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【イラスト】「いたずらに人を評価しない/されない場所」『ハーモニー』の日々新聞【イラスト】「いたずらに人を評価しない/されない場所」『ハーモニー』の日々新聞

創刊のご挨拶 いたずらに人を評価しない/されない場所「ハーモニー」の日々新聞  vol.01

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日常は傍にあるのに、大きな出来事や他者からの評価によって振り回され、見逃されてしまう。

「自分らしく働く」「生産性・効率化」という言葉に必死にくらいつく自分と、どうにも馴染めない自分と、どちらとも言えない自分と折り合いをつけながら、他者をなんらかの物差しで測ろうとしている自分に怯えながら、働くこともある。

そんな気持ちを抱くなかで編集部メンバーである垣花が出会ったのが、精神障害のある人などが通う、就労継続支援B型事業所ハーモニーでした。

「いたずらに人を評価しない/されない場所」

ハーモニーの施設長である新澤克憲さんが、立ち上げ時に綴った言葉です。その言葉を知った私は、ハーモニーがどんな場所なのか、そこにはどんな日常があるのか、気になり、憧れと期待と疑いを抱くようになりました。

この連載では「いたずらに人を評価しない/されない場所『ハーモニー』の日々新聞」と題し、そこに関わる人の日常・出来事をよもやま記していただきます。

初回は、新澤克憲さんに、日々新聞創刊にあたっての思いを綴っていただきました。

創刊のご挨拶

1995年の初夏のころ、開所したばかりのハーモニーの利用者募集のチラシにこんな言葉を書きました。これからハーモニーにやってくる人たちへの約束として。パソコンもワープロも持っていなかったので、手書きで切り貼りして作った原稿をコピーして保健所や病院に配りに行きました。

私たちはハーモニーをこんな場所にしたいと思っています……その人がそこにいるだけで、その人には価値があると思える場所。いたずらに人を評価しない、評価されない場所

開所して数ヶ月。仕事を始めて日も浅い新人の施設長である自分がどんな意図でこれを記したのか。はっきりとは思い出せません。青くさい表現に感じられて、しばらく使っていなかったのですが、何かの折に紹介したら褒めてくださる方がいて、少し得意になって見学者への説明の機会などでお話ししています。

とはいえ「いたずらに」というのが曲者です。「いたずらに」は「悪戯に」ではなくて「徒らに」のはずですが、当時の私がその言葉の意味をわかって使っていたのかも怪しいものです。

連載の初回から歯切れが悪くて、先行きが思いやられますが、滅多にない機会なので、この言葉を書いた頃の自分とハーモニーの事をお話しします。だいたい思い出話は自分勝手に演出されるものという色眼鏡をかけて読んでいただけたら幸いです。

30代の初めの自分は、すべてにおいて空回りしていました。大学院を途中で放り出し、福祉現場の仕事も責任のある立場になったことについていけず辞めてしまいました。半分は自分で掘った穴に落ち、半分は誰のせいでもない不運に気持ちが挫かれていました。そして当時の自分の中に残っていたのは、「今やっていることは、自分の本意ではない」「何かを始めても、きっと今度も上手くいくはずがない」という2つの呪いの言葉でした。その後、職業訓練校に行き、技術を身につけたりしましたが、社会に自分のいる場所を確保することは果てしなく難しいことのように感じていました。

そろそろ貯金も尽きてきた1994年の末、誘われて地域のボランティア団体主催のクリスマス会に出掛けました。坂の上の家の2階。到着した頃には10人ほどが料理を囲んでいました。

世話役らしき女性たちがしきりと声をかけてくれて、問われるままに今までの仕事のことなどを話します。私の隣には、胸元まで髭を伸ばした初老の男性とピンクのセーターを着た坊主カットの女性がいて、甘そうなポートワインを飲んでいました。二人とも目が不自由で手探りでコップを口に運んでいます。女性は話し好き。「おにいちゃん、葡萄酒おいしいねえ」「どこに住んでいるの」と話しかけてくれます。男性はほとんど黙っていますが、時々、聴こえないくらいの声で独りごとを言いました。女性が「彼は鼻の中に住んでいる小人と話しているので気にしなくていい」と教えてくれました。

【イラスト】胸元まで髭を伸ばした初老の男性とピンクのセーターを着た坊主カットの女性。ポートワインをのんでいる

「おいしいワインですね」

少し場に慣れてきたころ、ちょっと勇気をふるって髭の男性に声をかけました。しばらく間があった後に「ワインじゃない。葡萄酒だろ」と低い声で返事が返ってきました。ピンクの女性も「葡萄酒に決まってるじゃない」と言います。ちょっと怒っているようでした。私の知らないルールがワインと葡萄酒の間にあるらしいことはわかりましたが、後の祭りです。黙って甘いワイン、いや葡萄酒を飲んで時間をつぶすしかありません。

しばらくして世話役の女性の一人が戻ってきて、唐突に「今度開所する作業所の仕事しません?! こちらが利用者さん!」と笑いながら二人を紹介してくれました。「いいよ。おにいちゃん、やんなよ」とさっきまで不機嫌そうだったピンクの女性も言います。

その夜は返事もそこそこにクリスマス会を後にしました。どんなもくろみがあったのでしょうか。知らない間に私の作業所所長の勧誘と採用面接が行われていたようです。
合否の基準がなんだったのか今もわかりませんが、仕事もなかったし、特に断る理由もありません。関心がありますと答えました。しかし、精神病の知識も福祉制度の知識もありません。さすがにこれではまずいと思いました。それで精神病院がどんなところか見に行くことにしました。

世田谷区には都立の松沢病院という大きな精神病院があります。年が明けた頃でした。その外来棟の前にあるベンチに、朝から座ってみることにしました。東京ドーム4つ分とも言われた広大な敷地に低層の入院病棟が散在し、渡り廊下を黄色い運搬車がにぎやかな金属音を立てて走り回っていました。ベンチには沢山の患者さんがやってきます。ずっと居座る人、どこかに出かける人、どこかから帰ってきた人、何度もやってくる人、待ち合わせの人。

私の座っていたベンチは喫煙所でもあって、寒空の下、患者さんたちにライターの火を貸したり、煙草をあげたり、野球の話をしたりして過ごしました。話の内容は忘れてしまったけれど、白い息とヤニの匂いだけは強く印象に残っています。私はただ、訊ねられるままに答え、疑問に思ったことを訊ねました。私にとってちょっと忘れられない1日になりました。

そして春になり、作業所が始まりました。名前は「ハーモニー」に決まったと教えられました。私は何年かぶりに朝出かけて夕方に帰る仕事につきました。古着や中古の食器などを並べて売るリサイクル屋を開き、数名の利用者の人たちと店番をし、前の道路でバトミントンをし、カラオケやボーリングに出かけました。目の不自由なお二人もやってきて、一緒にお昼ごはんを食べました。

とはいえ、実績のない開所したばかりの施設では利用したいと思う人も多くはいなくて、人集めのために冒頭の言葉を記した手書きのチラシを作り配ろうということになったのです。

その人がそこにいるだけで、その人には価値があると思える場所。いたずらに人を評価しない、評価されない場所

この言葉を書くにあたって影響を受けた福祉思想や心理学の本があったわけではありません。ハーモニーに来る前の自分自身の息苦しさを反映した言葉でした。評価ばかり気にして、評価に振り回されていた自分。その結果、自分に自信を失っていました。この言葉を必要としていたのは他ならない私でした。私自身が居続けられる場、投げださないでいられる人との関係を考えた時の「おまじない」の言葉がこれだったのかもしれないと26年後の今になって思うのです。

今では、利用者募集のチラシを作ることもないのですが、この言葉は何年間かハーモニーに籍を置いている人なら聞きなじんだものになっているようです。

ハーモニーの手作りのお昼ごはんのお代をなかなか払ってもらえなくて「それはよくないのではないか?」と意見させてもらったら、「払わない自分もよくないが、人を評価しないって言っているあなたが“人のみち”を語るとは笑止千万!」と私を怯ませることに成功した人もいました。

過去の個人的な思いから生まれた言葉が今も残っていることに少しの居心地の悪さを感じながら、自らの立ち位置が孕んでしまう特権性を振り返るキッカケを過去の自分の言葉から得ているとも言えます。

そして、何が「いたずらに人を評価」(徒ら= 無意味、無駄、むやみやたら)することなのか悩ましい。その境目はどこにあるのかと考えています。

「おまじない」の効果があったのか、なんとか26年間、私はハーモニーに居ることを投げださずにいられたようです。そして、多くの利用者の人たちと出会ってきました。

この連載は、最近のハーモニーの様子を利用者の人たちと共にお知らせする「新聞」を目指したいと思っています。日々の淡々とした報告。面白さだけでなく、うまくいくこともつまずくことも溜息も含めたハーモニーの今をお伝えしたいものです。利用者の人たちが取材したり、原稿を書いたりしても楽しいですね。まあ、なんとかなるでしょう。

(新澤克憲)


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連載:いたずらに人を評価しない/されない場所「ハーモニー」の日々新聞