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発達障害のある子どもの世界はどうなっている? 当事者や傍にいる大人が“内側”を綴る書籍『ニューロマイノリティ』(横道誠・青山誠 編著)
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山や滝など自然を背景に、子どもの顔が半分ずつ上下逆さまに描かれた、幻想的なイラストが表紙を飾る、書影
2024年2月に〈北大路書房〉より出版された『ニューロマイノリティ』(横道誠・青山誠 編著/村中直人・すぷりんと・柏淳・内藤えん・繁延あづさ・志岐靖彦・汐見稔幸・小川公代 著)

当事者、支援者、研究者、それぞれの視点から発達障害を理解する

近年、「発達障害」への関心が高まるにつれて、その特性を能力の欠陥ではなく、「脳の多様性」として理解する「ニューロダイバーシティ」(神経多様性)という概念が広がってきています。

今回紹介する書籍『ニューロマイノリティ──発達障害の子どもたちを内側から理解する』は、この考え方を前提とした言葉「ニューロマイノリティ」(神経学的に少数派な人々)に目を向ける一冊です。誰もが多様性を生きるなかで、発達障害のある人は偶然少数派に属してしまっただけなのだという立場から、今のニューロマジョリティ(神経学的多数派)中心社会で生きる子どもたちが直面している現実を、様々な視座で理解しようと試みます。

執筆者は、編著者である文学研究者の横道誠さん、保育者の青山誠さんのほか、〈叱る依存〉がとまらない』の著者であり、ニューロダイバーシティ論の第一人者である村中直人さんや、『ケアする惑星の著者で英文学研究者の小川公代さん、写真家・文筆家して活躍する繁延あづささんなど。研究者のほかに、発達障害の当事者、支援者などが加わり、発達障害に関する専門的な知識と、当事者の体験する世界を行き来しながら読むことができます。

編著者の横道誠さんと青山誠さん

編著者のひとり、京都府立大学文学部准教授の横道さんの専門は、ドイツ文学・比較文化研究。「自閉スペクトラム症(ASD)」と「注意欠如・多動症(ADHD)」の発達障害があり、近年は当事者としての視点を活かしたエッセイやフィクションなどの執筆活動、自助グループの運営なども精力的にしています。

例えば著書の『イスタンブールで青に溺れる』では、「発達障害のある人が旅をするとどうなるか?」という観点で、旅先で現れる自身の「こだわり」や「クセ」を振り返る旅行記も執筆。自らの記憶に文学作品の引用を重ねていくスタイルで、多ジャンルをまたぐような書籍に挑戦しました。

もうひとりの編著者は、〈社会福祉法人東香会〉理事の青山さん。保育の専門家という立場から、執筆や講演活動を行っています。

〈こここ〉では、青山さんが世田谷区の〈上町しぜんの国保育園 – small pond -〉で園長を務めていた当時、コロナ禍に見えてきた社会のあり方をめぐって、『まとまらない言葉を生きる』の著者・荒井裕樹さんと対談いただきました。

『ニューロマイノリティ』の多様な著者陣と内容

幼少期から様々な困りごとを抱えながら、大人になって発達障害だとわかった横道さんと、子どもの姿と社会の間に生まれるズレを、保育の現場で感じてきた青山さん。

お二人によって編まれた、本書のサブタイトルは「発達障害の子どもたちを内側から理解する」です。「対象となる人の心の世界を解釈者の勝手な解釈で理解したつもりになるのではなく、できるだけその人の気持ち、心持ちに寄り添って理解すること、場合によってはその人自身も気づかなかったその人の心の深部をも浮かび上がらせて見える化するように接する」(第9章「内側から人を理解するということ」汐見稔幸さん)という態度を軸に、さまざまな発達特性のある子どもたちをみつめた本書は、大きく4つに分かれています。

書影に帯が入ったもの。帯コメントに佐伯胖さん、本田秀夫さん

第Ⅰ部「支援者の常識を変えることから」(1〜3章)は、臨床心理士・公認心理師の村中直人さん、発達障害の当事者で児童指導員のすぷりんとさん、精神科医の柏淳さんが担当。支援現場での知見をもとに、ニューロマイノリティについての基本的な考え方を提供します。

「ニューロマイノリティ(Neuro-minority)」という言葉を使う意義、「社会モデルから捉える発達障害、「普通」や「グレーゾーン」という言葉の捉え直し……いくつものテーマが設けられるなかで、ニューロダイバーシティ論の第一人者である村中さんは、ニューロマイノリティが精神的に成熟を遂げることは、今の社会において「適応的に生きていける人を目指すこと」とは異なるのではないかと問題提起を行います。

発達障害を支援するということの意味は、多くの場合で目の前の社会に何とか適応的に生きていけるようにサポートする、関わるということにならざるをえません。しかしながら、その視点で彼ら、彼女らと向き合うことに、どこかザラザラとした違和感を覚える方も多いはずです。それはつまり、ニューロマイノリティの人たちの「ありのまままの姿」を諦めて、目の前の現実のためにどこかを歪めなくてはいけないような、そんな矛盾を感じるからなのではないでしょうか。

(第1章「『成熟した発達障害成人像』からニューロダイバーシティを考える」p.24)

本書を大きく特色づける第Ⅱ部「ニューロマイノリティの体験世界」(4〜6章)は、ニューロマイノリティがどんな人生を生きているかを内側から理解できるような文章で構成されています。公認心理師の内藤えんさんが、自身の青春期をモデルに大学時代を描いた小説と、編著者・横道さんが自身の幼稚園時代から高校卒業までの子ども時代を綴った自分史では、当事者の視点で障害の体験が語られます。

一方で、同じく編著者の青山さんによる寓話「怪獣たちのくるまえに」は、子どもの傍にいる保育者の目を通した、発達障害のある子どもの世界の記述です。保育現場では当たり前にある「多様な人が混じり合いながら暮らす」ということが、ひとたび園を出ると「できる/できない」と評価の視線にさらされ困難になる。その隔たりや、大人が子どもに向けがちなまなざしへの違和感を、青山さんの同僚である、上町しぜんの国保育園の保育士たちによる保育日記をもとにしたフィクションの形で描写します。

園庭の片隅にしゃがみ、ひとりでボール遊びをしている子どもが写っている
写真/繁延あづさ(「りんごの木子どもクラブ」にて)

第Ⅲ部「隣人たちのまなざし」(7・8章)は、身近にいるニューロマイノリティたちとどのように関わってきたかという2つの報告です。執筆を、『ニワトリと卵と、息子の思春期』『山と獣と肉と皮』などの著作がある繁延あづささんと、当事者・養育者・支援者・雇用者たちが相互理解を図っていく自助会運営を行う志岐靖彦さんが担っています。

長崎在住の繁延さんは、近隣に暮らすニューロマイノリティの男の子(カイヤ)とその母親(チカ)との交流を描きます。会えば話す仲として接してきたチカさんの「ここで暮らしていくの限界かなと思って」という言葉をきっかけに、繁延さんは、保育園、学校、定期検診、地域の集まりなど、様々な場所で傷ついてきた心のうちを聞くことになりました。

“チカちゃんだからこそ、カイヤが生まれて来たんだよ”

この言葉は、どこか“向こう側”から投げかけられている印象がある。だからか“こちら側”のチカさんの孤立感が際立つ。発達障害の子が生まれて、母親として困難を感じている。ハッキリそう言っているのに、その困難は母親のチカさんが背負うものだと、突き放されているような印象もある。

(第7章「小さな友の声から」p.205)

繁延さん自身が母親として子育てをする立場から、ニューロマイノリティの子どもとその保護者の内面世界に寄り添って紡がれていく文章。続く、「発達特性を障害化させない」ために周りにいる人に何ができるか考える志岐さんの章とあわせて、「内側から理解する」テキストとして必読といえるでしょう。

そして最後の第Ⅳ部「ニューロマイノリティを論じる」(9・10章)では、教育学・保育学を専門とする汐見稔幸さんが、できるだけ当事者に寄り添った内面理解に近づく方法を模索し、小川公代さんは英文学研究者という立場から、ヴァージニア・ウルフやウィリアム・ワーズワースなどの作家を中心にニューロマイノリティについて思考を巡らせます。共に「社会モデル」や「ネガティブ・ケイパビリティ」の重要性に触れながら、発達障害児論をより広く展開していきます。

刊行を記念したトークイベントをアーカイブ配信中

本書は、横道さんから〈北大路書房〉の担当編集者・西吉誠さんに「発達障害」に関する企画を相談したことがきっかけだったそうです。西吉さんから横道さんへ、認知心理学者の佐伯胖さんのエッセイ『内側から見る』が紹介され、「子ども」を起点に、発達障害を様々な立場や角度から「内側から見る」ことにチャレンジする本書の企画へと結びつきました。保育者としての実践を重ねながら、独自の視点で説得力のある語りをする人物として青山さんを巻き込み、偶然にも“誠”の名前を持つ3人を中心に書籍が編まれていきました。

「ユニークな論考がいくつも並んで、じわじわと心の奥に沁み込んでくる一冊になったかと思います。章によっては咀嚼するのにも時間がかかるかもしれませんが、それぞれの書き手が描き出す多様な世界に入り込んで、その内側から楽しんでいただければと願っています」(西吉さん)

出版の背景については、本書の刊行を記念した2024年2月25日(日)の本屋B&B(東京都世田谷区)で開催されたトークイベントでも明かされています。横道さんと青山さんが本書の印象的だったところや、「語り口」の問題、「共事者(当事者ではないが、事を共にする人)」の視点などについて語り合ったイベントのアーカイブは現在配信中。Peatixからの申込みで、2024年3月25日(月)まで視聴できます。

青山さんと横道さんが並んで座ったトーク風景
実際に会うのは初めてだというお二人。ここでしか聞けないエピソードがたくさん飛び出しました

青山さんは本書の最後で、自身が日々を過ごす保育の世界へ思いを馳せます。

私たち保育者は存在を基底から支える、存在承認に寄与する存在だったはずです。保育の世界で私たちは時に混ざり合い、溶け合い、ズレはズレのままに一緒に暮らしていたはずです。それはなにも、そんなに難しいことではなかったのです。

(「おわりに」p.308)

「混ざり合いながら共にある」世界を描くための方法や考え方が、本書では様々な角度から語られています。発達障害のある人を支援する立場にある方はもちろん、今子どもとともにある方や、誰かをサポートする立場にある方にとって、新たな視点をもたらし、可能性を開いてくれる一冊となるはずです。気になる方はぜひ書籍を手にとってみてください。