福祉をたずねるクリエイティブマガジン〈こここ〉

【画像】水の中に寝そべる人型の人形に、水面上にある大きな手が触れようとしている。水底には方眼紙のような格子模様、水の上をさまざまな言語の文字がただよう【画像】水の中に寝そべる人型の人形に、水面上にある大きな手が触れようとしている。水底には方眼紙のような格子模様、水の上をさまざまな言語の文字がただよう

本から「介護にあるまなざし」に出会う。編集者、ダンサー、美術家、介護職員の選ぶ4冊 “自分らしく生きる”を支えるしごと vol.32

Sponsored by 厚生労働省補助事業 令和7年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)

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何歳になっても、その人らしく日々を過ごせるように。介護の世界に携わる人は、そんな願いを叶えるために何を大切にしているのでしょうか?

今年も編集部は4名の方に「介護にあるまなざし」と出会える書籍を紹介いただきました。

・白石正明さん/編集者
・白神ももこさん/ダンサー
・宮田篤さん/美術家、イラストレーター
・村上一真さん/訪問介護事業所 採用担当

福祉の現場の話から文学作品の読み解きまで、さまざまな視点の本が、ケアの世界とゆるやかに重なります。自身にとっての「介護」とも重なるに違いない一冊、ぜひみなさんもお手元に。

『痛いところから見えるもの』

【画像】書影。帯に、痛いのは疲れる、そして孤独だ、の文字
著/頭木弘樹著(文藝春秋)

【推薦】白石正明さん/編集者

人に「死なれる」という言い方がある。「死ぬ」は目的語をとらない自動詞だから、原則的には受け身で使えないはずなのに、違和感はない。それどころかこの言い方からは、親密な人の死を前に、為すすべなく立ち合わされている者の悲しみと無力感が伝わってくる。

同じように、親密な人がそばで痛がっていたら、(実際にはこんな言い方はないが)「痛まれる」という気持ちになるのではないか。「きのう母に痛まれてつらかった」みたいな。相手の内部で起こっている「痛み」が伝わってきて、こちらで勝手に苦しくなってしまう感じ。そうなったら多くの人は耐えきれなくなって、その場から離れてしまうだろう。だから著者の頭木さんは言う。「痛みには孤独がもれなくついてくる」と。

本書を読んでいると、痛い人と痛くない人の間には決定的な溝があるように思えてくる。痛くない人がよかれと思って口にした言葉がどのくらい痛い人を傷つけているか。頭木さんはインタビューなどで「病気をしたお陰で……」という“不幸克服物話”を陰に陽に求められるという。しかしそれは「海で溺れかけたときに、アワビやサザエをついでに取ってこい」と言われるようなものだと、実に辛辣だ。

しかし通読していると、不思議と嫌な気持ちにならない。痛い人に声をかけてくれる人たちの善意自体を頭木さんは疑っていないからだ。困っている人に思わず声をかけてしまう人たちは、リスクを避けて近づかない「賢い」人たちよりはるかに立派だと私も思う。善意はすでに通じているのだから、「他人の痛みはわからない」という不安をどこかに抱えていればいいのだろう。

『シンクロと自由』

【画像】書影。帯に、介護現場から、自由を更新する、の文字
著/村瀬孝生(医学書院)

【推薦】白神ももこさん/ダンサー

『シンクロと自由』は、私がクロスプレイ東松山(※注)というプロジェクトで、高齢者福祉施設「デイサービス楽らく」に滞在制作するとき手にした本だ。普段の創作環境と全く違う介護の現場でどう立ち振る舞ったら良いかと、藁をも掴む気持ちで読み始めた。

意外にも、読んでいて思わず声を出して笑ってしまった。介護の現場で笑えるなんて。そう思うのは以前、寝たきりになった祖父母を在宅介護していた叔母や叔父たちが、とても大変そうに見えたからだ。グループホームに入り家族とたまにしか会えなくなった祖母は、寂しい時間を過ごしているだろうとも思い込んでいた。

誤解を恐れずに言うと、本にはお笑いとかコメディに近いコミュニケーションが詰まっている。「乗り突っ込み」とか「ぼけ突っ込み」のような突っ込みをお互いにしながら、石を池に投げ入れるように言動として投げ入れることで、感情や人間関係の波紋が場に広がっていく。

デイサービス滞在制作中、私は何もしないことを選択した。不要の存在として投げ入れた我が身が、どう波紋を起こすのかと観察してみた。世界で一番暇そうな私を見かねたお年寄りから「あんた、何してんだい? ぼーっとしてんのかい。そりゃ本当に良かったねえ、こんな良い所に来れて。幸せなことだよ。ねえ」と声をかけられる。塗り絵をするお年寄りの横でなんとなしに紙の切れ端をふわつかせてみる。それにつられて塗り絵をしていた指が紙切れを追う。お年寄りといつの間にかデュオを踊る。時間がたゆたう。

数日たち、看護師さんがふと私の側に寄って来て、こっそりお年寄りとの面白いエピソードを教えてくれた。今まで淡々と仕事に打ち込んで、私のことは遠巻きに見ている(と思いこんでいた)人だったからすこし驚く。「本当に、これだからこの仕事やめられないのよね。」と笑う看護師さんとの、何となしのやりとりのおかげで、「私もここにいて良いかもしれない」と気持ちがほころんだのだった。

※注:一般社団法人ベンチと高齢者福祉施設ディサービス楽らくとの共同企画

『ラングザマー』

【画像】書影。帯に、世界文学でたどる旅、の文字
著/イルマ・ラクーザ(共和国)

【推薦】宮田篤さん/美術家、イラストレーター、介護職員

ドイツ語のlangsam(ゆっくり)の比較級である「ラングザマー/langsamer」は、直訳すると「もっとゆっくりと」という意味になります。「休むことなく動き続ける」現代の私たちにとって、ふとゆっくり「手を休めること」の意味を、読書という行為そのものが持つ時間を書き表すことで伝えてくれる一冊です。

この本を読み、読書とは《私と本だけの時間が流れる》ような体験なのだなと感じました。その感覚をケアの現場に重ね合わせてみると、介護する私と介護を受けて暮らす人との間に、《私とあなただけの時間が流れる》とも言えるような気がするのです。

とはいえ現実は多忙です。すべてを十分に行うにはとても足りない時間のなか、その人と穏やかに出会い、心と体をみて問題や困りごとを見きわめ、軽くし、または取り除く。話を聞いて応え、できるだけ本人らしさを整え、うまくいったことをお互いに喜び、また会う約束で別れる。

ただ、とても忙しく、考える余裕もないはずなのに、とつぜん隙間が現れることがあります。それはトイレの終わりを伺うまでの時間や、会話がとまり次のひとことを待つ一瞬、あるいは利用者さんの記録に悩むときなど。その一瞬は、とてもゆっくりな時間に感じられます。

不思議とこの隙間には「作家としての私」も顔を出してきて、その人の有り様そのものを見つめはじめます。ふだん気に留めない口癖が気になってみたり、手を伸ばしてリモコンを取るだけの仕草に優雅さを感じて、目が離せなくなったり。

本書で示されるさまざまなラングザマーな時間は、私の「私らしさ」があらわれる瞬間なのかもしれません。願わくばその訪れが、目の前のその人にもあればいいなと思います。

『KEEP MOVING 限界を作らない生き方』

【画像】書影。サブタイトルとして、25歳で難病ALSになった僕が挑戦し続ける理由、の言葉
著/武藤将胤(誠文堂新光社)

【推薦】村上一真さん/訪問介護事業所 採用担当

『KEEP MOVING』は、私が介護の世界に踏み出す前に読んだ一冊です。当時の私は、障害や認知症にどこか「残酷さ」や「人生の制限」を感じていました。できないことが増えていくイメージばかりを持ってしまう……そんな自分に違和感を覚えつつも、捉え直す言葉を持てずにいました。そんな時に出会ったのがこの本でした。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病を発症しながらも、自分らしく生きる道を模索し続ける著者・武藤将胤さんの姿には強い衝撃を受けました。「誰もが障害の有無に関わらず、自由に、生きたいように生きられる社会をつくる」という武藤さんの願いは、私が重度訪問介護の現場にいた頃から今に至るまで、仕事の根底に流れ続けている価値観です。

武藤さんの“失われたもの”ではなく“まだできること”に目を向け続ける姿勢に触れ、私の中にあった「制限」という見方は大きく揺さぶられました。人はどんな状況でも自分らしさをつくり出せるという一貫した考え方が腑に落ち、自分の中にある無意識の偏りにハッとさせられました。

現場に立ってから、その気づきはさらに深まりました。できることを一緒に探し、本人の価値観に沿って工夫を重ねていく中で、“その人にしかない創造”が日々生まれていくのを目の当たりにしたからです。支援とは失われた機能を補うだけではなく、その人の世界を広げる共同作業なのだと実感しました。

武藤さんは、障害を「制限」ではなく「きっかけ」と捉えます。その姿に触れ、「介護とは、人が自分らしく生きる力を支える仕事だ」と確信するようになりました。今、私は採用や広報を担う立場ですが、誰かの可能性に光を当てるという視点は変わらず私の根っこにあります。介護の未来に必要なのは、人の中に眠る“自分らしさ”を信じ続ける姿勢。その価値観を、これからも多くの仲間と共有していきたいと思っています。

過去の書籍紹介記事

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