福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】高めのデスクで作業をするひとと、そのそばで書類を眺めるひと【写真】高めのデスクで作業をするひとと、そのそばで書類を眺めるひと

誰かの困りごとは、みんなの困りごと。「わだちコンピュータハウス」から、働きやすい環境を考える こここ訪問記 vol.23

  1. トップ
  2. こここ訪問記
  3. 誰かの困りごとは、みんなの困りごと。「わだちコンピュータハウス」から、働きやすい環境を考える

「会社員に戻りたいと思うことある?」

フリーランスになってから、よく聞かれる問いだ。ちなみにいつも「NO」と答えている。収入の不安定さや、体調不良で仕事に穴をあけてしまう不安を思うと、会社員だったときの安心感にすがりたくなる瞬間はある。けれど私にとっては、興味のあるテーマにとことん向き合えたり、朝ゆっくりと寝られたり、思いがけない人たちに出会えたりする今の方が「働きやすい」のだ。

人によって「働きやすさ」の物差しは、まったく違う。その人が置かれる状況や背景、特性はそれぞれ異なるからだ。では、「それぞれが働きやすい環境」をつくるのは不可能なのだろうか?

「働く」は生活の大部分を占めているのだから、考えることを諦めたくはない。私たちは「働きやすさ」を、どのように育んでいけるのだろう。

この難題に、何十年も前から向き合い続けてきた場所がある。名古屋市にある「わだちコンピュータハウス」だ。運営するのは、1970年代から障害当事者が中心となって活動してきた自立支援団体「AJU自立の家」。

わだちでは1984年の立ち上げ以来、重度の四肢麻痺がある人を中心に、多様な特性を持つ人たちが働いている。業務内容は、ホームページ制作やシステム開発など、パソコンを使ったものが大半だ。驚くのは、売上高が1億円を超え、就労継続支援の利用者である所員が受け取る工賃が愛知県の平均を大きく上回っていること。所員がパフォーマンスを最大限発揮できる環境はどのようにつくられてきたのだろうか。

ここには、「それぞれが働きやすい環境」をつくるためのヒントがあるかもしれない。そんな期待を持って、わだちコンピュータハウスに向かった。

個人にあった作業環境を整える

【写真】わだちコンピュータハウスの外観。3階建てになっている

名古屋市内、桜山駅から徒歩10分の場所に、わだちコンピュータハウス(以下、わだち)はあった。3階建ての建物で窓が多く、明るくて風通しが良い。

まずは施設内を案内してもらう。執務室は、1Fに2つ、2Fに2つ。車いすユーザーでも通りやすいよう通路は広め。照明にまぶしさを感じる人はデスクに傘を広げていたり、体の可動域に合わせてデスクの高さを調整したりしながら、個人に合った作業環境をつくっていた。

【写真】デスクに置かれた傘
車いすがぶつからないよう、引き出しがついていないデスクが多い
【写真】高めのデスクで作業をするひとと、そのそばで書類を眺めるひと

Yさんは、小さなマウスや音声入力、カスタムしたキーボードを駆使して入力作業を行っていた。

最小限の動きで操作できるよう、マウスのカーソル速度はマックスに。後ろにカメラを設置し、執務室全体の様子やメンバーの出席状況をPC上でチェックするなど、工夫しているそう。

【写真】ネイルされた手
ネイルかわいいですねと伝えると「自分でがんばりました」とYさん
【写真】棚に設置してあるカメラ
デスクにあるモニターが大きくて、他の人たちの姿が見えないので、別の場所にカメラを設置し、手元の映像を通して視野を確保している

執務室では、PC越しに手話で会話する人もいた。メンバーはもともと車いすを使う人が中心だったが、聴覚障害や視覚障害のある人など、異なる特性を持つメンバーも加わるようになってきたそう。

【写真】廊下
車いすが接触して傷が入りやすいため、幅木は高めに設置。執務室の戸は、車いすユーザーが楽に開閉できる引き戸になっている

わだちは、就労継続支援A型・B型、生活介護事業所だ。車いすユーザーを中心に、精神障害・視覚障害・聴覚障害のある32名(2026年6月時点)が登録しており、行政や一般企業から受託したデータ入力やホームページ制作、システムの開発、アンケートの企画・集計・分析、行政計画のコンサルタント、障害者向けITサポートなどの業務にあたっている。

平成8年に売上高1億円を達成してから維持し続け、コロナ禍などで苦しい時期はあったものの、2025年には再び1億円を達成したという。

誰かの困りごとはみんなの困りごと

さまざまな立場・特性の人がいるなかで、どのように働きやすい環境をつくっているのだろうか。

所長の加藤正志さんは、「働きやすさを個別に考えているというより、誰かの困りごとはみんなの困りごとと捉えて解決する発想が根底に流れているのかもしれません」という。

わだちを運営するAJU自立の家の前身は、1973年に発足した車いすユーザーの当事者団体「愛知県重度障害者の生活をよくする会」だ。「陳情」ではなく「要望」、「対決」ではなく「対話」を重ね、「誰もが住める福祉の街づくり」を進めてきた歴史がある。今では当たり前となったスロープや車いすで使えるトイレも、そうした積み重ねから生まれたものだ。

わだち自体も、脳性麻痺のあるメンバーが「手作業しかできず、工賃が三千円ほどにしかならない」と訴えたことがきっかけで発足した。一人の抱える課題から出発し、みんなで話し合いながら解決してきた。

【写真】インタビューにこたえるかとうさん
加藤正志さん

24年にわたり、2代目の所長を務め、現在は再雇用スタッフとして働く水谷真さんは、次のように続ける。

水谷さん:以前ある所員が、頑張りすぎて体調を崩してしまったことがありました。同じことを繰り返さないようにみんなで話し合い、体調が悪いときに周りが気づける関係をつくることが大切だという結論に至りました。

全員が同じ業務を同じ量こなさなければならないのではなく、個人の調子に合わせて休んだり、仕事量を調整したりすること。なんらかの事情があっても、自分なりに仕事ができるという安心感を育むこと。そうしたことをひとつひとつ、みんなが自分ごととして捉えて議論し、解決してきた。それが私たちのやり方なんだと思います。

【写真】インタビューにこたえるみずたにさん
水谷真さん

一人ひとりが発言しやすい環境とは?

とはいえ、自分の困りごとを伝えるのはハードルが高い側面もあるだろう。「困っている」や「助けて」「手伝って」と伝えることは、「自分のできなさ」とつなげて考えてしまう場合があるからだ。

個人が抱え込みすぎず、一人ひとりが発言できる環境はどのようにつくっているのだろうか。

尋ねると、執務室単位で週に一度、雑談ベースのミーティングを設けているという。そう教えてくれたのは、所員として20年以上のキャリアがある柴山良さんだ。

柴山さん:業務のミーティングとは別に、執務室ごとに集まって改善したい点などを議題に挙げてもらっています。毎週やっていると議題がないときもあるので、「物価高だからコーヒーの無料提供をやめよう」というような話をするときもあります(笑)。

雑談できる時間を定期的に設定しておく。そうすることで、一人ひとりが発言できる機会は増える。すぐに困りごとを伝えるのは難しいかもしれないが、定期的に開催される場は、困りごとを伝える一つの窓口にはなるのかもしれない。

【写真】インタビューにこたえるしばやまさん
「車いすを使っていると、台風など天気によっては出勤が難しいことも。そんなときは在宅ワークに切り替えられます。早く仕事が終われば、帰宅ラッシュを避けて早めに帰ることもできる。スーツも着なくていい。無理せず自分のペースで働けていると感じますね」(柴山さん)

また、大勢の前で発言しにくい人は「運営委員」を頼ることもできる。所員から選ばれた代表者であり、一般的な福祉施設では職員が担うような意思決定や運営に深く携わる存在だ。

「意見が言いにくい人がいるときは運営委員に相談してもらうこともあります」と運営委員の小川直人さんは話す。

小川さん:施設側の事情だけで物事が決まり、所員がそれに従うしかない、ということはありません。何事も互いの意見を聞いて話し合い、最終的な決定ができるんです。

運営委員は毎週の職員会議にも同席して、内容を持ち帰って所員に共有したり、職員に言いにくい意見や悩みを聞いたりします。新しく入る方の採用面接には運営委員も同席し、7日間の実習のあとに所員の意見も聞いたうえで判断しているんです。

障害福祉事業においては、福祉サービスを提供する「職員」と、そのサービスを利用する「利用者(所員)」という区分けが存在する。つまり「職員が支援し、利用者(所員)は、支援される」とい構図になりやすく、関係性や権限に差が生まれやすい。

職員主導になりやすい構造を自覚しているからこそ、わだちでは「運営委員」が生まれたそう。過去には、運営委員が職員の不正を指摘し、所員の権利が守られた例もあったという。

【写真】インタビューにこたえるおがわさん
「何より心強いのは、困ったときに相談できる先輩がいること。業務のことだけでなく、たとえばヘルパーさんの利用など、私生活でのアドバイスももらえるんです」(小川さん)

水谷さんは「メンバーが替わるたびに新しい気づきがあって、そのたびに環境を新しくしてきました」と続ける。

水谷さん:聴覚や視覚に障害がある人がはじめて来たときは、どうすれば働きやすくなるのか、正直わからない状態でした。

でも本人に意見を聞きながら、一緒に環境をつくっていきました。たとえば聴覚に障害がある人が会議に参加する際は、手話通訳を派遣してもらったり、大きなモニターで参加者の発言を確認できるようにしたりしています。

若手世代の挑戦と経験の場「MIRAIプロジェクト」

運営委員がいたとしても、長年働いてきた人と、入ったばかりの人では、自分の意見を伝えるハードルの高さは変わってきそうだ。聞くと、わだちには20・30代の若手所員・職員が集う「MIRAIプロジェクト」があるという。

柴山さんと小川さんも参加するこのプロジェクトは、コロナ禍がきっかけで生まれた。

「業績が落ちたとき、ある所員が『自分たちで新しい仕事をつくろう』と提案してくれて、興味のある人が集まっていきました」と柴山さんが振り返ると、加藤さんが「でも本当は、『仕事より飲み会がしたい!』と言って始まった気がします」と続け、笑いが起きた。

現在はインスタグラムでの情報発信をはじめ、動画撮影・編集の仕事を他社から受注したり、市内の看護専門学校の学生や大学生が実習に来て僕らが講師となって車いす体験を実施したりと、活動の幅は広がっている。

車いす体験のコースは自分たちで考案している。券売機や自動販売機を使う場面を取り入れたり、自転車の交通量が多い道や車いすが通りにくさを感じる道をあえて選んだりしているそうだ。

柴山さん:健常者と車いすを使う人の視点はぜんぜん違います。ただ乗ってみる・押してみるのではなく、どんなところで不便や危険を感じるか、なぜエレベーターに鏡がついているのか、いろいろなことを気づいてもらえるようなコースにしています。

【写真】エレベーターの背面に設置された鏡

恥ずかしながらエレベーターの鏡は、身だしなみを整えるためについているのだと思っていた。あれは車いすを使うひとが安全に後退するためのバックミラーだったのだ。筆者も大学時代に車いす体験をしたことがあるが、短い距離を往復する程度で「押すのにけっこう力がいるんだな」「段差ではこれだけ揺れるんだな」くらいの感想しか浮かばなかった。当事者の視点で設計されたコースは、まるで違う学びがありそうだ。

小川さん:これまで、当事者(MIRAIプロジェクトのメンバー)が車いすのこと、つまり自分のことを話す場はなかなかありませんでした。だから車いす体験は、知ってもらうためだけの取り組みではなく、若い世代の所員が自分の経験を人前で話す度胸をつける場でもある。

一人ひとりがそういう経験を積んでいけば、講師を行えるようになったりと、もっと幅広い仕事に挑戦できるようになると思うんです。

同世代だからこそ本音で言い合えたり、価値観の違いに気づき視野が開けたりする。そうしたフラットな関係性が、失敗を恐れず挑戦できる雰囲気を醸成するのかもしれない。結果として「挑戦を歓迎する文化」が育っていくのだろう。

AIの台頭による働き方の変化は?

「AIに仕事を取られるかもしれない」。筆者はライターという職業柄か、ここ数年そんな声を幾度となく聞いてきた。PC作業が中心であるわだちコンピュータハウスでは、働き方に変化はあったのだろうか。今回の取材で聞いてみたいテーマだったのだが、水谷さんの答えはあっさりとしていた。

水谷さん:仕事が奪われていくのは避けられないかもしれない。サイトマップを読み込ませてデザインを生成させ、それを元にコーディングまでやらせてみると、まあやれちゃうんですよ。

とはいえ、重く捉えてはいないですね。逆にAIに助けられてもいるので。要はAIに指示を出せる立場に立てるかどうかじゃないでしょうか。

技術の進化に仕事を奪われた経験は、以前にもある。かつて主力業務のひとつだったのが、周辺機器メーカーのユーザー登録はがきの入力作業だった。何千枚ものはがきを受け取り、データ入力する仕事は、売上の半分近くを占めた時期もあったという。しかしネット登録が普及するにつれ、その仕事はなくなった。

立ち上げ当初からIT環境は変わり続けている。わだちコンピュータハウスにとってはAIの台頭もその流れのひとつに過ぎず、都度変化に適応していくだけなのだ。

また仕事づくりにおいても「誰かの困りごとはみんなの困りごと」という考え方が流れているのだと感じた。

公共交通機関のバリアフリーが整っていなかった時代、車いす利用者には、自宅から病院や買い物先へ移動する手段がほとんどなかった。わだちは当初、営業許可のない「白タク」のような形で移動を支えていたが、行政からの指導を受ける。しかしそこで諦めず、「それなら行政として事業化してほしい」と名古屋市に訴えかけた。こうして生まれたのが「重度身体障害者リフトカー運行事業」だ。

現在は市の補助金を活用し、4台のリフト付きタクシーを365日運行、その予約・配車業務をわだちの所員が担っている。

【画像】重度身体障害者リフトカー運行事業
わだちコンピュータハウス ウェブサイトより

バリアフリー研修やユニバーサルデザインコンサル事業も同様。「エレベーターの鏡がなぜ必要なのか」といった当事者にしか気づけない視点を専門的な知見として企業や自治体に提供しており、JR東海へのバリアフリー研修や中部国際空港のユニバーサルデザイン監修など大規模なプロジェクトにまで参画している。

弱さを隠すのではなく、弱さを前提とする

取材を終えようとしたところ、「自分たちのネガティブな部分も伝えないとフェアじゃないと思うんで」と加藤さんは切り出した。

加藤さん:わだちの生産活動(受託業務)の売上はたしかに1億円をこえています。

その一方で障害福祉サービスの収支としては赤字なんです。障害福祉サービスの報酬(※注1)は、所員が通所する日数(利用日数)に応じて変わってきます。私たちは、個々の体調や状況に合わせて柔軟に通所できることや、それぞれに合った働き方を尊重したい。でも所員の利用日数が減ると、福祉事業としては赤字になってしまうのが現実なんです。

※注1:就労支援事業において、利用者に対して必要な支援を行う支援員の給料を含め、事業運営に係る主な収入は、自立支援給付費(報酬)となる。詳細は「障害者の就労支援対策の状況」ページへ。

「時代の変化も感じています」と加藤さんは続ける。

加藤さん:「障害者雇用」がよくも悪くも進んで、障害のある人が活躍できる場が増えてきた。しかし就労支援事業所による不正受給や、悪質な「障害者雇用代行ビジネス」のような社会問題もあります。

雇用助成金や、法定雇用率の埋め合わせを目当てにする民間企業に障害のある人が利用され、その結果、真面目に働きたいと思っている人たちの声は受け止められず、適切な支援が行われないままです。非常に腹が立ちます。

加藤さんの発言から思い出したのは、水谷さんが事前に共有してくれた資料に記された言葉だ。

「弱さ」を隠すのではなく、「弱さ」を前提とした新しいネットワーク型の働き方が求められている。

わだちは、個人・組織の「弱さ」を隠さず、「弱さ」を前提としながら働く環境を模索している。大切なのは、「弱い人」ではなく、「社会の構造によって弱い立場にならざるを得ない人」がいると理解し、その人たちとともに働く環境を調整していく姿勢があることだ。

「AJU自立の家は、社会で最も弱い立場の人を絶対的に支える組織である。

その実践する価値観は、正しいか正しくないかという世間の常識やこれまでの前例によるものではない。常にニーズを基盤にして、より重い障害がある人の経験と知恵に基づき、社会的に最も弱い立場の人を支えることである。

それを実現するために、様々な当事者が参加できることを最も大切にする。

社会にあるバリア、組織的限界、個人的な壁を乗り越えるために、常に挑戦とスクラップ&ビルドを恐れない。」

(社会福祉法人AJU自立の家のミッション)

誰しもが働きやすい環境を完璧につくることは難しいのかもしれない。でもそういった環境をつくりたいと思いながら、模索することはできる。

「誰かの困りごとはみんなの困りごと」と捉えてみること、自分のペースで働いていいという安心感を育むこと、定期的に一人ひとりが発言できる機会をつくっておくこと、常にアップデートし続けること、若手が挑戦・失敗できる環境があること、組織の課題を明らかにすること。

わだちコンピュータハウスから教えてもらうことが多くあった。


Series

連載:こここ訪問記