
一人ひとりの「あたり前」を大切にできる環境とは?「あたり前の暮らしサポートセンター布施屋」をたずねて “自分らしく生きる”を支えるしごと vol.29
Sponsored by 厚生労働省補助事業 令和7年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)
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気づけば私の両親も、70代に差し掛かっている。このあいだ30歳を迎えたばかりの自分だって、きっとあっという間に老いていくのだろう。
日々の暮らしのなかで、“あたり前”に大事にしたいことは、人の数だけあるはず。でも、年を重ねるなかで、環境や自分の体に変化が起きたりして、それらを守り続けることが困難になる瞬間も、きっとたくさんある。そのときの気持ちを想像するだけで、胸のあたりがずしんと重くなる。
ままならないことが増えたとしても、今ある“あたり前”を守っていくには、どうしたらいいのだろう──。
今回訪れたのは、長野県佐久市にある「あたり前の暮らしサポートセンター」。
デイサービスやショートステイの機能を持った「布施屋」をはじめ、地域の人が集えるコミュニティカフェや教室などが併設されていて、その名の通り、利用者それぞれの“あたり前の暮らし”を支える実践を行っているという。
そもそも、一人ひとりの“あたり前”を大切にするとはどういうことなのか。それを実現するためには、いったい何が必要なのか。「あたり前の暮らしサポートセンター」で働く人、過ごす人との会話を通して、考えてみたいと思う。
“面倒を見る対象”ではなく、“教えてくれる人”
「本当にのどかな場所ですね」
車の助手席でゆるやかな風を感じながら、思わず口にした。薄く色づいた山々、だだっ広い田んぼ、すかんとひらけた空。窓の外を流れていく景色は、まさに「のどか」という言葉でしか形容できないほど穏やかだった。
都心から車で走ることおよそ3時間半。鯉料理で有名な長野県佐久市にやってきた。その南西部、かつて中山道の宿場町だった望月エリアに、「あたり前の暮らしサポートセンター」はある。
10月末の長野は、晴れた昼間でもだいぶ冷える。冷たい空気に体を震わせながら敷地の方へと向かうと、入口のカフェにはじまり、中庭をぐるりと囲むように建物が建っているのが見えてきた。
もっと広大な敷地を想像していたけれど、思ったよりもこぢんまりとしていて、親しみやすい規模感。介護施設と聞いてなんとなくイメージしていた敷地を囲う塀や門扉がここにはなく、とてもオープンな印象だ。
この場所は、デイサービス・ショートステイの機能を持つ「布施屋」、介護予防や手工芸の教室を開催する「いきいき工房」、日常の心配事の相談所「よろず屋」、障害のある方が働くコミュニティカフェ「ひまわり畑」、という、4つの棟で構成されている。
布施屋の木の扉を開けると、長靴を履いた職員らしき方とふたりのおじいさんが「こんにちは」と笑顔で迎えてくれた。今から外に出掛けるらしい。
その奥から「お待ちしていました!」と声をかけてくれたのは、篠原郁子(しのはら・いくこ)さん。この場所を運営する「社会福祉法人 望月悠玄福祉会」で常務理事を務める人だ。あたり前の暮らしサポートセンターの立ち上げに関わり、今は布施屋にほぼ常駐しながら、部長として現場を見ている。「具体的にどんな役割をされているんですか?」と尋ねると、「何でも屋さんです」とのこと。
私たち取材班にパンフレットを手渡しながら、篠原さんはこう話す。
ここでは、利用者さんは“面倒を見る対象”ではなく、“教えてくれる人”と捉えているんです。
利用者は“教えてくれる人”? いったいどういうことなのだろう、と思いながら、まずは布施屋の様子を見学させてもらうことにした。
料理の味付けや片付けも。できることは自分たちで
賑やかな声の方へと向かうと、木のぬくもりを感じる空間が広がっていた。暖色のやわらかい明かりが灯り、手づくりと思しき華やかな飾り付けが施されている。
2階建ての布施屋は、1階がデイサービス、2階がショートステイになっている。定員は各20名。片方だけ利用する方もいれば、日によってショートステイを併用している方もいる。
デイサービスの1階は縦に長く、一番手前の部屋にはテーブルやソファのほか、大きなアイランドキッチンが備え付けられている。
ソファでごろんと横になる人、おしゃべりをする人、職員と手遊びをする人、オセロをする人、お手玉をする人……。見える範囲だけでも、ひとつの空間でさまざまな過ごし方をしている人がいる。なんというか、だいぶ自由だ。
たまたま一日の中の自由時間なのかと思いきや、これが布施屋においては“あたり前の光景”なんだそう。
一般的なデイサービスだと、「午前中に入浴、午後はレクや体操」みたいに時間割が決まっていて、みんな一緒に活動することが多いですが、布施屋にそういうものはほとんどありません。基本的には、利用者さんに自分の得意なこと、やりたいことをやってもらっています。
そのために、契約時には利用者が若い頃にやってきたことや性格、趣味、得意なことなどを含め、一つひとつ丁寧にアセスメント(理解して、どんな支援が合うか見立てること)をしていく。
ケアマネジャーを通して希望があれば、1日の中で機能訓練指導員によるプログラムの時間を設けるが、布施屋で基本にしているのは、生活リハビリ。それぞれの利用者が、今までの生活の中で“あたり前”にやってきたことの実践を通して、今の暮らしに合った体や道具の使い方を習得し、自立した日常生活に繋げることを大事にしている。
じつは、キッチンで調理していたのも、一部は利用者。この日は、布施屋の畑でとれたさつまいもでおやつをつくっていた。車いすを使う利用者も座ったまま作業できるようにと、キッチンカウンターは低めに設計されている。
うちは基本的にお昼ご飯もおやつもみんな、料理が得意な利用者さんたちがつくってくれるんですよ。味付けもぜんぶ、利用者さんたちがします。味を濃くしてしまうんじゃないかと思いきや、「健康に悪いから」と、皆さん意外と薄味につくりますよ(笑)。
なるほど。もしかしたら、「自分だけでなく、ほかの人たちにも食べさせる」という意識が、料理をつくる利用者たちをそうさせるのかもしれない。
片付けや洗い物も、できるだけ自分たちで。自信を持って自分らしい暮らしを続けてもらうためにも、やれることは基本的に任せ、難しいところだけサポートするというのが、布施屋の方針だ。
役割があるから、居心地がいい
寒くて申し訳ないけど、よかったら“畑組”のおじさんたちもぜひ見に行ってあげてください。
どうやら、さっき入口で長靴をはいて出かけたおじいさんたちは、畑仕事をしにいったらしい。篠原さんに促されて外に出ると、もくもくと作業を進める利用者たちの姿があった。
敷地内には中庭にひとつ、道路を渡った向こう側にひとつ、計2か所の畑があり、利用者たちがみずから野菜を育てている。
テルさんとゼンジさん。ふたりとも若い頃から農業をしてきた、職員さんたちにとっての“農業の先生”なんだそう。たしかに、あきらかに動きが違う。「緩慢どころじゃないですよ。ついていくのが大変です」と、ともに作業をする職員さんは笑う。
これまでに育てて収穫した野菜は、ジャガイモに始まり、枝豆、キュウリ、トマト、ナス。今日のおやつにもなっていたさつまいもや、長野名物の野沢菜、ねぎ、大根、カボチャなどもとれているそう。それをまた、料理好きな利用者たちが調理をし、みんなで食べる。
野沢菜はね、とれたら私がみんな桶の中に入れて、塩をまいて漬け込むの。それで最後にまた、お塩をしてね。小さいときからやってたんだよ。本当は裸足でこうやってやる(踏んで野沢菜を沈める)んだけど、こういうところでは衛生的に良くないからね。
がはは、と明るく笑うのは、テルさんこと今井瑛雄(いまい・てるお)さん。腰の手術で何度か入院したことをきっかけに、担当のケアマネジャーに布施屋を勧められ、令和元年からここのデイサービスに通っている。
若い頃から農業をやりつつ、夏場は大好きな野球三昧の日々を送っていたというテルさん(ポジションはキャッチャー)。その後、建設会社で働き、最終的に会長職も務めた方だ。そんなテルさんに、「布施屋はどうですか?」と聞くとこう返ってきた。
とても気楽でいいですよ。皆さんよくやってくれるから、うちにいるよりはラクできるわな。
これだけ身体を動かして働いているのに、むしろラクなのか……!と、ちょっと面を食らう。すると、テルさんはこう続けた。
うちにいたって、へえ、やることないしな。ここにいたら、1日のうち30~40分は農作業したりとか、日課があるから。(夕方)4時には帰るけれど、日が長いときはもう1時間くらい長くてもいいと思うだよ。
ここなら、もっと長くいたい。うちにいるよりもラク。利用者にそう思わせるのは、布施屋には一人ひとりの得意なこと、やりたいことを尊重される環境があり、自分の役割があることを感じられるからなのかもしれない。
ちなみに、テルさんはかまどを扱うのが得意な「釜戸(かまど)名人」でもあるらしい。きっと、会社を束ねてきたテルさんにとっては、誰かのために働き続けるのが“あたり前”で、いきいきとしていられる状態なのだろう。
「下にある小さいカボチャ、どうしたらいいかな」
「これはもう片付けた方がいいんだよね?」
そうやって、職員さんはテルさんとゼンジさんに尋ねながら作業を進める。室内に戻ってからも、「栗は下に落ちている小さいものの方が甘いんだよ」とか「毒があると言われてるあのきのこも、インクみたいな染みのあるものは食べられるよ」とか、利用者が私たちにいろいろなことを教えてくれた。
利用者は、教えてくれる人。さまざまな経験を積み重ねてきた暮らしの達人として、私たちに知恵を伝えてくれる。篠原さんが言っていたことが、少しずつわかってきた。
それがあたり前なら、たばこもお酒も禁止しない
2016年に開所した、あたり前の暮らしサポートセンター。運営する望月悠玄福祉会は、40年以上にわたって佐久市・望月エリアで、高齢者・障害者サービスを提供してきた。
新たな事業展開にあたって、法人内で将来構想委員会を発足。地域の人たちが本当に求めているサービスとは何か、働く職員たちがどういう介護をしたいかに焦点を当て、「合同会社わくわくデザイン」の設計士とともに、この施設をつくってきた。篠原さんは、プロジェクトメンバーのひとりとして、構想段階から関わっている。
この場の名前にも入っている“あたり前の暮らし”というキーワードは、どんな経緯で生まれたのだろう。
どういう介護をしたいかを見つめていった結果、誰からともなく自然と口にしていたような気がします。私自身の介護理念は、「自分や家族がやられて嫌なことをしない」。だからもし、「自分の親が入る施設だったら」と考えたときに、介護が必要になったからといってあれもこれも禁止するのではなく、今まで“あたり前”だったことを叶えられる場であってほしいなと思ったんです。
それは認知症になっても、障がいがあっても同じこと。そんな、「一人ひとりにとっての“あたり前の暮らし”を実現する拠点をつくりたい」という思いから、この場所が生まれました。
「こんな介護をしたい」という思いがぎゅっと詰まったこの建物には、“あたり前の暮らし”を支える工夫がそこかしこに垣間見える。
たとえば布施屋の2階、ショートステイのエリアの個室には、外から中の様子が覗けるガラスのスリットを、あえてつけていない。それは、自宅の部屋と同様に捉え、利用者のプライバシーを守るため。用事があるときは、ノックをしてから扉を開けるのだそう。
さらに、「ベッド派か布団派か」からはじまり、「夜はだいたい何時頃にトイレに行くか」や「ベッドを使用するときは左右どちらから降りるか」といったことまで、“あたり前の暮らし”をアセスメントし、できるだけ叶えていく。
ちなみに、布施屋ではたばこもお酒も、自宅からの持ち込みであればOK。介護施設では健康を害する可能性があるものは基本的に禁止だと思っていたから、「ここまでいいんだ!」と驚かされる。
お昼に一服休憩をしたり、ビールで晩酌したりすることがその人にとっての“あたり前の暮らし”なら、それが介護施設の中であっても制限しない。
健康のためとか、禁止する理由はいくらでもつけられるんです。でも80年、90年と生きてきて、今更たばこやお酒を我慢して寿命が数年伸びたとしても、ご本人にとって幸せかといったらわからないですよね。残された人生を楽しく過ごしてほしいと思うからこそ、今までと変わらない暮らしができるように、利用者さんがやりたいことを基本的に「ダメ」とは言わないようにしています。
もし自分の両親だったら、と考えてみる。毎晩欠かさずに晩酌をするふたりに、できるだけ長生きしてほしいからと、私は無理にお酒を止めさせるだろうか。たぶん、しないだろうなと思う。おいしいと思えるうちに楽しんで、できるだけハッピーな気持ちでいてほしい。
人生は、その人だけのもの。本人の幸せに寄り添い、やりたいことを尊重する。布施屋で実践されていることは、じつはとてもシンプルなのだ。
週休3日制に。職員のやりたいことも尊重する
そしてこの場所では、利用者の方だけでなく、働く職員の方たちをはじめとした関わる人それぞれにとって、“あたり前の暮らし”を実現することを掲げている。
たとえば、利用者同様に職員も、自分の得意なことを積極的にやっていこうというのが布施屋の方針。野菜づくりに関心があるから畑仕事のサポートをしたり、運動が得意だから体を動かすレクレーションを企画したり。
週休3日制をとっているのも、「職員自身の暮らしがおろそかになったら、利用者さんにやさしくできない」という考えからだ(その代わり、1日の労働時間を8時間から9時間15分に増やしたという)。
布施屋の中でもっとも若手の職員である畠山亮太(はたけやま・りょうた)さんは、こうした場に関わる人全員を尊重する方針に惹かれ、入社したひとり。今はショートステイの担当で、利用者の方の身の回りの介助をはじめ、イベントの企画なども行っている。
現在、23歳。以前勤めていた社会福祉法人を辞め、望月悠玄福祉会を新たな職場に選んだ。
決め手は、見学したときの職場の雰囲気が明るく、あたたかかったこと。ここだったら、自分らしく働けるのではないかと転職を決めた。最初の配属は養護老人ホームだったが、篠原さんが「利用者の方を笑顔にしようとイベントやレクを企画をする力は、布施屋の方が活きるのではないか」と考え、引き抜いてきたのだとか。
活動の主体は利用者で、職員はあくまでサポートや見守りがメイン。利用者から教わることも多い介護の現場というのは、畠山さんにとって新鮮だった。
たとえば、かまどでお米を炊くときも、利用者さんたちは買ってきた炭を使うのではなく、昔ながらの方法で薪を炭にするところから始めるんです。この間の収穫祭でも、秋刀魚を炭で焼くときの焦げないコツを教えてもらったりして。今までしたことのない経験を、ここではたくさんさせてもらえて、本当に楽しいです。
畠山さんにとってのやりがいは、利用者の笑顔を見ること。一人ひとりができることに寄り添いながら、みんなが楽しめるようにイベントを企画し、喜んでもらえたときが一番嬉しいという。
そして、「やってみたい」と手を挙げれば、それを実現させるために一緒に考えたり、叱咤激励してくれたりする先輩たちもいる。そんな環境もまた、畠山さんが今も介護の仕事を続けられている理由のひとつなのだろう。
ちなみに、畠山さんは先日、週に3日間の休みを利用して旅行に行ってきたそうだ。行き先を尋ねると、ちょっと恥ずかしそうに教えてくれた。
ハロウィンシーズンのUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に行ってきました。ずっと行きたかったけれど、介護業界にいる以上は叶わないと思っていて。だから行かせてもらえて嬉しかったし、今そういう環境で働けていることがありがたいです。
時代が変わっても、それぞれのあたり前を支えるために
「布施屋はいいよ~」
「もっと来たいくらいだね」
滞在中、そんな声をたくさん聞いた。皆さんのリラックスした表情を見ていると、それがお世辞ではないことがよくわかる。何より、たった数時間いただけの私たちも、この場を包む明るさ、あたたかさにすっかり居心地の良さを覚えていた。
自分の得意なことで、お互いに助け合う。仲間と一緒に、好きなことをのびのびと楽しむ。ここには日常の延長の、でもいつもよりちょっと楽しい暮らしがある。
一方で、篠原さんは今後の在り方について、こう語る。
今の布施屋は、今の利用者さんたちにとっての“あたり前の暮らし”を形にした場所。でも、その“あたり前”も時代によって変わるものですし、今のやり方がこの先10年、15年続くとも思えないですからね。職員一人ひとりがアンテナをしっかり張って、“あたり前の暮らし”というものをアップデートしながら組み立てていかなければならないと思っています。
もう10年もすれば、「布施屋」の中にパソコンルームができたり、オンラインで活動をする利用者の方が出てきたりするのかもしれない。さらにその先、今の10代、20代の若者たちが介護を必要とする頃、“あたり前の暮らし”はどんなふうに変わっているのか──。
今は想像できないけれど、時代に、そこに生きる人たちの暮らしに合わせて、どんどん形を変える介護施設というのも、新鮮で面白いなあと思う。
好きな料理をつくって、たらふく食べること。近所を散歩がてら、可愛い花を買うこと。友だちやパートナーとくだらない話で笑い合うこと。この先、私の“あたり前”が少しずつ“あたり前”でなくなっていくことが怖かった。その気持ちは今でも消えないし、変化を止めることもできない。
でも、布施屋で出会ったテルさんたちのように、自分が変化しても、支えてくれる人や環境があれば、“あたり前”を諦めなくていいのかもしれない。もしかしたら、今の私にとっての何気ない“あたり前”が、いつかの私の生きがいになることだってあるかもしれない。
そう思ったら、まずは今ここにある日々を、もっと精一杯生きてみたくなった。
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