福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】白いニットとジーンズ姿で、広場に佇む女性。背後には竹林が広がる【写真】白いニットとジーンズ姿で、広場に佇む女性。背後には竹林が広がる

異なるコミュニティを繋ぐヒントは“遊び“にある。「サンタナ学園」を支える柳⽥安代さん 福祉のしごとにん vol.15

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あなたにとって、身近な外国人は誰ですか?

会社で一緒に働いている人、学校の留学生、コンビニの店員さん、もしくはパートナーという方もいるかもしれません。周囲にたくさんいる環境の方もいれば、あまり見かけることなく暮らしている方もいるでしょう。

日本で生活する外国人は年々増加しており、2025年時点で総人口の約3.4%を締めています。しかし、日本人と在留外国人のコミュニティが交わることは多くなく、互いの生活や文化、困りごとについて「よく知らない」状態が続き、誤解や偏見を生んでいるケースもあります。

同じまちで生きる人々が、それぞれの暮らしを尊重し支えあう社会はどうすればつくれるでしょうか。滋賀県愛荘町にあるブラジル人学校「サンタナ学園」との出会いをきっかけに、日本人とブラジル人の両者を繋ぐ“架け橋”のような活動をしている柳⽥安代さんをたずねました。

サンタナ学園に出会って

【写真】青く塗られた建物の前で、さまざまな年齢の子どもたちが遊んでいる

サンタナ学園は、日系ブラジル人二世の中田ケンコさんが個人経営するブラジル人学校。1998年の開設から28年に渡り、0歳から18歳までの主にブラジル人の子どもたちの保育・教育を行ってきました。

【写真】若者たちが机を囲み授業を受けている
近隣の8市町村から約40名の生徒が通い、一人ひとりの学力や特性に合わせて授業を行っている。使用するのはブラジルから輸入した教科書で、ポルトガル語で指導する
【写真】小さな子どもと向き合いながら笑顔で手を差し伸べている保育者
こちらは保育所。24時間365日、希望があれば子どもを預かる。病気になれば、ケンコ先生自ら小児科へ連れていくこともある

柳⽥さんがサンタナ学園を知ったのは、アメリカ人の夫と二人、愛荘町に移住した2017年ごろ。近所を散歩していたとき、偶然外に出ていた校長のケンコ先生が「見て行ってください!」と元気に声をかけたことから始まります。

「それ以前にケンコ先生とは愛荘町国際交流協会で少し会ったことがあって、誘われるがままサンタナ学園を案内してもらいました。しかも、ちょうど英語を教えていた先生が引っ越しをすることになり、代わりの講師を探していたようで。タイミングよく夫が現れたもんだから、先生をしないかと誘われたんです(笑)」

【写真】青い建物を背景に、マフラーを巻いた女性が笑顔で話を聞いている
NPO法人コレジオ・サンタナ 理事の柳⽥安代さん

あれよあれよというまに、夫は週に1回、土曜日に英語を教えることになり、付きそう形で柳田さんはサンタナ学園を訪れるようになります。

「ケンコ先生は日本語の読み書きができないので、次第に『手紙を読んでもらえないか』『書類を書いてもらえないか』とお願いされるようになって。そうこうしているうちに、サンタナ学園の子どもの誕生日パーティーやBBQにもお誘いいただくようになり、交流が深まっていきました」

いつしか「ここのコミュニティにいるみんなをファミリーだと思うようになった」と柳田さん。サンタナ学園の経営をサポートする〈NPO法人コレジオ・サンタナ〉のボランティアとして、次第に学校運営にも携わるようになっていきます。

【写真】子どもたちの手形や数字、イラストで彩られた鮮やかな青色のコンテナハウス
本校舎のそばにある、コンテナの校舎。外観はサンタナ学園を卒業したアーティストと子どもたちが一緒にペイントをしたもの
【写真】教室内で柳田さんと子どもたちが話をしている
校長の中田ケンコ先生(左)。1992年に来日した際、仕事を求めて来日したブラジル人家族の子どもが十分な教育を受けられていないことを目の当たりにし、子どもたちが笑顔でいられる場所をつくろうと、サンタナ学園を立ち上げた

転機となったのは、2019年の幼児教育・保育の無償化制度のスタート。外国人学校も対象になったものの、日本語の読み書きが十分ではない保護者にとって手続きは難しく、法定代理人としてサンタナ学園側が一括して行うことになったのでした。

「NPOは、サンタナ学園を応援する地元住民の方々が2017年に立ち上げてくれたものです。みなさん無償で学園のサポートをされていたなかで、私も会員として加わり、無償化制度への申請作業をサポートするようになりました」

多くの人に「存在」を知ってもらうために

2020年に入ると、コロナ禍の影響で、柳田さんはサンタナ学園により深く関わるようになります。未曾有の事態に誰もが手探りで日々を過ごしていたなか、学校に通う子どもや保護者もさまざまな困りごとを抱えていました。

「日本政府が発する緊急事態宣言は初め日本語のみでしたから、ブラジル人は読むことができず、翻訳して伝える必要がありました。1人10万円の特別定額給付金の手続きも市町村によって方法が異なり、煩雑だったので、生徒やそのご家族の申請サポートも求められて。事務的なお手伝いがどんどん増えていき、これはボランティアの範囲を超えているなと思いました」

【写真】教室の窓際で、柳田さんが身振りを交えながら話しているインタビュー風景

そこで柳田さんはNPOとして、赤い羽根福祉基金の「外国にルーツがある人々への支援活動応援助成」を申請。支援を受けられるようになり、2020年から有給スタッフに立場を変えて、事務局長としてサンタナ学園に関わるようになります。これまでNPOがやりたくてもできていなかった物事にも取り組み、ケンコ先生、そしてサンタナ学園の経営を新しい形で支えるようになりました。

その一つが、NPOで行ったクラウドファンディングです。2020年から2023年にかけ、夏の電気代、各種税金の支払いなど、お金の使途を明確にして3回実施しました。それぞれ441万円、375万円、472万円の支援が届き、目標金額を大幅にオーバーしています。

「もともとNPOの中でやりたいという声はあったのですが、ご高齢の方が多いのでインターネットのことがよくわからず、クラウドファンディングをやってもお金が集まるのだろうかと懸念されていました。でも、コロナ禍では支援者に会いに行けないから、やるしかないなって。ダメ元で始めたら、予想以上のご支援をいただくことができました」

【写真】校庭脇に停車するスクールバス。車体には学校名のロゴが描かれている
2021年には、認定NPO法人わかちあいの呼びかけで寄付が集まり、送迎バスの買い替えも行った

支援をしてくれる人の約半分は滋賀県に住まう人でしたが、同時に北海道から沖縄まで、全国各地から応援が届いたそうです。学園に直接関わりがなくても、かつて商社勤めでブラジルに駐在していたことがあるなどの理由で、励ましの言葉をくれる人もありました。

特に柳田さんが驚いたと話すのが、在日コリアンの方々からの支援です。

「大津市には滋賀朝鮮初中級学校があり、サンタナ学園は長らく交流させてもらっているんです。在日ブラジル人と在日コリアンが日本社会で置かれている立場には通じる部分がたくさんあり、この時も多くの支援をいただきました。朝鮮学校の経営も決して楽ではないはずなのに、サンタナ学園のことを気にかけてくださっていてありがたいです」

【写真】教室の机の上に置かれたパインアメの炭酸飲料ペットボトル
サンタナ学園には地元企業やNPO、ご近所さんからも食材やお菓子などの寄付が届く。生徒の月謝のみで運営しているサンタナ学園にとっては欠かすことのできないものだ

同時に新聞やテレビ、ラジオなどのメディアへの出演、SNSでの発信などを積極的に行い、「サンタナ学園の露出を上げていった」という柳田さん。日本社会の中で見えづらい場所に子どもたちがいること、彼らをギリギリの運営で支える学校があることが、少しずつ知られるようになるなかで、心境も変化していきます。

「どんな形になるにせよ関わるならずっとやろう、中途半端になりそうなら運営に関わるのはやめよう、と最初は思っていました。でも、コロナ禍を経てサンタナ学園のことをより深く知りましたし、経理をしていたので責任感も芽生えて、もう抜け出せなくなってしまって。もっとやりたいことはたくさんあるけれど、助成がある3年間が終われば、自転車操業のサンタナ学園は私に給与を払うことができなくなります。私にも生活がありますから、今後どうしていくかすごく悩みました」

ここを無くしてはいけない、と思うから

【写真】路上で幼い子どもたちが三輪車やキックボードで遊んでいる

助成期間が過ぎても「完全にサンタナ学園から離れることは考えられなかった」という柳田さんは、2023年に事務局長の肩書こそ外してもらったものの、再びボランティアとしてできる範囲のサポートを続けています。その原動力はどこからきているのでしょうか。

「やっぱりケンコ先生の直向きさですよね。ケンコ先生はSOSが上がったら、一旦全部受け入れるんです。受け入れて、自分ができることは精一杯やります。もちろん求められていること全てをサンタナ学園で手助けできるわけではありません。それでも、『うちではやっていません』と突き放すのではなく、相談に来た方がもう一回頑張ってみようと思えるように寄り添ったり、別の頼り先を紹介したりしています。

例えば、生徒やその家族の在留期間更新の申請を一緒にしに行くこともあれば、子どもが熱を出した際、代わりに小児科まで連れて行ったりもしている。そこに関して、学校として管轄外の対応になりますが、月謝以外に一銭ももらっておらず、国や県からの支援もありません。24時間365日、ボランティアでやっているんですよ。そこがケンコ先生のすごいところ。だから私はサンタナ学園を無くしちゃいけないなと思うんですよね」

【写真】窓辺の光を受けながら、柳田さんが真剣な表情で話している

また、出会った当初から感じていたファミリー感も、サンタナ学園に惹かれ続ける大きな理由の一つだと続けます。

「福井県の海でのキャンプにお誘いしてもらったり、お誕生日会に呼んでもらったりして、関わり始めた当初からビッグファミリーのような感覚が生まれていました。うちは夫がアメリカ人なので、日本人だけで集まるよりは楽だったのもあります。ブラジル人はフレンドリーでおもてなしが上手で、明るくてノリがいい。一緒にいて楽しいんです。私が支援するばかりじゃなくて、こちらも色々なものを受け取りました」

【写真】教室で食事をする子どもたちの中で、カメラに向かってピースサインをする男の子
「ケンコ先生に胃袋を掴まれたのも大きい(笑)」と柳田さん。子どもたちもケンコ先生が作る給食が大好き

「遊び」を通して、いざという時に支え合える状態を

サンタナ学園の一員として、取材中も子どもたちを愛おしそうに見つめていた柳田さん。ポルトガル語は今も話せないといいますが、日本人である柳田さんがコミュニティの内側に入ったことで、地元に住む方の反応も少しずつ変化してきたと話します。

例えば、ご近所に暮らすYさん。

「Yさんはサンタナ学園ができてすぐに引っ越しているので、私よりも長くサンタナ学園のことを見守ってきてくれている方です。でも、以前は大勢でBBQをする際に立ち寄るくらいだったと聞きました。彼女自身も何かサポートをしたいと思いながら、どうしていいかわからなかったみたいで」

【写真】遠くを見つめる柳田さん。柔らかな自然光が差し込んでいる

その後、柳田さんの「これお願いできますか?」という一声をきっかけに、郵便物の仕分けや書類の確認などをしてくれているというYさん。今では距離の近さを生かして、毎日のようにサンタナ学園に顔を出しています。

「平時なら、異なるコミュニティを生きる人同士が繋がっていなくてもいいんです。でも、コロナ禍を経験して、いざという時はガッチリとスクラムを組めるようにした方がいいと強く思うようになりました。生活の困難をより抱えやすいのはサンタナ学園のようなマイノリティ側ですが、そうやって困っている人がいる状況を放置することは、最終的にマジョリティ側にとっても大きな社会課題になりますよね。

両者共に困ってしまう前に、緊急時に支え合える流れは平時から作っておくべきだと思います。それぞれのコミュニティでリーダーシップを取れる人だけでも行き来できるようになっていれば、他のメンバーも信頼して付いていきやすいんじゃないでしょうか」

【写真】青いコンテナハウスの前に、子どもたちがたくさんいる風景
サンタナ学園の建物に囲まれた私道は、子どもたちの遊び場でもあり、青空の下開かれるBBQの会場でもある

サンタナ学園での経験を踏まえて、現在、柳田さんは学園の外で、自分の手でできる異文化交流活動にも意欲的に取り組んでいます。平時の繋がりを生む、柳田さんなりの仕掛けです。

そのキーワードは「一緒に遊ぶ」。ボードゲームなどを通して、国籍や年齢、居住地などに捉われずに、フラットに関係を築いていくことを大切にしているのだとか。

「日本語教室やゴミの出し方講座を開催することも国際交流の一つですが、“外国人と日本人”という分け方だと、教える側と教えてもらう側になり、長く続くほどしんどくなってしまいます。そうした非対称な関係性ではない形でお互いが知り合って、楽しさを共有できるような場が必要だと思うんですよね」

【写真】「WORLD GAME PARK」のイベント告知チラシ。多言語で世界のゲームを楽しむ催しを紹介している
柳田さんが協力している「WORLD GAME PARK」では、世界のゲームで遊びながら、多言語空間を楽しめる

「同質性の高いグループは簡単にできるけど、異なる人に入ってきてもらえるコミュニティは仕掛けがないと生まれないんじゃないかなと感じています。年1〜2回だけでも一緒にイベントするなどしていれば、名前は知らなくても、顔がわかる状態にはなる。そういう積み重ねから、いざという時に声をかけあえる関係性ができていくんだと思います」

ケンコ先生がやりたいことを、やり続けられるように

ブラジル人と日本人を繋ぐ架け橋としてだけではなく、異なるコミュニティのハブとなる多文化共生の活動を推進する柳田さん。今後、注力していきたいことは何でしょうか。

「やっぱりケンコ先生がやりたいことを、やりたいだけやってもらえるようにしたいです。ケンコ先生のやりたいことは、みんなのためになることだと私は信じています。彼女のつくったサンタナ学園が継続するためにはお金が必要。それをどう集めるかが私の課題です」

【写真】室内でおもちゃの電車を広げて遊ぶ子どもたち

そこにはもちろん難しさもあります。ケンコ先生の第一の基準は、子どもが笑顔になること。しかし、子どもたちが笑顔でいられるかどうかで判断していくことは、運営的にはさまざまな葛藤をもたらします。

「例えば、お休みの日に子どもたちが遊園地に行きたいとなったとき、サンタナ学園のバスを出してあげることはNGでしょうか? 月謝を滞納している家庭の子どもが、自分のバイト代で参加したいと言ってきたら? 今はケンコ先生の個人事業だから彼女の判断が全てですが、もし各種学校などになったら認められませんよね。でもそうすると、私はサンタナ学園らしさが無くなっちゃう気がして。

サンタナ学園が必要とされているのは、境界線がないから。だから、何が良くて、何がダメなのか、各種学校にした方がいいのか、しない方がいいのか、今でも私には判断が難しいんです」

複雑な思いを抱えながら、ケンコ先生を支える柳田さん。ブラジル人ではない立場として、例えば今回のようなインタビューにも「どこまで話をしていいのかなといつも迷う」と打ち明けます。

「いくら仲良くなっても、同胞にはなれませんから。それでも、私もファミリーの一員だとは感じるんです。小さかった子どもが成長した姿も見てきたし、ご家族の事情もわかるので、親戚のおばちゃんみたいな気持ち。関わっていると楽しいですし、これからも一緒に子どもたちの成長を見守りたいんですよね」

【写真】スクールバスの前に立つ柳田さん

ブラジル人は、ファーストネームとミドルネームのダブルネームで、2つの名前を持っています。ケンコ先生は「中田ケンコ」を名乗っていますが、「ホザリンダ」という名前もあり、ポルトガル語でバラを意味します。

「日本語でチア(Tia)=おばさん、ホーザ(Rosa)=ケンコ先生の名前で、サンタナ学園の子どもたちはみんな、ケンコ先生のことを『チアホーザ(ホーザおばちゃん)』って呼んでいるんですよ。子どもにとっては、実は一番怖い校長先生でもあるんだけど(笑)、優しいおばちゃんでもあるんですよね。

サンタナ学園に関わるみんなが家族で、ビッグファミリー。そこに私も含んでもらえているから、これからもそばで見守って、ブラジル人家族が安心して暮らせるようにお手伝いをしていきたいです」


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