

地域の「居場所」ってなんだろう?佛子園「三草二木 西圓寺」をたずねて “自分らしく生きる”を支えるしごと vol.25
Sponsored by 厚生労働省補助事業 令和6年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)
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自分が暮らす町に、どんな人が住んでいるのかほとんど知らない。
道ですれ違っても挨拶を交わすことはないし、たまに行くカフェや銭湯ではたいてい一人で過ごす。そもそも自分の日常に、町の人と顔を合わせたり言葉を交わす機会がほとんどない。もっとも、都心で暮らしてきた自分にとってはそれが当たり前だった。
だから、この場所を訪れて、驚いた。町の人たちが言葉を交わしながら温泉に入り、湯上がりの親子とお年寄りはテレビで相撲を見ている。その後ろでは学校が終わった子どもたちが走り回り、その横では常連とおぼしき人たちがカウンターでお酒を飲んでいる。この町に住む人たちの日常には、こんなごちゃまぜの「居場所」があるのだ。

今回訪れたのは、社会福祉法人佛子園が運営する「三草二木 西圓寺」(さんそうにもく さいえんじ)。廃寺をリノベーションし、2008年に石川県小松市の野田町にオープンしたコミュニティセンターだ。誰でも利用できる天然温泉やカフェに加え、高齢者が日中通うデイサービス、障害のある方が利用できる生活介護や就労継続支援(A型・B型)、障害のある就学児が通う放課後等デイサービスなどの機能も備えている。

「西圓寺ができて、町が変わった」。
これは、最近野田町に家を建てた佛子園の職員の言葉だ。西圓寺がオープンした2008年、その人はこの町で暮らす子どもだったという。西圓寺ができたことで、少しずつ町の人たちと顔の見える関係性が築かれ、この町に家を建てることを決めたそうだ。実際、ここ野田町の世帯数は年々増加を続けている。
とはいえ、ただ人が集まれるスペースをつくっただけでは、町の人たちの「居場所」にはならないはずだ。西圓寺が野田町で暮らす人たちの「日常」になった背景には一体何があるだろうか。
そんな問いを携えて、私たちは1473年に創建された500年以上の歴史を持つ古寺の戸をたたいた。
さまざまな挨拶が交わる空間で
西圓寺の引き戸を開けると、入浴セットを小脇に抱えた女性が下駄箱から靴を取り出していた。「こんにちは」と挨拶を交わし、私たちも靴を脱いで玄関を上がる。顔をあげると、青と赤の暖簾があり、その先には地下750mから湧出する天然温泉「西圓寺温泉」がある。

この温泉に、野田町の住民は無料で入ることができるそうだ。利用する際は、カウンターの先にある自身の名前が書かれた木札をひっくり返す。


もともと本堂だった空間は、改装され、座布団や椅子、カフェカウンターを備えており、「西圓寺味噌とんてき」や「寺パフェ」などお風呂上がりに食事も楽しめるようになっている。


カフェスペースは、デイサービスや生活介護の場でもあり、利用者は温泉に入浴したり、「懐メロダンス」「陶芸」「書道」など専門講師によるプログラムを体験したり、おいしいごはんを食べることができる。
また西圓寺は会社などで働くのが難しい方が、サポートを受けながら働ける就労継続支援の場でもある。温泉の受付やカフェの接客、講座の準備や片付け、味噌や野菜などの特産品づくり、施設内外の清掃やメンテナンスなど、一人ひとりの持ち味を発揮できる形で担っているそう。


境内をまわっていると、次第に学校帰りの子どもたちが増えてきた。本堂ではランドセルが山積みになり、みな思い思いの場所で遊んでいる。
「この時間帯は、『さよなら』『ただいま』『おかえり』という挨拶がごちゃまぜになるんです」と西圓寺で管理者を務める馬地裕紀子さんは教えてくれた。


さまざまな人が同じ空間にいながら、一人ひとりが自分の居心地のいいあり方や関わり方を見つけている。西圓寺を案内してもらいながらそんなことを感じた。
しかし、こうした場所は一朝一夕ではできないはずだ。どのように、人が集まる場所になっていったのか。さまざまな人がいる環境の中で、居心地のよさをどう育んでいったのだろう。
廃寺がなぜコミュニティセンターに?
西圓寺の建物は、もともと地域の住民から親しまれていたお寺をリノベーションしたものだ。
住職が亡くなったのがきっかけで廃寺寸前となり、町の代表から「お寺じゃなくてもいいからこの建物を残したい、知恵をかしてほしい」と相談があった。
コミュニティセンターにするという案が、はじめからあったわけではないんです。
そう話すのは、西圓寺の立ち上げに関わり、現在は佛子園の理事であり、星が岡牧場施設長・小松KABULETの代表を兼任する岸本貴之さんだ。

当時、障害者支援施設「星が岡牧場」は、近隣住民の方々と利用者が関わりを持つ活動の一環として「星が岡コンサート」という大規模なお祭りを毎年開催していた。
しかし、その付近の地域で佛子園が新たな障害者施設を立ち上げようとした際、反対する住民が少なからずいた。さまざまなイベントを行ってきたにもかかわらず、「障害者」の置かれている立場は全く変わってないことに気づかされたタイミングだったという。
岸本:お祭りのような非日常の活動だけを続けていても、重度の障害がある人たちが置かれている立場や環境はなかなか変わらないということに気づいたんです。そこで、町の人と障害のある人が日常的に関わりを持てる場所をつくらなければいけないという考えに至りました。
そんなタイミングで舞い込んできたのが、西圓寺を残したいという相談だった。
当初は、次の住職が見つかるまで敷地内が荒れないように、佛子園のスタッフと利用者で掃除を行っていた。しかし次の住職が見つからず、違う形で西圓寺を残す方法を考えはじめる。
「お寺」は古くから日本人にとって生活と地続きの場所だ。そこで岸本さんたちは、かつてお寺が担っていた役割を再考する。同時に町の人が「日常」の中で障害がある人とともに過ごす環境が生まれる形を考えた。

「西圓寺のプロジェクトはチャレンジでした」と岸本さんは振り返る。
地域住民と話し合ったり、地域の課題を洗い出すワークショップを行ったりしながら、これからの西圓寺に盛り込みたい機能を絞っていった。そして天然温泉の温浴施設やカフェがあるコミュニティセンターであり、高齢者や障害のある方が福祉サービスを受けられる施設として、建物内のリノベーションを進めることを決めた。


町の人たちはお寺が生まれ変わることを好意的に受け止めてくれていたものの、半信半疑の人も少なからずいた。その中には反対の声もあったという。
そんな中、岸本さんが理事長の雄谷良成さんに言われたのは、「怠けるな」「嘘つくな」そして「町の人と喧嘩するな」という三原則だ。このプロジェクトが立ち上がるまで野田町に縁もゆかりもなかった岸本さんだったが、その三つの原則を胸に、地域の行事や冠婚葬祭の場に全て参加した。すると、町の人たちとの関係が徐々に変化したという。
岸本:説明会で反対の声をあげた方も、ご家族が先に通ってくれるようになり、次第にその方も西圓寺に通ってくれるようになり、法人で制作したプロモーション動画撮影時に「すごくいいところですよ」と言ってくれるようになりました(笑)。そもそも意見を言ってくださる方って無関心ではないんですよね。そういう人たちとどのように関係を築いていくかが大切だと痛感しました。

機能があるからそこに行く理由が生まれる
廃寺をリノベーションしてあたらしい場所をつくる。もちろん、それだけで人が集まってくる場所にはなるわけではない。さまざまな人が関わるための「機能」を盛り込むことが重要だと岸本さんは語る。
近所に「温泉」があるから入りに来る、「カフェ」があるからおいしいごはんを食べられるし、ビールが飲める、「駄菓子スペース」があるから買える、「仕事や役割」があるから働ける、「どう過ごしてもいい場」だからともだちと遊べる、「顔馴染みがいる」から立ち寄る、「福祉サービス」を提供しているから生活の困りごとを相談したり、サポートしてもらえる。機能があることで、行く理由がそれぞれに育まれやすくなる。
岸本:当時、佛子園では高齢介護の分野は一切やっていませんでした。でも、西圓寺をお使いいただく高齢の方が一人で生活するのが難しくなってきたり、認知症の症状が深くなってきたときに、普段の生活の延長でこの場所を使っていただけるのではないかと考え、高齢者デイサービスをはじめたんです。


西圓寺は、自宅でも職場でもない地域の拠り所となることを目指している。そのために大事なのは「いつでも好きなときに行けること」と「社会的な立場や役職に縛られないこと」だと岸本さんは話す。
岸本:気軽に「こんにちは」とか「来たよ」って言える場所が地域の中に少なくなっています。だから、誰しもがふらっと来てこの場所を使っていただきたい。
デイサービスの利用者で、ビール好きの人がいるんです。サービス利用終了後にともだちを呼んで、乾杯している姿を見かけることがありました。風呂上がりにビールを飲める日があって、乾杯して幸せそうな顔をしているのを見ると、私も幸せなんです。
同じ方向を見て、一緒に楽しむスタイル
2008年にオープンした西圓寺は、当時から現在まで、町の人たちとの関わりを常に大切にしてきた。2023年から管理者を務める馬地さんも、西圓寺に着任したばかりの頃は、町の人がよく訪れる夕方の時間帯にカウンターに立つ機会を多くもつようにしたそう。

馬地:挨拶するとか、何かをしていただいたらお礼をするとか、日常的で些細な会話こそ、信頼関係につながると思うんです。顔を合わせて言葉を交わすことで、私たちだけでは知り得ない地域の情報を教えてもらうこともあります。先日、常連さんのご家族のお通夜があったのですが、この地域の一員として伺いました。
この地域の一員としての関わりを大事にする。職員が大事にしていることは他にもある。それは「利用者や町の人と同じ方向を見ること」だ。
岸本:お互いに異なる人間である以上、向き合うと違いばかりを気にしたり粗探しをはじめたりしてしまう。そうではなく、同じ方向を見たり、何かを通したりして、一緒に楽しもうとするスタイルを大事にしています。
馬地:就労継続支援の利用者も、職員も、服装は自由です。「支援する側」と「される側」に分けるのではなくて、私たちはみんな一様に仲間なんだという意識を持っていたいし、持ってもらいたいからこそなんです。
西圓寺を訪れる方々も、自分たちが過ごす場として、主体的に声をあげてくれたり、関わってくれたりしているという。
西圓寺の玄関を曲がったスペースにはテレビが設置されていて、夕方になると町の人たちが相撲を観戦しに集まってくる。そのスペースと本堂との間には障子があり、そこには和紙ではなく透明なシートが貼られている。これは、本堂からもテレビを見られるようにしたいという人からの提案によるものだ。

西圓寺としても、町の人が主体的に関わってもらうことを大切にしている。ただ、「主体的に関わる」と言っても、どこまで職員が段取りして、どこから町の人にやってもらうのか、その塩梅は難しいはずだ。
岸本:「町のため」と言っているのに、いつのまにか我々が主役になってしまうことがあります。ただ、やっぱり町の人が主で私たちは黒子であるべきなんです。そして何かを一緒にやるときは、主と客がひとつになって、一緒の方向を向いて楽しめるような関係でありたいと思っています。
岸本さんも楽しみながら地域との関係を築くことを通して、「自分はこの町の人だ」という感覚が徐々に芽生えたという。
岸本:車に乗ろうとしたら、町の人が畑で採れた大根を結んでくれているんですよ(笑)。持って帰って食べてって。加賀地方の郷土料理の「かぶら寿司」も町の人は自分の家で作るんですけど、しょっちゅう分けてくださったり。やっぱりすごく温かい気持ちになるんです。

福祉サービスではなく、暮らしが先にある
2025年2月には、オープン17周年を記念し、毎年恒例の感謝祭を行ったという西圓寺。長い年月の中で、変わらないものもあれば、変わったものもあるはずだ。この場を支えている存在として、職員の存在の大きさを語る。多くの職員が、オープン当初から関わり続けてくれているという。
岸本:人を相手にする福祉の現場では、さまざま出来事が起こるからこそ、心がすり減ることもあります。それでもいろんな刺激を受けながら楽しく働き続けてくれているのは、ここがいろんな人と出会える場所であることも理由の一つなんだと思います。
一人ひとりの職員が試行錯誤を重ねながら町の人たちと関係を育むことで、地域の拠り所になり、さまざまな人が集う場になっていった西圓寺。
職員と町の人との関係は、職員が別の施設へ異動した後も続いている。先日も、西圓寺から異動した職員が結婚したという噂を耳にして、町の人がお祝いを贈ったそうだ。
岸本:福祉サービスが先にあるのではなく、一緒に暮らすことの中に福祉サービスがあるんです。まずは暮らしが先。それは障害も一緒です。障害があるかないかよりも、まずその人がいて、その人との関係がある。それが先なんです。
西圓寺ができてから野田町に子どもの声が増えていったと岸本さんは嬉しそうに話す。オープン当時は町に小学生が数人しかいなかったが、世帯数の増加に伴い今では多くの小学生たちを町で見かけるようになったという。
岸本:当時小学校6年生だった子が、この前第一子を出産したんです。17年経って、この町でお母さんになったんですよ。

それぞれに異なる暮らしの延長で
ただ人が集まれるスペースをつくり、「ごちゃまぜ」のコンセプトを掲げただけでは、町の人たちの居場所にはならないはずだ。西圓寺が野田町の人の「日常」になっていった背景には一体何があるだろうか—。
そんな問いを携えて訪れた西圓寺。この場所で時間を過ごし、お話を伺って気づいたのは、たとえ同じ場所だとしても「居場所」のあり方は一人ひとりに異なるということだ。
きっと、町の人たちはそれぞれに西圓寺との関わり方があり、それぞれに居心地のよさを見つけているのだと思う。町の人にとっては、「ごちゃまぜ」よりもまず先にそれぞれに異なる西圓寺との関係があり、そのいくつもの固有の関係が集まることで、結果として「ごちゃまぜ」の場が成立しているのではないだろうか。
それができたのは、西圓寺がさまざまな機能をこの場所で展開し、小さな関わりを積み重ねることによって、町で暮らす一人ひとりと関係を築いてきたからだ。

取材を終え、駅に向かうタクシーの車窓から野田町を眺めているとき、「サービスが先ではなく、まず一人ひとりの暮らしがあること。その延長に西圓寺のサービスがある」という岸本さんの言葉が思い起こされた。
事業にはゴールがあるが、生活にゴールはない。人や町がどんなに変わっても、生活は続いていく。その生活に西圓寺の職員は「地域の一住民として」根気づよく関わり続けていく。そこにこそ西圓寺が地域の「居場所」であり続ける理由があるに違いない。
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Profile
- ライター:椋本湧也
-
1994年、東京生まれ、京都在住。都内の出版社と家具メーカーでの仕事を経て、現在京都で出版社の立ち上げ準備中。書籍の編集や執筆、個人出版なども行う。著作に『26歳計画』『それでも変わらないもの』『日常をうたう〈8月15日の日記集〉』。
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vol. 222025.01.23地域の歴史や文化とともに歩む福祉とは? ライフの学校「六郷キャンパス」をたずねて
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vol. 192024.12.18「助けて」と言い合える環境を育むには? 「みんなの家 タブノキ」をたずねて
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