見えにくい人のための「福祉機器でない」カメラはなぜ生まれた? 表現し、分かち合う“喜び”を増やす〈QDレーザ〉×〈ソニー〉 デザインのまなざし|日本デザイン振興会 vol.12
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テクノロジーとネットワークの進化で、真の意味での「パーソナルコンピューター」が一人ひとりの手のひらの中にある時代になりました。それに伴い、さまざまな身体的特性のある方の困りごとが解決されたり、今まで得られなかった楽しみがもたらされたりしています。
例えば、視覚障害のある方も、メールやLINEのやり取り、SNSの投稿を日常的に行っている人は少なくありません。スマートフォンが普及したことで、音声入力やテキストの読み上げ機能、画面表示の拡大、背景色の反転機能などのアクセシビリティが高まったためです。
これらの機能は、iPhoneなどの一般的な機器に標準で搭載されているため、老眼など多くの人たちが享受できるユニバーサル性をもったものとも言えるでしょう。
一方、VRやロボットなど最新のテクノロジーを活用した福祉関連機器も多数生まれていますが、潜在的なニーズにたどり着けてなかったり、利用者の抵抗感を拭いきれていなかったりする機器がまだあるのも事実です。将来的な普及はイメージできても、それを今「使おう」と思ってもらうには、超えなければいけないハードルが少なからずあるように感じます。
今回ご紹介する網膜投影カメラキットは、〈ソニー〉のコンパクトデジカメに、最新のレーザ技術を使ったファインダーを組み合わせた製品です。メガネやコンタクトレンズを装着しても「見えにくい」「見える範囲が狭い」「まぶしい」などの不自由さを感じているロービジョンの方向けに、ただ見えることをサポートする福祉機器ではなく、美しい風景を撮影し、感動を共有するアイテムとして開発されました。
マイナスをゼロにするのでなく「プラスの価値を提供する」発想は、最新鋭のテクノロジーの新しい使い方としても高く評価され、2023年度グッドデザイン・ベスト100を受賞しています。
「福祉」と「デザイン」の交わるところをたずねる連載、『デザインのまなざし』。前回の「かがやきロッジ」に続き、12回目の連載となる今回は、網膜投影カメラキットを開発した〈株式会社QDレーザ〉の宮内洋宜さんにお話を伺いながら、テクノロジーがひらく未来の可能性について考えたいと思います。
ロービジョンの方々に向けた革新的なレーザ技術
―まずはこの網膜投影カメラキット「DSC-HX99 RNV kit」がどのようなものか、簡単に教えてください。
カメラ本体は、一般に販売している〈ソニー〉のデジタルスチルカメラ「サイバーショットDSC-HX99」です。これに当社が開発した、網膜投影技術を搭載した専用のビューファインダー「RETISSA NEOVIEWER」を組み合わせました。視覚的に見えにくいロービジョンの人でも、眼の網膜にカメラが捉えた景色が投影され、写真や動画を撮影することができます。
これまで撮影することを楽しむ機会のなかった方に、クリエイティビティを発揮できる環境をお届けしたいと思い開発しました。
―「ロービジョン」とはどのような方のことですか?
WHO(世界保健機関)の定義では、「眼鏡やコンタクトレンズなどを装着しても、両眼の視力が0.05以上0.3未満」とされています。視力が0.3あれば、文字は読めると言われていますので、それ未満の方を「ロービジョン」、あるいは「社会的弱視」などと総称しています。
日本眼科医会の調査に、視力や視野に障害があり、生活に支障をきたしている方が日本全体で約164万人、全盲の方が約19万人という統計があるので、ロービジョンの方は残りの145万人前後、視覚障害全体の8〜9割ほどだと推定しています。白杖を使っている人は、みなさん全盲かと思ってしまいがちですが、実はロービジョンの方が多いのです。
日本人の「100人に1人」はロービジョンに該当する状況で、高齢化が進むとさらに増加するでしょう。世界では約2.5億人にのぼると言われています。
―かなり身近なことなのですね。ロービジョンの方はどんな「見え方」をされてるのですか?
見え方、見えにくさは、本当に一人ひとり異なります。眼の病気にも、緑内障や加齢黄斑変性など20以上の病名があり、症状や度合いは千差万別です。
例えば中心視野障害の見え方で言うと「真ん中が黒くなる」などと表現されることがありますが、これは周辺の色に塗りつぶされるイメージに近いと聞きます。周りが白ければ白くなるし、周りが青ければ青くなるように、ボカシが効いて溶け込んだように見えるそうです。
他にもうまくピントがあわせられない人、常にまぶしさを感じる人、周辺だけが見えない人などさまざまで、この網膜投影カメラキットを使って、「よく見える」とおっしゃる方は3〜4割という印象を持っています。
―視野が暗い方にとっては、効果が大きいように思いました。
そうですね。晴眼の人の視覚は、実は全体を鮮明に見ているのではなく、中心部に焦点をあて、周辺部は脳が勝手に補完しているのです。網膜投影でも欠けた視野までは補えないのですが、黄斑変性や網膜症で、一番見えるはずの中心部が暗くてぼんやりとしか見えない方だと、残った周辺の視野がうまく活用できて「全体が明るく、輪郭がくっきりと見えるようになる」と言ってくれる人が多いのだと解釈しています。
「日常生活の9割は困ってない」という事実
―〈QDレーザ〉はどんな企業なのですか? なぜ、網膜投影の商品を開発したのでしょうか?
〈富士通研究所〉という半導体の研究所から、2006年にスピンアウトしたレーザ技術の専門企業です。「QDレーザ」とは「Quantum Dot Laser:量子ドットレーザ」の略で、この技術を実用化するために創業しました。“半導体レーザの力で人類の「できる」を拡張する。”をミッションに事業を展開しています。
網膜投影の実用化もその一つで、2012年ごろにレーザの応用商品を考える社内プロジェクトを立ち上げ、最初はプロジェクターの商品化を追求しました。ただ、レーザには「眼に入ると危ない」という認識があるように、厳格な安全基準が定められています。通常のプロジェクターに活用するには、どうしても必要な明るさを出すことができなかったのです。
そこで逆転の発想で、あえて弱い光にして、眼に直接入れてしまう網膜投影方式に目をつけました。網膜投影を研究している企業は海外にもいくつかありますが、最終商品を出したのは当社が世界初になります。
―最初からロービジョン向けの商品開発でスタートしたのですか?
いえ、当初は網膜投影の実装を、AR(拡張現実)のウェアラブルデバイス、いわゆるスマートグラスやヘッドマウントディスプレイで考え、いろいろと試作品をつくっていました。
そんな時、たまたまそれを見た方から「これは視覚障害のある人でも見えるのですか?」と質問を受けたのです。その視点は持っていなかったので、実際にロービジョンの方に使ってもらいました。すると人によっては見えることがわかり、「これはすごい!」「製品化して困ってる人に届けた方がいいのではないか?」と気付いたのです。
そこから、筑波技術大学(視覚と聴覚に障害のある人のための国立大学)や眼科の先生などと一緒に研究を始めたり、当事者の方にヒアリングを行ったりしながら、ロービジョンと言っても症状は一人ひとり異なることを知りました。見えにくいことでの困りごとを理解するのは実際は容易でなく、どんな商品にしていくのか、試行錯誤の時間が続きました。
―ヒアリングでがくぜんとしたことがあった、と聞きましたがどのような内容でしたか?
特別支援学校の先生から、ロービジョンの方は「日常生活の9割は困ってない」と聞いたのです。見えにくいのだから、いろんなことに困っているだろうと、晴眼者である私たちは勝手に思い込んでいたので、衝撃でした。
でも、視覚障害のあるの方にとっては「見えない・見えにくいのが当たり前」で、「そもそも見えるって何なの?」という話になるわけです。いわゆる中途失明と呼ばれる、もともと見えていて見えなくなった方は最初「不便で困る」と認識されますが、時間とともにその状態に適応されていく方もいます。「当社の商品を使うと、見えるようになります」と言っても、実はあまり響かないのです。
そうした中で、残り1割の困りごとに何があるかと聞いていったとき、仕事や勉強に加えてレジャー、つまり「楽しむ」ことにバリアが多いと知りました。ですので、困ったことを埋める「マイナスをゼロにする」発想ではなく、「価値をプラスする」「喜びを提供する」ことを重視する方向に大きく変わったのです。
今回のキットは、撮影という行為を通じて「クリエイティビティを発揮してもらう」ことに、フォーカスを当てています。「カメラを持って出かけ、写真を撮る」「撮った写真を知り合いとシェアをして、コミュニケーションをする」という価値を提供したいと考えました。
〈ソニー〉との協業で専用ビューファインダーを開発
―このカメラキットの発売前に、クラウドファンディングを展開してましたよね。
はい。プロトタイプで「世界初、レーザ視覚支援機器を特別支援学校に届けたい!」というクラウドファンディングを2021年12月から2022年2月にかけて行い、200人以上の方から500万円以上の支援金をいただきました。
実現させたい熱い想いを、当時の社長が日々クラファンページの「活動報告」に書き綴っています。達成後、特別支援学校に寄贈して感想を集め、最終商品の開発方針にいかしました。
―なぜ、〈ソニー〉と協業することになったのですか?
当初はカメラ自体も自社開発をしていたのですが、そもそもカメラメーカーではないので、大きな壁がいくつもありました。対応策の一つとして、ある時、市販のカメラとの連動で考えることに方針を変えたのです。
複数の店舗を巡り、販売中のデジタルカメラを全てチェックすると、このサイバーショットのスペックが最適だとわかりました。コンパクトサイズでありながら、24-720mm(35mm判相当の画角)の高倍率ズームレンズを搭載し、常時HDMIで出力可能な機能を搭載していたのはこの機種しかなかったのです。
そのため、「一緒にやりませんか」と当社から〈ソニー〉に提案をして、協働プロジェクトになりました。
―ビューファインダー部分の開発にも〈ソニー〉は参画しているのですか?
はい。フラッシュが使えるようにカメラと組み合わせる方法や、撮影時に安定感が高まる工夫など、助言をたくさんいただきました。
各種の安全規格や環境対応も当然必要になりますので、ソニーの基準も参考に適合させていきました。約1年かけて仕上げていき、2023年3月に発売を開始することができました。
―〈ソニー〉は「2025年度までに原則、全ての商品やサービスにインクルーシブデザインを取り入れる」と2023年9月に宣言しました。御社への支援にも通じる、企業としての意志を感じます。
ロービジョンの方に、写真を撮り、共有する体験を届けたいと彼らも本気で考えていると感じます。もともと〈ソニー〉は、“クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。”をパーパスに掲げてもいるので、今回の共創はとてもスムーズでした。
実際に網膜投影カメラキットについては、広報や社会貢献としてではなく、事業活動として協働しています。これは普通ではまずないことで、すごい会社だと思いますし、出会えて幸運だったと今でも思っています。
単発のプロジェクトではなく、継続してコミットメントしたいと、〈ソニー〉の経営層が言ってくれているのも、とてもありがたいです。
―「With My Eyesプロジェクト」も一緒に展開されていますが、どんな内容でしょうか?
このプロジェクトは、カメラキットで写真撮影に挑んだ様子をドキュメントムービーで紹介するものです。2020年に最初の映像を公開し、〈ソニー〉は第2弾から賛同企業として参加、第3弾からは主要賛同企業として機材提供なども行ってもらってます。
ロービジョンへの理解を深め、支援の輪を広げることを目的としていましたが、私たちにとってもいろいろな気づきがありました。例えば、ロービジョンの方にレーシング場に行ってもらった企画(第4弾)では、撮影をしながら、子どもも大人も混ざり合って楽しそうにたくさん会話をしていたのです。
そして撮影後も、写真をいろんな方に見せあって喜んでいます。シェアする喜びは根源的なものだと思いましたし、カメラにはそういう力があることを、私たちも知ることができました。福祉専門機器だと起きづらい、そうしたエモーショナルな作用は、「生活の9割に困ってない」というロービジョン方にも響くポイントではないかと思ったのです。
表現し、分かち合うための「選択肢」を増やしたい
―2024年5月には「ソニーイメージングギャラリー銀座」で、8名のロービジョンの方々による写真展を開催しました。どんな方が参加されたのですか?
ひとりは、もともとカメラ愛好者で、デジタル一眼カメラと一緒にこの網膜投影カメラキットも使ってくれています。一眼カメラでは、ファインダーをのぞくと視覚がギラギラしてしまい、勘で撮るしかなかったのですが、このカメラキットだと構図をしっかり決めて撮れると大変喜んでくれています。
別の方は、何枚かの画像を重ねあわせる独自の手法で制作し、「自分の見えにくさ」を表現されました。他のカメラだと細かいところは見えませんが、このカメラキットだと構図を考え最終形を想像しながら撮ることができる、と言ってくれています。
また、以前はあくまで記録のための撮影だったが、このカメラキットによって撮影自体を楽しむことが初めてできたとおっしゃる方もいました。子どもと一緒に動物園に行って、楽しい撮影体験ができたそうです。「大袈裟かもしれませんが、世界はこんなに綺麗だったのかと気づいた」とも言ってくれています。
こうした方々の感想のように、従来できなかったインパクトのある撮影体験を生み出せるのだと感じました。
―販売1年後に、全国の約200の特別支援学校や施設、団体にこのカメラキットを寄贈されましたね。
はい。そのうちの1つ、島根県立盲学校では、直ぐに生徒さんに使ってもらいました。おそらく、写真を撮影する行為自体、初めての生徒もいたはずです。Instagramに作品を投稿くださっているのですが、しっかりと構図を考えたり、タイトルを入れたりと、写真をみるだけで、すごくクリエイティビティが発揮されていることが感じられます。
また先日は、千葉県立千葉盲学校にニュース番組の取材が入りました。生徒さんがこれを使い、学習に取り組んだり、将来やりたいことを話したりしているシーンも放送されました。
―そうした子どもたちの反応を見てどう感じましたか?
子どもたちがはしゃぎながら、お互いの顔を撮るシーンを見ると、本当に楽しんで使ってくれるのがわかり、とても嬉しいです。私自身、もともとメカとしてのカメラがとても好きだったので、この商品を世に出せて良かった、間違いでなかった、今後も続けていきたいなと思いました。
―「見えなかったものが見えるようになる」というのは、とても嬉しい体験だと思います。ですが一方で、それを推し進めることは、「晴眼の人に近づくことが理想で、障害のある状態は劣っている」と伝わってしまうリスクもあるのではとも考えてしまいます。その点はどのように捉えていますか?
まず、これまでさまざまなロービジョンの方と接しているなかでは、「見えないのはダメで、見える方がいい」という価値観はあまり感じたことがありません。特別支援学校の先生が話されたように、見えにくいことを前提に生活されてらっしゃるのだと思います。
なので私たちも「新しい楽しみが見つかる可能性がある」とは言いますが、「これを使うことがいいことだ」という言い方はしていません。あくまで使いたいと思う人が、使いたい時に使っていただけるようにしています。
ただ実際に聞いたご意見として、とある施設に寄贈を打診した際に、「一部の人しか使えないなら、受け取れません」と断られたことはありました。使って喜んでくれる人がひとりでもいるなら、とメーカーとしてはメッセージを出していたのですが……うまく伝わっていなかったのかなと思います。
―その施設なりの配慮だったのでしょうか?
かもしれません。ただ、2024年4月に障害者差別解消法が改正され、「合理的配慮」の提供が義務化されました。それが何かを、よく考えないといけないと思っています。
表現したり、人と何かを分かち合ったりする機会が少なかった方に、使えるツールを増やせる意味では、このカメラキットはやはり必要な製品だと私は思います。一方で、あらゆるものを全員に押し付けることが前提にあったり、「これをしないのはダメだ」みたいな話になったりするのは、合理的配慮の枠組みを超える気がします。
バランスをよく考えないといけないので難しいですが、私は「こういう人に使ってもらいたい」と正直に伝え続けようと思っています。あくまで、利用者にとっての「一つの選択肢」を示しているものなのです。絶対的なものではなく、使いたい方が自由に選べる環境が重要だと考えています。
テクノロジーとアクセシビリティの融合を目指して
―この商品で目指しているのは、「みんなが素晴らしい世界を見られること」ではなくて、「楽しめる人が増える可能性を広げること」なのですね。
はい。アクセシビリティとか、インクルージョンの考え方に近いと考えます。今までカメラが使えなかった人に、思い思いの撮影を楽しんでほしいのです。
―先ほどの「With My Eyes #4」の中で、ひとりの子どもが「見えた方がいい感じもするけど、見えなくてもいい気もする」と発言していますが、あえてムービーに残されたのかなと感じました。
この発言は、ある意味すごく重要な視点だと思ったのです。誰もが見えるようにするのが、正しいのかというと、それは一概に決めることはできない。「見えないのが悪いことではない」という私たちの考えを、率直に表してくれています。
関係者から「誤解を生む可能性があるからこの箇所は省いた方がいいですか」とご配慮をいただいたのですが、これはその子にとってもとても素直な気持ちなので、省略はしないでそのままにしました。
―今後はどのような展開を予定されていますか?
カメラキットは、不便さを解消する福祉用具ではなく、あくまで撮影を楽しむカメラの位置づけなので、補助金の対象ではなく、定価109,800円での提供になります。〈ソニー〉が費用の一部を負担してくれてるおかげで、その定価を実現したのですが、価格にハードルはあります。
ロービジョンであり、かつカメラを使う人のうち、8割ぐらいカバーできたら……と想定していたのですが、まだそこまでは至っていません。今後はよりさまざまなカメラに対応した製品を開発できないかと検討しています。その際は、ロービジョンの方だけでなく、少し視覚で苦労されているフォトグラファーなど、裾野を広げる方策を検討しています。
―このカメラキットがゴールではないということですね。
今回のカメラキットは一つのステップです。以前から、スマートフォンやスマートウォッチの次はスマートグラスやヘッドマウントディスプレイが主要なデバイスになると言われていますが、当社も将来的にはその方向になると思っています。既にスマートグラスは、〈TDK〉と共同研究をしていて、昨年「フルハイビジョン VR グラス」のプロトタイプを公開しました。
―最後に、〈QDレーザ〉としてありたい姿について教えてください。
網膜投影技術を使った商品をロービジョンの方だけにとどまらず、一般の人も日常で使うものを開発するのが、私たちの究極の姿だと考えています。
視覚情報デバイス事業としては、今後「ロービジョン」「ヘルスケア」「オーグメンテッド(拡張)」の3つの軸で展開していきます。もちろんロービジョン領域も継続はしますが、市場の性質として大きな拡大は難しいと考えています。
そのため、次に注力するのが、健康寿命を伸ばすことに繋がるヘルスケア領域です。日本でも浸透してきたスマートウォッチは、体調管理のためのヘルストラッカーとしての役割が強いと思いますが、「眼の健康」に関する情報は腕からでは集めにくいでしょう。ですが、スマートグラスだったらたくさん情報が集められる可能性があります。
スマートグラスが一般化されると、眼鏡との融合が進んでいくはずです。そしてヘルスケアの領域まで行き着けば、単なるエンターテインメント機器でなく、「なくてはならないもの」になる。
すると、網膜投影やヘルスケアで蓄積したノウハウは、視覚の拡張領域にそのまま活用することができるはずで、最終的にはこの3つの領域が融合すると思っています。
「未来のスマートグラスは、ロービジョンの方でも使えます」と言える状態にするのが究極の姿、理想だと考えています。
―今日はどうもありがとうございました。これからの展開を楽しみにしています。
取材を振り返って
Googleが、ヘッドマウントディスプレイ方式のウェアラブルコンピュータを発表してから10年以上の時が流れました。当時から「次のスマートフォンであり、コンピュータの進化系は、ヘッドマウントになる」とうたわれ、世界中の企業が競って開発を続けましたが、なかなか現実社会で実装されるデバイスは生まれていません。
ようやく日本でも2024年6月から、デジタルと現実をシームレスに融合させる機器「Apple Vision Pro」が発売され、実装が近づいてきた気配を感じますが、普及にはまだまだ時間がかかりそうです。
宮内さんは「2030年前後になれば、身近な機器になる」と話されていましたが、果たしてどうなるのでしょうか。そして、そのテクノロジーの発展を享受するのは、一体誰なのでしょうか。
最初、網膜に直接投影すると聞いた時は、まるで映画の中の未来話に聞こえましたが、〈QDレーザ〉は既にその技術を完成させています。そして、ロービジョンの方々に向けたプロダクトとして、日本を代表するエレクトロニクス企業〈ソニー〉とパートナーシップを結ぶことで実装を果たしました。
「マイナスをゼロにするのでなく、プラスの価値を生活に提供する」という人間の感性を尊重するコンセプトのもとに開発され、不便さを取り除くのではなく、写真を撮る楽しみ・表現する喜びをもたらすこのカメラキットは、テクノロジーの進化を考えるうえで、極めて明快で、倫理性にも富んでいます。スマートフォンやそれを生かすサービスの浸透によって、日々の過ごし方や想い出のつくり方が変わったように、ヘッドマウントなど新しいデバイスの登場によって、スポーツ観戦や美術鑑賞、天体観測などさまざまシーンで、従来にない「クリエイティビティあふれる体験」があらゆる人に享受できうる——そんな未来が近づいていることを感じました。
Information
株式会社QDレーザ
独自の通信・産業用高効率半導体レーザおよび視覚情報デバイスの開発製造販売を行う。東京証券取引所グロース市場に上場。
最新情報は公式ウェブサイトにて。
Information
『デザインのまなざし』のこぼれ話
グッドデザイン賞事務局の公式noteで、『デザインのまなざし』vol.12のこぼれ話を公開しています。
Profile
Profile
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矢島進二
公益財団法人日本デザイン振興会 常務理事
1991年に現職の財団に転職後、グッドデザイン賞をはじめ、東京ミッドタウン・デザインハブ、東京ビジネスデザインアワード、地域デザイン支援など多数のデザインプロモーション業務を担当。武蔵野美術大学、東京都立大学大学院、九州大学大学院、東海大学で非常勤講師。毎日デザイン賞調査委員。NewsPicksプロピッカー。マガジンハウス『コロカル』で「準公共」を、月刊誌『事業構想』で地域デザインやビジネスデザインを、月刊誌『先端教育』で教育をテーマに連載を執筆。『自遊人』ではソーシャルデザインについて46,000字を寄稿。「経営とデザイン」「地域とデザイン」などのテーマで講演やセミナーを各地で行う。2023年4月に大阪中之島美術館で開催した展覧会「デザインに恋したアート♡アートに嫉妬したデザイン」の原案・共同企画。
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