じように無垢のヒノキ材が使用されている
食堂や廊下の壁には遊び心満載の小さなドアが。扉を開けるとネズミと猫のしっぽがのぞく

「居心地の良い場所」の条件ってなんだろう

銀木犀では入居者が日に日に元気になっていくことはよくあることで、「入居前にご家族から聞いていた話は何だったの?」ということが珍しくないそうだ。話の最後に麓夫妻は入居者の写真を見せてくれながら、奇跡の回復エピソードの数々を披露してくれた。

「食事はほとんど食べられない」と聞いていたのに、毎食おいしそうに、(しかもたくさん)食べるようになった方の話。入居時は要介護5認定だったのに、歩行器を使って館内を歩けるようになった方の話。重篤な病気で余命宣告を受けたのに、数年間銀木犀で過ごす間に病状が回復し、自宅に戻っていった方の話――。

にわかには信じられないが、ここではそういうことがたくさん起きている。それって、私たちの問い「高齢者にとっての居心地のいい場所とは」の答えにつながっていくのではないだろうか。

人が元気になれる要因を「居心地のいい場所」の条件とするなら、銀木犀は実にたくさんの条件を備えている。子どもとのふれあい、おいしい食事やおしゃれな空間、他の人とのコミュニケーションやポジティブなムード、自立心を促される環境、管理制限されない自由もある。「でもやっぱり、ストレスがないことが一番大きいんじゃないでしょうか」と慎一郎さんは言う。

高齢者だからとか、認知症だからとか関係なく、人として自由な生活を送れるから、余計なストレスがかからなくて元気にもなる。(慎一郎さん)

そうそう!だってね、と玲子さんも話し始める。

ストレスほど、なんでもマイナスの方向に変えてしまうものはないですよ。ストレスなく過ごすだけで食べられるようになるし、健康にもつながって、すべてがいい方向に向かうんじゃないかな。銀木犀の入居者のみなさんの表情が明るいのは、それが大きいと思います。(玲子さん)

ストレスなく、一人の大人として、自分らしさを貫ける――。

銀木犀はそんな場所だ。そこで多くの人が感じる「居心地の良さ」は、固定概念を破り、リスクを受け入れる勇気と、小さなわがままを聞いてくれるおおらかさ、そして「これがやりたい」「こうありたい」を全力でサポートしてくれる優しさからできている気がする。


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