福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

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お寺は何をするところ? 子どもの貧困問題を前にして「仕組みのデザイン」を僧侶が手掛けた理由。おてらおやつクラブ・松島靖朗さん デザインのまなざし|日本デザイン振興会 vol.01

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「福祉」と「デザイン」の交わるところ。その「まなざし」をたずねる新連載をはじめます。

「デザイン」と聞いて、どんなイメージを抱きますか?

工業製品や印刷物、生活用品、家電、建築物、ファッション、デジタルメディア、アプリ、サービス、仕組み……と、デザインの対象は社会の変化とともに年々拡がっています。いまやデザインは、見た目を整えたり、使いやすさを向上させるのみならず、社会に点在する「課題」を解きほぐす重要な手段として注目されています。

本連載「デザインのまなざし」を執筆する公益財団法人日本デザイン振興会は、そういったデザインの変遷を見つめ、価値発信をしてきた日本唯一の専門機関です。「グッドデザイン賞」を主催している団体と言うと、イメージが湧く方もいるかもしれません。

2021年で65年目を迎えるグッドデザイン賞では、1985年に「福祉商品賞」という特別賞を設けました。その後も「サステナブルデザイン賞」や、昨今のUI/UXデザインに繋がる「インターフェイス賞」などを新設しています。

「福祉」をデザインの重要な対象と位置づけてきたグッドデザイン賞。大切にしているのは、「Design for All(すべての人のためのデザイン)」という、人を中心に考えるまなざしです。本連載では過去の受賞作のなかから福祉に関わるプロジェクトやプロダクト、その発意者であるデザイナーをたずねていきます。

「福祉」と「デザイン」の交わるところには、どんなまなざしや手つきがあるのでしょうか? これからの社会を豊かにするヒントを、デザイナーの実践から学ぶシリーズとしてお届けします。

デザイナーは僧侶。貧困問題に向き合う仕組みのデザイン「おてらおやつクラブ」

第1回は、2018年のグッドデザイン賞で、応募総数4,789件の中から大賞を受賞した「おてらおやつクラブ」の松島靖朗(せいろう)さんのインタビューです。

「おてらおやつクラブ」は、全国のお寺の「おそなえ」を、仏さまからの「おさがり」として頂戴し、子どもをサポートする支援団体の協力の下、経済的に困難な状況にあるご家庭へ「おすそわけ」する活動。松島さんが手掛けたのは、「仕組みのデザイン」です。

【画像】おてらおやつくらぶをせつめいするず
「おてらおやつクラブ」の仕組み。お寺の役割は支援団体の「後方支援」であるところがポイント。(提供:おてらおやつクラブ)

現役の僧侶である松島さんはなぜ「おてらおやつクラブ」をはじめたのでしょうか。またその仕組みにはどんな工夫があり、現在どのように続いているのでしょうか。日本デザイン振興会の矢島進二が、松島さんが住職を務める安養寺(奈良県磯城郡田原本町)を訪ね、お話を伺いました。

【画像】まつしませいろうさん

松島靖朗さん:特定非営利活動法人おてらおやつクラブ代表理事、安養寺住職。1975年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、NTTデータ、アイスタイルで勤務。14年間の東京生活の後、母親の実家でもある安養寺に戻る。2014年、全国のお寺の「おそなえもの」を「おさがり」として「おすそわけ」する「おてらおやつクラブ」をスタート。国内で深刻さを増す子どもの貧困問題の解決のため、NPO法人や公的機関と協業するお寺の社会福祉活動として全国規模の活動を展開している。

お寺は何をするところ? ふたつの社会的出来事から考えたこと

―松島さんは、東京の大学を出てIT企業で14年間務めたのち、母方の実家である安養寺へと戻られたそうですね。「おてらおやつクラブ」の活動は、従来のお寺の活動を超えるような取り組みですが、そのきっかけはどこにあったんでしょうか。

地元・奈良に戻り、資格を得る修行に2年半をかけ、2010年から安養寺の僧侶としての生活がはじまりました。その翌年、東日本大震災が起こります。それがきっかけで「お寺が社会のためにできることは何か」を改めて考えるようになったんです。

もちろん第一にできることは、社会の安穏や人々の救済のために祈り、法を説くことですが、私自身は東北に災害ボランティアとして行きたい気持ちも強かった。ですが、住職になってしまうと、お寺から長く離れることはできません。被災地に何か支援をしたいのに何もできず、モヤモヤしていて。そんなときにバリューブックス社が不要になった本を集め、買い取り、そのお金を被災地の支援金にするキャンペーンをはじめたことを知ったんです。

これをヒントに、全国のお寺から本を集め、寄付金にして被災地の団体にお届けする「古本勧進(ふるほんかんじん)」という仕組みを思いつき、はじめました。私のように現地に行けないお坊さんはたくさんいたので協力もしてもらって。そのとき初めて「お寺の仕組みが、社会の課題解決に繋がる」ことに気付きました。

【画像】あんようじのがいかん
奈良県磯城郡田原本町にある安養寺。創建は江戸初期の1633年。もともと松島さんの母方の祖父が住職をしており、松島さんは32代目の住職にあたる。

―東日本大震災は様々な活動を生み出しましたよね。そこから「貧困問題」に向き合うようになるのはなぜですか?

2013年5月、大阪市のマンションの一室で起きた母子餓死事件を新聞記事で知りました。豊かだと思っていた現代で、大阪という大都市で、餓えて命を落とす親子がいたことに大変なショックを受けて。一食の食事にも困る子どもや親がいることを知ったのです。私自身、それまで高齢者の困窮問題を見聞きしていても、子どもの貧困が深刻であることはまったく見えていませんでした。この大阪の事件をきっかけに、全国的に母子家庭を支援する団体や「子ども食堂」も拡がっており、私もできることは何かないだろうかと考えるようになったんですよね。

そこで気づいたのが、「お寺には食べ切れないほどの量のおそなえがあるのに、社会には食事に困る子どもたちがいる」こと。早速、大阪でひとり親家庭の支援活動をしている団体に、お寺のおそなえを届けに行きました。最初は月に1回、団体を経由して3世帯に物資や食品を届けるという個人的な活動からのスタートです。

※参考:日本における「子どもの貧困率」は、1985年に10.9%であったのが、2018年では13.5%と増加傾向にある。実に子ども(18歳未満)の7人に1人、約280万人が貧困状態にある。さらに、ひとり親世帯では48.1%、2人に1人が貧困状態にあるという。(参照:厚生労働省「2019年 国民生活基礎調査の概況」

お寺の「ある」と社会の「ない」をつなげる仕組み

―おそなえをひとり親家庭に届ける活動は、松島さんが個人的に支援団体につながってはじめたんですね。その後どのように続くんでしょう?

お寺のおそなえを届けるようになって3ヶ月ぐらい経った頃、自分の中に満足感が少し生まれてきて。次はおそなえ以外で届け先の子どもが望む物を送りたいという「欲」がでたり、やっていることが喜ばれているかの「反応」が気になってきたんです。そうしたら支援団体の方から「松島さん、全然量が足りません。困っている家庭はもっとたくさんあるのです」と言われ、とても恥ずかしくなりました。その先にある子どもの貧困という大きな課題に本気で向き合わないといけないと気づいたのです。

それで帰り道にちょっと肩を落としながら車を運転していたら、「待てよ。お寺はたくさんあるじゃないか!」とひらめいて。私と同じような悩みを抱え、おすそ分け先を探しているお寺も多いはず。先にはじめていた古本勧進と同様、「お寺の『ある』と社会の『ない』をつなげる」、おてらおやつクラブの仕組みを思いついたのです。

そこから近しいお坊さんたちに声をかけていきます。みんな、大阪の事件のことは知っていたので、すぐに理解してくれましたね。私が震災のときに感じていたように、何かしたいと悶々としていたお坊さんも多かったです。協力の輪は徐々にできていきました。

―寺院のネットワークを生かされた、と。

もともと、児童養護施設や就労支援施設におそなえをおすそわけしているお寺もあります。ただ、自分のお寺だけだと、継続していくのが大変という課題もあったようで。「おてらおやつクラブ」の仕組みをつくったところ、これまでおすそわけの活動を独自にされていたお寺さんから「負担を分散できるのが素晴らしい」との声も。また僧侶が支援の場に直接行くことは難しいとも思い、地域のお寺と地域の支援団体をつなげる仕組みにして、私たちは「後方支援」的な立ち位置でいるべきと考えました。

そのうち「貧困問題の実情や、おてらおやつクラブの活動を説明して欲しい」との声も増えてきて。宗派を問わず全国のお寺から呼ばれ、毎週のように各地で話をする機会をいただくように。ありがたいことに講演料をいただき、それを活動資金にまわせたので、依頼があればどこにでも行きましたよ。

「おてらおやつクラブ」が届ける物資の一例。最近では企業の協力により、生活用品なども含めるように。ダンボール箱のデザインは太刀川英輔さんによるもの。

持続的な活動を目指してNPO法人化。お坊さん仲間をどんどん増やしていく

―そうやって小さく任意団体ではじめた活動を、NPO法人化したのはなぜですか。

実は私が法務や育児、活動資金集めのための講演活動を頑張りすぎて、倒れてしまったんです。急性肝炎になり生死を彷徨いました。お酒は飲まないので、医者からは「明らかに過労だ」と。しばらく入院することになり、「自分がいなくなってもこの活動が続くようにしないといけない」とNPO法人化を考えました。実際、講演料や寄付金の扱いも法人化した方が管理がしやすいですし。

そしてメンバー集めの旅がはじまったのです。さながらお坊さん版のRPGゲームというか、「ドラゴンクエスト」のような感じで。「おてらおやつクラブ」の立ち上げ後には、全国からの寄贈が増え、企業からも連携の相談が増えたので、メンバーも必要で。そこで、ウェブなどのシステムに強いお坊さんや、マーケティングの専門知識を持ったお坊さんなどを仲間に巻き込んでいったんです。

さらに活動が知られていくなかで、ウェブサイトをリニューアルする必要も出てきました。支援団体、お寺、ご家庭、寄付したい人など、対象ごとにわかりやすく情報にたどりつく適切なサポートが必要だと考えたからです。そこで2020年、デザイン会社もやっている京都のお坊さんにお願いしました。前々から「あのお坊さん、いつか巻き込みたいな」と思っていて、「会いに行っていいですか?」と目的を隠して訪問してその場で口説き……と仲間集めの旅は続いていて。現在事務局には20人ほどのメンバーがいます。

―お坊さんといっても、さまざまなスキルを持った方がいるんですね! 「おてらおやつクラブ」はウェブサイト通じた情報発信やシステムによる支援のマッチングも工夫されているなと拝見しています。

ありがとうございます。とはいえ、ウェブサイトやシステムよりも、困っている親御さんの声を聞くなどの活動に力を入れるべきだと最近はみんなで話しています。私一人が考えるのではなく、アイデアをチームで出し合っていけるのが、NPO法人になって一番嬉しいこと。最近は体調も戻ったのですが、仮に私がいなくなっても継続できる環境になってきました。

お坊さんに定年はないので、死ぬまで何をするのか、何を成すのか、しっかり取り組んでいきたいです。貧困問題は、命がけでやらないといけないものですので。

コロナ禍で大きくなる「助けて」と「助けたい」の声

―2018年のグッドデザイン賞では「おてらおやつクラブ」が大企業のデザインプロダクトや、都市計画などの候補をおさえて、大賞に選ばれました。その後、反響についてはいかがですか?

大賞受賞はNHKで全国ニュースとして取り上げられるなど、とても大きな反響を巻き起こしました。もともと、グッドデザイン賞にエントリーしたのは、貧困問題について知ってもらうのが目的です。平成最後の年に面白い活動が選ばれ、令和になってお終いでなく、お寺がやっている「利他的な活動」として、今でも注目してもらえていることが有り難いですね。

お寺だけでなく、企業の協力も増えました。たとえば、ユニリーバさんはシャンプーなどを、石井食品さんは安心安全に配慮してつくっている食品を大量に寄贈してくださるなど、支援が増えています。企業の担当者の方も、「自分が母子家庭に育ったから」「会社の仕組みを使って支援したいから」と熱い想いを寄せてくださる方が本当に多くて。とても嬉しく思うとともに、しっかりやらないといけないという責任を感じます。

―先程「利他」と言われましたが、コロナ禍になってよく耳にする言葉で、時代のキーワードの一つかなと感じています。

2020年春に思想家で経済学者のジャック・アタリ氏が、NHKの番組『パンデミックが世界を変える』で「今こそ必要なのが利他的な精神」と言われたことがひとつのきっかけかなと思います。仏教用語「自利利他」には、人々の幸せが自分にとっての幸せになるという意味があります。人のためになることをしましょう、結果的に自分のためになりますよ、と。でも、私たちが言っても説教臭くて響かないのですが、アタリ氏が口にしてくれると一気に浸透しますね(笑)。

―コロナ禍によって家庭の状況も変わっているかと思います。「おてらおやつクラブ」の活動も変わりましたか。

2020年頃から、テレビ等で活動を知った全国のお母さんたちから「おやつを送って欲しい」という連絡が入るようになりました。そういった方々は、各地の支援団体とはつながっていない場合が多く、事務局から全国へ「おすそわけ」を届ける「直接支援」をはじめることになりました。

特にテレビ番組で取り上げられると「直接支援して欲しい」との問い合わせが増えます。最初は「地域の支援団体さんとつながってください」と伝えるのですが、「仕事が忙しくて行けない」「素性が明らかになるので子ども食堂には行かせにくい」など、福祉制度やサービスとつながることの”ジレンマ”を持っている人が多い。

そこで直接支援を希望された約700世帯を対象に2021年3月にアンケート調査をしたところ、約70%の家庭がコロナ禍により収入が減少し、約75%が支出が増大、公的支援の受給率が高くないなど、生活困窮度が高まっている実態が浮き彫りになって。このことから、支援団体を通した活動に加え、直接的な支援も増やしていこうと考えるようになりました。

一方、個人や会社から寄贈の申し出もとても増えましたよ。「助けて」の声が増える一方で、「助けたい」という申し出も増えたので、それらをつなぐことで、私たちの活動である「お寺の『ある』と社会の『ない』をつなぐ」をバージョンアップできると思っています。

「仏教」も「福祉」も苦しみを和らげるもの

―地域行政との取り組みも新たにはじめたようですが、どんな活動でしょうか。

安養寺のある田原本町と「ひとり親家庭への支援に関する協定」を締結して、2021年4月からふるさと納税を活用した「ガバメントクラウドファンディング」をはじめました。同じように2021年5月からはお隣の天理市とも連携をスタートしました。

そして、天理市からはじまるのですが、飲食店の支援も手掛けていきます。コロナ禍で飲食店も大変な状況ですし、外食・中食の機会を「おすそわけ」できたらと思っています。それを「つなぐ仕組み」をつくっていきたいです。こうして仕組みも、社会状況にあわせてバージョンアップをはかっていきます。

仏教の教えは人々の苦しみを和らげるものです。「福祉」もさまざまな困難を和らげる、もしくは社会にある障害が完全にはなくならなくとも、共に生きていくという考え方と捉えているので、仏教の実践とも言えます。

おてらおやつクラブはNPO法人が運営していますが、メンバーが仏教者である意味はそこにあります。利他的な行為をする人たちが集まり、福祉の力で社会をより良くしていけたらいいと思っています。

―松島さんは、お寺の持つ価値を現在必要とされている形へと変換し、「つなぐ仕組み」をデザインする力に卓越した方であることがよくわかるお話でした。全国にあるお寺というインフラを社会課題解決のインフラへと活用するまなざしと手つきは、「デザイン」そのものだと感じています。仏教者としての考えを大切にしながら、企業勤務で培った力も存分に発揮されていて、素晴らしいです。

今日はありがとうございました。これからの活動も応援しています。

2021年4月19日、安養寺にてインタビュー。日本デザイン振興会・矢島進二(写真左)と、松島靖朗さん(右)。

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連載:デザインのまなざし|日本デザイン振興会