福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【写真】屋外のテラス席に座り、笑顔でこちらを向く1人の男性【写真】屋外のテラス席に座り、笑顔でこちらを向く1人の男性

プロとして、仕事を誇れる場のデザインを。一方的に“支援される”ではない「ソーシャルグッドロースターズ」の福祉 デザインのまなざし|日本デザイン振興会 vol.13

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東京のカフェ文化を担うまちの一つ、神保町の片隅にある「ソーシャルグッドロースターズ」。店内には、焙煎の世界大会で使われている最高峰の焙煎マシンが設置され、一見して本格的なコーヒー専門店とわかりますが、実は障害のある方々の、就労支援施設でもあります。コーヒーの香りが漂う店内では、発達障害や精神障害のあるスタッフと、障害のないスタッフが一緒にコーヒーを焙煎し、バリスタがハンドドリップで一杯一杯丁寧に淹れてくれます。

ボランティアとして障害者支援に携わっていた坂野拓海さんが、「自分らしく働ける場所」の選択肢があまりにも少ない現況を知り、2016年に〈一般社団法人ビーンズ〉を設立、障害のある方の就労に関わる活動を多方面で実践されています。その中でも話題の福祉施設が、千代田区との協働で開設したこのお店です。

【写真】明るい店内で複数のスタッフがコーヒーマシンやレジの前に立ち仕事をしている

ここは「社会から支援される側ではなく、価値を生み出し社会を支援する側になれる場をつくり、障害者の労働のあり方を新しくデザインし直したプロジェクト」として高く評価され、2020年度にはグッドデザイン賞を受賞しました。

「福祉」と「デザイン」の交わるところをたずねる連載、『デザインのまなざし』。前回の「網膜投影カメラキット」に続き、13回目の連載となる今回は「ソーシャルグッドロースターズ」で坂野さんからお話を伺いながら、現代における「働く意味」や「職業の選択肢」について考えたいと思います。

障害のある人の働く姿が見える、本格コーヒー店「ソーシャルグッドロースターズ」

【写真】壁にソーシャルグッドロースターズ千代田のロゴが大きく描かれ、その前に大きな黒い機械が置かれている
開業当時、国内にはこことUCCの研究所の2台しかなかったというオランダ製の焙煎機。焙煎の世界大会で使われている最高峰のマシンで、同店のシンボルでもある

―最初に店舗の特徴を教えてください。

私たちは就労支援施設として、障害のある方一人ひとりの自己決定と自己実現を一番大事にしています。自分のやりたいことをみつけ、実現できる場をつくることが、本人の最大のモチベーションになります。その一つの手段として、本気でコーヒーを極められ、手に職がつく場所をつくろうとしています。

当店にある大きな焙煎機は、焙煎の世界大会で使われているオフィシャルマシーンで、さらに大会仕様にチューニングしたものです。プロを目指すのであれば、この高みに触れられることこそが希望の象徴になると考え、即決で購入しました。エスプレッソマシーンも、バリスタの世界大会で使われているものと同じです。

これらの機械を使い、一粒ずつ手でより分けて厳選した豆を組み合わせて焙煎しています。コーヒーを販売して出た利益は、生産者支援、医療福祉施設への寄付などに循環されます。

【写真】一面ガラスの壁ぎわに、豆や関連雑貨の商品がずらりと並ぶ
テイクアウトの利用者も多いが、奥のテラスではゆっくり飲むこともできる。また、豆だけでなくマグカップやTシャツなどのオリジナル雑貨も販売している

―ブレンドの種類も多いですね。

「ソーシャルグッド・ブレンド」「チヨダ・ブレンド」「ユニバーサル・ブレンド」などに加え、季節限定品も用意しています。働く人だけでなく、豆に対しても「違いを見極め、お互いを尊重する」 という考えを込めながら、様々な産地から仕入れた豆で焙煎やブレンドを行ってきました。

ここで焙煎した豆は、30店舗ぐらいのカフェにも卸しています。味を気に入ってくれているからという理由と、うちの取り組みへの共感、の二つからだと思います。グッドデザイン大賞を受賞した、ALSなどの難病や重度障害のある方が寝たまま遠隔で就労する「分身ロボットカフェ DAWN」でも、うちの豆が使われています。

【写真】腰に手をあて、焙煎機をじっと見つめる男性スタッフ
店内には大きな焙煎機とは別に、小さめの焙煎機もある。焙煎する量と種類で使い分けを行う

―障害のある方の、現在の就労状況と仕事内容を教えてください。

千代田店で働くのは全部で46人で、福祉的就労(就労支援利用者)が38人、残りが就労を終えてからのアルバイト契約です。門戸は開いているので正社員になることもできますが、現段階ではまだいません。

毎日10〜12人ぐらいが勤務し、障害のある人もそうでない職員も、同じエプロンと帽子を身につけます。福祉施設としては、雇用契約を結ばない就労継続支援B型なので、短い時間働く方もいれば、週5日働く方もいます。

店舗全体が職場なので、コーヒーを淹れる作業、接客、焙煎、ソーティング(豆の選別)など、作業工程表にもとづいて時間ごとに担当業務は入れ替わりますが、固定はしていません。店のSNSの投稿の内容なども、ミーティングしながらみんなで考えています。

【写真】プラスチック製のカップに入ったアイスコーヒー。持ち手のところに、ロゴやイラストがあしらわれた紙が巻かれている
ユーザーは近隣のオフィスのワーカーが多い。福祉施設だと知っている割合は低く、コーヒ好きのファンが増えているという。また、趣旨を知るインバウンドも多数訪れる

―作業スペースとの壁や仕切りがなく、オープンな空間が気持ちいいですね。でも、壁がないと働いている人が不安になったりしないのですか?

「見られながら働く」ことに当初は抵抗感があったはずですが、時間が経つにつれ、それが日常の状態になっていきました。

コーヒーが接点となって、障害のない人と障害のある人、お客さんとスタッフが自然と交わるのです。これは従来の福祉施設にはなかった風景だと思います。

―障害者雇用の現場の「可視化」に、あえて挑んだ施設とも言えますね。

障害のある人を見世物にしているのでないか、という意見も当初はありましたが、世の中の仕事には、お客さんに働いている姿を見られるものもたくさんありますよね。カフェはまさにその一つで、それも含めてお金を得ているものと私は思っています。

当店が先頭を切ってそこにきちんと目を向け、障害の有無に関わらずいい仕事ができる、本人もやりたいことに挑戦できる場所をつくった、という自負があります。福祉施設として立ち上げましたが、外からはそれとはわからない、単なる美味しいコーヒーショップでありたいと考えています。

【写真】テラス席に座りインタビューに答える男性。奥には鮮やかな緑、その向こうにビル群が見える
一般社団法人ビーンズ 代表の坂野拓海さん。ソーシャルグッドロースターズは誰でもいつでも来られるオープンな店なので、全国から視察があると話す。「コーヒーを飲みに来るだけでいいので、日本で一番視察が多い福祉施設かもしれません(笑)」

チャレンジの「選択肢」すらない状況を前に

―坂野さんが〈ビーンズ〉を設立された経緯を教えてください。

大学で経済史を学んだ後、ビジネスコンサルティング会社に入りました。自分で何かをやるというより、プロジェクトの中でサポートするのが得意なタイプでした。ずっと「誰かの役に立ちたい」という気持ちはあったのですが、大きな法人相手だと顔が見えにくく、上司に相談し、別会社で人事コンサルタントとして障害者採用に携わるようになりました。そこで大企業に義務づけられている「障害者雇用制度」などを初めて知ったのです。

そして、自宅から外出できない障害のある方と、週末に一緒に出かけるボランティア活動も始めて、いろんな相談を受けるようになりました。例えば、親御さんからは「自分の子どもが大きくなったときに住む場所がない」などと。特に多かったのは「働く場がほしい」という声で、最初は意外に思いました。

障害者雇用制度があるから、そんなことはないはずだと思い、親御さんらと一緒にハローワークに行ったのです。そうしたら、求人件数は1800件弱もあったのですが、職種は軽作業や掃除など、わずか7つしかなくびっくりしました。「働く場がほしい」という希望の意図を初めて理解できたのです。

多くの人は自分がやりたい仕事に自由に挑めると思っていたので、「ありたい自分」に挑戦する機会さえない、選択肢がない状況があることにショックを受けました。同時に、障害のある方の「やりたいことにチャレンジしたい」という気持ちに強く共感したのです。

そこで行政に相談したら、自分で福祉施設をつくるのがいいと言われ、退職して一般社団法人を設立し、具体的な構想を考え始めました。

【写真】トレイの上の豆を指差しながら会話する2人の女性スタッフ
福祉施設のコーヒーショップは、オープン当時は全国で32件しかなかったが、今では300件ぐらいに急増しているという

―ここ以外でも様々な活動をしていますが、まずはどんなことから始めたのですか?

最初は、放課後デイサービスの「豆庭」を渋谷につくりました。それから、ものづくりを行う就労継続支援B型施設「TEN TONE(テントーン)」。ここは、アート・クリエイティブ、木工、アパレルの3つを中心に、様々なものづくりを行う施設です。その後、共同生活援助施設「Mamesso」を経て、2018年に「ソーシャルグッドロースターズ」をオープンしました。どれも障害のある方に関係する事業です。

―なぜ、コーヒーショップにたどり着いたのでしょうか。

2017年秋に、私たちの活動を知った千代田区から「精神障害のある方の働く場をつくってほしい」という依頼をいただいたのです。直ぐに当事者の方約100人にヒアリングしてみると、みなさん大きく二つのことをおっしゃいました。一つは「人と関わる仕事をしたい」、もう一つは「手に職をつけられる仕事をしたい」でした。

そこで「カフェはどう?」と聞いたところ、「カフェでも福祉を前面にだすのではなく、当たり前に、普通に働きたい」「かっこ良く働きたい」という答えが返ってきたのです。ならばと、豆の輸入から始まり、焙煎やコーヒーを淹れるところまで、プロの仕事を行う店の提案をしたら、「最高!そういう場所で私は働きたい」と言ってくれた。彼らは自己実現に繋がる場をずっと探し求めていたのです。

【写真】ハンドドリップでコーヒーを淹れるスタッフ。そばでもう1人のスタッフが見守っている
「障害のある方が、ここで普通に仕事してるところを見ると、企業の障害者雇用担当者も、行政や福祉関係者も、何かできそうだと既成概念がアップデートされるのです」と坂野さん

―オープンした2018年前後に、バリスタやマイクロロースター(小さな焙煎所)が都内で流行り始めたことを思うと、先進的な構想でしたね。

ただ、千代田区のような都心の福祉施設は、人口に対し圧倒的に少ないのです。土地の値段が高く、新規参入のハードルも高すぎるため、今の時代に沿う新しいチャレンジの実践はあまりなく、土地探しにも苦労しました。また、私は就労支援の経験があってもカフェ運営の経験がなく、逆にスタッフはコーヒーに詳しい人を採用したものの支援に関しては未経験だったので、両方を高いレベルで行える現場をつくりあげるのは本当に大変でした。

【写真】焙煎機に豆をセットしているところ
この店ができるまで、千代田区には精神障害の就労支援施設は全くなかった。区の昼間人口は約90万人もいるが、夜間は約6万人と減り、過去に構想は多々あっても、なかなか形にならなかったという
【写真】ビルの階段の踊り場と思えるところに、木製の大きな看板が立つ。ソーシャルグッドロースターズのロゴが描かれている
ソーシャルグッドロースターズがあるのはビルの2階。「6年前はまだまだ差別や偏見が多くて、福祉施設で精神障害や発達障害がある人が働く店と伝えると、断られました。100件ぐらいの物件を巡って、ようやく理解ある大家さんと出会えたのです」と坂野さん

プロとして、仕事を誇れるような環境をデザインする

―ソーシャルグッドロースターズは「市民が日常的に出入りする福祉施設」でもあるわけですよね。それにこだわる理由はなんですか?

普通、保育園や高齢者施設は、安全面から誰でも勝手に入らないように区分けしていますよね。その延長で就労支援施設を考えると、お客さんが「今日のコーヒーは美味しいね」と話しかけながら中に入ることは、あってはならない。実際、行政に最初に指摘されたのは、作業スペースと接客スペースの間に「壁をつくってくれ」でした。

もちろん福祉施設としては、安心、安全に過ごせることも重要なのです。ただ当事者は「障害者として」ではなく、誰もが「一人の人間として」生きていますし、働きたいと考えています。その理解がもっと広がらないと、仕事の選択肢は増えていきません。

指摘されるがままに壁をつくってしまうと、「こっちは障害者」「向こうは健常者」と完全に分割され、永遠に交わらないことになる。なので、行政側とは粘り強く交渉しました。

【写真】日がさす明るい店内で、10人近いスタッフが働くのが見える
カウンターの奥が作業スペースでソーティングや焙煎を行う。窓の外がテラスになっている

―福祉施設の従来の概念や慣習にこだわらず、デザイン業界で盛んにいわれる「ユーザー視点」「未来志向」をもって、今の時代に必要な施設のあり方に坂野さんはチャレンジしているように感じます。

デザインは、今だけでなく、未来を見ないといけないものだと私は思っています。このお店では、障害のある人もそうでない人も分け隔てなく働く姿が、普通に視界に入る未来を「当たり前に」したい、と考えました。第三者の理想論ではなく、当事者やその家族が願っていたので、壁をなくすことに挑戦し実現させたかったのです。

こういう「当たり前に働ける職場をつくる仕組み」は可能性がとてもありますし、デザインのしがいがあると思っています。福祉施設が起点となれば、障害のある方とそうでない方が混ざりあう場はもっと増やせるはずです。

もちろんそれには、働く方々にも同じ方向を向いてもらわないと実現できません。「この挑戦は、私だけでは無理ですし、行政だけでも無理。あなたたち自身が変わらなければいけない、一緒に変えていきましょう」と話し続けました。

【写真】真剣なまなざしでコーヒーマシンに向き合うスタッフ
オープンな空間なので、全ての作業がお客さんもスタッフにも丸見えとなる。それによって、一人ひとりの仕事に対する姿勢が変わっていく
【写真】網目のついたトレイの上に豆を並べ、1粒ずつ手にとる作業の様子
サンプルを見ながら、豆の水分や油分を確かめ一つずつ選別していくソーティング作業。時間がかかるので大量にはできず、多くても1日で7キロぐらいが限度

―プロとして提供する、クオリティの高い仕事をみなさんで目指されているのですね。品質の差になるのは、やはりソーティングですか?

そうですね。他の焙煎所でも欠けや割れ、虫食い、カビなどの欠点のある豆の選別はある程度行なっていますが、徹底的にやりきれるところは多くありません。

けれど実際は、一粒でも混入すると味が変わってしまいます。なので、この9月からは一つひとつ手作業で豆を選別したブレンドを「プライムライン」、異物除去のみしたものを「レギュラーライン」と分けて販売することしました。

ソーティングの作業自体が、まさにプロの仕事なので、明確化したのです。より価値を上げたものと、一般的なものを分けることで、作業をしてくれるスタッフにもプライドを持ってもらえると考えました。

【写真】細かい仕切りがついたプラスチックのトレイ。それぞれに豆が入れられ、不具合の内容が示されている
ソーティングの実物サンプル。カビや虫食い、欠けなどの選別で迷ったらこれを参照して作業を進める

―ソーティングにかけた手間に対し、正当な価格を提示するものですね。

ただソーティングについては、ソーシャルグッドロースターズの仕事の中でもインパクトがあるだけに、「障害者に向いている作業」というイメージが広がりすぎる問題もあります。

実際、福祉施設でコーヒーといえば「豆の選別」、と認識されている方もいますし、そうでなくても「障害がある人は、同じ作業を繰り返すときの集中力がすごい」などとも言われることが増えました。ですが、本当は人それぞれなのです。同じ作業をひたすら繰り返すのが得意な方もいますが、そうでない方も当然います。

当店では、仕入れや焙煎から、新ブレンドの味作りまで、コーヒーショップ全体の仕事を障害のあるスタッフがやっているのです。プロとしてさまざまな仕事をお願いしていますから、ソーティングの作業ばかりに偏って見られるのは良くないと思っています。

―店舗スタッフとして必要なスキルを身につけていく場だからこそ、最初に「仕事内容を固定してない」とおっしゃっていたのですね。

仕事の内容に関しては、本人と相談しながら何をどこまでやるか決めますが、障害や特性を見てこちらから一方的に業務を絞ったりはしません。全部がソーシャルグッドロースターズの仕事ですから、スタッフにはあらゆる業務をできるようになってほしい。当然、一人ひとりペースは違いますので、それに寄り添ってサポートしています。

【写真】テーブルに座り、真剣なまなざして作業をするスタッフ
「スタッフには、普段の接客はもちろん、取材やインタビューで自分の仕事について話すことも仕事の一つだと説明しています」と坂野さん

社会との接点を増やしながらも「待つ」福祉施設を目指して

―〈ビーンズ〉の就労支援としては、2022年に杉並区の商店街でクラフトビールの醸造所「方南ローカルグッドブリュワーズ」も始めました。これはどうしてですか?

コーヒーと同じで、「お酒づくりの仕事があったら働きたい」という方がいたのと、杉並区方南町の商店街にはコロナ禍で営業を休止せざるを得なかった店が多く、起死回生の一手に名物となる地ビールをつくる計画があったのです。商店街の方から「ビールをつくれますか」と聞かれたので、今回も全く経験はなかったのですが「はい、つくれます……」と答えてしまいました(笑)。建物は商店街で用意してもらい、我々は運営委託者として障害のある人とともにクラフトビールをつくっています。

私自身も、商店街を通して地域全体でいろいろな仕事がつくれるような福祉事業をやってみたかったのです。一つの店だけでなく、外に広がっていく集合的な福祉施設に挑戦したくて、次に餃子とビールの店「はじまりの餃子とつながりのビール」も同じ商店街につくりました。

今後も商店街で空き店舗が出たら、就労場所としてうちが入っていく構想をもっています。

【写真】正面を向いて話す坂野さん
「方南町の事業は始まったばかりで、まだまだ大変ですが、ゆくゆくは商店街と杉並区と我々が一体になって、街のインフラになると嬉しいです」と坂野さん

―さまざまなエリアで活動が広がっているのですね。現在、事業はいくつあるのでしょうか?

全体で11です。一番最近できた事業所は「ソーシャルグッドロースターズ エキュート上野店」ですね。JR東日本の上野駅のエキナカ商業施設の、多くの人々が行き交う場所に2024年3月に開業しました。

JR東日本は今、複数の駅を中心に、交通の拠点を超えた「暮らしのプラットフォーム」を目指す構想を進めています。その中で、上野に新しい文化をつくりたいと声をかけてもらいました。福祉施設が、駅ビルで店を開くなんて過去に事例はなかったですし、やるからには通行者が多数いる場所でやりたかったのです。

上野店では2027年3月までに、10名の障害のある方の雇用を目指しています。福祉作業所でつくられた商品が、当たり前に福祉の外に広がり、普通の場所で売られる状態をつくることが理想です。

【写真】スタッフのエプロン。赤い鳥のイラストが胸のところに小さくあしらわれている

―広く展開をしていくなかで、経営者としてはどんな理念で運営していますか? また、それぞれの現場では何を大事にしていますか?

理念は二つあります。一つは「障害のある方とそうでない方が出会う場所をつくる」です。ただ言うは易く行うは難しで、空間を用意しても、そうした状況が生まれていくには時間がかかります。

もう一つは「どんな困難や障害を抱えていても、なりたい自分になる。それを福祉で支える」という理念。これを6年かけて少しずつ実践するなかで、特に現場では、「動かず、待つ」ことをいつも大事にしてきました。実はソーシャルグッドロースターズのシンボルマークにも、その想いが込められているんです。

―「ハシビロコウ」という鳥ですね。

「花言葉」のように「鳥言葉」があると、職員から教えてもらったのがきっかけで、ハシビロコウに「不器用」という意味があるのを知りました。また、「動かない鳥」としても知られ、「待つ」という意味もあります。福祉施設なので「みんなが成長するまで待とう」「時間がかかっても待とう」と。

当初は手探りでしたが、今では、「動かず、待つ」が関わり方の基本です。手を差し伸べてやってあげるのではなく、指示をただ出すのとも違って、ひたすら待つのです。

【写真】2種類のコースターに、ハシビロコウとパンダがそれぞれ描かれている
この店のシンボルは動かない鳥「ハシビロコウ」。上野店は場所柄、パンダをシンボルにしている

―「待つ」ことは大事だとわかりながらも、今の社会ではなかなか難しい現実もあるかと思います。支援する方々は、どうして「待てる」のですか?

ここでの成長は、1日1歩じゃなくて、0.2歩を積み重ねていくようなものかもしれません。それははたから見ると退屈かもしれませんが、時間をかけて一つひとつのことを丁寧にやりたい人には、理想的な働き方なのです。

それを現場で感じてくれる人が〈ビーンズ〉を支えてくれているので、「待つ」という認識は逆にない気がします。丁寧に1日1日を繰り返すと、いつか実現するという期待をもっているので、苦痛ではないはずです。

もちろん一般的な店や企業は、そうしたペースでの運営はできませんし、なかなか経営陣は待てませんよね。ですが、当会はむしろ「待つ」ができない組織にならないよう経営判断を合議制にしていて、代表の私もクビにされるリスクが常にあります(笑)。

実は先ほどお伝えした餃子とビールの店などは、立ち上げて軌道に乗せるスピードと、スタッフが成長するスピードが合わないこともあったので、かなりみんなに怒られたのです。地域に必要な事業だったと思いますが、私個人の想いが先走ってしまったと、反省も多くありました。

【写真】焙煎機の設定を調整しているスタッフ。その脇にも複数のスタッフの姿が見える
店舗名を「ロースター」でなく「ロースターズ」としたのは、あくまで人(焙煎士)がメインであることを意味している

あらゆる場所で、何度でも挑戦できるシステムをつくる

―これからの時代に必要な福祉施設とはどのようなものだと考えますか?

難しい質問ですね……。福祉施設によっても異なりますし。

ただ「福祉」そのものは徹頭徹尾、当事者やその家族が生きたいように生きるための、自立と自己実現をサポートするためにあるものだと思っています。病気や重い障害があったとしても、「こういう生活をしたい」という想いがあったら、国が法律をつくって実現するのが、福祉の本分だと思っています。

「障害者自立支援法」には、「すべての国民は、その障害の有無にかかわらず、障害者等が自立した日常生活又は社会生活を営めるよう」と書かれています。自立した一人の人間として、夢や目標に向かって自分で努力、工夫しながら生きていける環境をつくっていく……ということですが、もっと当事者からの要求が遠慮なく出ていいものだと思っています。社会が未熟で施設に入所できるだけで良かった時代もあるかもしれませんが、今ではその人が、どれだけいきいきと暮らしていけるかが重要です。

「私はデザイナーになりたい、建築家になりたい」という希望や挑戦に対して、「そんな無理なことを考えるな」ではなく、「いいね、どんどんチャレンジしなよ」と応援する社会にしたいです。障害のある方の中には、失敗したときのダメージを受けやすい方もいらっしゃいますが、社会との信頼関係ができていれば、また飛び出していくこともできます。

福祉施設が率先してそういうことを積極的にやり始めれば、状況は変わっていくはずです。

 

【写真】坂野さんの横顔

―ソーシャルグッドロースターズも、最初から完成形を描いてスタートしたのではなく、関係者と協議と苦労を重ねながら一つずつ挑戦してきたのですね。

そうですね。ここの空間だけを写真で見た方にはきれいな世界だと思われがちですが、実際に動かしているのは人間ですし、障害のある方が主役でありながら、教えるスタッフもコーヒーのスペシャリストではなかったので、何でも手探り状態でした。

これはビジネスなら潰れてしまいますが、福祉なので、地道な対話を続けてここまでこれた。そうやって仕組み自体をブラッシュアップしていくことも、福祉施設の大切な機能の一つなんだと今は考えています。

【写真】手書きでコメントがたくさん書かれたリングノート
ソーシャルグッドロースターズに置かれた、感想を記載できるノート。「ここでコーヒー飲みながら、みんなが一生懸命働いているところを見て、自分の仕事のモチベーションが持てました」といったコメントが寄せられている

―最後に、これからの展望を教えてください。

2024年4月から法律が改正され、就労継続支援B型事業所での就労と、一般企業での就労をハイブリッドで組み合わせることができるように変わりました。福祉的就労を継続したまま、他でも働き始められる制度で、福祉から普通の就労にステップアップしやすい仕組みになっています。

これが社会全体でうまくシステム化できたら、いろんな職場に障害のある方がもっとたくさん勤務できるようにもなるはずです。例えば、一般就労をした後に悩みができたり、急に調子が悪くなったりしたとき、企業側にサポートのノウハウや十分な体制がなくても、所属していた福祉施設に頼ることができる。

障害のある方の就労支援で、一番良くないのは孤立させてしまうことです。切れ目ない関係を私たちが築いていくことで、障害の有無に関わらず、その人が自分らしく働ける場所をこれからも増やしていきたいと思っています。

【写真】商品を前に、通路で2人の男性が語りあう。1人は坂野さん、もう1人は筆者

取材を振り返って

法定雇用率の見直しなどに伴い、障害のある人が企業に就職する数は、この15年ほどで倍増しました。ですが、一方で、新たに就労した人の40%以上が1年以内に離職している事実はあまり知られていません。

「背景には、障害者雇用の職種が限定され、やりがいのある仕事が極端に少ない状況があります。たとえ障害があっても、自分の好きなことを仕事にできる選択の幅を用意することが本当の意味でのダイバーシティだと思います」と坂野さんが最初に語られたのが、とても印象的でした。ご自身も、企業勤めを辞め、一般社団法人を立ち上げ多くの活動を行っていますが、仕事とは何のためにあり、何のためにするのか。そうした本質的なことを今回の取材で正面から問われた気がします。

また、東京都は障害のある方や働くことに困難を抱えた人が、他の従業員と共に働いている企業を増やす事業「ソーシャルファーム」を実施し、基準に適合する事業所認証を始めたことも坂野さんから教えてもらいました。〈ビーンズ〉は予備認証され、上野店はモデル事業にもなっているとも。

上野店は、収益性が重視される駅ナカのテナントリーシングに、JR東日本が「福祉」の要素を必須にしたことで実現した店舗です。そうした行政や企業の動きが少しずつ変化していることも今回知りました。

2005年に「発達障害者支援法」の施行によって、「発達障害」という言葉が一般的になりました。さらに最近では、自閉スペクトラム症や注意欠如・多動障害などに生じる現象を、能力の欠如や優劣ではなく、「脳の多様性」として捉える「ニューロダイバーシティ」という概念も注目されています。

「障害者」とされる人の数は年々増加傾向にあると言われていますが、障害の定義は時代状況によって変わっています。個々人がもつ他者との違いを障害とみなすのではなく、違いが「困難」に変わる社会の側にこそ障害がある、という認識が少しずつ浸透してはいますが、まだ普遍的なものにはなっていません。これが普遍的になり、誰もが当たり前に挑戦できる社会になった際に、ダイバーシティやインクルージョンという概念が消える気がすると坂野さんのお話を聞いて感じました。


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連載:デザインのまなざし|日本デザイン振興会