福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】さまざまな植物に囲まれた場所に木製の木と机が置いてある。そこで会話をしたり、花を触ったりする人たちが思い思いに過ごしている【写真】さまざまな植物に囲まれた場所に木製の木と机が置いてある。そこで会話をしたり、花を触ったりする人たちが思い思いに過ごしている

さまざまな命に囲まれて、心を動かして生きる。 園芸療法を行う「晴耕雨読舎」をたずねて “自分らしく生きる”を支えるしごと vol.02

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誰だって、自由を奪われるのは嫌だ。たとえ昨日の記憶があいまいになっても、今日の過ごし方がわからなくても、明日の予定が立てられなくても、選択肢は多いほうがいい。

なるべく選択肢を奪わず、それぞれの「やりたいこと」「できること」を探究する、高齢者のための施設が大阪府高槻市の山麓にある。NPO法人たかつきの運営するデイサービスセンター晴耕雨読舎(以下、晴耕雨読舎)は、日本でも数少ない園芸療法を実践する福祉施設だ。園芸療法とは、草花や野菜、自然とのかかわりから心身の回復・改善を行う取り組みのこと。1950年代に欧米ではじまり、日本でも医療や福祉などの領域で実践されている。

農園芸や大工仕事を通じて提案される自立支援のあり方や、「生きがい」とは何かについて、代表理事の石神洋一(いしがみ・よういち)さんに話をきいた。

自分で選ぶ、晴耕雨読の暮らし

施設名をきき「晴れた日は畑に出て雨の日は読書をする」、そんな誰もが憧れる穏やかな生活があるのだろうか、と期待を胸に高槻に向かった。JR大阪駅と京都駅のちょうど中頃にある高槻駅から、車で約20分。住宅街を抜けると、三好山のふもとにデイサービスセンター晴耕雨読舎がある。戦国時代の城跡がある三好山や近くの摂津峡は、自然豊かな場所として親しまれる高槻市屈指の観光スポットでもある。

左手にある草屋根の建物と庭がデイサービスセンター晴耕雨読舎。右手に流れているのは高槻市内を南北に走る芥川(あくたがわ)。大阪と京都の間に位置する利便性のよさからベッドタウンとして発展してきた高槻市。利用者さんの多くは市街地から通っている

晴耕雨読舎を訪れたのは夏の暑さが残る9月だった。到着してすぐ目に入るのは、箱状の畑が並ぶ広い庭。およそ300坪の敷地に50種類以上の野菜や果物、花々が栽培されている。つややかなナスに、まもなく収穫をむかえる柿。一角にはコスモスや百日草が咲き渡り、そのあいだをトンボや蝶が飛び交う。耳を澄ますと、目下に流れる川のせせらぎに虫の音や鳥のさえずりが重なる。

大きな縁側のある平屋建ての木造家屋に入ると、洗面所で髪を乾かしている人がいた。「何でもきいてね」と微笑んでくれたのは、ここに10年以上通う利用者さん。すでに、それぞれの一日がはじまっていた。

晴耕雨読舎に登録している60人のうち、利用するのは一日約20人。「みなさん、朝来たらまずは自分で今日の計画を組み立てるんです」と案内してくれたのは、NPO法人たかつきの代表理事で、施設長の石神洋一さんだ。朝9時半ごろから16時半までお昼ご飯をはさんで「午前の活動」と「午後の活動」を行う。内容はあらかじめ決まっていないので、その日にスタッフと一緒に決めていく。

NPO法人たかつき 代表理事の石神洋一さん。スタッフは全員インカムをつけ、リアルタイムで情報共有をできるようにしている。これによって、広い敷地内で大声を出す必要がなくなり、利用者さんが自由に動き回るのをフォローしやすくなった。同規模のデイサービスより多い、常時7人程度のスタッフで運営している

9割以上の方に認知症があるので「先週の続きでこれをやろう」というのが難しい場合もあります。スタッフがそれぞれの好きなものやその人のライフストーリーを把握しているので「これはどうですか?」と提案することも多いです。でも、できるだけこちらで決めないようにして、その人が希望する過ごし方を突き詰めていきます。

にぎやかなイラストで「畑・園芸」「大工」「クラフト」などの選択肢が用意された「活動日記」でコミュニケーションをとっていく。「今日は何をしたらいいの?」とただ待つのではなく、自分で発信し、選択し、決定してもらいたい、と考えているからだ。

「活動日記」では朝に書く「朝の体調」「予定」と、帰る前に書く「実施」「夕方の体調」を自分で記入する。裏面にはスタッフが撮影したその日の写真が貼られ、ご家族へのアルバムの役割も果たす
育てる野菜や植物を選ぶときの一覧。写真を見ながらだと記憶が蘇り、自分で決めやすくなるという

この日の天気は曇り時々晴れ。「午前の活動」は、ほとんどの人が自分の畑で収穫をしたり水をあげたり、散歩したりと屋外で活動していた。庭にはそれぞれに名前の札がついた「自分の畑」があり、いつ何の種を植え肥料をあげたかが一目瞭然にわかる。さっき洗面所で髪を乾かしていた人は、最近白菜の種をまいたばかりだという。「今年の夏につくったマクワウリはおいしくできたの」と笑顔で教えてくれた。

最初はキャベツをやったけどうまくいかんし、白菜もうまくいかんかった。途中で腐ったり、虫に食べられたりで。でも、今年はもうほんとうにええもんができました。耕したりお水をあげたりして、たぶん土と仲良くできた結果やと思う。ここは好きなものをつくらせてくれるのがええところです。

白菜を育てている利用者さん。熱中症対策として、首に巻いた手ぬぐいのなかには保冷剤が入っている
ナスが豊作だった。「立派ななすびやろ。これを半分に切って、切れ目を入れて、ほんでフライパンで焼くねん」。収穫した野菜や花は、家族やご近所さんにあげて喜ばれることもあるという

やりたいことをやってもらう、晴耕雨読舎のはじまり

晴耕雨読舎では、基本方針や園芸療法の目的が書かれた『園芸療法 心得帳』がスタッフに共有されている。石神さん自らが書いたものだが、そこにある「晴耕雨読舎の基本方針」には、まず「利用者さんのやりたいことをやっていただく」とある。こうした理念はどのように生まれていったのだろうか。

利用者さんやスタッフに「所長」と呼ばれる石神さん。2001年に介護事業をスタートしNPO法人たかつきを立ち上げる前までは、東京で環境事業を行う造園資材メーカーに勤めていた。介護の世界に飛び込んだのは園芸療法との出会いや環境問題への意識もある。だが、明確なビジョンがあったというよりも、自然の近くで社会貢献できたらという想いだった。

庭の真ん中にあるあずま屋「いっぷく庵」で利用者さんと談笑する石神さん

会社員時代は、都市部の緑地整備の提案や資材提供をしていました。いい仕事だったけれど、もっと土を触りながら、自分に近いところで植物に接したいと思ったんです。最初は高齢者福祉をやろうという予定もなくて。事業計画としてはあいまいでした。

そんなとき、ちょうど父親が携わっていた社会福祉法人で、高槻市に使われていない土地があることを知る。大阪府の各市町村では、要介護認定を受けていない人が予防を目的に通う「街かどデイハウス」事業がスタートしたころでもあった。こうしたタイミングが重なり「ここで園芸療法をしよう」と半年ほどで計画。2001年に「街かどデイハウス晴耕雨読舎」をはじめ、同時にNPO法人たかつきを立ち上げた。

スタッフは自分と妻の2人。園芸療法をやりたい、と立ち上げたものの最初は手探りだった。「今日は寄せ植えをやりましょう」「今日は種まきです」と日々「やること」を準備し、道具を用意した。来てくれる人たちも楽しんでくれている。だが、徐々にネタもつきて準備が徒労に変わっていった。

そんなときふとした会話から、ある利用者さんが「いまは右手が麻痺して動かないけれど、昔は日曜大工で棚をつくったことがある」と知る。ちょうど棚をつくりたいと思っていたと話すと「やってみたい」と言ってくれ、その人主導で棚づくりがはじまった。自分は作業の手伝いに徹したところ、完成するとすごく喜んでくれた。利用者が主体的に「やりたい」と思うことの手伝いをする。お世話をするのではなく、環境づくりへ。この経験がいまの晴耕雨読舎の方針につながっている。

学生時代にデザインを学んでいた利用者さん。大工仕事はお手の物。文字も含め、晴耕雨読舎にある看板製作の大半を手がけている
毎回1周100mの庭を10周歩くことを目標にしているという。「お墓参りに行かなあかんから」と散歩の途中、お供え用にコスモスを摘んでいた。「ここはご飯も美味しいから好きや」とニヤリ
庭の周囲には10m置きに距離の表示があり、目標が立てやすくなっている
ランチは配食サービスを利用しているが、ご飯と味噌汁は手づくり、畑で採れた野菜を使ったかき揚げなどを出すことも。味噌汁は、毎年2月に利用者さんと仕込む自家製の味噌を使っている

できることを増やすための環境づくり

施設の内外を見渡すと、主体性を奪わない環境づくりの工夫があちらこちらに見られる。腰の高さの畑は「レイズドベッド」と呼ばれ、車椅子や足腰の不自由な方でも無理なく作業ができ、手すり代わりにも。安全な姿勢を保てることでスタッフの負担も減っている。

道具の置き方も然り。庭の真ん中に「道具」と大きく書かれたコーナーは、道具置き場であることが遠くから見て一目瞭然。わかりやすいから準備も片付けも自分たちでできる。物置にしまっていたときは、利用者さんが一人で道具を取りに行っても途中で忘れてしまい、スタッフが物置まで走ることもあったそうだ。

道具置き場。京都市立芸術大学の学生らとつくった

こうした工夫は「自分でできることは自分でやっていただく」という、二つ目の基本方針が根底にある。たとえ要介護認定があっても「家では当たり前のようにやっていたこと」「生活でやるべきこと」はやってもらう。そのための環境づくりをスタッフみんなで考え、実践している。

たとえば道端でお年寄りが重い荷物を持って、しんどそうに歩いていたとします。優しい人はきっと「お荷物を持ちましょうか?」と声をかけるでしょう。でも我々は「自分で持ってくださいね。がんばって歩けるところまで歩きましょう」と一緒に歩く。一見冷たいなと思われるかもしれませんが(笑)。

相手が困っていることに早く気づき、先回りして支援することが決してよい介護とは限らない。関係の築き方によっては、自主性が阻害されることもある。利用者さんが「何をしてくれるの?」と待ちの姿勢になり、何もないと「ちゃんとお世話してよ」と言われてしまう。こちらが気づいても「待つ」ことが本来の自立支援のあり方では、と石神さんは話す。

雑草はハサミで細かく切って堆肥にする。看護師の中津留さんは「処置がないときは看護師主導で機能訓練を行っています。こうした単純な作業も機能訓練になるんですよね」と話す

リスクマネジメントと尊厳を守るバランス

自主性を阻害しないためには、安全への留意もそのアプローチが問われる。石神さんは福祉事業をはじめたばかりのころ、施設の見学時におかしいなと思ったことがあった。

「安全」という名のもとに、制限をかけますよね。ハサミを使ったらあかんとか、包丁を使ったらあかんとか。そこにすごい違和感があって。ここではハサミもノコギリも包丁も、なんぼでも使ってもらっています。利用者さんは道具を使った経験があるので、危ないこともしないし、たとえ認知症が重くても、道具を振り回して周りや自分をけがさせるとか、そういうのはないんですよ。

リスク回避のためにコントロールすることで、人はあらゆる可能性を奪われてしまう。そうするとだんだんと意欲もなくなるし、体も動かなくなって弱ってしまう。「そのほうがかえってリスクが高まりませんか?」と石神さんは指摘する。自由を担保するため、ここでも環境づくりは欠かせない。

室内の綺麗な机にノコギリがぽんと置かれていたら、認知症のある方は混乱するでしょう。でも作業場に汚れた机があって、木材に線が引いてありそこにノコギリがあったとする。そうすると、自分は大工の現場にいるんだというのがわかる。そういう状況設定が重要だと思います。

すのこの端の色を変えたり、段差のあるところに鉢植えを置いたり、足元の変化に気づきやすい工夫が施されている

自然環境のなかで、充実した時間を育む

最後に、石神さんの考える「生きがい」についてきいた。というのも『園芸療法 心得帳』の園芸療法の目的の一つに「生きがいづくり」とあったからだ。石神さんはじっと考え、言葉を選びながら「やっぱり一番は、利用者さんに充実した時間を過ごしてほしいと思っているんですよね」と語った。デイサービスセンターで過ごす7時間をどう過ごすかはそれぞれに委ねたい、と。

もちろん自分たちだけでは実現できないこともあります。でも、限られた時間や環境のなかで、どう過ごしているか。そこを見ているのかもしれません。

「充実した時間」とは達成感を得たり役に立てたりした経験、楽しかった思い出、ゆっくり休んだひとときなど、人それぞれだ。これまで何十年も生きてきた時間の積み重ねがあるから、一人ひとりの「充実」の違いも大きい。だからこそ、ここでの時間の過ごし方は自身で決めてもらいたい。みんなで一緒に何かをすることはなく、「心が動いて体が動く」状態を大切にしている。

庭に出やすいように室内は土足OK。午後の活動は主に屋内で。本を読む人、翌月に控えた文化祭の準備をする人、フラワーアレンジメントを楽しむ人、何もせずにのんびりする人。思い思いに過ごしていく
一眼レフを構えたスタッフが一人ひとりの様子を撮影していた。一日の最後にプリントアウトして「活動日記」の裏面に貼る

植物には、モチベーションをつなげていく力があるんだと思います。先ほどの利用者さんのようにキャベツを植えてみたけれどうまくいかない。でもなんかおもしろいから、次は別の野菜で試してみよう。次はうまくいくかもしれないから、来年もまたやってみよう、と。そこはスタッフがお世話しなくても、自動的に植物が促してくれているんです。

うまくいってもいかなくても、季節がめぐってまたリセットされる。失敗したとしても、それは天気のせいか、虫のせい。そのあいまいさも園芸療法のいいところだ。

晴耕雨読舎で過ごしていると、そこかしこに息づくものが人間だけではないことをひしひしと感じる。植物も虫も鳥も、山も川も。それに心が動く。人間がコントロールできない関係性のなかで「今日という一日」があるんだ、と思えた。


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