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【写真】エプロンを着た人が3人並んで笑っている。【写真】エプロンを着た人が3人並んで笑っている。

いくつになっても「働く」は楽しい。ばあちゃんたちの生きがいとビジネスの両立を目指す、株式会社うきはの宝をたずねて “自分らしく生きる”を支えるしごと vol.05

Sponsored by 厚生労働省補助事業 令和5年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)

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日本は、驚くほどの勢いで超高齢社会が進んでいる。現在、総人口に占める65歳以上の人口の割合は29%。2070年には、75歳以上が総人口の約4人に1人になると予想されている(内閣府『令和5年版高齢社会白書』)。

物価高に寿命が伸びたこと……さまざまな要因が相まって、高齢者の生活は金銭的にも精神的にも、なかなか厳しい。では、社会やいつか高齢者になるわたしたちは、この状況にどのように向き合っていけばいいのだろう。

「もう、保護では間に合わない」と話すのは、株式会社うきはの宝の代表である大熊充(おおくま・みつる)さん(43)。本気で稼ぐことを目指しながら、地域の高齢者と働く会社を立ち上げた。現在、75歳から93歳の18人がさまざまな働き方でかかわっている。

若者が立ち上げた会社で高齢者が働くとは、どういう現場なのか。福岡県うきは市にある事務所を訪ね、大熊さんと3人のばあちゃんに話を聞いた。

山間にある小さな加工所

福岡市内から高速道路を走って1時間ほど。うきは市に入ってまちなかを抜けると、だんだんと畑や山が視界のほとんどを占めるようになってくる。美しく整えられた棚田、バス停に置かれた等身大以上のかかしを横目に見ながら、くねくねと急な坂を登った先にうきはの宝の事務所はあった。

川と山に抱かれ、棚田と特産品でもある茶畑が広がる。イチジクや柿などの果樹栽培も盛んな土地
川の側に建つ、うきはの宝の事務所

ここは元保育園。過疎地域の例にもれず、使われなくなった施設を有効活用しているので、光熱費も含めて月35000円の家賃だとあとで教えてもらった。「いらっしゃい!」と元気に迎えてくれたのが代表の大熊さんだ。

わたしたちのほかにも、福岡ローカルのラジオ局の生中継の取材が入っていたが、主役のばあちゃんたち3人はまったく動じない。というよりもむしろ、自由にふるまい続けるのを、大熊さんがあうんの呼吸でいなしていく。

「よく来たね。まずはこっちに座って。あら、こうしてみると親戚の集まりみたいだね」と誰かが言い、みんなにこにこして取材者一同を座敷に招き入れてくれた。

左からミヤコさん、ケイコさん、トキエさん

この日、新商品の試作のために出社していたばあちゃんたちは、現在のうきはの宝の主要メンバーだ。リーダー格であり最若手でもあるトキエさん(76)は、本業は農家で、普段は農作業や地域活動に忙しい。事務所のすぐ近くに住んでいて、お客さんに出すお茶もお菓子の盛り付けに使う笹の葉も、「ちょっと持ってくる」と軽やかに家や庭で調達して数分で戻ってくる。

ミヤコさん(87)とケイコさん(81)はともにこの春からのメンバー。コロナ禍がひと段落して、うきはの宝が再始動するタイミングで仲間に加わった。2人は市内の中心部から、わざわざ車で30分ほどかけて出勤してくる。以上の3人は、うきはの宝が運営するYouTubeチャンネル『ユーチュー婆/ばあちゃん飯 by うきはの宝株式会社』のレギュラーメンバーでもある。

「大熊さんが誘ってくれてね。トキエさんは食生活改善推進員(※)の会長もやっていてよく知ってたし、すごく楽しんでいるの」とケイコさん。3人からは、いかにもはつらつとしたエネルギーが漂ってくる。

※1955年に設立された、食を中心とした地域の健康づくりを推進する全国組織のボランティア団体。昭和後期の最盛期には17万人の会員がいた。

ばあちゃんたちの得意を探して

今日の仕事はお菓子の試作。市内にある人気の道の駅でレギュラー販売するものをつくろうと張り切っている。大熊さんは、『ばあちゃん飯』と名付けたラインナップを小売店やECで販売し、軌道に乗せたい考えだ。また、現在同時進行で準備が進められているのが『ばあちゃん新聞』。全国に広がるネットワークをいかし、ばあちゃんたちが取材対象や執筆者となり、謝礼や原稿料が対価として発生する。

現在うきはの宝の事業の割合は、食品製造6割、新聞2割、わたしが全国に出向くコンサル業2割といったところでしょうか。里山体験も週末を中心に月に5件くらい受けています。視察も結構あって、もうすぐ台湾からお客さんが来るところです。お弁当を頼まれてるから、今日はその打ち合わせもばあちゃんたちとしておかないと。

株式会社うきはの宝 代表の大熊充さん

大熊さんには、じいちゃんばあちゃんたちに恩返ししたいという想いがあった。そこで高齢者のニーズを掴むためにはじめたのが、無料送迎サービス『ジーバー』。1年3か月の間に450件もの利用があり、昔近所に住んでいた2人が60年ぶりに再会するなど、さまざまな出会いがあったのだそう。そこで「体が元気なうちは働きたい」「月にあと2〜3万円あったらな」という声を聞き、一番必要とされているのは働く場所だと知ることになった。

当時配っていた『ジーバー』のチラシ

その後2019年にうきはの宝を法人化し、コロナ禍までは食堂を主軸に活動。メニュー開発にはじまり、調理や接客で20人ほどのばあちゃんたちが入れ替わり働いていた。素朴でおいしい料理は人気を呼んだが、そうなると「ほどほど」にやるにはいかないジレンマも。ばあちゃんたちは一日が終わると疲れ果ててしまう。そこで、コロナ禍で店を開けられない時期に開発した『万能調味料』という出汁がヒットしたこともあり、食品加工に舵を切った。

うきは市は、3万人弱の人口のうち35%以上が65歳以上の高齢者が占めています。あと20年もしたら人口のほぼ半分が高齢者になることが予測され、独居世帯数も増加し続けている「超高齢社会の先進地方都市」。物価も上がり、国民年金の需給だけでは年々生活が厳しくなっている現実があります。でも、過疎地域では「保護し続ける」というのは、財源やマンパワー的に不可能なんですよね。そんななか、雇用をつくれれば、報酬を得たり、居場所ができたりする可能性を感じています。

どうしたら売れる? えんえん続く戦略会議

この日つくっていたのは、黒飴を巻いた「ばあ巻」、ヨモギ団子、ヨモギ蒸しパンの3種類。それぞれ家ではつくり慣れていても、あんこの量、混ぜる手順、粉の種類など、試作中も3人の意見がたくさん飛び交う。

黙々と分業してつくり上げるのではなく、常に相談し作業をフォローし合う。ひとつの作業に6本の手が伸びる場面が多いのには思わず頬が緩んでしまったが、そのくらい和気あいあいとした雰囲気なのだ。

売るんだと思ったら、いつも通りにちょっと工夫を足そうと思うじゃない。それがとっても楽しいのよね。(トキエさん)

話しながらも集中してお菓子をつくっている様子。左からトキエさん、ケイコさん、ミヤコさん

一方で大熊さんは、シビアに商品の仕上がりをチェック。つくるものについては、基本的にばあちゃんたちに任せているが、販売価格やどの商品を採用するかは大熊さんが決める。また、この日の作業にはなかったが、通信販売で売るものについては、商品開発から大熊さんが主導するなど、役割分担は明確だ。試作品数は2023年に入ってからだけで80種類以上、そのなかで商品化できるのは数種類まで絞られるという。

さあ、みなさんも試食してみてください! リアルな意見が聞ける貴重なチャンスだからね。辛口でお願いします。(大熊さん)

完成した試作品。ヨモギはこの地域ではよく採れ、昔から馴染み深い。うきは市でヨモギが採れないこの時期は、奄美大島のじいちゃん・中沢さんが栽培したものを使用

実際に食べてみたところ、人気だったのがヨモギ蒸しパン。口に入れた瞬間、ヨモギのいい香りが口から鼻へふわっと抜けて、なんともおいしい。でも、「この風味を生かすにはあんこはないほうがいいのでは」と言うと、大熊さんも同じ意見だった。

そうかねえ。じゃあ何か上に載せたらどう? レーズン、くるみ、グミとか、デコレーションしたいな。素朴すぎじゃない?(ケイコさん)

「いやいや、そのままがいいんです」というのがその場にいたわたしたち若者の意見。でも、サービス精神が溢れ出すばあちゃんたちにとっては、それでは不安のようだった。

ばあちゃんたちは、どうしてもボリュームはたっぷり、値段は安くしたいって言いがちですね。100円が大好き(笑)。だからそこは若者の腕の見せどころです。ばあちゃんがつくってるという理由だけでは買ってもらえません。つくる個数に関しても、一箇所の卸先につき日商3万円から逆算しながら、無理のない目標を毎回定めています。

こういう議論を90歳とするのがおもしろい。きっと脳はめちゃめちゃ動いてますよね。最近では、健康で幸せな人生を送るには「よい人間関係」が必要だというハーバード大学の研究結果もあります(※)。働くって、人とのかかわりも生まれるし、頭を使うから健康寿命を伸ばすためにもすごくいいことなんですよね。

このときからさらにブラッシュアップされたおやつが、その後『道の駅うきは』に並んでいる。人気だったものを定番商品として残していくそうだ。

※ロバート・ウォールディンガー&マーク・シュルツ著、児島修訳『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』(辰巳出版、2023年)として書籍化もされている。TEDトークで歴代トップ10を記録し話題となった、ハーバード大学の84年にわたる史上最長の幸せ研究が元になっている。

現場から見えてきた、現行制度の限界

ばあちゃんたちは週2日、午前中3時間程度の勤務が多い。「これくらいがちょうどいい」と3人は声を揃える。大熊さんもばあちゃんたちの様子を長年見てきて、忙しくても1日の労働時間が4時間は超えないように気をつけているという。しかし、「この働き方では雇用保険の制度外なんですよ」とため息をついた。

雇用保険の対象は、1週間の所定労働時間が20時間以上であり、31日以上の雇用見込みがある人と決まっている。被保険者にとっては毎月の保険料支払いの負担がある代わりに、失業、育児休業や介護休業の給付を受けられることがメリット。一方で、雇用主にとっても利益はある。雇用している人たちが雇用保険に加入できれば、雇用に関する給付金や助成金を受け取れるようになる。多くの企業は、さまざまな制度を使いながら人件費を捻出しているのだ。

我々は制度からもれているから、人件費に関する助成金はまったくもらえないわけです。人生100年時代だから活躍しましょうと言われ、働く人の年齢も働き方も多様になっているのに、制度が追いついていないと感じますね。20歳と90歳を同じ雇用制度で扱えるわけないんですよ。雇用保険の自由度が高くなれば、民間企業も短時間の仕事を高齢者に渡したりするようになると思う。働きたい人と働いて欲しい人の需要と供給が、うまくマッチしていくといいですよね。

ばあちゃんたちはときおり仕事のドタキャンがあるそうだ。それは、体調が理由だったり、急なお葬式があったりするから。短時間労働でも、休みやすく、正当な給料が払われ、社会保障も受けることができる。そんな個々人の事情に合わせた働きやすい社会になったら、助かるのはばあちゃんたちだけではないだろう。

ばあちゃんたちが働く理由

ばあちゃんたちの背景はさまざまだ。大熊さんの問題意識を聞きながら、「それは変わったほうがいいわねえ」と加勢していたケイコさん。うきは市で生まれ育ち、大阪で40年暮らした後、夫婦でUターンしてから25年。帰ってきてからは、家族の介護の必要があったことからヘルパーの資格をとり、仕事もしていた。

大阪で子育てをしたし、趣味のお友だちもたくさんいたんです。だからこっちに帰ってきたときは寂しくって。食生活改善推進員の活動に参加して、やっとここで生きていけるって思いました。うきはの宝でも教わることがたくさんで、みなさんにお世話になって楽しくやっています。

ケイコさんと一緒に4月にうきはの宝のメンバーに加わったミヤコさんは、結婚する前に働いて以来の、家業以外のお勤めだ。

大熊さんが誘ってくれたのがとても嬉しくって。「もう歳だから」ってずっと考えていたんですけど、自分が役に立てるならやってみたいと勇気が湧いてきたんです。それに、みなさんにお会いして会話できる場所があるのは「やった!」って。いまは生きがいを感じながらやっています。

左からミヤコさん、ケイコさん、トキエさん

トキエさんは地域のキーパーソン。彼女自身のライフワークは、うきはの宝の活動に自然とリンクしていった。

市内の温泉の近くで育って、山の方へお嫁に来たでしょ。わたしには山の生活が合ってたね。春になってウグイスが鳴いたら空気が変わってくる。夏になったら草いきれ、クワガタやカブトムシとり……肌身で自然が感じられるでしょう。そりゃあいろいろあったけれど、田舎の生活ってやっぱりいいなあって思っていました。

子育てがひと段落してからは、友だちやこどもたちが人を連れてくるようになって。特別なことはせんとよ、わたしはこういうふうにして自然のある生活を楽しみよるよってことを体験させるとものすごく喜んでくれて。それがいま、うきはの宝でやっている椎茸の菌打ちやピザ釜を使ったピザづくりなどの里山体験につながっているんですよ。

周りの人にも、田舎の生活をいきいきしとったら、「楽しそうだな」って思った人がやってくるよって言うんです。ここに住みながらいろんな人に会って、外国の人もずいぶん来ましたよ。なかにはこどもの目線の高さに屈んで話してくれる人がいたり、自分の孫が初めて見る真っ黒な肌の人になんの違和感も持たないで接していたことがあったりして、いろんな勉強になることがあった。もちろん、それぞれの国の文化なんかもね。

背景はそれぞれだけれど、働くモチベーションは共通して「いろんな人に出会うこと」だという。「今日みたいに、あなたたちみたいな人にも会えるじゃない」と満面の笑みで言われたら、こちらもほくほくした気持ちになる。

【写真】トキエさんに寄りかかって笑っているケイコさん

働きやすい「環境」をつくる

ミヤコさん、ケイコさん、トキエさんの3人が楽しく働ける理由のひとつは、旧知の仲だから。「組み合わせが大事」と、大熊さんは力を込めて言う。実は以前、大熊さんがどんどん新しい人に声をかけて働いてもらっていたが、人間関係が悪化する事態が頻発したこともあったそうだ。

そこで採用やマネジメントは大熊さんがやらず、ばあちゃんたちに任せるようにしたら、うまく回るように。そしていまは、共同作業を得意とする人以外の仕事として、新事業の『ばあちゃん新聞』がある。

新聞の制作には、執筆や取材対象者など、さまざまな立場でじいちゃん、ばあちゃんがかかわっている。ちなみにここまで、ばあちゃん、ばあちゃんと言ってきたが、「じいちゃんを排除しているわけではないんですよ」と大熊さん。ばあちゃんに比べて、世代的に自ら参加しようとする人が少ない事情もあるし、現状ではじいちゃんが得意とするような仕事をつくれていないという反省もあるそうだ。

いまの世代のじいちゃんは、ものづくりを教えるとか、地域の見回りをするとか、そういうことに向いているのかな。実際に福岡県大牟田市では、観光案内でじいちゃんたちが活躍している事例もあるんですよ。

新聞制作には、うきは市以外の全国で協力してくれる支局と周辺の高齢者たちも参加するのも新機軸。読者は、新聞を通してじいちゃんばあちゃんの知恵やライフヒストリーを知ることができる。同時にこの媒体は、大熊さんが試行錯誤しながら培った「ばあちゃんと若者がともに働く仕組み」を全国に広めるための役割も担っていく。

たくさんの高齢者に会ってきて、1週間に1回しか人に会わず、その相手は僕だけという人もざら。そういう人も、ここで働くばあちゃんに惹かれて仲間に入って、自分も元気になっていく。人に必要とされて泣いて喜んだり、杖を放り投げて働いたり、これまでに生きがいを得て元気になっていくエピソードは数限りなくありました。

僕は自分のことを「ばあちゃん研究家」だと思っているので、学術的な勉強もしていて、彼女たちの幸福について考えるんです。わかったことは、人の幸福度って「軽いコミュニケーション」の積み重ねが重要だということ。あいさつだけでも、自分の存在を認められる感じがあるでしょう? 存在を認めてもらえて、自分らしさを発揮できて感謝されると、幸福度は高まっていく。関係性が濃すぎると逆に悩みが生まれちゃうけど、仕事で週2〜3回会うくらいの関係をふんわりつくり出せれば、高齢者の孤立は防いでいけるはずです。

大熊さんは、全国の高齢者が仕事を得ることによって孤立化を防ぎ、健康で長生きできる人を増やすことを目指している。

ここでは、4人ずつのチーム2つくらいを若者1人が支えるモデルを確立できたらいいなと考えています。4〜5人のじいちゃんばあちゃんのチームが100個できたら、500人の仕事ができる。そうやって、「楽しい」「幸せ」っていう生きがいが生まれる雇用をつくり出していきたい。いま、いろんな地域にコンサルティングでかかわって仲間が増えているので、それぞれの地域ににひとつずつ「○○の宝」があるといいなあと夢見ています。

全国ばあちゃん同盟みたいなのができれば、みんなでノウハウを共有したり、国に対してロビイング活動もしたりしたい。現場を働きやすくしていくために、全国的なムーブメントにしていくのが目標です。

【写真】インタビューに答える大熊さん

大熊さんの話は、終始働きやすい「環境」をどうつくるかに意識が向けられている。その熱を帯びた話を聞くそばから、わたしの頭には自分が住む地域の元気なばあちゃんたちの顔が浮かんできてワクワクした。わたしがあのばあちゃんたちを支える若者になって、それぞれの得意なことをいかした仕事を生み出せたら……と、自らも生きがいをつくる伴走者になるイメージが湧いたのだ。

会社にするまではいかずとも、大熊さんのように上の世代や地域に恩返しをしたい気持ちを持っている人は、きっと少なくないはず。高齢者もそばにいる若者も、ともに前を向ける取り組みは、ひいては地域をいきいきとさせるヒントも教えてくれた。


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